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10、隠し部屋

ここでは、「10、隠し部屋」 に関する記事を紹介しています。
 
 恐ろしいことに、その儀式は領地へ着くまで毎晩繰り返された。彼の体を洗い。彼の体に薬を塗る。幼い頃から繰り返してきた習慣どおりに彼の身の回りのすべてをお世話する。髪をとかし、服を調える。手の中で痛みをこらえているあなたの体。柔らかなカーブを描いて、男の手で蹂躙されたことを誇示するかのようにゆらめく体。
 最初は自分の感情を持て扱いかねていた私は、だんだんと深く潜行するすべを覚えた。目はいつも彼の動きを追い、わずかな気配でも聞き取ろうと全身の感覚をそばだてる。胸は熱く、鼓動は早くなり、思いは常に彼の上に囚われていた。
 侯爵領へ入ると、フランツ様は馬車の窓を開けて、領地の様子をご覧になられていた。公爵は寛大な領主だったので、領地の民は豊かで、領内は美しい緑とおそろいのレンガの建物と赤い屋根の家で彩られている。馬車に気がついて頭を下げる領民にフランツ様はわざわざ手を振られる。
 そうして、私達は、たまの夏に避暑を過ごす時しか帰らなかった我が家へ辿り着いたのだった。我が家というにはあまりにも壮麗すぎる館ではあったが。玄関を入ると執事を先頭に並んでいる使用人達に出迎えられた。そして、ようやく一区切り付いたはずの事務仕事、視察、ありとあらゆる揉め事の整理がどっと押し寄せてきて、私とフランツ様はゆっくりと語らう時間も無い有様に忙殺されることになった。

 領地に帰ったら……そう約束した部屋は、フランツ様の寝室の控えの部屋に隠し扉があった。通路は館の下を通って、館の裏山の林の中に出る抜け道なのだか、おそらくは代々の領主のみの秘密になっていた。現在のように、平和な治世が長く続くとその通路はほとんど使われることが無いため、林の中へ出る扉にはからくり仕掛けの錠が掛けられて知らぬものには決して入ってこられないようにしてあった。
 入り口の場所も藪に覆われて探しても簡単には見つからない。館の中にはそういった秘密の出入り口が何箇所もあるのだが、私が知っているのはその通路だけだった。その通路は、反対に館の中に作られた隠し部屋にも通じているのだった。
 その部屋は石の壁で覆われていて、普通の部屋よりも天井が高いだけでなく頑丈な梁や柱がむきだしになっている。壁にはいくつもの金輪や鎖が打ち込まれていて、何に使われていたのか明らかであった。しかし、傍らに置かれている大きなベッドやとりどりの優雅な椅子などを見ると、おそらくは、身分の高い囚われ人に使うために作られた部屋だったのだろう。
 私は、暇を見て通路と部屋を掃除し、部屋の中のリネン類は、新しい物にすべて取り替えた。むき出しで寒々しかった壁にはタペストリーを下げて、毎日暖炉で火を炊き湿気を払って、こもっていた臭いが抜けるように天窓を開けて風を入れた。天窓は、周囲を屋根の勾配に囲まれていて館の外側から見えないようになっている。地下室には、本当の囚人を入れるための牢や拷問部屋のような場所もあるのだが、さすがにそこへつながれる勇気はなかった。

 暖炉の火を消してから、天窓を閉めてはしごを降りてくると、フランツ様が入り口の扉に寄り掛かっていた。
「……フランツ様……管財人はもう帰ったのですか?」
「うん、ようやく一区切りついた」
 それが何を意味するか分かっていた私は薄く微笑んだ。
「では、今夜でよろしいですか?」
 体を起こして、ゆっくりと一歩一歩近づいてくる主の不思議な目の色。彼は、手を伸ばしてベッドの上に乗せられている皮の枷や何本かの鞭の中から一本を持ち上げた。
「どこから、こんなもの探してきたんだ?」
「王都で、買い求めたんですよ。さすがにこっちで買うと目立ちますから」
「抜かりは無いというわけか……」
 ちょっと、苦笑して溜息を付く。
「まだ、やめられるとは思わないか?」
「……フランツ様。そこまで難しく考えないでください。たいしたことじゃありませんよ。私は、軍隊で苦痛がどういうものかは知りましたし、子供の頃には、旦那様の命令で納屋で馬丁のローランにお仕置きされたことだってあったでしょう?」
「……あの時はお前はまだ子供だったじゃないか。それに、私だって一緒にいたずらしたんだから、父上には、お前だけを打つのは片手落ちだって訴えたんだぞ。それなのにお前だけを納屋へやって、私はここへ閉じ込めるなんて!」
「無理ですよ。公爵家の一人息子とその従者を同列にはあつかえません。それに、あのことがあったからこんなところに部屋があることが分かったんですから」
「部屋は他にもいくつもあるんだ」
 まるで、子供の頃に戻ったようにすねて言い募ってくる主。愛おしさが胸に満ちてくる。一緒にすごした少年時代のいたずらと冒険に彩られた夏。
「それは、当主だけの秘密でしょう」
 フランツ様は手に取った鞭を振った。ひゅん!その空を切る音は、私の心臓の鼓動を早めるのに十分なほど凶悪な音だった。




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