★新館・旧館・別館の構成★
1.新館、通常更新のブログ
2.別館、女性向けSMあまあまロマンス
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性的、暴力的な表現を含んでいます。
虚構と現実の区別のつかない方
18歳未満の方はご遠慮くださいませ。
自己責任に於いて閲覧していただきますようお願いします。
スーツケースには大きなキャスターがついているに限る。あんまり力の強くない私は、そう思う。それに、4個ついていることは言うまでもない。後ろに引っ張る2輪式は、取り回しにコツがいり、その上荷物を詰め込むと重くなるのだ。
「1泊のお出かけなのに、なんでそんなに荷物が多くなるのか。」と、よく夫に言われる。一番の悪者はパソコンである。普段使っているノートをそ のまま持ち歩くのでこれが結構重い。着替えをもう一泊分余計に持って行きたがるのも私の悪癖である。何かアクシデントが起きて服を汚してしまったり、汗を かいて着替えたくなったり・・・そんな時のために備えてもう一組。何しろ「もしも」が、好きな人なので、綿棒からとげ抜きからビニール袋まで、普段の移動 の時でもバックの重さはピカイチである。
それから、自分専用の縄。今回は縄を習う機会があるかもしれないから、自分の縄が必要なのだ。縛られている時は全く重さを感じないのに、束にま とめて持ち歩くとこれがまたずっしりと重い。そしてスパンキングラケット、オーダーして作ってもらったお気に入りの、のたりと丸くとぐろを巻く、長くて黒 い一本鞭と短いピンクのバラ鞭。芯が無くて、先が柔らかいからあまり痛くない短い鞭。マッチ棒のような先っちょを持っているローター。
あれやこれや思いつくものを詰めているうちに、黒いキャリーバッグは、もう、パソコンを押しこむだけのスペースしか空いていない状態になる。おみやげを買うわけじゃないからまあよいだろう。ぎゅうぎゅうと詰め込んで蓋を閉めた。
家の中をぐるりと一回り。窓を閉めて、電気を消して回る。お風呂の予約をして、夫の下着の着替えを脱衣場に置いて。最後に玄関の灯りをつける。妻がいない家に帰ってくる夫が、鍵を開けるのに苦労しないように。
考えるのは自分の方向音痴の事。今日の目的地は初めて行く所だから用心のために、縮尺の大きいのやら小さいのやら、グーグルマップを何枚も印刷 して来たのだけど、ちゃんと辿り着けるかどうか分からない。最寄り駅から家に帰る時でさえしばしば迷う私だから。ほんとだったら真っ直ぐ行く道を、何も考 えずに左に曲がってしまう。左へ曲がる道は何本もあって、どれも同じように見えるし、曲がった後も同じような住宅地。だから気が付かないで迷子になってし まうのだ。
幾つかの駅で電車を乗り換えて、えっちらおっちら、キャリーバッグを抱えて、階段を昇りそしてまた降る。今、通り過ぎた駅はなんて名前だっただろう・・・。ああ、去年までは、私はこの駅で降りていたのだった。でも、もう、二度とこの駅で降りることはない。
冷房の効いた車内と違い、むっと熱い風が吹き抜ける地上の道を、ガラゴロ音を立てながら付いてくるキャリーの音を聞きながら歩く。ただひたすらガラゴロガラゴロ。
ずっとここの所、考えても益体もない繰り言を頭の中で繰り返してきたせいか、それともいつもの習性か。ただ、なんとなく。こんなにまっすぐ歩く はずはない・・・・と、いう勝手な判断に基づいて、またしても曲がるべきでないはずの道をつい右へ曲がってしまった。地図を回してみていてもなんのかいも ないのである。
入り口を入るとそこはガランとしたホールだった。置き捨てられた壊れかけた家具や、外れてしまった建具がそこかしこに立てかけてある。割れてしまったガ ラスの窓には外から板が打ち付けられていて、その隙間から細い日の光が漏れているだけなので薄暗い。足元には、たまに入り込む人達がそこここで、コンビニ の弁当を食べたのか、ビニール袋やプラスチックのトレイや潰した空き缶が散らばっていた。
病院によくあるカウンター式の受付、そしてその向こうに真っ直ぐ行く通路と右へ曲がる通路が伸びている。診療室のドアが等間隔で並んでいる。
私は落ちている物に躓かないように、足元を確かめながらそろそろと進んだ。キャリーバッグは、玄関のところに置いてきてしまった。それを引いて歩けるような床の状態じゃなかったから。
なにもないところで転ぶことが出来るのも私の才能。障害物がある時はよけいに・・・。まっすぐ伸びている通路に並ぶドアは壁と同じようなグレイ の合板のドアだった。いかにも病院の診察室。多分その向こうには机と診察用のベッドが同じようにならべられた部屋が並んでいるのだろうと想像させるよう な。突き当りの出口に小さく開けられた四角いガラス窓から外の白い光が差し込んでいる。
反対に右側はどうだろう。明かり取りになる窓もなく、並んでいるドアもそしてその向こう側も、ねっとりとその場所にうずくまっている闇の中に消えて行っている。
行きたくないのに、惹きつけられるように、私は右へ曲がってしまう。
小さい頃からの私の定番の夢はいつも同じ。
殺される夢。殺す夢。
たとえば、階段を転げ落ちて縁側のガラスに突っ込む夢。まぶたの上から血がしたたり、真っ赤になった世界の向こうから包丁を持った母がゆっくりと降りてくるのが見える。私の手首を切り取りに来る母が。
殺す夢はもっと悪い。鉈を振りかぶって打ち下ろす。何度も何度も何度も。私の心を埋め尽くすのは怒りだけ。してはいけない事をやっているのが分 かっているのに、背中を這い上がる、せり上がってくるような、締め付けるような何かに追いかけられるように。私は父の体に鉈を振り下ろす。
そして廃屋になってしまった病院の中の通路を歩いている夢。突き当たりにあるのは黒い大きな石の扉。その中に私を生きながら臼で轢き殺してくれ るあの人が待っている。顔を持たないあの人は、懐かしく、恐ろしく、そのゴツゴツと乾いた手でやさしく私の腕を引く。そうしてその大きな臼の中に私をそっ と押しやる。
私は臼の中からあの人が覗きこんでくるのを見上げる。微笑みを浮かべて嬉しそうに私を見下ろす愛しい男の顔を。そして臼の取手にかかった分厚い 手を。あの人が私の身体に、胸に、腹に静かにゆっくりと触れた時のように。容赦なくその手が臼を回すと、私はあの人を見上げたまま、ただ黙ってぽろぽろと 涙を流しながら足の先からすり潰されていくのだ。
どの夢も、痛みと苦しみとそして絞り上げられるような胸苦しさを残していく。もう二度と二度と絶対にあの扉を開けたくはないのに。私はいつもの様に右に曲がってしまう。暗い闇が広がる通路へ脚を踏み入れてしまう。自ら望んで。自ら進んで
突き当りの黒いドアを開けると、違う世界が広がっていた。ラブホテル特有の安っぽさの限りを尽くしている広い部屋大きなベッドの周りを取り囲む、幾何学模様の柄がくっきりと刻まれた壁。二人並んで座るソファの上に、とぐろを巻くいつもの鞭。
ソファの前のテーブルの上に広げられたパソコン。脱ぎ捨てた服は、たたまれてソファの背中にかけられている。彼のスーツはきちんとハンガーに掛けて吊るされている散らかっているものを無意識に拾ってしまう私せめてもの慰めのように並べてしまう私。
ベッドの上に居るのは私に違いない。
私は、セックスで喜びを感じた事がない。気持ちよさは、いつも、掴みどころがなく、ただ体の中をたゆたい。指の先まで拡がっては、身体の中心へ戻っていくだけ。そんな私の身体を、私の上に仁王立ちになっている男は、短いゴムの鞭でところかまわず打っていた。
その鞭は、自転車のタイヤのチューブに使うゴム板を2センチほどの幅に切ってあるゴムで出来ている。ホームセンターへ行くと一束280円で売られてい る。トラックの荷台の荷物が落ちないようにかけるためのゴムだ。そのゴムを適当な長さでくるくると巻き、一箇所をパンの袋の口を縛ってあるようなビニタイ でまとめて止め。もう一度そのビニタイで、止められた場所を二つ折りにして巻いてあるだけの鞭である。
そして、この鞭は、音があまりしない。多分バラ鞭のような構造になってはいても、短くくるくると巻かれているせいなのだろう。その代わり外すこ ともない。自分の手の延長線のように振った所へそのまま打ち付けられる。肉を打つバチッという音が弾けると、表皮の上を熱くて鋭い痛みが、ぱあっと拡がる 重さはないので、奥までは届かないが、続け様に打っていると重なっていく広がる痛みが共鳴しあうのが分かる。
私はその鞭の一振り一振りに、身体を跳ねさせながら、小さな悲鳴を上げながら、ベッドマットにしがみつくように爪を立てていた。背中にもお尻にも交差し肌を埋め尽くす痕が浮き上がっている。
「上を向け。仰向けになるんだ。」
男は冷たく言い放つ。私は、一言もなく、ただ上がっている息をつきながら身体を反転させた。手首の一つでも縛ってもらっていたらもっと違った展 開になっていたかもしれない男は。私を拘束するのを面倒がった。縛られた女は自分では動けない。それがまた面倒なのかもしれない。
仰向けになれば打つ場所は決まっている。横に流れて力ない胸と醜く段をつけた白いうねる腹と。彼は、ただ黙々と私の身体の上に腕を振り下ろす。さんざん打ち尽くされて、しびれるような熱さになっていた背中とは全く違う。新しい皮膚に新しい痛み。
歯を食いしばっても、声が漏れる。痛みが身体に刻み込まれていく。身体を捻り、悶えさせている私の足が緩んだ。
すると男は、その足の間の一度も打たれたことがない場所をめがけて鞭を振り下ろした。
叫び声を上げたことすら気が付かなかった。身体を縮め、熱く焼けるような痛みが拡がって消えて行くのをただ待っているだけしかできない。子供のように小さくなって、丸く小さなひとつの珠になって。消えてしまえたらどんなにかいいのに。
「ほら、足を開くんだよ。」
男は、自分の足でもどかしげに私の足を蹴り広げた。恐ろしさのせいで恥ずかしさなんて意識する暇もなかった。
「いや、痛い。」
なんとか足を閉じようとしても、膝の内側に入った男の足が容赦なく足を押さえつけている。
「ここ、打つぞ。」
「や・・・」
「何回我慢できる?」
男の中では、その柔らかい粘膜を再び打ち据える事は、すでに決まった事のようだった。
「何度だ?」
「じゅっ・・・五回。」
「十回だ。」
「やだっ・・五回・・。」
「十回だ。ほら、足を拡げないか。自分で数えるんだぞ。」
私は、魅入られたように震えながら足を開いた。少しずつためらいながら。男の足がその間に入り、閉じられないようにこじ入れられた。ヒュッ・・・。黒いゴムの塊が落ちてくるのが見える。私は、思わず目を瞑る。
ビュッ!!
焼け付くような痛みというのをご存知だろうか。日頃感じることのない、破裂するような衝撃による痛み。一瞬で弾けて皮膚の上を焼き尽くしていく。
「あああああっ!」
叫んだ時に吐き出した息を大急ぎでもう一度吸い込み、自らの身体を硬くしてその痛みをやり過ごそうとした。ドット汗が噴き出してくる。
「い、一回・・・。」
その痛みが治まらないうちに、次の鞭が噛み付いてきた。私は、のけぞって、その痛みを受け止める。
「ひぃやっ・・・二回・・・・。」
部屋の壁を意識していた感覚がどんどん薄れて、部屋が拡がっていく・・。闇が拡がっていく。外側に広がる意識と、身体の奥に縮んでいく想い。そ の間を切り裂く純粋な痛みに私は身体をのたうたせる。6回目を数えた頃だろうか、鞭と鞭の間隔途切れて、私は、目を開けることが出来た。逃げる事を許さな いかのように立ちふさがる男の身体。そして、見降ろしてくる何もかも受け入れてくれる優しい目。そして、珍しく勃ちあがったその身体から、先走りの滴が私 の上に滴った。
興奮している。
私を打って。この人は興奮している。私が悲鳴をあげ、痛みにもがき、その身体に浮かび上がる赤い縞模様を見て興奮している。白い闇が外側から縮 んできて世界を埋め尽くした。なにもかもが、今日のこの瞬間のために会ったような気がして、私は涙を吹きこぼして泣きながら叫んだ。
「じゅっ・・かー・・い。」
満ち足りた。完成した。許された。贖罪は果たされた。
気がつくと、私は古いビルが作る日陰に、キャリーバックを椅子にして座っていた。辺りを見回しても、さっき入っていたはずの廃屋の病院は見つからない。 何度も繰り返した、眠れない夜を埋め尽くした夢。恐ろしさに震えながら、汗びっしょりの身体を、どこもタオルケットの下から出ないように必死に身を縮めて いた。誰かが、その浮いたタオルの下にある私の足を掴むような気がして。
あの病院は、私の夢のなかだけにある。
汗が引くまで、ぼんやりと、アスファルトの上に日差しが作った影が動いていくのを眺めていた。少しずつ拡がり、なにもかもをその影のうちに取り 込んでいく。あの人の闇からもう私は解き放たれてしまった。もうあの人は、あの駅のマンションには住んでいない。もう私は、あの夢を懐かしむことはない。
終わったのだから。
弾みをつけて立ち上がると、腕時計を見た。大幅に遅刻してしまいそうな気がして、慌てて携帯を取り出す。「ただいま駅から歩いている途中なり。 お損なってごめん。」携帯を閉じると、ガラゴロと音を立てて重い荷物を引きながら、私はまた歩き出す。曲がるはずがなかったまっすぐな道へ戻るために。目 的地に辿り着くために。
そういえば、今日は、あのゴム鞭は置いてきてしまった。
「1泊のお出かけなのに、なんでそんなに荷物が多くなるのか。」と、よく夫に言われる。一番の悪者はパソコンである。普段使っているノートをそ のまま持ち歩くのでこれが結構重い。着替えをもう一泊分余計に持って行きたがるのも私の悪癖である。何かアクシデントが起きて服を汚してしまったり、汗を かいて着替えたくなったり・・・そんな時のために備えてもう一組。何しろ「もしも」が、好きな人なので、綿棒からとげ抜きからビニール袋まで、普段の移動 の時でもバックの重さはピカイチである。
それから、自分専用の縄。今回は縄を習う機会があるかもしれないから、自分の縄が必要なのだ。縛られている時は全く重さを感じないのに、束にま とめて持ち歩くとこれがまたずっしりと重い。そしてスパンキングラケット、オーダーして作ってもらったお気に入りの、のたりと丸くとぐろを巻く、長くて黒 い一本鞭と短いピンクのバラ鞭。芯が無くて、先が柔らかいからあまり痛くない短い鞭。マッチ棒のような先っちょを持っているローター。
あれやこれや思いつくものを詰めているうちに、黒いキャリーバッグは、もう、パソコンを押しこむだけのスペースしか空いていない状態になる。おみやげを買うわけじゃないからまあよいだろう。ぎゅうぎゅうと詰め込んで蓋を閉めた。
家の中をぐるりと一回り。窓を閉めて、電気を消して回る。お風呂の予約をして、夫の下着の着替えを脱衣場に置いて。最後に玄関の灯りをつける。妻がいない家に帰ってくる夫が、鍵を開けるのに苦労しないように。
考えるのは自分の方向音痴の事。今日の目的地は初めて行く所だから用心のために、縮尺の大きいのやら小さいのやら、グーグルマップを何枚も印刷 して来たのだけど、ちゃんと辿り着けるかどうか分からない。最寄り駅から家に帰る時でさえしばしば迷う私だから。ほんとだったら真っ直ぐ行く道を、何も考 えずに左に曲がってしまう。左へ曲がる道は何本もあって、どれも同じように見えるし、曲がった後も同じような住宅地。だから気が付かないで迷子になってし まうのだ。
幾つかの駅で電車を乗り換えて、えっちらおっちら、キャリーバッグを抱えて、階段を昇りそしてまた降る。今、通り過ぎた駅はなんて名前だっただろう・・・。ああ、去年までは、私はこの駅で降りていたのだった。でも、もう、二度とこの駅で降りることはない。
冷房の効いた車内と違い、むっと熱い風が吹き抜ける地上の道を、ガラゴロ音を立てながら付いてくるキャリーの音を聞きながら歩く。ただひたすらガラゴロガラゴロ。
ずっとここの所、考えても益体もない繰り言を頭の中で繰り返してきたせいか、それともいつもの習性か。ただ、なんとなく。こんなにまっすぐ歩く はずはない・・・・と、いう勝手な判断に基づいて、またしても曲がるべきでないはずの道をつい右へ曲がってしまった。地図を回してみていてもなんのかいも ないのである。
入り口を入るとそこはガランとしたホールだった。置き捨てられた壊れかけた家具や、外れてしまった建具がそこかしこに立てかけてある。割れてしまったガ ラスの窓には外から板が打ち付けられていて、その隙間から細い日の光が漏れているだけなので薄暗い。足元には、たまに入り込む人達がそこここで、コンビニ の弁当を食べたのか、ビニール袋やプラスチックのトレイや潰した空き缶が散らばっていた。
病院によくあるカウンター式の受付、そしてその向こうに真っ直ぐ行く通路と右へ曲がる通路が伸びている。診療室のドアが等間隔で並んでいる。
私は落ちている物に躓かないように、足元を確かめながらそろそろと進んだ。キャリーバッグは、玄関のところに置いてきてしまった。それを引いて歩けるような床の状態じゃなかったから。
なにもないところで転ぶことが出来るのも私の才能。障害物がある時はよけいに・・・。まっすぐ伸びている通路に並ぶドアは壁と同じようなグレイ の合板のドアだった。いかにも病院の診察室。多分その向こうには机と診察用のベッドが同じようにならべられた部屋が並んでいるのだろうと想像させるよう な。突き当りの出口に小さく開けられた四角いガラス窓から外の白い光が差し込んでいる。
反対に右側はどうだろう。明かり取りになる窓もなく、並んでいるドアもそしてその向こう側も、ねっとりとその場所にうずくまっている闇の中に消えて行っている。
行きたくないのに、惹きつけられるように、私は右へ曲がってしまう。
小さい頃からの私の定番の夢はいつも同じ。
殺される夢。殺す夢。
たとえば、階段を転げ落ちて縁側のガラスに突っ込む夢。まぶたの上から血がしたたり、真っ赤になった世界の向こうから包丁を持った母がゆっくりと降りてくるのが見える。私の手首を切り取りに来る母が。
殺す夢はもっと悪い。鉈を振りかぶって打ち下ろす。何度も何度も何度も。私の心を埋め尽くすのは怒りだけ。してはいけない事をやっているのが分 かっているのに、背中を這い上がる、せり上がってくるような、締め付けるような何かに追いかけられるように。私は父の体に鉈を振り下ろす。
そして廃屋になってしまった病院の中の通路を歩いている夢。突き当たりにあるのは黒い大きな石の扉。その中に私を生きながら臼で轢き殺してくれ るあの人が待っている。顔を持たないあの人は、懐かしく、恐ろしく、そのゴツゴツと乾いた手でやさしく私の腕を引く。そうしてその大きな臼の中に私をそっ と押しやる。
私は臼の中からあの人が覗きこんでくるのを見上げる。微笑みを浮かべて嬉しそうに私を見下ろす愛しい男の顔を。そして臼の取手にかかった分厚い 手を。あの人が私の身体に、胸に、腹に静かにゆっくりと触れた時のように。容赦なくその手が臼を回すと、私はあの人を見上げたまま、ただ黙ってぽろぽろと 涙を流しながら足の先からすり潰されていくのだ。
どの夢も、痛みと苦しみとそして絞り上げられるような胸苦しさを残していく。もう二度と二度と絶対にあの扉を開けたくはないのに。私はいつもの様に右に曲がってしまう。暗い闇が広がる通路へ脚を踏み入れてしまう。自ら望んで。自ら進んで
突き当りの黒いドアを開けると、違う世界が広がっていた。ラブホテル特有の安っぽさの限りを尽くしている広い部屋大きなベッドの周りを取り囲む、幾何学模様の柄がくっきりと刻まれた壁。二人並んで座るソファの上に、とぐろを巻くいつもの鞭。
ソファの前のテーブルの上に広げられたパソコン。脱ぎ捨てた服は、たたまれてソファの背中にかけられている。彼のスーツはきちんとハンガーに掛けて吊るされている散らかっているものを無意識に拾ってしまう私せめてもの慰めのように並べてしまう私。
ベッドの上に居るのは私に違いない。
私は、セックスで喜びを感じた事がない。気持ちよさは、いつも、掴みどころがなく、ただ体の中をたゆたい。指の先まで拡がっては、身体の中心へ戻っていくだけ。そんな私の身体を、私の上に仁王立ちになっている男は、短いゴムの鞭でところかまわず打っていた。
その鞭は、自転車のタイヤのチューブに使うゴム板を2センチほどの幅に切ってあるゴムで出来ている。ホームセンターへ行くと一束280円で売られてい る。トラックの荷台の荷物が落ちないようにかけるためのゴムだ。そのゴムを適当な長さでくるくると巻き、一箇所をパンの袋の口を縛ってあるようなビニタイ でまとめて止め。もう一度そのビニタイで、止められた場所を二つ折りにして巻いてあるだけの鞭である。
そして、この鞭は、音があまりしない。多分バラ鞭のような構造になってはいても、短くくるくると巻かれているせいなのだろう。その代わり外すこ ともない。自分の手の延長線のように振った所へそのまま打ち付けられる。肉を打つバチッという音が弾けると、表皮の上を熱くて鋭い痛みが、ぱあっと拡がる 重さはないので、奥までは届かないが、続け様に打っていると重なっていく広がる痛みが共鳴しあうのが分かる。
私はその鞭の一振り一振りに、身体を跳ねさせながら、小さな悲鳴を上げながら、ベッドマットにしがみつくように爪を立てていた。背中にもお尻にも交差し肌を埋め尽くす痕が浮き上がっている。
「上を向け。仰向けになるんだ。」
男は冷たく言い放つ。私は、一言もなく、ただ上がっている息をつきながら身体を反転させた。手首の一つでも縛ってもらっていたらもっと違った展 開になっていたかもしれない男は。私を拘束するのを面倒がった。縛られた女は自分では動けない。それがまた面倒なのかもしれない。
仰向けになれば打つ場所は決まっている。横に流れて力ない胸と醜く段をつけた白いうねる腹と。彼は、ただ黙々と私の身体の上に腕を振り下ろす。さんざん打ち尽くされて、しびれるような熱さになっていた背中とは全く違う。新しい皮膚に新しい痛み。
歯を食いしばっても、声が漏れる。痛みが身体に刻み込まれていく。身体を捻り、悶えさせている私の足が緩んだ。
すると男は、その足の間の一度も打たれたことがない場所をめがけて鞭を振り下ろした。
叫び声を上げたことすら気が付かなかった。身体を縮め、熱く焼けるような痛みが拡がって消えて行くのをただ待っているだけしかできない。子供のように小さくなって、丸く小さなひとつの珠になって。消えてしまえたらどんなにかいいのに。
「ほら、足を開くんだよ。」
男は、自分の足でもどかしげに私の足を蹴り広げた。恐ろしさのせいで恥ずかしさなんて意識する暇もなかった。
「いや、痛い。」
なんとか足を閉じようとしても、膝の内側に入った男の足が容赦なく足を押さえつけている。
「ここ、打つぞ。」
「や・・・」
「何回我慢できる?」
男の中では、その柔らかい粘膜を再び打ち据える事は、すでに決まった事のようだった。
「何度だ?」
「じゅっ・・・五回。」
「十回だ。」
「やだっ・・五回・・。」
「十回だ。ほら、足を拡げないか。自分で数えるんだぞ。」
私は、魅入られたように震えながら足を開いた。少しずつためらいながら。男の足がその間に入り、閉じられないようにこじ入れられた。ヒュッ・・・。黒いゴムの塊が落ちてくるのが見える。私は、思わず目を瞑る。
ビュッ!!
焼け付くような痛みというのをご存知だろうか。日頃感じることのない、破裂するような衝撃による痛み。一瞬で弾けて皮膚の上を焼き尽くしていく。
「あああああっ!」
叫んだ時に吐き出した息を大急ぎでもう一度吸い込み、自らの身体を硬くしてその痛みをやり過ごそうとした。ドット汗が噴き出してくる。
「い、一回・・・。」
その痛みが治まらないうちに、次の鞭が噛み付いてきた。私は、のけぞって、その痛みを受け止める。
「ひぃやっ・・・二回・・・・。」
部屋の壁を意識していた感覚がどんどん薄れて、部屋が拡がっていく・・。闇が拡がっていく。外側に広がる意識と、身体の奥に縮んでいく想い。そ の間を切り裂く純粋な痛みに私は身体をのたうたせる。6回目を数えた頃だろうか、鞭と鞭の間隔途切れて、私は、目を開けることが出来た。逃げる事を許さな いかのように立ちふさがる男の身体。そして、見降ろしてくる何もかも受け入れてくれる優しい目。そして、珍しく勃ちあがったその身体から、先走りの滴が私 の上に滴った。
興奮している。
私を打って。この人は興奮している。私が悲鳴をあげ、痛みにもがき、その身体に浮かび上がる赤い縞模様を見て興奮している。白い闇が外側から縮 んできて世界を埋め尽くした。なにもかもが、今日のこの瞬間のために会ったような気がして、私は涙を吹きこぼして泣きながら叫んだ。
「じゅっ・・かー・・い。」
満ち足りた。完成した。許された。贖罪は果たされた。
気がつくと、私は古いビルが作る日陰に、キャリーバックを椅子にして座っていた。辺りを見回しても、さっき入っていたはずの廃屋の病院は見つからない。 何度も繰り返した、眠れない夜を埋め尽くした夢。恐ろしさに震えながら、汗びっしょりの身体を、どこもタオルケットの下から出ないように必死に身を縮めて いた。誰かが、その浮いたタオルの下にある私の足を掴むような気がして。
あの病院は、私の夢のなかだけにある。
汗が引くまで、ぼんやりと、アスファルトの上に日差しが作った影が動いていくのを眺めていた。少しずつ拡がり、なにもかもをその影のうちに取り 込んでいく。あの人の闇からもう私は解き放たれてしまった。もうあの人は、あの駅のマンションには住んでいない。もう私は、あの夢を懐かしむことはない。
終わったのだから。
弾みをつけて立ち上がると、腕時計を見た。大幅に遅刻してしまいそうな気がして、慌てて携帯を取り出す。「ただいま駅から歩いている途中なり。 お損なってごめん。」携帯を閉じると、ガラゴロと音を立てて重い荷物を引きながら、私はまた歩き出す。曲がるはずがなかったまっすぐな道へ戻るために。目 的地に辿り着くために。
そういえば、今日は、あのゴム鞭は置いてきてしまった。

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ゆうは、お尻を叩かれるのが好きな女の子です。
でも、叱られるのは好きではありません。
そんなゆうに、大好きな彼が出来ました。
ゆうの好きな男の子、ひろくんは、お尻を叩くだけでなく、説教もする男の子です。
興味のあるものがあれば、走って行って突いてみる。
おもしろかったら、触ったり、押したり、叩いてみたりする。
そんな女の子、ゆうの、元気いっぱいの行動は、たて続けの失敗と、罪のない いたずらと、笑いや喜びで溢れています。
そして、後ろを追いかけては尻拭いをする大好きな彼、ひろくんのため息も、ゆうの楽しみのひとつです。
大好きな人なのに、困った顔をするのが、ちょっと嬉しい。
ありのままの自分を、受け入れてくれる人がいる事が嬉しい。
叱られるのは嫌だけど、お尻を叩くその大きな掌のあったかさが、小さなスパンキーのゆうを、愛されている幸せでいっぱいにしてくれるのです。
お尻を叩かれると、痛みだけじゃなくて、胸がきゅんっとなることは、内緒ですが。
いつも、悪いことをして、お尻を叩かれて、ひろくんにしがみついて泣きながら、小さい子供のようにあやしてもらうゆう。
どこかでゆうも分かっているのです。
自分が、今、何者にも縛られず、小さいことで悩んだりしないで、自由に、遠くまで走っていけるのは、ひろくんがいるから。
ゆうの、そんな毎日の悩みや、迷いや、寂しさを、大好きなひろくんが引き受けてくれているからだという事を。
でも、叱られるのは好きではありません。
そんなゆうに、大好きな彼が出来ました。
ゆうの好きな男の子、ひろくんは、お尻を叩くだけでなく、説教もする男の子です。
興味のあるものがあれば、走って行って突いてみる。
おもしろかったら、触ったり、押したり、叩いてみたりする。
そんな女の子、ゆうの、元気いっぱいの行動は、たて続けの失敗と、罪のない いたずらと、笑いや喜びで溢れています。
そして、後ろを追いかけては尻拭いをする大好きな彼、ひろくんのため息も、ゆうの楽しみのひとつです。
大好きな人なのに、困った顔をするのが、ちょっと嬉しい。
ありのままの自分を、受け入れてくれる人がいる事が嬉しい。
叱られるのは嫌だけど、お尻を叩くその大きな掌のあったかさが、小さなスパンキーのゆうを、愛されている幸せでいっぱいにしてくれるのです。
お尻を叩かれると、痛みだけじゃなくて、胸がきゅんっとなることは、内緒ですが。
いつも、悪いことをして、お尻を叩かれて、ひろくんにしがみついて泣きながら、小さい子供のようにあやしてもらうゆう。
どこかでゆうも分かっているのです。
自分が、今、何者にも縛られず、小さいことで悩んだりしないで、自由に、遠くまで走っていけるのは、ひろくんがいるから。
ゆうの、そんな毎日の悩みや、迷いや、寂しさを、大好きなひろくんが引き受けてくれているからだという事を。
眠れない夜に、机に座っていると、男の手首が訪ねてくる。
手首は車のキーを、机の上に置くと、ただそれだけで、いなくなる。
私は、その男を大好きだった。
その男は10年前にビルから飛び降りて死んだ。
眠れない夜に、無理に寝ようと布団の中で輾転反側していると、男の手首が訪ねてくる。
手首は片方だけしかないのに、私の首を締めようとするが、うまくいかない。
私は、昔、その男に殺されかけた事がある。
その男は、私が泣きながら抵抗したので、翌日一人で死んでしまった。
眠れない夜に、窓を開けて静かな闇が、部屋の中に入り込むのを眺めていると、山の麓から坂を登ってくる、バイクの排気音が近づいてくる。
カーブを曲がるたびに、ふかすアクセルの音が遠くまで響く。
私は、そのバイクの主が、右折の四トントラックに轢かれて死んだことを思い出す。
追突を避けられないと分かって、自分から転んだので、彼のバイクだけは、無事にトラックの下をすり抜けたと聞いた。
眠れない夜に、部屋を徘徊した後、隣でぐっすりと眠ってる男の布団をめくって、懐に潜り込もうとする。
冷えた身体のせいで、男は必ず目を覚ます、そして、迷惑そうに、私を抱き寄せる。
この男は、私の愛した人の中でただ一人、まだ死んでいない。
私が眠れないのは、いつか、この男が死んだ後の事を、思い悩んでるせいに違いない。
手首は車のキーを、机の上に置くと、ただそれだけで、いなくなる。
私は、その男を大好きだった。
その男は10年前にビルから飛び降りて死んだ。
眠れない夜に、無理に寝ようと布団の中で輾転反側していると、男の手首が訪ねてくる。
手首は片方だけしかないのに、私の首を締めようとするが、うまくいかない。
私は、昔、その男に殺されかけた事がある。
その男は、私が泣きながら抵抗したので、翌日一人で死んでしまった。
眠れない夜に、窓を開けて静かな闇が、部屋の中に入り込むのを眺めていると、山の麓から坂を登ってくる、バイクの排気音が近づいてくる。
カーブを曲がるたびに、ふかすアクセルの音が遠くまで響く。
私は、そのバイクの主が、右折の四トントラックに轢かれて死んだことを思い出す。
追突を避けられないと分かって、自分から転んだので、彼のバイクだけは、無事にトラックの下をすり抜けたと聞いた。
眠れない夜に、部屋を徘徊した後、隣でぐっすりと眠ってる男の布団をめくって、懐に潜り込もうとする。
冷えた身体のせいで、男は必ず目を覚ます、そして、迷惑そうに、私を抱き寄せる。
この男は、私の愛した人の中でただ一人、まだ死んでいない。
私が眠れないのは、いつか、この男が死んだ後の事を、思い悩んでるせいに違いない。
5歳の時だった。
家のブロックの影で、知らない若い男にスカートをめくられたのは。
寒がりでタイツやパンツを重ね着してたので、男は、私の服をうまく脱がせられなかった。
じゃあ、キスをしようと言われて、怖くなって走って逃げだした。
映画館は広くて、人もまばらだったのに、男は、中学の友達と並ぶ私の横に座った。
そして、ビートルズが走り回るコメディを観ながら、私の身体を触ろうとした。
私は、友達に知れてしまうのが怖くて、一生懸命バックで男の手を塞せいだ。
映画は1時間半もあったのに、暗かったので、息の荒かった男の顔は見ていない。
いとことご飯を食べに行って、何も考えずぼんやりとレジに並んでいた。
後ろから来た酔っ払ったサラリーマンの四人連れの一人が、肩越しに、私の胸を強く掴んだ。
私は、16歳だった。
男というものが大嫌いになった。
家のブロックの影で、知らない若い男にスカートをめくられたのは。
寒がりでタイツやパンツを重ね着してたので、男は、私の服をうまく脱がせられなかった。
じゃあ、キスをしようと言われて、怖くなって走って逃げだした。
映画館は広くて、人もまばらだったのに、男は、中学の友達と並ぶ私の横に座った。
そして、ビートルズが走り回るコメディを観ながら、私の身体を触ろうとした。
私は、友達に知れてしまうのが怖くて、一生懸命バックで男の手を塞せいだ。
映画は1時間半もあったのに、暗かったので、息の荒かった男の顔は見ていない。
いとことご飯を食べに行って、何も考えずぼんやりとレジに並んでいた。
後ろから来た酔っ払ったサラリーマンの四人連れの一人が、肩越しに、私の胸を強く掴んだ。
私は、16歳だった。
男というものが大嫌いになった。
【縄とYシャツとビアンの彼女】
ビアンのはずなのに、彼女の部屋には、ピンと糊のきいた男物のYシャツが、ハンガーにかけてあった。
不信に思って、縛りながら、あれは、だれのものかと、問い詰めた。
「私の寝間着よ。寢る時に着るの。それだけよ。ただそれだけよ。」
「寢る」時に着るという言葉は、妙に私を苛立たせ、彼女の背中にYシャツを被せて踏みつけると、Yシャツと私達の関係が、同時に、ビリっと音を立てて裂けた。
【縄とYシャツと尿瓶】
後手に縛った彼女の、うねうねとうごく尻を、二度三度掌でひっぱたくと立ち上がった。
高みに昇った後の汗ばんだ肌に、ふわりとワイシャツをかけてやる。
足首をベッドに繋いだ鎖を確かめると、呆然と横たわる女の顔の前に尿瓶を置いた。
部屋に鍵をかけて、私は会社に出社した。
【縄とYシャツとアイロン】
旦那様のワイシャツに火のしをかけるために炭をおこした。
旦那様との、血をすすりあうような饗宴の縄痕が、着物から覗く手首にも、覆われた身体にも、ひた隠しにしている心にも残っている。
人の気配を感じて顔をあげると、能面の様に美しい奥様が私を見下ろしていた。
意識が途切れる前に聞いたのは、多分、私の頬の肉が焦げる時の音だったと思う。
【縄とYシャツと案山子】
夜明けに、亀甲に縛った彼女をベランダに出して、鍵をかけた。
明るくなってくる時間だったので、「外から見えちゃう。」と、泣く顔がかわいい。
朝日は、建ち並ぶビルの隙間から射してくる。
ふと見ると、とり込み忘れた俺のワイシャツを纏って、洗濯バサミで吊られてる案山子のような彼女の姿が見えた。
ビアンのはずなのに、彼女の部屋には、ピンと糊のきいた男物のYシャツが、ハンガーにかけてあった。
不信に思って、縛りながら、あれは、だれのものかと、問い詰めた。
「私の寝間着よ。寢る時に着るの。それだけよ。ただそれだけよ。」
「寢る」時に着るという言葉は、妙に私を苛立たせ、彼女の背中にYシャツを被せて踏みつけると、Yシャツと私達の関係が、同時に、ビリっと音を立てて裂けた。
【縄とYシャツと尿瓶】
後手に縛った彼女の、うねうねとうごく尻を、二度三度掌でひっぱたくと立ち上がった。
高みに昇った後の汗ばんだ肌に、ふわりとワイシャツをかけてやる。
足首をベッドに繋いだ鎖を確かめると、呆然と横たわる女の顔の前に尿瓶を置いた。
部屋に鍵をかけて、私は会社に出社した。
【縄とYシャツとアイロン】
旦那様のワイシャツに火のしをかけるために炭をおこした。
旦那様との、血をすすりあうような饗宴の縄痕が、着物から覗く手首にも、覆われた身体にも、ひた隠しにしている心にも残っている。
人の気配を感じて顔をあげると、能面の様に美しい奥様が私を見下ろしていた。
意識が途切れる前に聞いたのは、多分、私の頬の肉が焦げる時の音だったと思う。
【縄とYシャツと案山子】
夜明けに、亀甲に縛った彼女をベランダに出して、鍵をかけた。
明るくなってくる時間だったので、「外から見えちゃう。」と、泣く顔がかわいい。
朝日は、建ち並ぶビルの隙間から射してくる。
ふと見ると、とり込み忘れた俺のワイシャツを纏って、洗濯バサミで吊られてる案山子のような彼女の姿が見えた。
「カップルで来てる相手に誘われてもついて行っちゃだめ。相手もデートなんだから」って、言っても。
「私が誘ってる訳じゃない。相手のツレに気を使ってないわけじゃないよ。常識ないみたいに言わないで。」、と、頬を膨らませて不満そう。
そういいながら、一緒に来た私を置き去りにして、花の間を、好奇心ではちきれそうになって飛び回るミツバチ。
私とあなたも、カップルで来てるって事は、まったく、頭にないみたい。
この階段を降りると別れが待っている。
分かっていたので、降りないで登ろうとした。
焦っていたので、滑った。
一番下まで最短時間で落ちた。
「私が誘ってる訳じゃない。相手のツレに気を使ってないわけじゃないよ。常識ないみたいに言わないで。」、と、頬を膨らませて不満そう。
そういいながら、一緒に来た私を置き去りにして、花の間を、好奇心ではちきれそうになって飛び回るミツバチ。
私とあなたも、カップルで来てるって事は、まったく、頭にないみたい。
この階段を降りると別れが待っている。
分かっていたので、降りないで登ろうとした。
焦っていたので、滑った。
一番下まで最短時間で落ちた。
どこへ行っても、男の興味は他の女の上にある。
私の気持ちよりも、新しく視界を横切る自分からより遠い人の反応をおもしろがる。
二人で一緒にいる時くらい私の方を見て。
「見てるよ。君が大好きだ。」と、いう言葉は、いらなくなったフライやーのように、風に舞い散る。
SMバーのソファに私と斜向かいに座ってて、喋りながら男は、何気なく靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。
私に向けた顔は、私の言葉に相槌を打っているけれど、男の視線が気にしているのは、私がテーブルの下を見ないかだけ。
足元には、酔っ払って丸くなっているかわいい野良猫。
テーブルの陰で猫の身体を踏んで、反応を楽しむ男の目は、私の血だらけ傷だらけの心を素通りする。
外に出ると、叩きつけるような土砂降りだった雨は、すでに霧雨になっていた。
雨の匂いがする。
まだ、七分咲きの桜は、散りもせずに、夜空に濡れた花びらを揺らしながら仄白く浮かんでいる。
たち込める冷たい霧に、折り紙のような小さな傘は役に立たず、私の頬を濡らした。
男のさらりと乾いた、それでいて暖かい手が、私の裾をまくる。
軋む縄の音と麻縄の香り。それに重なっていく、湿って濡れている熱く火照ったいやらしい女の匂い。
死んでしまった夫でもなく、情を重ねた恋しい人でもない。
ただ、今の時間だけ。二人濡れて絡まり奪い奪われて、何も考えずに、死んだように眠りたかった。
私の気持ちよりも、新しく視界を横切る自分からより遠い人の反応をおもしろがる。
二人で一緒にいる時くらい私の方を見て。
「見てるよ。君が大好きだ。」と、いう言葉は、いらなくなったフライやーのように、風に舞い散る。
SMバーのソファに私と斜向かいに座ってて、喋りながら男は、何気なく靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。
私に向けた顔は、私の言葉に相槌を打っているけれど、男の視線が気にしているのは、私がテーブルの下を見ないかだけ。
足元には、酔っ払って丸くなっているかわいい野良猫。
テーブルの陰で猫の身体を踏んで、反応を楽しむ男の目は、私の血だらけ傷だらけの心を素通りする。
外に出ると、叩きつけるような土砂降りだった雨は、すでに霧雨になっていた。
雨の匂いがする。
まだ、七分咲きの桜は、散りもせずに、夜空に濡れた花びらを揺らしながら仄白く浮かんでいる。
たち込める冷たい霧に、折り紙のような小さな傘は役に立たず、私の頬を濡らした。
男のさらりと乾いた、それでいて暖かい手が、私の裾をまくる。
軋む縄の音と麻縄の香り。それに重なっていく、湿って濡れている熱く火照ったいやらしい女の匂い。
死んでしまった夫でもなく、情を重ねた恋しい人でもない。
ただ、今の時間だけ。二人濡れて絡まり奪い奪われて、何も考えずに、死んだように眠りたかった。
彼女はスーツフェチだ。
それも、抜いだり着たりする時の動きが大好き。
ワイシャツ一枚になると、彼女は「ストップ!」と、言う。
それ以上脱ぐと、もうスーツじゃないから。
鞭打たれることから逃げられない時、身体は無意識に反応する。
理性の軛を逃れて、悲鳴のメロディに合わせて、美しい踊りを踊る。
願うのはただただ、この時間が早く終わってくれることだけ。
それでも、また、この場所に、戻ってきたくなる女達は、何を病んでいるのだろう。
二日酔いの割れるような頭の痛みに呻きながら見つめる、目の前に落ちている片足は、俺と同じ靴を履いている。
身体中が、頭以上に酷く痛むのは、ホームから落ちた上に、一晩を線路の砂利の上ですごしたせいらしい・・・。
しかたなく、119番に電話しようと、ポケットの中にあるはずの携帯を手探りした。
ちくしょう、どうやら、今日から、俺は、片足で生きていかなくてはいけないようだ。
ヘリコプターが爆音を響かせながら旋回してくる浜辺は、海から上がった人たちで通勤時間帯の電車のホームみたいに混雑していた。
つっ立ったまま、ぼんやりと眺める荒い波間の中には、定間隔を保ちながら海に入って行くライフセイバー達の背中が見える。
この二時間の間、親が、必死に探しても探しても見つからなかった子は、うちの子と同じ小学4年生の男の子らしい。
明日の新聞には、救助されたというニュースでも、載せてもらえるのだろうか。
それも、抜いだり着たりする時の動きが大好き。
ワイシャツ一枚になると、彼女は「ストップ!」と、言う。
それ以上脱ぐと、もうスーツじゃないから。
鞭打たれることから逃げられない時、身体は無意識に反応する。
理性の軛を逃れて、悲鳴のメロディに合わせて、美しい踊りを踊る。
願うのはただただ、この時間が早く終わってくれることだけ。
それでも、また、この場所に、戻ってきたくなる女達は、何を病んでいるのだろう。
二日酔いの割れるような頭の痛みに呻きながら見つめる、目の前に落ちている片足は、俺と同じ靴を履いている。
身体中が、頭以上に酷く痛むのは、ホームから落ちた上に、一晩を線路の砂利の上ですごしたせいらしい・・・。
しかたなく、119番に電話しようと、ポケットの中にあるはずの携帯を手探りした。
ちくしょう、どうやら、今日から、俺は、片足で生きていかなくてはいけないようだ。
ヘリコプターが爆音を響かせながら旋回してくる浜辺は、海から上がった人たちで通勤時間帯の電車のホームみたいに混雑していた。
つっ立ったまま、ぼんやりと眺める荒い波間の中には、定間隔を保ちながら海に入って行くライフセイバー達の背中が見える。
この二時間の間、親が、必死に探しても探しても見つからなかった子は、うちの子と同じ小学4年生の男の子らしい。
明日の新聞には、救助されたというニュースでも、載せてもらえるのだろうか。
水樹は、向かい側に座った男が何気なく肘を付いている喫茶店のガラステーブルの上を見つめていた。男の肘が置かれた位置から、じわじわと何かが滲み出てきている。濁った灰色と毒々しい赤が交じり合っているような液体は、見つめていても分からないぐらいの速さで、茶色のガラスの上に拡がり始めていた。
周囲の景色が歪んで写っている液体の縁の盛り上がりは、男の指紋や手の脂がベタベタとついているガラステーブルの上で、ゆっくりと、確実に領土を拡げて行っている。
水樹の背筋を冷たい汗がつたい降りる。じっとりと汗をかいているのに、汗に覆われた水樹の身体は冷たかった。嫌悪に、ぞっと髪の毛が坂だったような気がして、水樹は、必死に視線をそらし、見慣れたいつもの窓の外を見ようとしたが、捉えられた風景は黄色いタオルが干されていることぐらいで、目を逸らしながらも、その物質が伸び拡がっていくのを横目で確認せずにはいられなかった。
恐怖を押さえつけて、その液体に触れた日もあった。ぬちゃああ・・と粘り、糸を引いて自分の指を男の肌と繋いだものが、自分の身体をの上に這い広がっていく感覚に、「どうした?」と尋ねる男の不審な目も構わずに、必死に手を振り払い、洗面所に駆け込んだのを覚えている。
気が狂ったように石鹸に手をこすり続け、便座に顔を突っ込み吐いた。何度もレバーを引いて、渦を巻いて流れていく水に、自分の思いも流してしまいたいと願った。
水樹が「相手の身体から滲み出てくる何か」を見るようになったのは、去年、近道のために通った公園の裏道で、男に植え込みの影に引き倒されて乱暴された時からだった。殴り飛ばされた頬は骨折し、唇は大きく切れていた。腫れ上がった顔も、息をする度に痛む肋骨も、紫色に変色した痣だらけの身体も、自分のものと信じられず、汚らしさに身がすくんだ。
人の身体が、何かに触れているその場所から滲みだしてくる粘液。最初は、混乱した水樹の心は、自分が目にしているものを受け入れられなかった。目の錯覚と自らに言い聞かせ、やがて、幻覚を見ているのだと考えた。でも、どうやっても、それはそこにあり、その現象も消えてはくれなかった。
医者も、看護婦も、家族も、「かわいそうに」を、顔にはりつけて、ぎこちなく笑いかけて来た。診察しようと手を伸ばしてくる医者の指の先からも、それが滲み出ていて、自分の肌に押し付けたまま少しでも時間が経過すると、それが私の体に塗りつけられるような気がして、すくみあがった。
触れていた身体が離れていくと、その場所に「それ」は、残る。時間が経つとやがて蒸発し、触ると、甘ったるいジュースをこぼしてそのまま乾いた後のような、肌が張り付くような感覚の染みになった。粘着テープを触った時のような。そして、かすかな腐臭が残る。水樹は、周囲が困惑するほどの潔癖症になって、自分の周囲をアルコール除菌のウェットティッシュで拭きまわるようになってしまった。その行為は、周囲の「かわいそうに」を、増殖させ、水樹は、いつもそれを意識して生きるようになった。
その液体は人によって色も、粘度も、匂いも違っていた。おそらく味も違うのだろうけど、そんなことを試せるほどの度胸はない。ただ、ひたすら「消えて」と、願い続けるしかなかった。この現象も、その粘液も、そんなものを引き起こした事実も。
犯人はまだ捕まっていない。
もしも、自分が、大好きで、大好きで、いつもその姿を目で追い、いくら見つめていても見飽きることもなく、そばに寄るだけで胸が暖かくなり、微笑みを向けられれば、嬉しさで胸が張り裂けそうになるような人がいたら、どんなになっていたのだろうか。
その人の、肌からも、それは、滲み出てくるのだろうか。どんな色、どんな匂いがするのだろう。もし、その人に抱きしめられたら、お互いの肌がくっついた場所から、それは滲み出てくるのだろうか。それでも、私は相手の腕の中で、うっとりとしていられるのだろうか。
恐ろしいのは、自分では自分のそれを見る事が出来ないのだけれど、相手が、それを見る事が出来る人だったらどうなるのだろう・・・と、いうことだった。相手に触れる喜びに熱くなった自分の毛穴が一斉に開いた時、そこから濁った汚水が滴り落ちていたら、どうすればいいのだろう。美しい相手の身体の、透き通ってさらさらとしたそれと、自分のぬちゃぬちゃぬるぬると相手を絡め取ろうとする粘液が、大好きな人の肌の上で交じり合い、身体を動かす度にきたならしい音をたてるとしたら・・・水樹には到底耐えられそうになかった。
多分、多分だけれど。この粘液は、相手の考えや、気持ちや、今までしてきた行いや、積み重ねてきた罪が作り出すのではないだろうか。美しい人は美しい花の密蜜のような粘液をしたたらせ、人の心を絡めとり、甘く酔わせることができるのだ。
けれど、どう考えても、自分の身体からそんな美しいものが出てるとは思えなかった。水樹の周囲には、そんな人は一人もいない。水樹が惹かれる相手も、いままでも、これからも、現れはしない。水樹にはそんな未来が許されているはずがない。大好きな相手に、自分の考えてる事を、自分の感じてる事を、自分の辿ってきた生き様を見せるなんて耐え切れない。
今、正面に座っているのは、血の繋がった水樹の父親である。母を殴って、足蹴にし、骨折させて離婚することになった後、父の権利なのか、子の権利なのか、一年に一度だけ、面会する事を許されている。
水樹は、彼を、悪い父だったとは思っていなかった。小さい頃は、手をつないで、川べりを散歩したり、肩車をしてもらったりしたこともあった。よく、一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらった。同じ布団に入って眠り、眠りにつくまで身体を撫でてもらったこともあった。
その向けられる笑顔が、鬼のようだと思ったのは、夢だったのだろうか。現だったのだろうか。
「水樹、怪我の具合はどうなんだい?顔が思ってたよりも、綺麗に治って、お父さん、ほっとしたよ。」
男の手が無造作に伸ばされて水樹の手に軽く触れた。水樹の肩がびくっと跳ね上がる。その瞬間、塞がれていた記憶に、切れ目が入り、次々と自分が襲われた暴力が蘇ってきた。まるで、普通の光景をぶった切って、雷が落ちてきたようだった。
あの、眼の裏が真っ黒になり、火花が散って、何一つ考えることができなくなった時間。自分の顔を殴りつけ、倒れた所を、足首を掴んで、低く茂った木の間を、乱暴に、身体中に樹の枝で引っ掻き傷ができてしまうのも頓着無く引きずった。泣いているような、しゃくりあげるような罵声・・・それは確かに・・・父親だったのだ。
こうして向かい合って座り、男の鬼の様な微笑みを見て、どこか棒読みの語りかけてくる声を聞きながら、鮮烈に戻ってくる記憶と、だんだんと世界が大きく広がり、自分が小さく縮んでいく感覚の中で、両手の握りしめた拳をテーブルに押し付けながら、水樹は、ただ小さく震えていた。
あの拡がり続ける粘液に飲み込まれる前に、男の腕に捕まって、また、痛い目にあわされ、身体から出る粘液を自分の下腹に擦り付けられる前に・・・戻ってきたこの記憶を消せたら・・・。それが出来ないのなら、このテーブルをひっくり返し、逃げ出したい。水の中を掻き分けて進むときのように、スローモーションで、もがき出る自分の姿が、瞼に浮かぶ。
小さい箱の中に、自分の記憶を押し込め、二度と開かない重石を乗せようと、じたばたと水樹はもがいた。その間も、あの粘液はゆっくりと移動し、彼女のテーブルに押し付けた手の方へ、じわじわと近づいていた。
周囲の景色が歪んで写っている液体の縁の盛り上がりは、男の指紋や手の脂がベタベタとついているガラステーブルの上で、ゆっくりと、確実に領土を拡げて行っている。
水樹の背筋を冷たい汗がつたい降りる。じっとりと汗をかいているのに、汗に覆われた水樹の身体は冷たかった。嫌悪に、ぞっと髪の毛が坂だったような気がして、水樹は、必死に視線をそらし、見慣れたいつもの窓の外を見ようとしたが、捉えられた風景は黄色いタオルが干されていることぐらいで、目を逸らしながらも、その物質が伸び拡がっていくのを横目で確認せずにはいられなかった。
恐怖を押さえつけて、その液体に触れた日もあった。ぬちゃああ・・と粘り、糸を引いて自分の指を男の肌と繋いだものが、自分の身体をの上に這い広がっていく感覚に、「どうした?」と尋ねる男の不審な目も構わずに、必死に手を振り払い、洗面所に駆け込んだのを覚えている。
気が狂ったように石鹸に手をこすり続け、便座に顔を突っ込み吐いた。何度もレバーを引いて、渦を巻いて流れていく水に、自分の思いも流してしまいたいと願った。
水樹が「相手の身体から滲み出てくる何か」を見るようになったのは、去年、近道のために通った公園の裏道で、男に植え込みの影に引き倒されて乱暴された時からだった。殴り飛ばされた頬は骨折し、唇は大きく切れていた。腫れ上がった顔も、息をする度に痛む肋骨も、紫色に変色した痣だらけの身体も、自分のものと信じられず、汚らしさに身がすくんだ。
人の身体が、何かに触れているその場所から滲みだしてくる粘液。最初は、混乱した水樹の心は、自分が目にしているものを受け入れられなかった。目の錯覚と自らに言い聞かせ、やがて、幻覚を見ているのだと考えた。でも、どうやっても、それはそこにあり、その現象も消えてはくれなかった。
医者も、看護婦も、家族も、「かわいそうに」を、顔にはりつけて、ぎこちなく笑いかけて来た。診察しようと手を伸ばしてくる医者の指の先からも、それが滲み出ていて、自分の肌に押し付けたまま少しでも時間が経過すると、それが私の体に塗りつけられるような気がして、すくみあがった。
触れていた身体が離れていくと、その場所に「それ」は、残る。時間が経つとやがて蒸発し、触ると、甘ったるいジュースをこぼしてそのまま乾いた後のような、肌が張り付くような感覚の染みになった。粘着テープを触った時のような。そして、かすかな腐臭が残る。水樹は、周囲が困惑するほどの潔癖症になって、自分の周囲をアルコール除菌のウェットティッシュで拭きまわるようになってしまった。その行為は、周囲の「かわいそうに」を、増殖させ、水樹は、いつもそれを意識して生きるようになった。
その液体は人によって色も、粘度も、匂いも違っていた。おそらく味も違うのだろうけど、そんなことを試せるほどの度胸はない。ただ、ひたすら「消えて」と、願い続けるしかなかった。この現象も、その粘液も、そんなものを引き起こした事実も。
犯人はまだ捕まっていない。
もしも、自分が、大好きで、大好きで、いつもその姿を目で追い、いくら見つめていても見飽きることもなく、そばに寄るだけで胸が暖かくなり、微笑みを向けられれば、嬉しさで胸が張り裂けそうになるような人がいたら、どんなになっていたのだろうか。
その人の、肌からも、それは、滲み出てくるのだろうか。どんな色、どんな匂いがするのだろう。もし、その人に抱きしめられたら、お互いの肌がくっついた場所から、それは滲み出てくるのだろうか。それでも、私は相手の腕の中で、うっとりとしていられるのだろうか。
恐ろしいのは、自分では自分のそれを見る事が出来ないのだけれど、相手が、それを見る事が出来る人だったらどうなるのだろう・・・と、いうことだった。相手に触れる喜びに熱くなった自分の毛穴が一斉に開いた時、そこから濁った汚水が滴り落ちていたら、どうすればいいのだろう。美しい相手の身体の、透き通ってさらさらとしたそれと、自分のぬちゃぬちゃぬるぬると相手を絡め取ろうとする粘液が、大好きな人の肌の上で交じり合い、身体を動かす度にきたならしい音をたてるとしたら・・・水樹には到底耐えられそうになかった。
多分、多分だけれど。この粘液は、相手の考えや、気持ちや、今までしてきた行いや、積み重ねてきた罪が作り出すのではないだろうか。美しい人は美しい花の密蜜のような粘液をしたたらせ、人の心を絡めとり、甘く酔わせることができるのだ。
けれど、どう考えても、自分の身体からそんな美しいものが出てるとは思えなかった。水樹の周囲には、そんな人は一人もいない。水樹が惹かれる相手も、いままでも、これからも、現れはしない。水樹にはそんな未来が許されているはずがない。大好きな相手に、自分の考えてる事を、自分の感じてる事を、自分の辿ってきた生き様を見せるなんて耐え切れない。
今、正面に座っているのは、血の繋がった水樹の父親である。母を殴って、足蹴にし、骨折させて離婚することになった後、父の権利なのか、子の権利なのか、一年に一度だけ、面会する事を許されている。
水樹は、彼を、悪い父だったとは思っていなかった。小さい頃は、手をつないで、川べりを散歩したり、肩車をしてもらったりしたこともあった。よく、一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらった。同じ布団に入って眠り、眠りにつくまで身体を撫でてもらったこともあった。
その向けられる笑顔が、鬼のようだと思ったのは、夢だったのだろうか。現だったのだろうか。
「水樹、怪我の具合はどうなんだい?顔が思ってたよりも、綺麗に治って、お父さん、ほっとしたよ。」
男の手が無造作に伸ばされて水樹の手に軽く触れた。水樹の肩がびくっと跳ね上がる。その瞬間、塞がれていた記憶に、切れ目が入り、次々と自分が襲われた暴力が蘇ってきた。まるで、普通の光景をぶった切って、雷が落ちてきたようだった。
あの、眼の裏が真っ黒になり、火花が散って、何一つ考えることができなくなった時間。自分の顔を殴りつけ、倒れた所を、足首を掴んで、低く茂った木の間を、乱暴に、身体中に樹の枝で引っ掻き傷ができてしまうのも頓着無く引きずった。泣いているような、しゃくりあげるような罵声・・・それは確かに・・・父親だったのだ。
こうして向かい合って座り、男の鬼の様な微笑みを見て、どこか棒読みの語りかけてくる声を聞きながら、鮮烈に戻ってくる記憶と、だんだんと世界が大きく広がり、自分が小さく縮んでいく感覚の中で、両手の握りしめた拳をテーブルに押し付けながら、水樹は、ただ小さく震えていた。
あの拡がり続ける粘液に飲み込まれる前に、男の腕に捕まって、また、痛い目にあわされ、身体から出る粘液を自分の下腹に擦り付けられる前に・・・戻ってきたこの記憶を消せたら・・・。それが出来ないのなら、このテーブルをひっくり返し、逃げ出したい。水の中を掻き分けて進むときのように、スローモーションで、もがき出る自分の姿が、瞼に浮かぶ。
小さい箱の中に、自分の記憶を押し込め、二度と開かない重石を乗せようと、じたばたと水樹はもがいた。その間も、あの粘液はゆっくりと移動し、彼女のテーブルに押し付けた手の方へ、じわじわと近づいていた。
「あーん、どうしよう。どうしたらいいの?」
佐久間みゆきは、低いテーブルの上に並べられた三本のパドルを前に焦りまくっていた。
パドルとは、お尻を叩くためのしゃもじのような道具のことを言う。たいていはしゃもじよりも、もっと凶暴な働きをするのだが、少なくとも形はそうだ。原型はボートを漕ぐ道具から来ているらしい。
何を隠そう、みゆきは、子供の頃から、説教とお尻叩きがセットになっている「スパンキング」という行為が大好きで、今いるこの部屋は、ネットのSNSで知り合った同好の士のたまり場になっている場所だった。お尻を叩く側をカー、叩かれる側をキーといい、やっていることはただお尻を叩くだけなのに、一人ひとりにいろんなこだわりがあり、それがややこしくて、また楽しい。あまりにも変な趣味なので、みゆきも三ヶ月前までは、心の中にしまいこんでいた「憧れ」だった。
「あなたが落としたのは、樫の木のパドル?それとも、オリーブのカッティングボード?それとも、革のパドルかしら?」
机を挟んで座っているのは、今日、ここに、みゆきと連れ立ってやってきた女性で、櫻守さやという。多分、ここでは、一番の年嵩で、いつもにこにことして、お母さんのような存在だ。
「お湯が沸きましたよ。早くお仕置きをすませて、櫻守さんの持ってきてくれたケーキを食べましょう。」
しれっとした顔で、台所から顔を覗かせたのは、この部屋の主である手嶌御津彦である。30代の独身男性なのに、やたらとマメで、妙に頼りがいがある先輩的雰囲気を醸し出しているが、その実は、冷酷非道の悪魔の様なお仕置きをすると言われている。
「ちゃっちゃと済ませられると思ったら大間違いよ。聞いてよ。手嶌くん、この娘ったら、エレベーターのボタンを殆ど全部押しちゃったんだから。」
「だってだって、さやちゃんが降りる階のボタンを押したら、その周りの数字たちが、ぴかぴかって光って「僕達のことも忘れちゃ嫌だよー」って、私の事を呼ぶんだもの。それを見たら、かわいそうで、思わず手が出ちゃったの。だから、私のせいじゃないって。他のボタンさんが、寂しくないように、一生懸命、降りる階の上の階のボタンを選んで押したんだよ。それに、普段はとろ、いや、おっとりしてるさやちゃんが、あんなに素早く私の手を掴むとは、思わなかったから、エレベーターが降りる階で停まったんで、下の階のボタンも大急ぎで押そうとしたんだけど。」
「こらっ!って、言ってるのに、やめないで、続きを押そうとするんだもの。他の人にすごい迷惑だって事、分からないの?」
「手嶌さんのマンションって、昼間は出入りする人そんなに多く無いと思う。大丈夫。大丈夫。それに、乗ってきて、予めボタンが押してあったら、自分で押す手間が省けるじゃないですか。『きゃあ、嬉しいっ。』って、思ってくれるに違いありませんって。ねえ、手嶌さん、そう思うでしょ。」
「そこで同意を求められても、私が『そう思います。』って、言う訳にはいかないでしょう?みゆきさん。そうか。それでやって来るなりのお仕置きになった訳ですね。ケーキの手土産だけでなく、スパンキングも付いて来るとは、素晴らしい心配り、ありがとうございます。」
手嶌は、苦笑すると、さっさとまた台所の方へ戻っていってしまった。見捨てられたみゆきは、うーうー唸っている。
みゆきが自分の性癖に気がついたのは5つの時だった。TVアニメに出てきたお仕置きのシーン。おじいさんの膝の上に乗せられて、お尻を叩かれている女の子に、目が釘付けになってしまい、鷲掴みにされたようなショックを受けた。もちろん、その時は、その感情が性癖だとは思ってもいなかった。今でも、実のところ思っていない。変な趣味。好きでたまらないだけ。そんな気持ちでいる。
ただ、お仕置きの事が常に頭から離れない。テレビや本の中に、ふと、顔を覗かせる「お尻叩き」に魅せられてしまっていた。めったに現れない事だけに、そんなシーンを目にすると、何度も何度も思い返しては、妄想にふけらずにはいられなかった。
その行為に「スパンキング」と言う名前が付いていて、それが好きな人が少なからずいるのだと分かったのは、家の中にインターネットとパソコンが入ってきた中学生の時だった。
「悪い事をして、叱られて、お尻を叩かれる」という行為は、彼女の中でこね回されて、静かに発酵し、膨らみ続けていたけれど、それが好きだって事は、どう考えてもおかしいという事は分かっていた。どこかいけないことのように感じてならなかった。だから、誰かにうちあけて、理解してもらえる日がくるなんて、思ってもみなかった。
「ほら、早く。あなたの落としたパドルはどおれ?」
「私、落としてなんかいません!この中には私の落としたパドルはありませんっ!あーん、正直に言ってるのにぃ。」
「そこで、正直を発揮しても、叩く回数は減らないからね。」
「だってだって、さやちゃん、このチョイスって酷すぎるー。革のパドルはSMっぽいから論外だし、残りの2つのどっちかって言ったら、カッティングボードの方がまだましじゃないですか。」
「だったら、それを選べばいいでしょう?」
「だけどーーー!それじゃ、お仕置きって感じがあまりしないじゃないですか。雰囲気からしても、風格からしても、どう考えたってこの長くて重い、いかにも痛そうな樫の木のパドルには負けちゃいます!」
「なんで、わざわざ痛い道具の方を選ぶのかさっぱり分からないけどなぁ。それも、とんでもなく、おそろしく、痛いのに。」
櫻守は、わざとらしく最後の言葉を低い声で、強調する。みゆきが痛みと自分の好みのムードを醸し出す道具の間で、選択を逡巡しているのを見て、楽しんでいる。
「じゃあ、樫の木のパドルで20回ね。机の上に手を付いて、お尻を突き出して。」
殊更にゆっくりと重い木のパドルに手を伸ばした櫻守は、みゆきの目の前でびゅうんと素振りをしてみせる。風を切るその音が、その道具の真価を表していて、みゆきは震え上がった。泣きべそをかきながらも、それでも、楽な革のパドルにする・・・・・・と、言わない所が、流石の変態キーの面目躍如であった。
その後20回の悲鳴と、みゆきのありったけの懇願が部屋を満たしたのは言うまでもない。
痛みのために汗びっしょりになり、ほてった顔と身体を持て余したみゆきは、窓を開けてベランダへ出て行った。5月の風が、彼女のもつれた髪をそよがせる。ずきずきと痛むお尻と、不思議とクリアになった気持ち。胸いっぱいを満たす幸福感が、身体を押し広げ、みゆきは、両手を伸ばして、うんっと背伸びをした。
「みゆきったら、ベランダに出ちゃだめよ。」
「どうしてです?ベランダには、いたずらできるような危険なものはありませんよ。柵によじ登れるような踏み台とかもありませんし。」
「だって、こないだ、向かいの喫茶店に行ったら、ここのベランダって結構丸見えなのよ。しかも、なんかあやしい人たちばっかり住んでるでしょ?このマンション。みゆきがそういう仕事の女の子だと思われると困るじゃない。」
「櫻守さんって、ほんとに心配症ですね。それに、私だって、悲鳴と打擲音を周囲に響かせる、むちゃくちゃあやしいあやしい住人だって思われてるのは確実です。」
ふたりの会話を聞きながらみゆきは、くすっと笑った。仲間を見つけた。それが、今のみゆきにとっては、空を飛べるほどの喜びだった。
佐久間みゆきは、低いテーブルの上に並べられた三本のパドルを前に焦りまくっていた。
パドルとは、お尻を叩くためのしゃもじのような道具のことを言う。たいていはしゃもじよりも、もっと凶暴な働きをするのだが、少なくとも形はそうだ。原型はボートを漕ぐ道具から来ているらしい。
何を隠そう、みゆきは、子供の頃から、説教とお尻叩きがセットになっている「スパンキング」という行為が大好きで、今いるこの部屋は、ネットのSNSで知り合った同好の士のたまり場になっている場所だった。お尻を叩く側をカー、叩かれる側をキーといい、やっていることはただお尻を叩くだけなのに、一人ひとりにいろんなこだわりがあり、それがややこしくて、また楽しい。あまりにも変な趣味なので、みゆきも三ヶ月前までは、心の中にしまいこんでいた「憧れ」だった。
「あなたが落としたのは、樫の木のパドル?それとも、オリーブのカッティングボード?それとも、革のパドルかしら?」
机を挟んで座っているのは、今日、ここに、みゆきと連れ立ってやってきた女性で、櫻守さやという。多分、ここでは、一番の年嵩で、いつもにこにことして、お母さんのような存在だ。
「お湯が沸きましたよ。早くお仕置きをすませて、櫻守さんの持ってきてくれたケーキを食べましょう。」
しれっとした顔で、台所から顔を覗かせたのは、この部屋の主である手嶌御津彦である。30代の独身男性なのに、やたらとマメで、妙に頼りがいがある先輩的雰囲気を醸し出しているが、その実は、冷酷非道の悪魔の様なお仕置きをすると言われている。
「ちゃっちゃと済ませられると思ったら大間違いよ。聞いてよ。手嶌くん、この娘ったら、エレベーターのボタンを殆ど全部押しちゃったんだから。」
「だってだって、さやちゃんが降りる階のボタンを押したら、その周りの数字たちが、ぴかぴかって光って「僕達のことも忘れちゃ嫌だよー」って、私の事を呼ぶんだもの。それを見たら、かわいそうで、思わず手が出ちゃったの。だから、私のせいじゃないって。他のボタンさんが、寂しくないように、一生懸命、降りる階の上の階のボタンを選んで押したんだよ。それに、普段はとろ、いや、おっとりしてるさやちゃんが、あんなに素早く私の手を掴むとは、思わなかったから、エレベーターが降りる階で停まったんで、下の階のボタンも大急ぎで押そうとしたんだけど。」
「こらっ!って、言ってるのに、やめないで、続きを押そうとするんだもの。他の人にすごい迷惑だって事、分からないの?」
「手嶌さんのマンションって、昼間は出入りする人そんなに多く無いと思う。大丈夫。大丈夫。それに、乗ってきて、予めボタンが押してあったら、自分で押す手間が省けるじゃないですか。『きゃあ、嬉しいっ。』って、思ってくれるに違いありませんって。ねえ、手嶌さん、そう思うでしょ。」
「そこで同意を求められても、私が『そう思います。』って、言う訳にはいかないでしょう?みゆきさん。そうか。それでやって来るなりのお仕置きになった訳ですね。ケーキの手土産だけでなく、スパンキングも付いて来るとは、素晴らしい心配り、ありがとうございます。」
手嶌は、苦笑すると、さっさとまた台所の方へ戻っていってしまった。見捨てられたみゆきは、うーうー唸っている。
みゆきが自分の性癖に気がついたのは5つの時だった。TVアニメに出てきたお仕置きのシーン。おじいさんの膝の上に乗せられて、お尻を叩かれている女の子に、目が釘付けになってしまい、鷲掴みにされたようなショックを受けた。もちろん、その時は、その感情が性癖だとは思ってもいなかった。今でも、実のところ思っていない。変な趣味。好きでたまらないだけ。そんな気持ちでいる。
ただ、お仕置きの事が常に頭から離れない。テレビや本の中に、ふと、顔を覗かせる「お尻叩き」に魅せられてしまっていた。めったに現れない事だけに、そんなシーンを目にすると、何度も何度も思い返しては、妄想にふけらずにはいられなかった。
その行為に「スパンキング」と言う名前が付いていて、それが好きな人が少なからずいるのだと分かったのは、家の中にインターネットとパソコンが入ってきた中学生の時だった。
「悪い事をして、叱られて、お尻を叩かれる」という行為は、彼女の中でこね回されて、静かに発酵し、膨らみ続けていたけれど、それが好きだって事は、どう考えてもおかしいという事は分かっていた。どこかいけないことのように感じてならなかった。だから、誰かにうちあけて、理解してもらえる日がくるなんて、思ってもみなかった。
「ほら、早く。あなたの落としたパドルはどおれ?」
「私、落としてなんかいません!この中には私の落としたパドルはありませんっ!あーん、正直に言ってるのにぃ。」
「そこで、正直を発揮しても、叩く回数は減らないからね。」
「だってだって、さやちゃん、このチョイスって酷すぎるー。革のパドルはSMっぽいから論外だし、残りの2つのどっちかって言ったら、カッティングボードの方がまだましじゃないですか。」
「だったら、それを選べばいいでしょう?」
「だけどーーー!それじゃ、お仕置きって感じがあまりしないじゃないですか。雰囲気からしても、風格からしても、どう考えたってこの長くて重い、いかにも痛そうな樫の木のパドルには負けちゃいます!」
「なんで、わざわざ痛い道具の方を選ぶのかさっぱり分からないけどなぁ。それも、とんでもなく、おそろしく、痛いのに。」
櫻守は、わざとらしく最後の言葉を低い声で、強調する。みゆきが痛みと自分の好みのムードを醸し出す道具の間で、選択を逡巡しているのを見て、楽しんでいる。
「じゃあ、樫の木のパドルで20回ね。机の上に手を付いて、お尻を突き出して。」
殊更にゆっくりと重い木のパドルに手を伸ばした櫻守は、みゆきの目の前でびゅうんと素振りをしてみせる。風を切るその音が、その道具の真価を表していて、みゆきは震え上がった。泣きべそをかきながらも、それでも、楽な革のパドルにする・・・・・・と、言わない所が、流石の変態キーの面目躍如であった。
その後20回の悲鳴と、みゆきのありったけの懇願が部屋を満たしたのは言うまでもない。
痛みのために汗びっしょりになり、ほてった顔と身体を持て余したみゆきは、窓を開けてベランダへ出て行った。5月の風が、彼女のもつれた髪をそよがせる。ずきずきと痛むお尻と、不思議とクリアになった気持ち。胸いっぱいを満たす幸福感が、身体を押し広げ、みゆきは、両手を伸ばして、うんっと背伸びをした。
「みゆきったら、ベランダに出ちゃだめよ。」
「どうしてです?ベランダには、いたずらできるような危険なものはありませんよ。柵によじ登れるような踏み台とかもありませんし。」
「だって、こないだ、向かいの喫茶店に行ったら、ここのベランダって結構丸見えなのよ。しかも、なんかあやしい人たちばっかり住んでるでしょ?このマンション。みゆきがそういう仕事の女の子だと思われると困るじゃない。」
「櫻守さんって、ほんとに心配症ですね。それに、私だって、悲鳴と打擲音を周囲に響かせる、むちゃくちゃあやしいあやしい住人だって思われてるのは確実です。」
ふたりの会話を聞きながらみゆきは、くすっと笑った。仲間を見つけた。それが、今のみゆきにとっては、空を飛べるほどの喜びだった。