fc2ブログ

9、焦燥の味わい

ここでは、「9、焦燥の味わい」 に関する記事を紹介しています。
「気持ちを伝えたから何かが変わるとも思っていません」
 そこまで言われて何か変えるのも癪な気がして、事さら、視線も合わせないで知らん顔をしているつもりだけど、お互いの身体の方はちっとも同じとはいかなかった。
 仕事中の彼の動きをセンサーで拾ってしまう。すっきりとした襟足や、シャツの襟から除く首筋、腕まくりをした時の腕の動き。そんな事を見てない振りをしながらこっそりと見る。
 用があって、近づかなくてはならない時の彼の体温を味あう。何気なく身体を寄せる。押さえきれない身震いが彼の身体の中を走り抜けるのを感じると、妙に嬉しくなってしまう。
 そして、溜息。
 鉄壁のポーカーフェイスを誇っているかのように見えて、一度ばれてしまった本当の気持ちは、隠しようが無く洩れ出てきてしまうものだった。なんでもない振りをして、押し殺した振りをして、それでいて上がってくる体温。にじみ出る汗。なによりも、思いのこもった吐息。「あなだが好きだ」言えない気持ちが、色づいて洩れている吐息。辛い。辛い。辛い。と、背中に、額に、手の震えに、焦がれた気持ちが滲みでていた。
 ふうん。
 誰かに、慕われているという事実が、これほど自分を有頂天にさせるとは思いもかけなかった。私は、彼が私を欲しがっているという印を、彼の様子から拾い集めるのに夢中になった。
 彼が実に上手に自分の感情を隠していると、わざと近づいて刺激する。私がそうしている事を、彼も気づいているはずだった。けれど、お互いに意地になっているみたいに、その事に触れようとしない。ふたりだけの時間の緊張感はいやがおうにも高まっていった。
 こんな事は初めてだ。普通、好きになった人にこんな仕打ちしないだろう。ちょっとでも気に入られたくて、少しでも嫌われたくなくて。ああ。でも、そんな感情すら味わった事すら無いかもしれない。
 初めて恋した時、私はどうしたんだっけ?初めて好きになった人って?記憶は朧で、思い出せなかった。不思議だ。そうやって物思いにふけっていて、はっと気がつくと東野の視線が痛いほどに突き刺さって来る。私が何を考えているのか、知りたくて、知りたくて、気になって仕方が無いと言った目付き。そして、意識したそぶりで、無理矢理視線を引き剥がしていく。
 やがて、水曜日がやってくる。いつもどおりの定時報告。完全に表情を殺した彼の様子が内心の苦痛を露呈させてしまっていた。彼が何を考えているのかが、手に取れるほどに透けている。やきもち。嫉妬。独占欲。彼の中で嵐が吹き荒れ、胸の柔らかいところを食い破っているのが分かる。
「お車をビルの前に廻しました」
 横を向き、唇を噛み、歯を喰いしばって、そっと溜息をつく。そうよ…。私は今から男に会いに行くの。その男の体を味わいに。苦痛を味わいに。ちょっとだけ眉を寄せて、私を送り出す東野が、閉まったドアを見つめて手のひらに爪を立てて身もだえしている事が分かっていた。そして、その事が私にとって心地よい事も。



↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ
スポンサーサイト
[PR]

コメント
この記事へのコメント
 Sであるっていう時点で聖人にはなりようがない・・・。
でも、東野ってメチャ私好みになってきたの・・・。
だから、ものすごく虐めるのが楽しいかも♪
 瑞希は今までの中で一番自分のなりたいタイプの女性かな。
瑞希には、結構隠してる事があるんじゃないかなぁ・・・・。
でも、なかなか白状しそうにない。
この話の終わりまでに彼女の秘密を見つけられるか解りません。
2006/05/09(火) 17:11 | URL | さやか #DS51.JUo[ 編集]
意外と瑞希さんは悪女ですぅ・・・。
振り回してる感が素敵。
すでに東野さんを手中に納めたも同然?!
東野さんはどう料理されていくのかー!
ムフフ・・・。
あれしてーこれしてーああ、がいいなー><
2006/05/09(火) 13:22 | URL | せつな #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する