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さわってほしい・2

ここでは、「さわってほしい・2」 に関する記事を紹介しています。


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さわってほしい・2




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★この作品は、「さわってほしい」の続編として書かれました。

 体が冷えてきたような気がしてクーラーを消した後、外気を少し入れようと窓を押し開いた。七月の夜の熱い空気がむっと押し寄せてくる。そして、それとともに遠くの方でかすかにかすれたような悲鳴が聞こえてきた。淳一の悲鳴だ。体を打つ皮の鞭の音が響く。
 窓枠に体をもたせ掛けて目を瞑り、その懐かしいような鞭の音を聴いた。風を切り、うなるその音。湿った体に叩きつけられる響き。そして、絞り上げるような悲鳴。おそらくは両手を縛られて吊られているんだろう。聴こえないはずのギシギシときしむ皮枷や鎖のなる音。そして、淳一の激しく吸い込む喘ぎさえもが耳元でしたような気がした。
 今日から夏休み。高原が初めて淳一に一本鞭を使っているのだ。夕方に彼の体を洗った時、脅えて硬くなっていたっけ。淳一はまだ十六歳。八月の半ばに十七歳になる。自由にならない体を男達に痛めつけられる運命をどうやって気持ちの中で整理しているのだろう。
 めったに吸わないけれど、めずらしくポケットに入れてあったメンソールのスリムの煙草を一本取り出して火をつけた。じっとしていても汗が滲んでくるような夜の外気の中に白い煙をそっと吐き出す。鞭音に続く彼の悲鳴を聴きながら、僕は過去の自分を思い出していた。高原の腕の中で悲鳴を上げながらみもだえしていた自分自身を。出来る事ならずっと彼の腕の中で過ごしていたかった。何も知らない若い頃のままで……。
 テーブルの上の灰皿にタバコを押し付けて火を消すと、僕は再び窓を閉めてクーラーをつけた。淳一の悲鳴は耳の毒だ。
 毎夜、彼の体の中に自分の手を差し入れながら、いつも考える。自分が本当は何を求めているのかを。彼の若くしなやかな体に自分の体を重ねて見てしまう。快感にうねる背をみつめ、その弾む息を聞きながら、彼が求めている物を拒絶し、哀願を聞き流す。
 暗い愉悦。高原の持ち物。そして、どうした事かすっかり僕に恋している少年。押し殺せないためいきも、悔しそうな横顔も、さまよう視線すら彼の気持ちを代弁していた。さわって。さわってよ。僕にふれて……。少しでいいから。ちょっとだけでいいから。
 不思議だ。そうやって僕に恋しながら、どんどんと主人である高原に懐いていく様をあからさまに僕に見せ付ける。いや、隠すという事が出来ないのだ。決して幸せであるとはいえない子供時代を過ごしながら、どうして彼はあんなに素直で真っ直ぐなのか。どうしてあんなにまっしろなのか。
 チリリリリ……。内線がなる音に、物思いから我に帰ると電話の受話器を取る。
「各務か?」
 高原の温かい声が受話器の向こうから流れる。
「来てくれ」
 こうなる事は予感していた。短い返事を返すと、部屋の隅に準備してあった医療道具の乗ったワゴンを押して扉を開けた。プレイルームは廊下の一番先だ。無駄に広い造りのこの家の廊下をガラガラとワゴンを押して歩きながら、扉を開いて待っている男の元へ近付いて行きながら、僕は自分の気持ちを持て扱いかねていた。




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 淳一は青ざめた顔で、ベッドにぐったりとうつ伏せになっていた。背中には幾重にも蚯蚓腫れが走っている。荒い息が背中を上下させる。消毒し、薬を塗り拡げても、呻き声をあげて体をひくつかせる彼の意識は朦朧としているようだった。手首の周りも、枷にこすれて赤く擦り切れていた。
 思わずやりすぎじゃありませんか? とつぶやいてしまう。高原は何も言わずちょっと眉を上げただけだった。何と言っても彼はまだ子供なのだから……と、自分自身に言い訳してみても、おかしいだけだった。自分のしている事は棚に上げて、彼を甘やかしてみたくなるのはどうした事だろう。分かっている。ただの偽善に過ぎない。
 念入りに手当てをした後。 ガーゼの上から濡れたタオルを拡げてやる。程よく冷やせば、痛みは和らぐはずだ。自分の経験からそれはちゃんと分かっている。あまり冷やし過ぎても辛いだけだ。だが、濡れたタオルは何度も絞って換えてやらなければならない。
「お休みになってください。後は私が……」
「いや、いいさ。私が見る。お前は休め」
 意外な、高原の言葉に振り返って彼をみつめた。今までの高原ならさっさと寝てしまう。  
 忙しい男なのだ。無駄な事はしない。どこで休むべきか、無理をすべきかきっちりと割り切って行動する。そうでなくては、男遊びなど出来ないほどに忙しい体だった。腕を組んでベッドの柱に寄りかかっていた男は、視線が合っても何も言わず、しばらく見つめあった後で薄く笑むと、手を伸ばしてきて僕の腕をつかんだ。
「どうした?まさか、嫉妬しているのか?」
 指摘されて驚く。そんな事がありえるだろうか?自分の胸のうちに問いかけてみた。確かにざわめいて落ち着かない感情がある。だが、これは嫉妬なのか。だとしたら誰に?
 ぐいと引き寄せられて、ちょっと驚きつつも体を相手に預けた。熱い体。思う存分嗜好をふるって、尚、熱く燃えている体。そうか、鞭をふるった後、朦朧としている淳一を犯す程にはのめりこんでいなかったのだろう。彼も同じ感覚を覚えているのだろうか。子供である淳一を扱いかねるような。
「各務、彼を受け入れてやる気はないのか」
 今度こそ、僕は驚いて、男の顔をまじまじとみつめてしまった。もちろんあけすけに透けている淳一の気持ちなど、高原がとうに気がついている事は分かっていたけれど、だからと言って余所見を肯定する程にこの男は甘くは無い。
 ぎりぎりと締め付けて、息もつけないほどに絞り上げて、あっという間に自分の懐に取り込んで見せるだろうと思っていた。現に、淳一はこの半年ですっかり高原の体に馴染んだ。最初はあれほど嫌悪を示し、反発していた相手の手の下に、すっかりとひれ伏していた。この夏を越せば、誰が主人で、自分が誰のものか、すっかり身に沁みついてしまうだろうと思っていたのに。何の事は無い、この男は、淳一の気持ちがどこへ向かっているのか分かっていて、掌の上で遊ばせていたに違いない。
「……酷い事を聞くのですね」
 なんだか、傷ついたような気がして顔を背けると、高原は引き寄せた手とは反対側の手も伸ばしてきて、慣れた手で髪の毛を掻き揚げた。目を瞑ってその感触を味あう。十二年前に、初めて彼が自分にふれた時の感覚が急激に蘇ってきて、僕はすっかりとまどった。なぜ?今になって、なぜこんなに胸が騒ぐのか。
 分かっている。淳一のせいだ。彼の若くてあまりにも人間らしい素直な反応が、すっかり背徳になじんだ自分を引き戻しつつある。
 顎にかけられた手が、ゆっくりと余裕をみせつつ、頬を愛撫しながら顔を上向かせる。近づいてくる顔は、見慣れた悪魔の顔をしてそっと唇をついばむ。軽く唇を噛んで、そしてやさしく摺り合わせる。あまりにも軽い愛撫に、物足りなくなった僕は腕を伸ばして、高原の首を引き寄せ、自分から唇を開いて相手の舌を引き寄せて行った。熱く濡れた、爛れた様なキス。すっかり馴れ合って、快感をむさぼるためのテクニックをお互いに知り尽くしたもののキス。さんざん、味わって他人の体をすっかり熱くさせておきながら、ゆっくりとその唇は離れて行った。




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「私がサディストじゃなければ、良かった」
 高原の次々と続く思いがけない言葉に、僕は、困惑しながら髪を掻き揚げた。
「そうしたら、僕はあなたの援助を受けられなくって、あなたに会う事も無かったでしょう?」
 ちょっと目を細めて、透かすように僕の顔をみつめている。十二年も供に過ごしていながら、なぜこの男はこんなにも他人を驚かせる行動をして見せるのがうまいのか。
「だったら、おまえがサディストじゃなければよかったんだ」
 その言葉に滲んでいる笑いにちょっとむかついた。こんなにも長い事傍にいて、未だにこれほど他人の痛い所を容赦なく突いてくる。知っていても思わず感心してしまう。
「そんな事。僕は、ちゃんと耐えていたでしょう?」
「だが、あれ以上やっていたらお前は壊れていただろう」
「いっそ、そうしてくれればよかったのに」
 思わず、真剣に言い返してしまって、高原を苦笑させてしまう。しまった。分かっていて乗せられた。本気になったら、適わない事は分かりきっているのに……。
「そうか。やっぱり私が、あれに囚われすぎたのがいけなかったんだな」
 胸に深く刺さる言葉の痛みに呻いて胸を押さえた。この人は、時々こうして僕を痛めつける。誰が主人か思い知らせたいのか。それともそれは本能なのか。
「そうですね。僕を壊してしまうほど、愛してはいなかったんですよ」
「そうだな」
 涙が滲んできて、思わず、ぎゅっと目を瞑った。傍にいる事さえ辛い。離れていてもやはり辛い。なぜ、思い切れない?忘れられない?自分の嗜好にすっかり慣れてしまった今でも、彼の腕の中に駆け戻りたくなる。もう、二度と戻れない事が分かっていながら。
  まだ若かった頃、僕は金のためにこの男に身売りした。せっかく合格した医学部を入学しないまま諦らめなければいけなくなりかけて、とにかくどこからかお金を調達しなければいけなくなった時、あまりにもたやすい目の前の金蔓に、ついついとびついてしまったのだ。彼は僕の身売りをあっさりと受け入れた。
「金の事は心配しなくていい。ちゃんと医者になるまで面倒見てやろう」
 そう、うなずいた言葉の通り、インターンを勤めて正規の医者として勤務するまで湯水のように金を投入してくれた。学業だけでなく贅沢な生活と遊ぶ金まで、一銭たりとも心配させた事はない。
 頭のてっぺんから足の爪先まで、自分は全て彼のものなのだという事を忘れさえしなければ、何もかも自由だった。彼は、僕が好きなように遠くまで泳いでいってもまるで気にしなかった。指先の一振り、視線の一瞥で僕が彼の元へ駆け戻ってくるという事をまるで疑っていなかった。そして、僕は……そうした。
 そうせざるをえなかった。体はあっという間に彼の刻んだ快楽を覚え、心は恐ろしいほど深く彼に囚われてしまっていた。それでいて、彼のプレイは容赦がなかった。真似事のSMしかした事が無かった僕は、自分の甘さを体で思い知らされた。泣いても、笑っても、怒っても、哀願しても……まるで敵わなかった。
「じゃあ、先に休みますよ」
 思いを振り切って部屋を出ようとすると、高原は、にやっと笑った。くそっ。しまった。煽られた。何を考えているのだろう。今でさえ三人の間は主人と僕と介添えの医者というだけでなく、随分とややこしくなってきているのに。
「痛めつけたい」
 高原の囁きが聞こえたような気がして、僕は後ろを振り返った。
 彼の掌の上にいるのは淳一じゃない。僕だ。そして……。それを選んだのは自分だ。深くためいきをつく。ここの所、淳一はためいきばかりついていた。明日からは、自分が同じ様な思いをしないよう十分用心しないとなるまい。




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 天蓋付のベッドに膝を付くようにして、両手両脚を拡げて僕は拘束されていた。手首は鎖に繋がれた枷で、足は麻縄が膝の上に三重に巻かれている。縄の先はベッドの下へ消えていた。寝室に普通に 置かれていて、高原が普段使っているベッドなのに、天蓋は固く太いオーク材の柱と梁を持ち上部の枠には縦横に三本の桟が渡してある。一本一本が梁と変わらない太さで、人一人吊り上げてもびくともしないつくりになっていた。あちこちに特注の金具が埋め込まれていて、縄や鎖を張り巡らすのに便利なように工夫されている。その金具につながれて僕はベッドの中央にほとんど手足の自由の無い貼り付けの状態にされていた。
 ここ何日か、射精を禁止されているせいでぽったりと重く感じられる性器は、さっきから思い出したように触れてくる高原の指に反応し、しっかりと固くなっている。乾いた指先がじんわりと袋の上を滑る。ぴくっと精嚢が反応して上にあがる。だが、高原はくすくす笑いながら枕によりかかって、うっすらと汗が滲む体があまりのもどかしさにうごめくのをじっと見ていた。
 さっきからもう大分長い間こうして視姦されている。たが、責めは一向に進まなかった。この時間がたまらなく辛い。だんだんと息があがってきて、肩で息をするようになる。どこも触られていないのにじっとしていられなくなってくる。視線を意識するたびにコックが、ひくっと、痙攣する。甘い疼きが背中を這い上がり、思わず愛撫をねだるように腰をもたげてしまうあさましいその動きを高原は楽しんでいるのだ。僕が屈辱に歯をくいしばりながら、何とかして反応せずに石になろうとしている様をじろじろと眺めては手を伸ばして撫で上げる。僕のそんな必死の努力は何のたしにもならない。高原の愛撫に慣れ親しんできた体は、こうして吊られているだけでじりじりと炙られるようだ。
「欲しいか」
 低く甘いバリトンの声に尋ねられて、思わず必死でうなずき返してしまった。彼の暖かくさらりとした手がくるりと巻きついてくる。待ち望んでいた刺激。それなのに体は意識して自制ないと逃れようと勝手に捻れる。彼の手技は、恐ろしく上手い。何をしたって訳でもないのに掌を巻きつけられただけで達してしまいそうだった。
「勝手にいくな」
  分かってる。射精の禁止が解かれたわけではない事は。分かっていたからといって耐えられるかどうかは別問題だったが、それでも歯を喰いしばり、持ち堪えようと力を込める。やわやわと、続けられる愛撫に脳が焼ききれそうだ目が霞み、胸が苦しい。下半身が溶けて流れ出ていく。熱い体はもう形を成していないような気がする。
「はっ……ああっ……っつ……だ……め」
 ぎゅうっと、コックを握りしめられる。鈍い痛みと指の締め付けに助けられて、ぴくぴくと痙攣しながらもなんとか踏みとどまれた。だが、あまりの辛さにその手に腰を押し付けてしまう。
「はっ、はっ、はっ……あうっ」
  胸が苦しい。息が吸えない。その瞬間、はじけるような痛みに、反射的に腰を引いた。コックは彼の手の中に握りこまれたままだったので、自分で自分に痛みを与えたようなものだった。一瞬何が起きたか分からず、ただただその痛みに体を固くして、背を丸めようとした。枷を思いっきり引っ張って、ガチャガチャと金属の音を響かせてしまう。生理的な涙が溢れ、周囲がぼやけた。
 ぱちっ!
「ああう!」
 もう、一度容赦なく弾かれて、何をされたのか腑に落ちた。コックをしっかりと握りしめたまま、反対側の左手で陰嚢を弾かれているのだ。そんなささやかな、指先だけのいたぶりとは信じられないほどの痛みだった。思わず首を左右に激しく振る。だが、どうしようもない。四肢は、枷と縄で拘束され、できる事と言ったらわずかに腰を捻るか、前後に揺するか…。それも、コックを握られていてはたいして動けるわけではなかった。彼の左手がかすかに動いて、もう一度同じ場所に押し当てられる。中指をパチッと弾くだけで、もう一度僕を飛び上がらせる事が出来る。
 一気に吹き出す冷や汗。本能的な恐怖が襲ってくる。彼がやろうと思えば、どんな事でも どんな痛みでもそこに加える事が出来るのだ。そう、何度でも、何度でも、繰り返す事が出来る。たいした労力でもなく。痕も残らないだろう。しっかりと拘束されている事も忘れ、僕は自分の体を何とかして取り戻そうともがいた。
「動くな」
「あ…」


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 命令されて硬直する。他に彼の言葉を実行する方法がない。動くまいと思ってそれが実行できる状態じゃなくなっていた。しっかりと握られていた右手がゆるみ、また愛撫が再開される。じんじんと芯に残るような痛みにかぶさって、腰が蕩けるようなやさしい愛撫。
「は……あっ……」
 目をぎゅっとつぶって、枷を握り締めた。あまりに焦らされた体は意思に反して、彼の愛撫を、全神経を総動員させて追ってしまう。掌を返し、爪が裏筋のあたりを張っていく。コツコツとかすかに当たる感触に気が狂いそうだった。もどかしい。もっと……。ああ。耐えられない。
 だが、動く事を止められているせいで、ただ体を硬くこわばらせてじっと耐えるしかなかった。一瞬の間を置いて、左手がひんやりと冷たいオイルを掬って後ろに塗りつけてきた。前と後を同時に高原の手が這う。二人居るのかと思うくらいにまったく違う動きをする両手が、それぞれに一番効果的な動きをみせながら責めあげて来る。やがて這い回っていた指は、柔らかくほぐれた中心にじわじわと侵入を開始した。
 違う。入ってくるのではない。ただ押し付けられているだけなのだ。だが、体は勝手に反応して彼の指を吸い込もうとしていた。そうして自然と指がめり込んでくる。あまりにも微細な動きなのに、なぜここまで感じてしまうのだろう。 枷がなければ、耐えられなかっただろう程に、ただその最小限の動きで体は暴走し始めていた。
 びくびくっとコックが痙攣して、求めている物を得ようとする。しかし、彼の反対の右手はそのかすかな初動を感知して間髪を入れずに根元をしっかりと絞り込んでいた。いく事は許されていない。
「各務」
「も、申し訳あ……」
  低い叱責の声に、心底怯えて謝罪する。叱責があろうとなかろうと、痛い目に合わされるのは同じなのに、怒っていると思うだけで胴震いが来るほどに怖い。ますます目を硬く瞑って、ただひたすらに耐えようと身をよじる。指が、ぷつりと中に入った途端に一気に根元まで捻じ込まれた。耐えようと力を込めていただけに、括約筋は閉まっていたから上手く迎え入れる事が出来ずに痛みが走った。体が痙攣する。
 謝罪の言葉を繋ごうとして空けられていた口からひゅうう……っと鋭い息を吸い込んだ。
もう一度開ければ叫んでしまう。
 もう、唇を噛んで声を殺すしか方法が無かった。これで、見苦しく叫んでしまえば、もう、自制は効かなくなってしまう。
 彼の指がぬちゃぬちゃと音を立てるようにして動く。後ろから送り込まれてくる快感に比例して握りこまれているだけの前も露を振りこぼしながら、ひくついてしまう
 彼の手が両方同時に離れていった時には、涙が出るほどほっとした。これで終りではないにしても一瞬息をつく事が出来る。高原は、さっき後ろに塗りこめた オイルへ小さなスポイトを入れると吸い上げたオイルをアナルへ無造作な動きで「ちゅっ」と注入した。入れられたオイルは、じゅわっと出口から滲み出ているだろう。そして、綿棒が取り上げられオイルを浸されてアナルへ差し込まれる。指に比べて本当にかそけき刺激。だが、擦りあげるような動きでしっかりと固い刺激を与えながら中へ入っていく。真ん中をちょうどの場所に留まらせたまま、次の綿棒が同じ様にして差し込まれる。続いてもう一本。そして、もう一本。
 高原はオイルの蓋を元通りに閉めると、向き直って今度は僕の体の後ろへ座り込んだ。足を開いて縛られているから、後からでもすべてが丸見えだっただろう。 みっともない尻尾のように四本の綿棒の先を尻の穴に生やしたままみつめられている事が堪らなく恥ずかしい。高原は、今度は後ろから腰骨の辺りへと指を滑らせる。敏感な骨のでっぱりをそっと撫で上げ撫で下ろし始めた。
 くすぐったいような快感が走り、それが意図せず後の穴にも作用しているのが分かる。頭を除かせている綿棒は、からだの収縮にあわせてうごめいて見せているだろう。あまりにも卑猥な映像が頭をよぎり、いたたまれなさに枷に体重をかけて身もだえせずに入られなかった。
「あ……いやだ……」
 油断した。さっきと違って後にいる事が、そこまで気を廻せなかった理由かもしれない。だが、何の妨げにもならなかった。恥かしさから、警戒せずに息を吸ったところを狙い、高原は器用に尻の間から手を伸ばしてなんの前触れもなしに精嚢を思いっきり弾いた。
「くっ……」
  伸び上がって痛みから逃れようとしても意味は無い。しっかりともう一度押し付けられた手を意識させられただけだった。もう一度来る。覚悟していても痛みは変わらない。本当に痛い。痛いのだ。ばちっ。涙が滲み、爪先が捻れる僕が痛みを必死に耐えているというのに、彼の手は容赦なく陰嚢を掴み締めてきた。あまりの苦しみに目の裏に火花が散った。
 次の瞬間、また、彼の手がするりと解け、今度は後から腰骨の上を撫で下ろすようにして前に回ってきた両手はコックの周りへ触れるか触れないかの距離を保ったまましゅるしゅると巻きついてきた。
 僕は、今度こそ絞め殺されるような悲鳴をあげて、体を揺すってしまっていた。



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 高原は僕の悲鳴を絞り取りながら、 このいたぶりを延々交互に繰り返した。どちらも苦しく、どちらも耐えがたい。痛みと蕩けるような焦らし。頭の中は射精する事でいっぱいになっていく。堪らなく欲しい。叫びだしそうな唇を必死に噛みしばり泣きながら身悶える。もう、擦れた悲鳴しか出ず、ぐったりと枷からぶら下がるだけになるまで。
  だが、それで終りではなかった。短い休憩の後、高原は竹肥後を持ち出して来て、それを僕の体の前に構え、その先に指を当ててうんとしならせて見せてから、パチンと弾いて遊び始めたのだ。汗ばんでうごめいている柔らかな下腹も。血管が透け、筋肉が張り詰めて震えている内腿も。未だに開放されずパンパンに 張り詰めている陰茎も。さんざん弾かれてじんじんと重く痛みその存在を主張する精嚢も。容赦なくパチンパチンと弾かれる。
 細く頼りない竹の肥後がしない、体に当たるとその瞬間鋭い痛みが表皮に弾けた。その痛みは鞭に比べれば、たいした事はない。だが、体の芯へ響いてくる鞭と違い、細く瞬間的に弾けいつまでも繰り返される痛みは、もう擦り切れかけていた僕の自制心をずたずたに引き裂いていった。
 パチン!
 痛い……。
 パチン!
 いたい……。
 パチン!
 あ、あ、痛っ……。
 ああ、いつまで耐えればいいのか。もう、ダメだ。堪えきれない。ついに、僕は涙ながらに懇願してしまっていた。
「許して、もう。許してください」
と……。
  高原は、泣きを入れた僕を枷に吊るしたまま放置した。グラスにブランデーを注ぎ、ソファへくつろいでぐったりと枷にぶら下がったまま震えている僕を眺めている。ここまで僕を半狂乱にさせておきながら、彼は、自分の欲望のかけらさえ見せていなかった。息も乱さず、髪も乱れていない。白いシルクのシャツの上に きっちりとガウンを纏ったまま、スラックスの足を組んで、のんびりとブランデーを楽しんでいる。
 さっきまで、巧みに両手を操って、僕に涙を振り絞らせた人間だとはとても思えなかった。しかも、今までの例でも、このまま、何の痛痒も感じない様子でさっさと僕を置いて別室へ引き上げてしまう事ができる男なのだった。枷に下がって、息を喘がせている僕の体は、ぎりぎりまで焦らされて、痛みにきりきり舞いをさせられズタボロになっていても、じわじわと熱くたまらないほど刺激を欲しがっていた。
 そのまま放置される。
 平気で置いていかれる。
 霞む目を開き、ぐらぐらする頭をもたげて、彼の姿へ視線を巡らすと屈辱に焼けるような胸の内を押し殺し、歯を喰いしばって、懇願した。
「もっと……痛みをください。いかないで……。このまま、置き去りにしないで」
 にやりと悪魔が笑い。グラスを置くとゆっくりと重い体が近づいてくる。側に寄るだけで、組み敷かれてのしかかられているほどの圧迫感に後ずさりせずにはいられない。怖い。
「ここを打たれたいのか?」
 ぞろり、と、内腿を撫でられる。逃げ出したい。怖い。
 ……弓人。
 痛い。
 だが……そのままほうって置かれるよりも、痛みにのたうつ方がましだった。
「ああ!打って!打ってください」
 その瞬間を僕は、忘れない。
 あっという間に枷から解放され、縄を解かれた僕は狂乱の嵐に飲み込まれた。何がどうなり、彼がどうしたのか。まったく分からないうちに、痛みと、快感が押し寄せてきて僕は彼の腕の中で意識を失った。



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  淳一と高原をプレイルームへ残して、部屋へ戻っても、なぜか眠る事ができずベッドの上を転々としているうちに、いつの間にか昔の思い出を反芻してしまっていた。
 契約が切れる時期が近づく頃、お互いの忙しさに自然に距離が開いた。そしてそのまま、本来の性癖に戻るべきだと高原に背中を押された。それ以来、すっかり記憶の底に封じ込めていた。忘れてはいないけど、思い出しもしない記憶。理屈抜きで体が覚えている快楽の、あるいは苦痛の記憶。ひとつが呼び覚まされると 繋がった鎖を手繰り寄せるように、次々と記憶の蓋が開いていく。
 遠くの方で雷鳴が響く。今夜は三日月に違いない。空は暗く。稲光は低く雲を照らす。寝返りをうつ。まどろみが忍び寄るのに任せながらも、僕は記憶をたぐりよせる事をやめられないでいた。

 そう、そのときの高原は、いつになくやさしかった。膝の上に抱き上げて、不安に覗き込む頬をなだめるように撫でられ、コックにリングがつけられる。勃起を維持するためのリング。だけど、今日のリングは革のバンドの上に幾重にも連なって連結されてずっと先の方まで覆う事が出来る形をしていた。それから何度もキスしてくれた。湿った音をたてて重ねるごとに熱くなる体。ゆっくりと頭をもたげその存在を主張し始める体。リングを押し上げていっぱいに張り詰めている。金具が肉に食い込んで鈍い痛みに呻くしかなかった。身じろぎする事もできない。
 そんな僕の締め上げられている場所を何度かなで上げ撫で下ろした高原は、そこへ低周波治療器につないであるピンチをつないだ。何が始まるか分かった僕は、体の血の気が引いていくのが分かった。だが、しっかりと締め付けるリングがこわばりをとく事は許してくれないのだった。治療器を僕の手に押し付けると、高原はやさしい手つきで背中を抱き寄せながら微笑みかけてく る。暖かな息が頬にかかる。
「スイッチを入れて」
 僕は黙ったまま治療器を握り締める。スイッチを入れたらどうなるか、一度、がんじがらめに縛られて責められた事がある体は知っている。腰の辺りがふわふわと頼りなく恐怖で力が入らない。僕は、じっと自分の締め上げられている場所をみつめながら、冷や汗を滲ませていた。
高原はせかさずにじっと待っている。どうやってもやるしかない事を、僕が分かっている事を知っている。恐怖と不安と期待を渦巻かせながら、治療器を握りしめている僕の体を軽く懐に抱きしめて、僕の汗の匂いをかいでいる。恐怖によって滲み出てくる汗の匂い。観念するしかない。大きく息を吸って、スイッチを捻った。体が跳ねる。電気が流れ、針を突き刺すような痛みが、規則正しくパルスに乗って送り込まれて来た。
「あっ。あっ。あっ。あっ」
 彼はやさしく嬉しそうに笑いながらひきつる僕の体を愛撫する。耐え切れず、僕は彼の胸に頬をぎゅっと押し付けた。そんな僕の顔を覗き込み、反対側の頬を そっと指先で撫でながら、眉を寄せている表情をじっとみつめていた彼。突き上げる衝動。緩慢に繰り返される痛み。随分と長い時間そうして穏やかに抱きしめられていた。だが、悪魔はそれで満足するはずが無い。
「六へダイヤルを廻して」
 ぎゅっと目を瞑って、治療器を握る手にもっと力を込めた。もう一度息を吸い込み、崖から飛び降りようとする。だが、その勇気は簡単にはでない。ああ…お願いだ。耐えられないよ。決して口に出来ない哀願を、何度もそう心に繰り返した。彼は、命令を繰り返したりしない。黙って静かに待っていた。
 考えるな。考えるな。自分自身に言い聞かせもう一度息を大きく吸うと、震える手でダイヤルを廻した。熱いともいえる激痛が、急激に凶暴な歯をむき出して襲い掛かってくる。
「あうっ」
 僕は、全身の力を込めて、丸くなり、自分を痛めつけている電流を発している機械を強く握りしめた。脂汗が流れ、体は勝手に捻れる。もう、愛撫を感じる余裕がない。痛い、痛いよ。高原……。
 彼はそうやって、痛みに引きつり悶える体をじっと抱きしめている。僕が喘ぎ、呻き声をあげるのをじっと聞いている。
 しばしそうやって、僕の苦しみを楽しんでからまたおもむろに次の段階へ進むのだ。
「七へ」
 激しく首を振った。痛みは休み無く続いている。こんなに苦しいのに締め上げられたコックはまだその存在をリングの中で主張していた。そのために流れる電流も容赦なく食い込んだ肉の全体へ激しい苦痛を送り込んでくる。もう、耐えられない。これ以上は。もう我慢できない。
「できない。できないよ」
 僕は彼の胸に体を強く押し付け哀願した。
「お、お願い。あなたがやって」
「だめだ。自分でやるんだ」
 悪魔の冷たい声に突き動かされて、歯を喰いしばりダイヤルを廻す。ほんのちょっとの指の動き、それが何をもたらすか分かっていて成すのは本当に辛かった。強くなった電流に体は打ちすえられた瞬間のように跳ねた。
「ひいあっ……!」
  痛い。のけぞる体が危うく膝の上から滑り落ちそうになるのを、彼は力強い腕で引き寄せ囲い込んでくれた。目を開けても溢れる涙に滲んで彼の顔をはっきりと見る事も出来なかった。だが見なくとも分かっている。僕の主である悪魔は嬉しそうに微笑んで、のたうつ僕を静かに見ているのだ。抱きしめた腕に痙攣する僕の体を存分に味わっているのだ。
「ゆ、弓人!……お願い……。」
 すがりつく手をしっかりと握り返してきた彼は、最後に慈悲のようにゆっくりと手を伸ばして、ダイヤルをいっぱいに廻してくれた。
 彼の膝の上で僕は失禁した。

  体は彼の愛撫に反応し
  心は痛めつけられる事に反抗する
  それなのに
  どうしてなのか
  彼が好きだ
  もう、離れられない

 その夜、僕はとうとう眠れず、白々と開け染めていく光がカーテンを照らすのをただ一人見つめていた。


 
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