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5、迷い猫

ここでは、「5、迷い猫」 に関する記事を紹介しています。
 私はいつからSMに興味を持つようになったんだろう?はっきりと覚えていないほどの昔から、ちょっとしたテレビの映像や小説のワンシーンに胸をドキドキさせている自分をみつけてしまっていた。縛られた手足や苦痛にひそめられる眉に身体が熱く反応する。
 背徳とうしろめたさにときめきながら、こっそりと読みふけった危ない小説。大人になって、何人もの男性に交際を申し込まれたり、場合によっては際どいところまで行ったりしたのに、どうにも納得できなくて逡巡してしまう。そんな日々を重ねているうちに、自分が苦痛というものにこだわっている事に気がついた。
 その頃両親が思いがけない事故で亡くなって、一人で生きていくようになった気軽さも手伝って、父の知り合いだった財界では密やかな噂になっていたある男に相談した。名前を高原弓人といった。手広く事業をやっていて、うなるほど財産を持っているその男は、ただただ自分の趣味のためだけに、秘密の会員制SMクラブを持っているという噂だったからだ。
 小さなパーティーの暗い柱の影で、初めて私がその話を打ち明けた時、父が生きていた頃からの顔見知りだった彼は、吸っているタバコの銘柄を聞かれたほどにも反応を示さなかった。いいだろう。とあっさりとうべなって、その席からすぐに携帯で電話を入れると、そのままその場所へ自分の車で連れて行ってくれた。
 それは、こんな場所に…と、驚くほどごく普通の都心の中心地にあった。周囲は高い塀がはりめぐらされていて外からはまったく中が伺われないように出来ている。
 塀の中は木々がうっそうと森のように茂り、その屋敷がすごく古いものである事を感じさせた。車を乗り付けると自動で門が開き、そしてまた閉じる。そのまま車で玄関に横付けできるようにレンガの道が続いていた。タイルと大理石で出来たおちついた洋館の大きな扉の玄関を入ると、ホテルのようなエントランスが続いていた。
 どこからかともなく柚木と名乗る、タキシードをきちんと着込んだ物静かなマネージャーが足音も立てずに現れた。
「真樹はいるか?」
「はい、二階のくちなしの間に控えております」
 車の中で彼に説明を受けたところによると、このクラブは基本的に、SMを好む男女がホテル代わりに使える施設なのだという事だった。専属の調教師のような立場の人間が一人いて、頼めば縛り方や施設の使い方を教えてくれる。
 それに、単独でパートナーがいない私のような人間のために、お金で相手をしてくれる人間も二十人ほど登録されているらしい。営業しているクラブとは違うので、すべて予約が必要で、当然急にやってきてもマネージャーしかいないという事も、あるのだった。
 だが、特にプレイをするわけでもなく、一人の時間を過ごすためにやってくる人間も多くいるので、サロンで偶然行き会った相手と会話を楽しむもよし、そのまま二階の個室に連れ立って入るのもよし。時にはメンバーがパーティーを開いたり、行き場のない人間を泊めたりと、とにかくいろんな用途に使われているらしい。館の中のすべての事柄は、この柚木というマネージャーが引き受けていた。
 私を連れてきた男が言うには、真樹という青年は、彼が偶然に出席していた秘密のパーティーのような場所で拾ったらしい。
「行く場所もなくすさんだ生活をしているように思えたので拾った」
 苦笑しながら言われると、高原というこの男はいったいどういう生活をしているのかと、不審な気がして来た。
「あなたの飼い猫なんでしょう?」
「いや、違う。まだ、飼い主は見つかってないんだ。本人が一人の相手に飼われたくないと言っているから…」
 今は、この館に住んでいて、家付き猫のように扱われているという話だった。猫だから、気が向かないと誰の相手もしない。気が向くと、誰にでも足にまとわりつく。そういう立場にあるらしい。それでも呼ばれれば、控えているくらいだから高原のことは、家主としてたてているのだろう。
 案内された部屋でその青年は待っていた。猫という表現が驚くほどにぴったりの澄んだアーモンド型の瞳がガラスのように透けている。くるくると勝手に跳ね回る髪の毛は、栗色でやわらかい。しなやかな身体に小首をかしげるようなしぐさ……。ちょっと開いたふっくらとした待ち受けているような唇。白い絹のシャツにスリムな黒いパンツ。銀の鎖というシンプルな出で立ちで窓際にたたずんでいた彼は、まだ小娘でしかなかった私の目をまっすぐに見返してきた。


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