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15、回復へ

ここでは、「15、回復へ」 に関する記事を紹介しています。
 
 それから三日の間、私は高熱を出して床から起き上がれなかった。ねがえりをうつこともままならないくらい体中がぎしぎしときしむように痛むせいで、時折、意識が戻るのだが、朦朧とした状態だったのでかえって耐えられたのかもしれない。
 枕辺に付き添っている、見知らぬ少年が私の意識が戻るたびに、口元に薬湯の入った吸い差しを突きつけるので水分だけは摂取できていた。薬のせいもあったのか、三日目にぽっかりと目が覚めたときは、体の痛みも最初ほどではなくなっていた。
 付き添ってくれていた少年は、ヨハネスと名乗った。とうもろこしのような髪に、そばかすの浮いた丸い頬。年は14くらいだろうか。コール医師の助手だと言う。私が眠っていた三日間に背中に薬を塗ったり、包帯を巻きなおしたりしてくれていたらしい。私が起き上がろうとすると、制止して、台所へ走り、あたたかいスープを運んでくれた。
「何も食べてないのに、起き上がるとめまいがしますよ」
「ありがとう」
 結局起き上がってちゃんと歩けるようになるまでに、それからまた、三日ほどかかってしまった。その間フランツ様は一度も会いに来てくださらず、ヨハネスの話では、領地の見廻りや領民の面会などで忙しく過ごされている様子だった。
 コール医師は、夕方になるとやってきて、傷の様子をあらためては、新しく調合した薬を置いていってくれた。もう、初日に全部見られているので、今さら抵抗しても仕方ない。素直に体を見せて、罰を受けた使用人らしく、愁傷におとなしく反省しているそぶりを見せて礼を言った。
「まったく、子供の頃はこんな無体をするような性格じゃなかったのに」
 包帯を巻きながら、ぶつぶつと文句を言う。
「フランツ様のせいではないんです。私が全部いけなかったんです」
「……ヴァイス。お館さまは、いつもお前を打つのか?」
「いいえ」
 コール医師は、重ねて何か言いたそうにしていたのに、頭を振って、黙り込んでしまった。私もそれ以上詮索されるのが嫌で、出来るだけ言葉は少なくしていた。
 痛くて動けないとはいえ、考える時間はたっぷりすぎるほどある。全然顔をみせてくださらない主人がうらめしくもあり、寂しくもあった。
 だが、使用人が具合が悪いからといって、主人が見舞うなど聞いたことも無い。当たり前の状況なのだ。だが、ヨハネスが帰ってしまった後は話し相手も無く、床の中で居心地のいい姿勢を探りながら転々とするだけの長い一日ではどうしようもなく、繰り返しあの夜の出来事を反芻してしまう。
 切り裂かれるような鞭の痛み。食い込んできた枷の感触。触れてきた手のひらの動き。そして熱く柔らかな唇。焦らされる快感。激痛。想うだけで体が反応してしまう……。
 あの人は、何かを得たのだろうか。満足したのだろうか。そして、また、私を欲してくださるのだろうか。お会いできないだけで、不安が膨らんでくる。だが、それだけだったら、まだましだったろう。必死で押し殺し、考えないようにしようと思うそばからフランツ様と過ごした旅の夜の出来事が頭を横切る。
 あの人の体に触れたこと。眉をしかめ、身じろぎする背中を洗ったこと……。思考は、行きつ戻りつ妄想がだんだんと膨らんでくる。そして、恐れと不安がない交ぜになって胸をふさぐ。
 なぜ、一度もいらしてくださらない?
 さすがに七日目にちゃんと立ち上がったときは、背中の痛みも大分落ち着いていた。風呂を使い、服を改めてひげをあたる。見苦しく無いように髪をとかして鏡を覗いた。
 ちょっとやつれた様子は否めないが、まあ、無様と言うほどでもないだろう。とにかく、一刻も早くフランツ様の顔をみたい。急ぎ足で書斎へ向かったものの、ドアの前でためらわずに入られなかった。あの夜以来一度も会ってないのだ。どんな顔をして入ればいいのか分からなかった。息を吸い込み思い切ってドアをノックする。
「入れ」
 たった一週間で涙が出そうなほど懐かしい声。私は急いでドアを開けて部屋の中へ滑り込んだ。そして、ドアを閉めて正面へ向き直る。机に頬杖をついて、書き物をしていたらしいフランツ様は、顔を上げて私の姿を認めた。視線が合う。黙ったままじっと見つめられて、私はどうしたらいいのか分からなくなってうろたえていた。
「フランツ様……」
 羽根ペンを机の上にそっと置き、両肘をついて顎を乗せてじっと私の顔をご覧になる。冷たい海のように澄み切った青い瞳。どうなさったのです。なぜなにもおっしゃってはくださらないのですか。
「もう、いいのか」
「はい、長い間、ご不自由をおかけして申し訳ありませんでした。今日より、仕事に復帰できます」
 そして、また沈黙……。私はますます動けなくなって立ちすくむだけだった。
「フランツ様……」
「背中をみせろ」
 おもわず咽喉もとのシャツを掴んでいた。平静すぎるほど平静な声。
 我に返り、ためらうことを許さない主の命令に私はまっすぐ机の側に歩み寄り、背を向けて服を脱ぎ始めた。机の斜めの位置にある椅子の上に脱いだ服を載せていく。上半身裸になると、向き直りフランツ様を見つめ返した。
「ズボンも」
 息を吸い込む。一瞬の間の後、靴を脱ぎ靴下を脱ぎ、ズボンに手を掛ける。軍隊暮らしが身についているせいで、服の着脱は手早い筈だ。机を回りこみ彼の側に行くと背中を向けて傷をさらす。
 長い時間、私はただじっと立っていた。じわじわと羞恥が込み上げてくる。書斎の真ん中で、裸で立っていることの異常さ。なにを求められているのか分からないまま、ただ見つめられることの苦痛。息を吸う胸が震える。鼓動の音がだんだんと大きくなって、彼に聞こえるのではないかと思うほどだった。やがて、体の中心が立ち上がってくる。素裸でいれば隠しようが無い。
 ふと……空気が動いて、彼が手を伸ばしてきたのが分かった。待ち構えていると冷たい指がそおっと背中に触れてくる。

「あ……」
 目を閉じて、手の動きを追う。彼の手。私を打ち倒し、喜ばせ、絶望させることの出来る主の手。ゆっくりと背中の傷をなぞり、最後に尻をぎゅっと掴まれた。私は瞼に力を込め、歯を喰いしばった。





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