次の水曜日は、真樹との約束の日だった。私は、ここのところの、東野との無言の駆け引きに、すっかりと夢中になっている自分の事を真樹に相談してみたかった。性癖が恋の邪魔をする事は、真樹が一番よく知っている。荒れていた私生活を清算し、まがりなりにも仕事をする普通の生活へ戻っていった彼の意見を聞きたかった。
ところが、間の悪い事って必ずあるもので、ちょっとしたパーティーの招待客の設定でクレームがあって、どうしても私が顔を出さないと納まらない話になってしまった。今日の顧客は殊の外気難しいだけでなく、どうも、私をそのパーティーに引きずり出したいという思惑があるようだった。
適当なところで切り上げられるという読みは外れ、どう頑張っても抜けられそうに無い。私は、仕方なく東野に柚木に電話するように頼んだ。クレームをつければ、私が出てくるという前例にしたくなくて、思いっきり粘って突っぱねる。
そこは、副業と趣味同然の仕事の強みで、この顧客が気に入らなければ切り捨てるまでという私の強気の態度に、ようやく向こうが折れて帰った時には、すでにその日は終わりになろうとしていた。
真樹はどうしたろう。あの時間なら、すでに館に来ていたはず。誰かと遊んで帰ったろうか。それとも、まだ、居残っているだろうか。
気になって、つい、帰社するとすぐ携帯で電話していた。すぐに柚木が電話に出て、真樹は何もしないで帰ったと告げた。
「もし、ご都合がよろしければ、来週の水曜日にと言付かっておりますがいかがいたしますか?」
「ええ、お願いします。予定を調整してくださる?」
「かしこまりました。お伝えして、他の者の予定を変更しておきますので。どうぞ、お気遣い無く」
電話を切って振り向くと、そこに東野が立っていた。固い表情をして、明日のための予定表を机の上に置く。
「そんなに……キャンセルした事が、気になるんですか?」
東野がそこまで踏み込んできた事に、ちょっと驚いてみつめてしまった。自分でも考えて発した言葉ではなかったのだろう、思わず飛び出した言葉に失敗したというように口をすぼめた。急いで表情を取り繕って目を伏せる。
「申し訳ありません。出すぎた事でした」
「いらいらしているのね。疲れたんでしょ」
「いいえ。社長こそ、お疲れになったでしょう。車を廻しますので…」
「気持ちを伝えたから何かが変わるとも思っていません…そう言ったのは、嘘だったのかしら」
油断しているところを思いっきり深く切り裂いた。
彼は一瞬ひるんで、そして、切り返ししてきた。
「気がついてらっしゃるんですね。…知っていて、そして、弄ってらっしゃる」
身体の向きを変えて一歩詰め寄ってくる。彼の中で秘書という仮面が崩れ去ったのが分かった。
「そうです。嫉妬していますよ。あなたに一番近いところにいる男に。当然でしょう。僕が望んでも得られないものをその男は手にしているんだ」
「どうして?あの時まで私にまったく気がつかせなかったくせに。あそこまで啖呵を切っといて、たった一言で随分と態度を変えたのね」
「それは……!あの時は、あなたが振り向いてくれるなんて思っていなかった。今は違う。僕の事を男だと分かっているでしょう?」
高ぶっていく気持ちを無理に押し殺して、平静に会話をしようとしている彼を、改めてみなおしたものの、だからといって、途方にくれてしまう事態だという事には変わりなかった。自分で始めておいて収集がつかなくしてしまうのは、前回と同じだった。どうしてこう不器用なのかしら。せっかくの面白い遊びもどうやら終わりにしなくてはならないらしい。
「私があなたを男だと認識して、多少の好意を持ったからって言って、何も変わりようが無いでしょう?」
「大違いですよ。それまでは、まるで木石を相手にしているかのように、僕がそこにいるとも思っていなかった」
「だからって、水曜日のお相手に嫉妬しても仕方ないじゃないの。ただの遊び相手なんだし」
「あなたは気付いてないんですね。その男の事を口に出す時、あなたは明らかに表情が違う」
びっくりして、自分の行動を反芻してみた。確かに真樹は普通の相手ではない。だって、彼は私の育ての親同然だったのだから。だからって、プレイの最中は誰だって同じだった。欲しいのは相手の苦痛だけ。真樹が他の人間と違うのは、プレイ以外の部分によるものが大きいのだ。
「ねえ、分かっているの?相手はMで私はS。私達は普通の交際をしているわけじゃないのよ」
「分かっています。三年間ずっとお側にいたんですから。……でも!」
彼は、一瞬口をつぐんで、そして苦しそうに言葉をつないだ。
「……あなたは、僕を秘書として見るのをやめたでしょう?」
気付かれている。当たり前だ。私の気持ちが変わってきている事を気付かれているのは分かっていた。でも、それがどうして起きたのかまで察しているとは思っていなかった。彼の言葉の端々に、私が自分のS性を彼に振り向け始めているのに気が付いている事が伺われて、びっくりした。彼はもう一歩近づいて来て、腕をとって私を引き寄せようとした。私は反射的に振り払った。
「あなたにできるはずないじゃないの!ただ痛めつけるだけじゃないのよ。彼らは私の足元に這いつくばって、足を舐めたり、尿を飲んだりするんだから。そんな事、まともな男性にできる訳ないじゃない」
その瞬間、自分でも一番見たくなかった事が露になってしまった事が私をひどく動揺させた。そう、自分がSであるかぎり、普通の恋愛なんて出来やしないのだ。出来るだけ酷い言葉を叩きつけて、彼が飛びのいて離れていくのを、しっかりと確認しないと納まらなくなっていた。それなのに、東野はもう一歩近づくと、今度はしっかりと私の腕を捕らえた。
「僕の気持ちがそれだけのものだと?彼にできる事が、どうして僕には出来ないと思われるんですか」
「彼らが私の相手をするのは、私が好きだからじゃないもの。仕事だし、SMが好きなのよ。誰でもいいの」
「あなたもそうなのですか?相手があなたを好きでなくても?ただ仕事だとしても?」
「そうよ」
つかんだ腕を引き寄せて、間近に覗き込まれる。吸い込まれそうなほどに深い相手の瞳の色に見入ってしまった。どうしてだろう。彼の反応は予想していたものとはまったく違う。東野はどうしていつも私をびっくりさせるのだろう。
「だったら、僕でもいいわけですよね」
しまった。理詰めでやったら勝てない相手だったのに。なんて馬鹿。
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適当なところで切り上げられるという読みは外れ、どう頑張っても抜けられそうに無い。私は、仕方なく東野に柚木に電話するように頼んだ。クレームをつければ、私が出てくるという前例にしたくなくて、思いっきり粘って突っぱねる。
そこは、副業と趣味同然の仕事の強みで、この顧客が気に入らなければ切り捨てるまでという私の強気の態度に、ようやく向こうが折れて帰った時には、すでにその日は終わりになろうとしていた。
真樹はどうしたろう。あの時間なら、すでに館に来ていたはず。誰かと遊んで帰ったろうか。それとも、まだ、居残っているだろうか。
気になって、つい、帰社するとすぐ携帯で電話していた。すぐに柚木が電話に出て、真樹は何もしないで帰ったと告げた。
「もし、ご都合がよろしければ、来週の水曜日にと言付かっておりますがいかがいたしますか?」
「ええ、お願いします。予定を調整してくださる?」
「かしこまりました。お伝えして、他の者の予定を変更しておきますので。どうぞ、お気遣い無く」
電話を切って振り向くと、そこに東野が立っていた。固い表情をして、明日のための予定表を机の上に置く。
「そんなに……キャンセルした事が、気になるんですか?」
東野がそこまで踏み込んできた事に、ちょっと驚いてみつめてしまった。自分でも考えて発した言葉ではなかったのだろう、思わず飛び出した言葉に失敗したというように口をすぼめた。急いで表情を取り繕って目を伏せる。
「申し訳ありません。出すぎた事でした」
「いらいらしているのね。疲れたんでしょ」
「いいえ。社長こそ、お疲れになったでしょう。車を廻しますので…」
「気持ちを伝えたから何かが変わるとも思っていません…そう言ったのは、嘘だったのかしら」
油断しているところを思いっきり深く切り裂いた。
彼は一瞬ひるんで、そして、切り返ししてきた。
「気がついてらっしゃるんですね。…知っていて、そして、弄ってらっしゃる」
身体の向きを変えて一歩詰め寄ってくる。彼の中で秘書という仮面が崩れ去ったのが分かった。
「そうです。嫉妬していますよ。あなたに一番近いところにいる男に。当然でしょう。僕が望んでも得られないものをその男は手にしているんだ」
「どうして?あの時まで私にまったく気がつかせなかったくせに。あそこまで啖呵を切っといて、たった一言で随分と態度を変えたのね」
「それは……!あの時は、あなたが振り向いてくれるなんて思っていなかった。今は違う。僕の事を男だと分かっているでしょう?」
高ぶっていく気持ちを無理に押し殺して、平静に会話をしようとしている彼を、改めてみなおしたものの、だからといって、途方にくれてしまう事態だという事には変わりなかった。自分で始めておいて収集がつかなくしてしまうのは、前回と同じだった。どうしてこう不器用なのかしら。せっかくの面白い遊びもどうやら終わりにしなくてはならないらしい。
「私があなたを男だと認識して、多少の好意を持ったからって言って、何も変わりようが無いでしょう?」
「大違いですよ。それまでは、まるで木石を相手にしているかのように、僕がそこにいるとも思っていなかった」
「だからって、水曜日のお相手に嫉妬しても仕方ないじゃないの。ただの遊び相手なんだし」
「あなたは気付いてないんですね。その男の事を口に出す時、あなたは明らかに表情が違う」
びっくりして、自分の行動を反芻してみた。確かに真樹は普通の相手ではない。だって、彼は私の育ての親同然だったのだから。だからって、プレイの最中は誰だって同じだった。欲しいのは相手の苦痛だけ。真樹が他の人間と違うのは、プレイ以外の部分によるものが大きいのだ。
「ねえ、分かっているの?相手はMで私はS。私達は普通の交際をしているわけじゃないのよ」
「分かっています。三年間ずっとお側にいたんですから。……でも!」
彼は、一瞬口をつぐんで、そして苦しそうに言葉をつないだ。
「……あなたは、僕を秘書として見るのをやめたでしょう?」
気付かれている。当たり前だ。私の気持ちが変わってきている事を気付かれているのは分かっていた。でも、それがどうして起きたのかまで察しているとは思っていなかった。彼の言葉の端々に、私が自分のS性を彼に振り向け始めているのに気が付いている事が伺われて、びっくりした。彼はもう一歩近づいて来て、腕をとって私を引き寄せようとした。私は反射的に振り払った。
「あなたにできるはずないじゃないの!ただ痛めつけるだけじゃないのよ。彼らは私の足元に這いつくばって、足を舐めたり、尿を飲んだりするんだから。そんな事、まともな男性にできる訳ないじゃない」
その瞬間、自分でも一番見たくなかった事が露になってしまった事が私をひどく動揺させた。そう、自分がSであるかぎり、普通の恋愛なんて出来やしないのだ。出来るだけ酷い言葉を叩きつけて、彼が飛びのいて離れていくのを、しっかりと確認しないと納まらなくなっていた。それなのに、東野はもう一歩近づくと、今度はしっかりと私の腕を捕らえた。
「僕の気持ちがそれだけのものだと?彼にできる事が、どうして僕には出来ないと思われるんですか」
「彼らが私の相手をするのは、私が好きだからじゃないもの。仕事だし、SMが好きなのよ。誰でもいいの」
「あなたもそうなのですか?相手があなたを好きでなくても?ただ仕事だとしても?」
「そうよ」
つかんだ腕を引き寄せて、間近に覗き込まれる。吸い込まれそうなほどに深い相手の瞳の色に見入ってしまった。どうしてだろう。彼の反応は予想していたものとはまったく違う。東野はどうしていつも私をびっくりさせるのだろう。
「だったら、僕でもいいわけですよね」
しまった。理詰めでやったら勝てない相手だったのに。なんて馬鹿。
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この記事へのコメント
自分の好きな男ばっかり書いてると、
登場人物が金太郎飴に!
ま、楽しいから、いいんだけど。
お腹の突き出たオヤジとか書いても楽しくないし。
しかし、これでいいのかさやかの人生。
( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
登場人物が金太郎飴に!
ま、楽しいから、いいんだけど。
お腹の突き出たオヤジとか書いても楽しくないし。
しかし、これでいいのかさやかの人生。
( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
2006/05/09(火) 17:16 | URL | さやか #DS51.JUo[ 編集]
東野さんの情熱がアツイ!アツすぎるぅぅー。
さやかさまの書く[理詰め]男性好きです。
不器用なほど真っ直ぐで、でもしなやかで強い。
こんな男性に「ずっとあなたが」なんて云われたら…。
どうなるか。は、今後の瑞希さんに注目vvです。
さやかさまの書く[理詰め]男性好きです。
不器用なほど真っ直ぐで、でもしなやかで強い。
こんな男性に「ずっとあなたが」なんて云われたら…。
どうなるか。は、今後の瑞希さんに注目vvです。
2006/05/09(火) 13:29 | URL | せつな #-[ 編集]