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13、ひとつの別れ

ここでは、「13、ひとつの別れ」 に関する記事を紹介しています。
 次の水曜日の夜、真樹に会うと、私は前置きもなしに、すべての顛末をぶちまけた。ソファでセックスした事に話が及ぶと、真樹は驚いた様子で口笛を吹く。
「それはまた、すごい快挙じゃないの」
 嬉しそうに笑う真樹の頭を、衝動に任せて思いっきりはたいた。あの翌日から東野は、もとの東野に戻っていた。何もなかったかのように、衝動を押し殺してみせた。もちろん、それはあまりうまくいっていなかったけれど。とにかく、なんでもない振りをしようとしていた。
「瑞季は、こだわりすぎなんだよ。Sだから女王様にならないと、なんて、ほんとは思ってないでしょ。好きなようにしたら」
 私は、ちょっと悲しくなって、真樹の顔を見られなかった。
「それが、どういう事だか分かっているの?」
 真樹は薄く微笑むと、そっと手を伸ばしてきて、私の頭を引き寄せた。
「分かっているよ」
 そっと、髪の毛を撫でてくれる。
「結果がどうなるか。三ヶ月は水曜日を空けて待っているよ。何も連絡がなければそれで終わりだ」
「ねぇ。ほんとにそれでいいの?」
「瑞季。プレイしなくなっても、そのまま二度と会わなくても、僕は一生君のものだよ。僕が必要な時はいつでも柚木に電話して。どんな時でも、君を優先するから。何も心配しなくていいんだ」
 優しすぎる言葉に思わず涙がこぼれた。真樹はいつでも優しすぎる。この三年間、私は彼がいたから楽に生きてこられたのに。彼は私の前にひざまずくと、顎にそっと手をかけて、初めてのキスをくれた。ついばむような優しいキス。
「大丈夫だよ。彼が納得したらまた会える。会えなくても「君の欠落」が僕にとっては支えになるさ」
 その夜、私たちは最後になるかもしれないプレイをした。私は彼の身体を吊って、バラ鞭で彼の身体をまんべんなく打ち叩いた。強くなく、手加減をしながら、それでいて長く、長く…・痛みがどうやっても耐えられなくなるほどひどくなるまで身体中にみみずばれを作って、呻いている彼の背中に、痕になるほど強く一本鞭をひとつ打ち込んで、彼を吊るしたまま、部屋を出た。そして、私は後始末を柚木に任せて館を後にした。

 真樹に背中を押された事で、私は、東野との関係を見つめなおさざるをえなかった。こだわらないで好きにやれって事は、好きな時に彼に抱かれて、好きな時はじゃれて、好きな時に痛めつけてもいいって事よね。それって、信じられないくらい鬼畜な行動よね。
 机の上に肘をついて、部屋の中を、書類を持って移動する彼を眼で追った。視線に気がついて眼を上げた東野が、もの問いたげにみつめかえしてくる。私は昨日、いつものように彼を置き去りにして館へ行った。別れ際の彼の表情は、撃ち殺されるのを待っている獣のようだった。そのせいで、彼の態度は、今日は妙に硬い。ちょっとやつれた様子で、昨日は眠れなかったのがありありだった。
 そんな自分勝手な事をして、普通の男は納得するんだろうか。真樹のようにぶっ飛んだ人生を送っている男に保障されても、安心できない。でも、それ以外の生き方なんてできそうにもなかった。じゃあ、どうすればいいんだろう。とりあえず、プレイしてみなくちゃ分からないわよね。東野は、頭で考えているだけでやれると思っているみたいだけど、ほんとにその場面になれば、現実を知って、とっとと逃げ出すかもしれない。そうなったら、すごく便利で有能な秘書を失う事になる事になる。それは、困る。
「社長?」
 あんまりじっと見つめたんで、とうとう無い振りができなくなったらしい。息だけの声で、問いかけてくる。
「ねえ。もし、上手くいかなくても、仕事やめないって約束して」
 あまりに短絡的な物言いに、自分で言ってしまってから赤面してしまっていた。彼は、ぱたぱたとまばたきをしてからこくこくとうなずいた。
「約束します」
「じゃあ、今日、ホテルを押さえて。SMが出来るラブホテル。吊りが出来る設備があるところにして」
 東野が思わず息を呑んだのが分かった。私は、出来るだけ何気なく視線をそらせた。
「分かりました」
 東野の声は冷え冷えとして硬かった。
「社長、申し付けられておりましたホテルの手配が整いました」
 社員と打ち合わせをしていた場所に入ってきた東野が、後ろからかがみこむようにしてはっきりとした声で告げたのは、終業30分前の事だった。




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