★新館・旧館・別館の構成★
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性的、暴力的な表現を含んでいます。
虚構と現実の区別のつかない方
18歳未満の方はご遠慮くださいませ。
自己責任に於いて閲覧していただきますようお願いします。
二人の間で「身体の関係」だけが元通りになった後、彼女は週末に、僕を部屋に泊めるようになった。仕事が終わると、僕のプライベートの予定を訊いたりしないで、当然のように帰宅する時の車を運転するように命じられる。その事が、彼女にとっての僕の位置を示しているようで、意味も無く嬉しい。送迎には黒塗りのハイヤーを使っていたのが、社用の車になり、いつしか金曜日は自分の車を乗り着けるようになっていた。
ポケットにキーを入れているだけで、開錠やトランクの開閉、エンジンの始動が出来るので、何も考えなくてもエスコートのタイミングを逃すことなく彼女を車の中に導けるからだ。
会社の帰りに食事に寄ったり、ドライブに出かけ、そのまま出先のホテルで夜を過ごす事になったりしても、車のナンバーを見られることに気を使わなくてもすむ。深く濃い紺色は、彼女が選んだ色だった。磨くのが面倒だとぼやく僕に、会社の車と一緒に洗車に出しても構わないからと食い下がって、無理矢理その色を選ばせた。セダン車にしたのは、どんな場所にでも彼女を迎えに行けるようにという無難さを優先させた結果だったけれど、ほとんど音のしない静かな乗り心地はそれなりに気に入っている。アクセルを踏み込んでも、その結果を同乗者に全く感じさせないのだ。
彼女は以前から夜のドライブが好きだった。今日は、食事の後だったこともあって、カーブが多く、ほとんど対向車のいないような山道を、できるだけ負荷を感じさせないように曲がった。きついカーブのために先の見えない道をヘッドライトが舐めるように照らして行く。
「和希の運転って、ちっとも揺れないよねぇ」
「揺れるのがお好みなら、とばしますけど」
「ううん。今日はいい。そんな気分じゃないもの」
ほんとうは、瑞季は、ギリギリまでスピードを落とさずに突っ込んで、派手にドリフトさせながら曲がるのが好きなのだ。そこまで運転が得意じゃない僕は、最初の頃は彼女の要求に応えるのに苦労した。僕の車のレジェンドは、なんと言ってもドリフトのやりにくい車なので、ドライブに行く時はいつも彼女の車だった。
本人は、マンションの駐車場で車をぶつけるようなタイプなのに、見た目で車を選ぶからとんでもない車種に乗っていた事もある。だが、確かに誰が見ても高い車に乗れば、向こうから避けてくれるから安心なのだった。
「小さい排気量の車が好き。だって、ちゃんと振動するから。スピードを出さなくてもとばしているみたいに感じるでしょう」
「ぶつかったら、つぶれてしまうじゃありませんか」
あの時、彼女はなんと答えたのだったろう…。彼女はいつも僕をひやひやさせる。決して止める事ができない自由な少女。危なっかしく高い塀の上をゆらゆらと渡って行く。
登りきった大きなカーブの所に、小さな展望台が設置されていて、僕はその前に車を停めて彼女を降ろした。
半分に翳った月が背後の山に掛かっているし、晴れた空の縁は街の明かりでうっすらと白んでいるので、街の連なりから離れた遠出という意識は無い。ただし、真っ暗ではないものの、砂利を敷いた足元はハイヒールでは歩きにくそうだった。僕はヘッドライトをつけたままエンジンを切った。彼女が展望台の手すりの所まで行くのを待って、ライトを消す。
砂利を踏んで彼女の後ろへ近づくと、背後からそっと包み込むように彼女の身体に腕を廻す。抱き寄せた細い身体が待っていたように、お互いの重心を量りながら体重を預けてくる。
「きれいね」
眼下に宝石箱のようにチカチカと瞬いている明かりが連なっている。デートスポットのお約束事のような夜景。冷たい夜の空気の中でも、ただ抱き合っているだけでお互いの身体が熱くなってくるのが分かった。屈みこみすくい上げるようにして彼女に口づける。当たり前のように唇を開いて僕を迎え入れてくれる彼女。
今の僕達はほとんど普通の恋人同士と言ってもいいような関係になっている。本来ならその安定を受け入れて、お互いに満足してもいいはずだったのに、そう上手くはいかなかった。
一緒に仕事をしている間、日に何度も彼女が僕との距離を測りかねて、位置取りを変えるのが分かる。彼女の記憶の無い、普通ではなかった僕たちの情事が、今さらに彼女の負担になっているのだった。ふたりの間にあったはずの支配と被支配の関係。彼女は自分でそれを理解できず、そのために完全に僕を受け入れる事もできない。
抱きしめた彼女の体がやわらかく溶けていく。すべてを僕に預け、熱くなっていく。お互いの唇が離れると、白い息がその唇の間を行きかうのが見えた。

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同じ道程を今度は降って帰る。降りは無防備にスピードを上げる訳には行かないから、さっきよりもずっと慎重に、丁寧にカーブを曲がった。
白いガードレールをライトが舐めるように照らしていく。真っ暗なカーブの先が次第に明かりの中に現れてくる。瑞季の口数が急に減ったと思うと、何もしゃべらなくなった。
まさか酔った訳じゃないだろうと、カーブを抜けた瞬間にちらと視線を走らせると、唇を引き結んでこわばった彼女の横顔が見えた。右手が震えながら上がり、額を押さえる。僕は、びっくりしてスローダウンすると左側に寄せて退避帯へ静かに滑り込んだ。
「どうしたんです?気分でも悪いんですか」
「ううん…。違うの。なんだか…」
彼女は困惑したように、頭を振った。
「さっき、女の子が立っていたでしょ」
なにを言われたのか分からなかった。道を降って来た間、誰にも会わず、車ともすれ違わなかった。
「13歳くらいの白いワンピースの女の子」
「……いいえ」
「ああ、違うの。ほんとに立っている訳じゃない。だって、カーブを抜ける時に、アクセルを踏み込む度に何度も現れるんだもの……」
いいえ。いいえ、誰もいなかった。誰も見えるはずがない。心の中で、そう答えながらも、自分の血の気が引いていくのが分かった。身体が冷たくなって、シートの中へ沈み込んでいくような感覚。音が遠ざかり、彼女の瞳だけが近づいてくる。心の中に描いていた風景がぐんにゃりと曲がって、何もかもが交じり合い、受け入れたくない事実と願望がそのわずかな隙間をすれ違っていく。
「もう、一回あの上まで行って、それから、もう一度降りてきて」
やりたくない。もう、帰りましょう。舌の先で飛び出しそうになるその言葉を丸めて呑み込んだ。今からやることが、プラスとなるかマイナスとなるか、僕には全く読めていないのだ。
サイドブレーキを下ろすとハンドルをいっぱいに切ってUターンした。同じ行程を繰り返して展望台まで上がり、もう一度その場所でUターンして同じように降って行く。

カーブを切るたびに、めまいのような幻惑が襲ってくるような気がして、歯を喰いしばる。ブレーキ。スローイン…。ハンドルを切る。ファストアウト。そしてまた、スローイン。反対へハンドルと切る。アクセルを吹かす。ファストアウト。アウトインアウト。ラインを舐めるように辿る。繰り返す。暗い道の向こうを照らしていくヘッドライト。
「東野、私、以前にもここに来たことがあるような気がする。こうやってこの道を降って行った事が…」
あれほど願っていた彼女の、自分を呼ぶ言葉を聞いた時、僕は一瞬、目を瞑ってしまった。カーブを抜ける時で対向車もいなかったとはいえ運転中にはやってはならない行為。すぐに気を取り直したものの、ハンドルを握る手は不自然にこわばったままだった。
「その時も東野の運転じゃなかった?」
彼女は気がついていない。自分が呼んだ名前に気がついていなかった。ただ、一心にフロントガラスの向こうの風景に目を凝らしているようだった。
神様。もう、充分です。僕には、今の言葉だけで充分です。だがら、もう、彼女をこれ以上苦しめないでください。彼女の平和を奪わないでください。苦しい記憶を消したままで、彼女を幸せにしてください。
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「ねえ、お尻を叩いた事ある?」
ドライブから戻ってきた後、マンションのいつもの部屋に落ち着いた僕たちは、ゆっくりとお風呂で温まった。タオルで髪を拭きながら部屋へ入って行くと、先に風呂に入った瑞季は、ピンク色の肌に紫のシルクのガウンを纏いつけ、肩にかかる髪はまだシャンプーの香りに湿らせたままベッドの上にちょこんと座っていた。透明の泡の立つ飲み物を飲んでいる。
「叩かれた事はあるけど……」
「叩いた事はない?」
僕は瑞希の横のベッドに斜めに腰を預けて、彼女の手から飲み物をひょいと取り上げて一口飲んだ。冷たく冷やしたシャンパンだった。バカラのフルートグラスに注がれている。
「何かお祝い?」
「ううん。別に。ランソンのブラックラベルよ」
「シャンパンが好きだったんだっけ?」
「わからない。何が好きだったのか、嫌いだったのか。覚えてないんだもの」
彼女は手を伸ばして、グラスを取り戻す。
「でも、これおいしいわ。私、きっと大酒のみだったわね」
「う…ん。弱くは無かったと思うけど」
「叩いてみたくない?」
「どうして、そんな事を?……記憶を無くす前に、瑞季はSだったんだよ」
瑞季はわざとらしく眉をしかめた。
「なぜ、私はSだったのかしら。どうしてMじゃなかったの?女の子はたいていMなものでしょう?」
「うーん、性別で決まるものじゃないと思うけど……」
「自分で試してみて選んだのかしら。だとしたどうやって?」
「最初の頃の事は、僕は知らないんだ。僕の知っている瑞希は、最初からSだった」
僕は真樹の事を思い出していた。彼女を彼に会わせてみたらどうなるのだろう。もし、その瞬間に記憶が戻ってきたら、僕はどうするのだろうか。そして、彼女はどうするのだろうか。
「その頃のお相手に会ってみる?」
瑞季はますます顔をしかめてみせる。
「気が進まないわ」
それから、グラスを一気に傾けて喉へ流し込むと、ベッドサイドのテーブルのお盆の上にそっと乗せた。
「なんだか。…分からないけど、怖い。見るのが怖い。知るのが怖い。自分の本性と向き合うのが…怖いの」
そして、ベッドの枕へ身体を投げ出した。
「私、きっと残酷な人間だったんでしょ。酷い女だったんでしょ。人を痛めつけて喜ぶなんて最低よ」
彼女の横へ滑り込もうとしていた僕はびっくりして、顔を覆っている彼女の手をつかんで、引き寄せた。彼女の大きな瞳は涙で濡れている。
「違う。そうじゃなかった。そんなふうに思ったことはないよ。君はただそれが必要だっただけだ」
「じゃあ、和希は?和希は別にもともとSMが好きだった訳じゃないでしょ?」
「僕は、あなたが好きだったんだ」
「なんで、そんな酷いことを許したの?」
「酷くなんかなかった」
「鞭で打つことが?傷つけて、血を流させて…」
「瑞季、やめなさい」
思わず、強く遮ってしまって、彼女がビクッと身体を引くのを見て、心が痛んだ。記憶が無い時に自分の侵した罪に怯えている小さな少女のようだった。
「ちゃんと聞いて。僕はそれが嫌じゃなかった。君に与える事が出来て満足だったんだ。僕は自分から君にそうさせた。瑞季が無理強いした訳じゃない」
噛み締めた唇が震えているのを見て、僕はそっとその唇を抑えて開かせる。
「傷がつくよ」
黙って俯いていた彼女は、顎を上げると、強い瞳で僕を見つめてきた。
「お尻を叩いて」
「本気なの?」
「知りたいの。私があなたに与えていたもの。あなたが私から受け取っていたもの」
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膝の上に彼女を乗せたものの、戸惑いの方が大きかった。立場を反対にする事があるなんて考えてもみなかった上に、瑞季が何を求めているのか、そして、それは僕が与えられるものなのか。全く検討もつかない状態なのだ。
目を閉じて、想像する。膝の上に瑞季を乗せたら…僕はいったいどうしていたんだろう?目の前にある紫色の絹のロープに覆われた彼女の身体を見下ろした。どきん。頬が熱くなり、心臓が跳ね上がる。どきん。愛する相手の身体。どきん、どきん……。丸く膨らんだお尻をそっと掌で撫でる。どきん、どきん、どきん……。僕は自分の思考の中に入り込んでいった。
彼女のお尻を撫で回す。ゆっくりと丹念に、味わう。彼女が吐息をもらし、身体を熱くし、ぴったりと閉じられた、足の間が緩んでくるまで。
ゆるゆると、ロープを捲り上げる。絹のすべらかな布地が、彼女の身体を滑り落ちる。真っ白なふくらみが現れて、紫色の縁取りの中にすべすべの大理石のように光り輝いていた。そのふくらみを押して、弾力を確かめ、肌のすべらかさを味わった。充分に満足するまでその手を這い回らせ、おしまいに足の間にもぐり込ませた。熱く湿ったぬめりの中に、手を滑り込ませる。
「あっ……」
気付かれないように、用心に用心を重ねて息を細く、細く押さえつけるように吐いていた彼女が、息を呑んで大きく身体を跳ねさせた。感じ始めている。身体が打たれる前からピンク色になり、まぶしいくらいに光っていた。痛みを予想して身体がくねる。
なぜなんだろう。彼女にとって、一度も打たれたことも無く、一度も味わった事の無い痛み。何度も味わった僕が保障する。それは、苦痛だ。身体に刻み込まれる苦痛。それなのに、彼女の身体はそれを予想して火照り、熱く息づき始めているのだ。
Sであった瑞季。Mではなかったはずの瑞季。サディズムとマゾヒズムが一枚の鏡の裏と表なら、どちらでもない僕は一生その中に入っていくことは出来ないのだろうか。
手を振り上げる。真っ白なそのふくらみの中央に手のひらを打ち付けた。
「あうっ!」
手形が赤く指の形もくっきりとかたどりで抜いたかのように浮かび上がった。僕が、彼女につけた手形。僕が彼女に与えた苦痛。僕と彼女が重ねた気持ち。僕と彼女を結ぶきずな。ありとあらゆるものが混沌となり押し寄せてくる。
僕は、その手形の上にもう一度、更にもう一度と、手を振り下ろした。力を抜いて鞭のように手首をしなわせて打ち付ける。そうするとその瞬間は酷く痛むが、痣は軽く、早く治るのだ。回を重ねる毎に彼女の手が僕の膝に強くしがみつき、やがては痛みを堪えることに夢中になるあまりに爪が喰いこみはじめる。痛みが彼女のお尻を覆いつくし、悲鳴が彼女の喉を焼いた。
泣かないで、瑞季。しゃくりあげる彼女を抱き上げた時、涙に濡れた頬に僕の頬を押し当てた時。僕は、僕が彼女に差し出していたものを、彼女から受け取った。
信頼という名前の犠牲と愛を。
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欲望にすっかり熱くなった僕たちは、長い時間を激しく愛し合い。絡まったまま、電池の切れた機械のように眠った。
なぜ目が覚めたのか、後から思い返してみても分からなかった。ふっと、現実に戻り、僕はしんと空気が鳴るような静けさの中、間接照明に浮かび上がる天井を見つめていた。自分がどこにいるのか、何をしていたのか思い出せない。空白の時間の後、カチャン、と金物があたる音が聞えた。
一気に、現実に引き戻された僕は、反射的に横に寝ていたはずの瑞季を探した。寝る前に熱く絡み合った恋人はベッドに横たわっておらず、確かにそこにいた証に僕の隣の隙間が湿ったままくぼんでいた。腕をついて身体を起こすと、部屋の空気は思っていたよりも冷え切っており、素肌に鳥肌が立つのが分かった。それとも、それは、寒さから来たものではなかったのだろうか?
ギギギ…。
何の音だ?何か金物を擦るような、神経に触る音…。ありえない物に触れてしまったかのようなぞおっと総毛立つ感覚が襲い、僕はベッドから飛び降りた。台所!
なぜ、その時に、それほど必死になったのか。全く分からない。ドアを開けて、廊下を横切り、素っ裸の僕は躊躇うことも無く、台所へ続くドアを引きあけて飛び込んだ。
何も考えず、躊躇無く、手を伸ばすと、包丁を握っている瑞希の腕に両手で飛びついた。彼女が驚いて切り裂かれるかのような長い悲鳴を上げるのも構わず、力任せに捻りあげて包丁を奪い取った。
蒼褪めて、凍りつき、うつろな目で僕を見ている瑞季は、左手の甲側の手首を右手で押さえていた。その手の隙間から、真っ赤な鮮血がつつつ……と流れた。彼女の目がくるりと裏返り、白くなると、そのまま真後ろに昏倒した。僕は、手に握った彼女の血の付いた包丁を流しに投げ入れて、彼女の身体に飛びついた。危ういところで、頭を床に打ち付ける前に、彼女の身体を抱きとめる事ができた。
意識のない身体は、ぐったりと重く、起きた事実もあまりにも重かった。どうして。どうして。どうして。
僕が飛びつく直前の彼女は、まな板の上に乗せた自分の左手首を、出刃包丁で押し切ろうとしていたのだ。もちろん意識が無くて、加減せずに思いっきりやったとしても、自分の手を切り落とすことなど出来はしない。せいぜい骨に食い込む程度に刃が入るのが関の山だろう。だとしても、目のあたりに見た出来事が恐ろしくないとは、とても言う事が出来なかった。
僕は震えながら、意識のない彼女を抱き上げた。ベッドへ運び、手首を消毒し、包帯を巻く。思ったよりも傷は浅く、縫わなくても大丈夫のように思えた。それでも、夢のようで信じられない事実。白々と巻きつけられた包帯が、彼女がとった行動が嘘ではなかった事を僕に教える。
ほんのちょっと前まで、彼女は僕の腕の中にいた。愛しているという呼びかけに笑ってくれた。くちづけを分け合い絡まりあった。それなのに…それなのに、どうして。
答えは目の前にあった。記憶が戻らない彼女は出口を見つけられないでいる。ゆきは彼女の中を彷徨ったままだ。まだ、統合は終わっていない。一番苦しくて一番見たくない記憶をもう一度掘り起こす。そうして自分の心を切り開き、血を流し…それでも尚、生き残らなければならないのだ。
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「ゆき、そこにいるんだろう?」
僕は、汗に濡れた彼女の前髪を掻き揚げた。白い額に掌を乗せてしばらく待つ。
「返事をしてくれないか?ゆき」
瞼がゆっくりと上がり、丸い瞳が現れる。ピンクに濡れた唇が丸く開いた。
「かずき?」
泣きたいような懐かしさと悲しみに涙で彼女の顔が見えなくなった。
「ゆき、君だったの?手首を切ろうとしたのは。それとも、瑞季だった?」
目を覚ましたゆきは怯えた瞳でキョロキョロと周囲を伺った。
「あいつ……どこ?」
「……あいつ?」
「あの、おとこ。わたしを、かんだ」
「大きくて。いやな、においがした」
「はあはあと、いぬのように、くちをあけていきをしていた」
「ふくをハサミできりさいたの」
「それからむりやりひっぱってひきさいた」
「ぬのがくいこんだ」
「いたかった。なのにみうごきができなかった」
「なわがくい込んでてくびに……すりきれて…」
「あしのあいだにはいってこようとしたの」
「いたくて、あつくて」
「さけんだ」
「だけど、だれも、たすけにきてくれなかった」
「いつも」
「来る」
「の」
「毎晩」
「まい…ばん」
「くりかえし」
「くりかえし…」
「包丁」
「で」
「切る」
「手首を」
「切らないと」
「切り」
「落とさないと」
「縄が食い込んで」
「逃げられないから」
彼女の、たどたどしい舌足らずの言葉が途切れ途切れに続くのを、じっと耳を澄まして、ひとつ残らず聞き漏らすまいと耳を傾けていた僕は、その言葉に凍りついた。
その口調はどこかゆきとは違っていて、どうしてなのか分からない感覚が、酷いめにあった最初の人格の本当の声だと僕に感じさせた。
「手首を」
「切り落とさないと」
「自分で」
「切らないと」
「自由に…」
「なる…ために…あの」
「男から」
「ゆき……」
「かずき…ゆきの手首を切って…」
「…いいんだ。切らなくいい」
僕の目から彼女の頬に、涙が落ちた。泳いでいたゆきの瞳が不思議そうにゆっくりと弧を描き、ようやく僕の瞳に焦点を合わせる。
「…どうして?」
「僕が、彼を追払う。二度と君のそばには寄せ付けないよ。
ずっとずっと守ってあげるから。
もう、君は手首を切らなくてもいい。
いいんだ。
安心して…お休み」
僕の目をじっと丸い瞳で見つめていたゆきは、こっくりとうなずいた。愛すべき小さな女の子との別れが、目の前に来ていた。
「かずき、みずきをおねがい。わたしはもう
かのじょをまもれない
かのじょとひとつにとけてしまう……から……」
僕は、そっと、彼女の包帯を巻いた反対側の手を握った。
「約束するよ。決して彼女に手首を切り落とさせない」
ゆきはにっこりと笑い。
そして。
目を閉じた。
恐ろしかった夜は、東の空から白い夜明けを迎えた。
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次の朝、瑞希は、白い包帯を不思議そうに見ていたが、何も尋ねようとせず、僕たちは、彼女のマンションから直接出社しようとしていた。乗り込んでドアがしまった途端に、ガタン、とエレベーターが揺れた。
その拍子によろめいた彼女の腕を僕は反射的につかんだ。照明が二度点滅して消える。デジャブが起きたかのような、その出来事に僕は息を呑む。ぱっと非常灯がついて、不安げな顔をした彼女の姿が浮かび上がった。エレベーターの中は以前とは違って、二人きりだった。
「故障?」
「さあ、どうでしょう」
僕は操作盤の電話のボタンを押してみた。
「どうされました?」
どうも、この電話は管理室につながっているようだ。
「中央入り口前のエレベーターが止まってしまったんですが」
「ええ!?すぐに、管理会社に連絡しますので……しばらくお待ちください」
僕は、溜息をつくとボタンから手を離した。連絡を受けてすぐメンテナンスの係りが来たとしても、しばらくは動きそうに無かったからだ。空調が切れてしまったのか、心なしか温度が上がっているようだった。無意識にネクタイに指を掛けて結び目を緩めようとしながら、ふと、目を上げるとその様子をじっと見つめている瑞季の瞳と視線がぶつかった。
はっと気がつくと彼女の腕をつかんだままだった。僕は内心動揺しながらも、さも当然の様子を取り繕って彼女の手をゆっくりと離した。不思議そうな表情の瑞季の視線が離れて行く僕の手を追う。それから、その瞳は再びゆっくりと僕の顔に戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
彼女は返事をしなかった。眉を寄せて、ただじっと見つめてくる。彼女の瞳の中で何かが動き、そして彼女はパチパチと二度瞬きをした。
「東野?」
「はい」
まるで、スローモーションのように、時間が間延びしていくように感じられた。だが、実際はそんな事ではなく、彼女の動きが、まるでコマ送りのように遅かったのだ。両脇に力なく下ろされていた彼女の手がそろそろと持ち上げられ、僕の二の腕にかけられる。それから、ゆっくりとそこに力がかかり、彼女の肘が縮んでいく。当然、彼女の身体がゆっくりと前に出て、受け止めようと差し出された僕の腕の中にすっぽりと納まった。
僕の中で彼女が僕を呼ぶ声が繰り返し、こだまして消えていく。今、彼女は、名字を呼んだ?この場所は、彼女にとってはどこだと認識されているんだ?
彼女の白く滑らかな額が僕の胸の辺りに押し付けられている。スーツの襟の合わせ目辺りで彼女の唇が動いた。だが、声にはならず、ただ、熱い吐息がシャツを通して肌に当たったような気がした。
「瑞季、監視カメラに写っていますよ」
ここは、彼女の住んでいるマンションなのだ。だが、彼女の答えは僕のスーツの袖をぎゅっと握りしめる事だけだった。腕を揚げて彼女の背中に廻して抱き寄せた。
お互いの身体が隙間無く密着し、温もりを伝え合う。服を着ているとはいえ、ぴったりとくっついていては、感覚を妨げる何の足しにもならない。不埒な妄想と、慣れた反応が身体を駆け上がる。柔らかな彼女の曲線がスーツの固い布地を通しても感じられる。その下になにがあるのか僕はもう知っている。知らなくても…同じだ。こんなに、ぴったりとくっつきあっていては。
「東野?」
彼女の声がかすかに震えているような気がして、昨日の今日だけに、不安になってきた。
「どうしました?気分でも悪いんですか?」
左右に首を振った彼女は、急に伸び上がって顔を仰向け、同時に腕に掛けていた手を伸ばして、僕の首の後ろへ掌を滑らせた後、引き寄せた。喘ぎながら押し付けられた唇に、僕はあっという間に反応してしまい、今の今まで気にしていた監視カメラの事などすっかり忘れて、彼女の唇をむさぼった。
足の間に彼女の太腿がぴったりと押し付けられている。僕の堅くなった身体の反応はすっかり彼女に知られてしまっているはずだった
世間体もつつしみも振り捨てて、くそくらえと思いながら、僕は腰に腕を巻きつけて思い切り彼女を引き寄せた。重ね合わせられた身体が尚一層密着する。彼女の身体は反り返り僕たちはまるで映画の中の恋人達のように、上下になってキスを奪い合った。重ねる唇の位置をずらし、舌を伸ばし、お互いの口腔を味わうように絡めあう…
チンという音と共に、エレベーターはゆっくりと動き出した。通常の動きよりも遅い。一番近い最寄りの階へ到着したエレベーターは、ゆっくりと扉を開いて行く。僕は、その動きに気がついて彼女の身体を出来るだけやさしく引き剥がした。離れた彼女の瞳から一滴の涙が流れ落ちた。
「え?瑞季、どうしたんですか」
「東野。あなた、どこへ行っていたの?私、ずっと探していたのに」
僕は、返事が出来ず、黙ったまま彼女をエレベーターの外へ押し出した。管理会社の人間が何人か扉の外にいて、心配そうに声を掛けてくる。彼女はちょっと不安になっただけです。どこも怪我なんかしていません。だいじょうぶ。だいじょうぶです。
泣いている彼女を無遠慮な男達の視線を遮るように囲い込むと階段の方へ押しやった。会社へ行くのではなく、部屋へ戻ろうとしながらも、頭の中はましっろで、何がどうなったのかも分からなかった。ただひとつの言葉だけが繰り返し僕の耳に聞こえてくる。
「東野」
玄関のカードキーを滑らそうとする手は震えていた。僕の確かな記憶は、ドアの中に滑り込んだ所までだった。
「瑞季、思い出したんですか?」
「なにを?何を、思い出したっていうの?」
「僕のことを…?」
「あたし…」
額を押さえ、頭を振って、それからもう一度僕のほうを見ると、蒼褪めた瑞希は、苦しそうに顔をゆがめた…
「違う。東野のことじゃないわ。あたし、思い出したの。子供の頃の事。私、乱暴された。知らない男に。身体中を噛み付かれた。すごく痛くて、怖くて、ああ、私の身体……」
急いで彼女の腕を掴んで引き寄せる。うつむく彼女の顔をかがむようにして覗き込んだ。
「瑞季、それは、もう終わったんだ。昔の事だ。もう、終わったんだよ」
涙を流しながら、彼女は僕を見つめた。こっくりとうなずくとしがみついてきた瑞季は、なんの躊躇い無く僕の名前を呼んだ。
「もう、終わったのね。東野」
「ええ。ええ。そうです。もう、終わったんです」
あなたは、僕の所に帰ってきた。本当の記憶のある瑞季になって。僕は、彼女を抱きしめた。その時、初めて僕は気がついた。遠い旅路の果てに、帰ってきた僕の腕の中にいる確かな記憶を持った瑞季が、僕を東野と呼ぶそのゆっくりとした口調と、澄んだ丸い瞳をしている事に。
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両腕に巻かれた皮の拘束具の金具に掛けられたフックは、チェーンブロックの容赦ない電気の力で、ゆっくりと巻き上げられていく。腕の筋肉はパンパンに張り詰めて、ぶらさがってくる自分の身体の体重を支えようとしている。身体は機械の無情な動きによって、爪先が床につくかつかないかの微妙な所まで引き上げられた。全くつかないともいえるし、必死に足で探れば、爪先が床を見つけられるぐらいの高さだった。この中途半端な高さは僕にとっては苦手だった。全然つかないと思えば諦められるものを、ちょっとの努力で床を捕らえられるという望みが、楽になるはずがない事が分かっていても、爪先で床を探らずにはいられない。僕の身体には電極のピンチが要所要所に取り付けられていた。そして、アナルにはたっぷりとローションが塗られて、S字を描くステンレスのフックが差し込まれている。その端はしっかりと縄で腕を釣るフックへと縛り付けられていた。
ぶらぶらと揺れる伸びきった身体を瑞季はチェーンブロックのスイッチのそばにに立ってじっと見ている。始まる前のこの時間はぴんと張った神経を爪で弾かれるのを待っているのと同じだ。胸が絞り上げられるように息苦しくじっとしているのが辛いほどに緊張がせり上がってくる。ゆっくりと勿体をつけて近づいてくる瑞季の、白い手が僕のがら空きの脇腹を擦り上げた。彼女の手から電気が走り、僕の身体の中を抜けてステンレスのフックへと流れた。
どういう仕組みになっているんだろう。エロクトロニクスを使った、電気責めの経験は初めてじゃないけれど、たいていは電気を通電する電球のような機械を押し当てることが多かった。だが、今日の刺激は確実に彼女の触れてくる手から流れてくる。あまりの痛みに飛び上がりそうなのに、彼女自身は表情も変えない。電気が流れているのは僕の身体だけなのだろう。
いつものように、吊られた身体の脇腹から、ゆっくりと撫で下ろし撫で上げる。僕は叫ぶまいとして必死に、歯を喰いしばる。手は腰骨にぴったりと押し合てられ、背中へ向かってゆっくりとすべり始めた。呻き声を押し殺すのも容易じゃない強い電流がビリビリと身体の中を流れアナルへと収束していく。焼けるようなそれでいて思いっきり不快な鈍い通電の痛み。ひとしきり彼女に撫で回されただけで、汗がどっと吹き出てくる。そして、その汗がまた、電気を流れやすくしているのだった。
彼女は一旦離れると、机の上においてあった霧吹きを取り上げると僕の身体にシュッシュッシュッと霧を掛け始めた。もう、すでに汗で濡れて光っている身体なのだから、改めて水を吹き付けることに、特に意味はない。ただ、効果をあげる演出のようなものだと言っていい。それから、フックが繋がれている機械のダイヤルのメモリを少し上げる。
たとえ2メモリでも、やられる方にとってはものすごく痛いのだ。身体中に針が差し込まれるような痛み。波がないために、尚更耐えがたく、あまりの不快さに思わず悲鳴をあげそうになる。
「東野。触って欲しい?」
僕は汗が流れ込んできて、沁みる目を必死に開けようとした。好奇心を剥き出しにしたような無邪気な微笑の瑞季が、僕の顔を下から覗き込んでいる。
「私に、触って欲しい?」
彼女に触れられると、電気が流れる。その苦しみは、さっき試して証明済みだった。身体が痙攣して思うように息も出来ないほどに痛い。しかも、さっきよりもメモリの数値は上がっていた。身体も充分にまんべんなく濡れている。僕は、瞬きを繰り返して汗と涙を振り払い、彼女の顔をしっかりと見捉えた。にっこりと笑いかけてくる女性は僕の愛する女性。ただ一人僕を鎖で繋ぐことのできる女性。僕に苦しみと痛みを与えられる女性。僕が命に代えても守ると誓った女性。ただ一人の恋人。
「ええ、触ってください。」
一瞬、彼女の瞳の中にいくつもの感情が揺らめくのが見えた。哀れみと喜び、そして切ないほどの欲求とあふれんばかりの愛が・・・。僕は見つめる。瑞季の微笑を。そして彼女の伸ばしてくる手を。その指先が僕の身体に触れる瞬間を。
「瑞季、いつも、いまも、これからも・・・」
電気が流れて、僕のささやきは途切れた。今までにない苦痛に身体が捻れ、痙攣する。握りしめた拳を突っ張って、歯を喰いしばり、床を無意識に探る。なにか、なんでもいい、すがる場所、すがる手が・・・。だが、汗にぬれたつま先は滑り、床を捉えることが出来ない。押し付けられた瑞季の手が腹を滑り、怖れていた場所へと近づく。ただ、叫ぶしかない。あまりの痛み。あまりの苦しみに。
「それでも、瑞季、僕は・・・ずっとあなたが好きだ。」
声にならない僕の囁きに彼女はにっこりとうなずいた。
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ぶらぶらと揺れる伸びきった身体を瑞季はチェーンブロックのスイッチのそばにに立ってじっと見ている。始まる前のこの時間はぴんと張った神経を爪で弾かれるのを待っているのと同じだ。胸が絞り上げられるように息苦しくじっとしているのが辛いほどに緊張がせり上がってくる。ゆっくりと勿体をつけて近づいてくる瑞季の、白い手が僕のがら空きの脇腹を擦り上げた。彼女の手から電気が走り、僕の身体の中を抜けてステンレスのフックへと流れた。
どういう仕組みになっているんだろう。エロクトロニクスを使った、電気責めの経験は初めてじゃないけれど、たいていは電気を通電する電球のような機械を押し当てることが多かった。だが、今日の刺激は確実に彼女の触れてくる手から流れてくる。あまりの痛みに飛び上がりそうなのに、彼女自身は表情も変えない。電気が流れているのは僕の身体だけなのだろう。
いつものように、吊られた身体の脇腹から、ゆっくりと撫で下ろし撫で上げる。僕は叫ぶまいとして必死に、歯を喰いしばる。手は腰骨にぴったりと押し合てられ、背中へ向かってゆっくりとすべり始めた。呻き声を押し殺すのも容易じゃない強い電流がビリビリと身体の中を流れアナルへと収束していく。焼けるようなそれでいて思いっきり不快な鈍い通電の痛み。ひとしきり彼女に撫で回されただけで、汗がどっと吹き出てくる。そして、その汗がまた、電気を流れやすくしているのだった。
彼女は一旦離れると、机の上においてあった霧吹きを取り上げると僕の身体にシュッシュッシュッと霧を掛け始めた。もう、すでに汗で濡れて光っている身体なのだから、改めて水を吹き付けることに、特に意味はない。ただ、効果をあげる演出のようなものだと言っていい。それから、フックが繋がれている機械のダイヤルのメモリを少し上げる。
たとえ2メモリでも、やられる方にとってはものすごく痛いのだ。身体中に針が差し込まれるような痛み。波がないために、尚更耐えがたく、あまりの不快さに思わず悲鳴をあげそうになる。
「東野。触って欲しい?」
僕は汗が流れ込んできて、沁みる目を必死に開けようとした。好奇心を剥き出しにしたような無邪気な微笑の瑞季が、僕の顔を下から覗き込んでいる。
「私に、触って欲しい?」
彼女に触れられると、電気が流れる。その苦しみは、さっき試して証明済みだった。身体が痙攣して思うように息も出来ないほどに痛い。しかも、さっきよりもメモリの数値は上がっていた。身体も充分にまんべんなく濡れている。僕は、瞬きを繰り返して汗と涙を振り払い、彼女の顔をしっかりと見捉えた。にっこりと笑いかけてくる女性は僕の愛する女性。ただ一人僕を鎖で繋ぐことのできる女性。僕に苦しみと痛みを与えられる女性。僕が命に代えても守ると誓った女性。ただ一人の恋人。
「ええ、触ってください。」
一瞬、彼女の瞳の中にいくつもの感情が揺らめくのが見えた。哀れみと喜び、そして切ないほどの欲求とあふれんばかりの愛が・・・。僕は見つめる。瑞季の微笑を。そして彼女の伸ばしてくる手を。その指先が僕の身体に触れる瞬間を。
「瑞季、いつも、いまも、これからも・・・」
電気が流れて、僕のささやきは途切れた。今までにない苦痛に身体が捻れ、痙攣する。握りしめた拳を突っ張って、歯を喰いしばり、床を無意識に探る。なにか、なんでもいい、すがる場所、すがる手が・・・。だが、汗にぬれたつま先は滑り、床を捉えることが出来ない。押し付けられた瑞季の手が腹を滑り、怖れていた場所へと近づく。ただ、叫ぶしかない。あまりの痛み。あまりの苦しみに。
「それでも、瑞季、僕は・・・ずっとあなたが好きだ。」
声にならない僕の囁きに彼女はにっこりとうなずいた。
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木の幹にくくりつけられて吊られた足が、痛い。ギリギリと足首に縄が喰い込んで来る。後ろ手にきつく縛められた手首が、仰向けに地面に横たわっている身体の下敷きになっていて段々と痺れてくるのが分かった。もう、春も近いと感じる陽気で早々と庭の桃の花がほころんでいるのに、夜もふけた今頃の時間には深々と冷え込んで、地面の冷たさが容赦なく体温を奪い取っていく。じっとしているのが辛い。どうにかして楽な位置を探そうと肩に力を入れて身体の向きを変えた。その途端に、ずきっと吊られた足首に痛みが走って、努力が徒になっているのが分かった。はあっと、溜息をつく。その息が空中に白く広がっていく。
縁側の上から、この有様を眺めて月見酒としゃれ込んでいる先生が、僕が辛さのあまりにもぞもぞと蠢くのを見て、いっそう喜んでいるかと思うと腹立たしかった。
「暁、痛む?」
頭の上から、のんきな声が訪ねてくる。彼はこの家の主人。そして僕にとっては、あれこれと指導してくれる尊敬する師であり、主人でもあり、なぜそうなったのか皆目見当も付かないのだが情人でもあるのだった。
「痛い。もう、解いてください。」
「だめだよ。これは、お仕置きなんだから。痛くしないと意味がないでしょ。」
「悪い事なんてなにもしてない・・・。」
「そうかな?」
何が、気に入らなかったんだろう?帰宅してからやけに上機嫌な様子で絡んでくるから、嫌な予感はしていたんだけど、何も釈明できないうちにこんな仕打ちを受けることになってしまった。逆らえば、もっと酷い事になるのは分かりきっているから、大人しく彼に言われるままに縄に身を委ねたものの、地面に接している背中と剥き出しの手足に深々と突き刺さってくる冷気は、縛めの縄以上に苦痛になって来ている。
「正直に言わないと、辛い事になるよ。」
嬉しそうににんまりと微笑しながら、着物の裾を捲ってくる。逆さに脚を吊り上げられてるから、すでにはだけて身体を覆う役目を果たしてはいないとはいえ、かろうじて隠されていた身体の中心までが露に剥き出されてしまったのには赤面せずにはいられなかった。
「どう?」
蛇がずるずるとにじり寄って、ちろちろと舌なめずりをしているような悪寒が背筋を走る。だが、彼の掌が僕の冷え切った足の脛の辺りにぴったりと張り付くと、その熱さと湿った掌の巧みないたぶりに身体が魅せられてしまうのはどうしようもなかった。ゆっくりと足の付け根に向かってさかしまに這いずってくる彼の掌が、まるで絡みついたままずるずると移動する蛇の蠕動のように感じ、その不気味さが普段は必死に隠している僕の被虐への憧れを逆撫でしてくるのだった。
ぎゅっと目を瞑り身体を固くする。先生のくすくすと洩らす笑い声は途切れることなく、僕を追い詰めてくる。熱い。さ、わらないで。溶けちゃいそうだ。足の付け根まで這い降りてきた掌は、膨らみを覆う布の端をなぞりまわす。それは、足の付け根の敏感な所でもあるから、僕は耐えられずに腰を捻ってその手から逃れようとする。もちろん縛られて動けないんだから、ちょっと身もだえしたってどうしょうもない。それでも、じっと動かないで耐える事なんかできない。
声にならない悲鳴が口から洩れる。その僕の反応を確かめながら、掌はまたゆっくりと足首へ戻っていく。どういうわけか、膝の内側や脛の固い所が、なぜこんなにと思うほど感じる。こんな場所が感じるのって僕だけなんじゃないのか。それなのに、先生の手からどうしたって逃げられない、この状況。先生が、僕がその場所がとても感じやすいと分かっていて、一層煽り立てるように撫でまわす間、じっと歯を喰いしばってその手が通り過ぎるのを待つしかないんだ。多少暴れたって、手足に縄による擦り傷を増やす事くらいしかできない。
焦らすような残酷ないたぶりは、足首の所を通り過ぎる時に、縄目の上をぎゅっと一瞬握って、それから甲の方へ移っていく。
あ、あ、あ。やめて。くすぐったい。あ、はぁ・・・う、くるくると指先で円を書くように指の先まで行った彼の手は、もう一度同じ軌跡を辿って降りてくる。二度目は、身体が味をしめてるから、さっきよりもずっとずっと感じてしまうんだ。絡み付いてくる右手をそのままに、左手が伸ばされると僕の腰を覆っていた布の結び目へもぐりこんでくる。器用な先生は憎たらしい事に両手利きで、危なげも無く、するすると結び目を解いていき、下腹を覆っていた布は引き抜かれていく。
さっきからの愛撫に、僕はもう、すっかり勃っちゃってる。その上をずるずると布が滑って行くんだ。堪らないよ。僕は、誰にも聞かせたくないような、裏返った叫び声を上げて腰を持ち上げてしまう。しゅうううっと抜き取られた布が、はらりと投げ捨てられると、何もかもがむき出しになったからだが冷えた空気の中で、熱くなった存在を主張してひくっと跳ねた。
いくら相手が同じ性を持った男でも、さっきからのいたぶりに煽られて、滴を振り零し、ぬるぬるてらてらと光っているその場所を見られる恥ずかしさったらない。相手も裸ならともかく、先生はきっちりと乱れなく着物をつけたままなんだから、一層恥ずかしい。見られるのが恥ずかしいって言うよりも、こんなに反応しちゃって、今もびくびくと痙攣を繰り返しているその有様が、僕の本当の気持ち、僕の身体がモトメテイルモノだと思うと、いたたまれない気持ちになってしまうんだ。
尊敬する大好きな先生にだけは、こんな、みっともない状態になって触れられるのを求めている淫売だなんて思われたくない。ところが、身体のほうは勝手気ままに暴走し、一番見られない所を見られたくない相手に大判振る舞いなんだ。恥ずかしさに、さっきまで蒼褪めていた身体は赤く染まり、汗に濡れてくるのが分かった。
「おや。お仕置きをされてるのに、どうい訳で勃ってしまったのかな。君は、こうやって縛られて弄られるのが好きなのか。」
そんな事おっしゃられても、先生のそのいやらしい触り方に、反応しない奴がいたらお目にかかりたいくらいだ。
「これは、もう少し厳しくしないといけないか。」
う・・・なにをどうするっておっしゃるんですか。僕はやましい事は、何もしてない。訴えようとして必死に顔を上げると、先生がにやにやしながら、古木の根っこのように瘤瘤のついた男根を擬した道具をお腹の上に置くのが見えた。え、え・・・。まさか、これを使おうって言うんじゃないですよね。
僕は、まだ、男を受け入れるのに慣れて無くって、先生のご希望に沿うのも死ぬ思いなのだ。ましてや、大きさが同じだとしても固い水牛の張り方なんか使われちゃ壊れてしまいかねない。
「先生。先生。お、お願いです。許して。許してください。」
「謝罪するという事は、自分のどこが悪かったのか分かったのだろうね。」
分かるはずがなかった。まるで、心当たりがないのだから。でも、ここでごねて見せてあんな道具を突っ込まれるよりは、なんでもいいから謝ってしまった方がずっとマシという物ではないだろうか。
「で、何が悪かったの?」
先生の両手は僕の震え上がった気持ちとは裏腹にぴんぴんと元気に跳ねているそこを、しっかりと握っている。先走りが、腹の上に滴り拡がりを作っているのをすくっては、敏感な場所に塗り拡げる作業を繰り返してくる。あまりの直接的な刺激に僕は喘ぎながら仰け反った。痺れきった後手の握りこぶしが地面の上と身体の間で擦れ、擦り傷が出来ているのか酷く痛むが、そんなことに構ってられない状態だった。握りしめられたものを容赦なくしごかれて、あっという間に高まっていく。
あ、あ、あ、あ・ぁ・・う・・う・・・ぅあ・・あ・・あ・・・「逝ける!」そう思った瞬間にぎゅっと根元をきつく握られる。痛い!手加減無しに締め付けられて、ほとんど間際まで来ていた身体は、空打ちするかのようにびくんびくんと痙攣する。だが、実際は射精していないんだから苦しいばかりだった。僕は必死に吊られた足を木の幹に突っ張って、異様な感覚をやり過ごすした。
「おやおや、どうやら、だめらしいな。」
何が、だめだったんだろう。何を、要求されていたんだ?逝くギリギリのところで止められた事で、もう、頭はちゃんと物を考えられる状態じゃなかった。
先生は立ち上がると木の幹に縛られた左足の縄を解き始めた。身体は右足だけで吊られる事になり、背中が地面についているのも何の役にも立たないくらいに、ズキズキと足首が痛む。力なくどさっと地面に落ちた左足に先生は膝の所へ新たな縄を足してぐいっと胸縄のほうへ引き上げた。胸を押すように太腿が身体にぴったりとつくまで縄を引くと、何重にも縄を掛けまわして一箇所に力が掛からないように分散してくれる。その気配りはありがたかったが、脚がぱくりと開かれた事で、あの張り方を本気で突っ込む気なのかと一気に蒼褪めてしまった。さっきまで欲求不満を訴えていた、節操無しのあそこもあっという間に萎えていく。
「先生。お願いです。やめて。やめてください。耐えられない。そんな事、しないで。わ、悪いところがあるなら直します。ほんとに分からないんです。お願い。」
頭を上げて必死に懇願する僕の泣き言を先生はうなずきながら聞いていたけれど、その手はぱっくりと開かれて、どうとでもしてください。と天へ向けられているそこにとろとろと不思議な柔らかさのある脂を垂らしては、普通に生きていれば決して他人に見せる事などないはずの菊座を揉み解し続ける。
物理的な刺激って、無情なもので、大人しくなっていた身体は快感の予感にむくむくと勃ちあがりはしめていた。最初は、排泄感と異物感と鋭い痛みの繰り返しだったその場所への愛撫も、回数を重ねるごとによくなってくるのは不思議なものだった。いや、今だって同じ感覚が無くなったわけじゃないのだけど、どこかしらその苦しみの隙間に、一瞬に閃くように快感が奔り抜け、そして、その閃きを追いかけるかのように前が反応し始めるといったい、痛いのかいいのかよく分からない感覚が交互に高まってくる。
「や、やめ・・・・て。いや。いやぁ・・・・。」
吊られた右足を軸に身体を捻ろうとすると痛みに足首が千切れそうになり、大人しくいたぶりに身を任せようとしても勝手に蠢いてしまう身体を抑える事は出来ず、ゴリゴリと下敷きになった手首を痛めつけてしまう。ようやくほぐれて感じ始めてきた身体の中心の快感が高まってきても、その痛みが我を忘れるのを引きとめ続けていて、どうやってもその行為に没入できない・・・。
その上に腹の上に乗せられたままの冷たい張り方の存在がある。そのことが頭の隅にずっとあって、忘れられなのだ。恐ろしい。こんなに大きくて固いもの。一度だって入れたことが無いのに・・・・。喜びと痛みと恐怖と・・・。三方から押し寄せてくる、全く違う感情に翻弄されて、僕は耐え切れずに泣いてしまっていた。涙がたえまなく流れ、周囲もよく見えない。
「こら、これっくらいで泣く奴があるか。」
「だって・・・・。」
堪えきれずに、しゃくりあげてしまう。先生の指が体の中を出入りする、その感覚だけを必死で追う。これは、いつもの行為。いつもの手順。いつもの快感。だが、腹の上の重さが急に無くなり冷たい硬質なそれが押しあてがわれると、到底黙っていられないほどの痛みがめりめりと身体を引き裂き始め、辺りがあまりの苦痛に真っ白になって、僕は開いた口から息を吸う事も出来ずに固まってしまった。痛い。
「あ・・・・・。」
「息を吸って、自分から吸い込むんだ。」
「無理・・・・。」
搾り出そうとした言葉も形にならずに宙に消えていく・・・。その時、いきなり先生の唇が僕の唇に重ねられたと思うと、息を思いっきり吹き込まれた。僕は本能的にそれを吸い込もうとして口を開けた。その瞬間、何がなんだか分からないままに剥き出しの痛みが僕を引き裂いた。
裂けた。それは、分かる。血の臭いがして、生暖かいそれが、身体を伝い降りてくるのが分かった。ああ、それともそれは気のせいか。身体中がずきずきと痛くて上も下も分からなくなってるのに、そんな微細な感覚が分かるものだろうか?そんな役にも立たない事を考えてるうちに、引き裂かれた身体の中に大きな塊が入ってくるのが分かった。それも繰り返し。繰り返し。いつまでも。いつまでも。痛みの大きなうねりに飲み込まれる。波は次々と襲い掛かってきて、息を吸う、きっかけがない。
「力を抜け。」
なに?なんだって?無茶を言わないでください。先生。この荒れた海が見えないんですか。嵐が来てる。僕たち遭難しちゃいますよ。高波が・・・ほら、僕を飲み込む。打ち付けられる。引きずり込まれる。なにも、見えない。
次にやってきた波は今までの波よりも高かった。僕は水面に打ち上げられ、その瞬間に本能的に息を吸った。稲妻が走ったように鋭い快感が身体の中心を走りぬけ、僕は意識を失った。
その夜、ようやく意識を取り戻した僕は、先生の布団の上にうつぶせに寝かされている事に気がついた。冷たくてひんやりとした感覚が足の間に滴って、先生が手当てをしてくれているのが分かった。
「暁。大丈夫か。」
「・・・・全然、大丈夫じゃありません。」
「おい・・・。」
先生のいつものくすくす笑いが聞えて、僕はちょっとほっとする。お怒りはもう、治まったらしい。
「先生、なぜ怒ってらしたんです。僕・・・何をしてしまったんですか?」
思い切っておそるおそる尋ねてみる。怪我の一番酷い時に訊いておかないと、後へ伸ばしたりすると、また責められて自分の首を締める事になりかねないのだ。
「なにも。」
僕は、目をパチパチと瞬かせ・・・先生がおっしゃった言葉の意味を考えた。痛みにぼんやりした頭はその事実を理解するのを拒否していたけれど。
「何も・・・?」
「ああ、『お仕置き』と言われるとおまえが、おびえるのがつい可愛くてね。」
僕は、師に、向かって、怒鳴りつけてしまうという事態を招かないように顔を乗せていた枕に歯を立てて口をぎゅっと押し付けた。そうだった。そうだったんだ。この人はこういう人なんだ。なんで、すっかり忘れていたんだろう。必死に自分の中の怒りを枕に向かって吐きつけていたのに、先生はひょいっと手を伸ばして、僕をひっくり返してしまった。すぐ目の前に、先生の笑っている目があった。
「おまえ、嫌なのか。俺に虐められるの。」
「・・・・・・・嫌じゃ・・・ありません。」
「ほんとに?」
「ほんとです!」
先生はむきになって怒鳴り返した拍子に走った痛みに僕が顔をしかめるのを見て爆笑した。ほんとは、ほんとは、虐められるのなんか好きじゃない。痛くされるのも。恥ずかしいことも。好きなんかじゃない。こんな仕打ちされて腸が煮えくり返りそうだ。だけど、だけど・・・。
先生は好きなんだ。
僕は心の中で溜息を付いた。
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