湯浴みが終わり、体を拭い、湯を下げさせてしまうと二人きりになった。最初の夜から、行きに私がしたように、ベッドに腰掛けて、フランツ様が背中に薬を塗ってくださった。
「ヴァイスは、あまり変わらないんだな」
「……と、おっしゃいますと?」
「あんなに酷い目にあわされたのに、まだ擦り寄ってくる」
「……擦り寄ってなど!」
体中がかあっと赤くなった。擦り寄っていた。彼が背中にふれるとその手に無意識のうちに体をおしつけてしまう。もっと。熱い吐息となって願望がこぼれる。恥ずかしさから、うつむいたまま急いでベッドから滑り降り、シャツを羽織り、ボタンを留め始めた。
「ヴァイス?どうして服を着るんだ?」
「裸では部屋へ下がれません。まだ、御用がありますか?無ければもう部屋へ下がります」
「用は無いが……お前の部屋は無いぞ」
びっくりして顔をあげると、フランツ様の瞳がまっすぐ私を見ていた。
「え?部屋が無い?」
「ああ、お前の部屋は取らなかったんだ」
一瞬意味が分からず、ぽかんとしてしまった。フランツ様が自分の座っているベッドの脇をぽんぽんと叩いた。
「戻って」
のろのろと元の位置へ戻って座った。フランツ様の手が伸びてきてボタンをひとつずつ確実に外してしまい、シャツはあっという間に脱がされてしまっていた。相手が服を着ているのに、自分は全裸だという事態は、非常に居心地がよくないものだと分かった。肩を押され、もう一度背中を向けさせられる。彼は、少し離れてじっと背中をみつめた。
見られているだけで、体が熱くなって来る。心臓の音がだんだんと早まり身じろぎすることもできない。
「あまり、ごらんにならないでください」
「どうして?」
「我慢できなくなります」
ああ……と納得したように、今度は手を伸ばして抱き寄せ、体重を掛けてきて押し倒す。
「同じ部屋で寝るのは、嫌か?」
「フランツ様」
溜息のような声しか出ない。拘束も無く、抱き合うのは初めてだった。お互いの手が忙しく相手の体を探る。
「あなたも……服を……脱いでください」
もどかしく、ボタンをはずし服をひきはいだ。唇を探し、キスを重ねる。急激に視野が狭まり、相手の瞳しか目に入らなくなる。脳が溶け出していく。
「どちらが、入れる?」
激しい息を付きながら、フランツ様が聞いてくる。一瞬迷ったが、乗りあがって彼を組み伏せた。まったく逆らわずに体を開いてくる愛しい相手の体を前にして、私はオイルを塗るのももどかしく性急に押し入ってしまっていた。
「すみません。痛かったですか」
「お前、乱暴なのが好きなのか?」
「違います。何も考えられなくて……。申し訳ありません」
くすくす笑われて、ほっとした。お互いの体を清めると自然に体を引き寄せられ、彼の肩に頭をもたせ掛ける。
「抱くのと抱かれるの、どっちが好きだ?」
私の最愛の人は、真顔で答えられないような事を尋ねてくる。
「どちらも……選べませんよ。まだ、二度目じゃないですか。あなたはどうなんです?」
「抱かれるのは好きじゃなかった。抱くのは興味なかったし……。でも、お前が相手なら、どっちも悪くない」
嬉しい言葉に思わず彼の体を抱きしめる。お互いの心臓の音が、お互いの呼吸が、胸の中に満ちてくる。
「何か見つける事が出来たのでしょうか?」
初めて私の頭から、最初の目的がすっかりと抜け落ちていた事に気が付いた。改めて問い返す。
「わからないな。でも、意味の無い焦燥感はなくなったか……」
フランツ様は溜息をひとつつくと私の頬に手をあてた。
「鞭で打たれた時、何を考えていた」
「あれは、ちょっと……驚きましたね。正直甘く見ていました。あれほど痛いとは思いませんでした」
「私が、もう一度と要求したらどうする?」
「え?今ですか」
「今だ」
「……旅の空ですから、ちょっと手加減してくださいますか?ここで寝込んで置いていかれるのは……嬉しくありません」
「……痛めつける方法は鞭以外にもあるんだぞ」
体の芯がどこかたよりなく、足元から脅えに似たものが這い上がってくる。それでも、たとえどれほどの苦しみ、痛みであろうとも、彼が私にくれるものに違いは無い。
「……かまいません」
フランツ様はまた溜息をつかれた。
「怖くないのか」
「怖いですよ」
「平気そうに見える」
「平気じゃありません」
「お前、私を抱いてどう思った?」
「……ぞっこんですよ。何も考えられないくらい」
フランツ様は咽喉奥でクックッと笑われた。
「さっきまで、本当は、心配だったんです」
眉をちょっと上げて、首をかしげて話を促してくる。
「私の事を、嫌悪されるのではないかと……」
「私もそれは不思議だった。お前なら大丈夫だと思って任せたんだが、やっぱり最初は素直になれなかった。感じたくなくて、随分抵抗したろう?だけど……嫌じゃなかった。それだけでなく、とってもよかった。ずっと開いていた穴がようやくふさがったような。だから、抵抗するのをやめた。そうしたら、ずっと楽になった。満たされた気持ちにもなれた。お前が抱きしめてくれた時、本当に幸せな気持ちがした」
私の心臓は、主の言葉に跳ね上がる。「抱かれるのも悪くない」と、言われた事で不安は薄らいでいたとはいえ、そこまで言葉を尽くしてくださるとは思っていなかった。嬉しさで、胸がはちきれんばかりだった。
「ヴァイスが好きだ」
彼の囁きに体が熱くなる。抱き締めたい。独占したい。
「それでも、お前を苛んでみたいのは変わらない。なぜなんだろうな。一番大事なものを自らの手で傷つけたいと思うのは……」
「それは……私もわかりません。フランツ様もそう思われるのですか」
「ああ……それはヴァイスお前もそうだったろう?」
「はい。恐ろしかった。あまりにも強くそれが欲しかったので」
「だが、お前を大事に思う気持ちに変わりは無い。やっぱりお前もそうだろう?」
ふと、フランツ様の瞳が翳り、視線がさまよう。
「陛下もそう思ってくださっているのだろうか」
陪臣の身では、陛下の存念について話すことなどあまりにも恐れ多かった。だが、フランツ様が陛下のことを思い出されると、私の胸はきつく痛んだ。それが、何か、もう私にも分かっていた。嫉妬だ。私は恐れ多くも陛下がフランツ様に手を掛けることに強い嫉妬といきどおりを感じていたのだった。
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