週末は、不意のアクシデントに備えて、常にひとりで、マンションに待機してすごすのが普通だった。会社は株式が動かないのでお休みしている以上、手配したパーティーや個人的な小さなお茶会への対応は、私が処理するしかない。もともと私の個人的な付き合いから派生した仕事だし、家でのんびりするのが好きなので自然とそういう形になっていた。
東野とは、金曜日の朝に送ってもらったっきり。もちろん、会社では顔を合わせている。社長と秘書として。身体のつながりが出来たからといって、態度が変わるようだったら会社では、とてもやっていけないと思っていたから、変わらない態度に勤めようと感情をセーブしている東野の努力はありがたかった。だがそれも、月曜日、火曜日と、日を重ねていくにつれ怪しくなってきた。
東野は、明らかに視線を合わすのを避けていた。私は言葉に出すのが苦手だったし、彼は、秘書としての分をきっちり守るタイプだった。当然、気持ちを伝える会話は極端に少ない。お互いに目の色、顔の色を読みながら付き合ってきただけに、お互いの顔をさりげなく覗き込む事が習慣になっていたので、すぐにその不自然さに辟易した。
いったい、何が不満なのか。金曜日の朝の熱烈な別れを思い返しても、特に思い当たる事はないような気がした。だが、東野の表情は明らかに、辛い気持ちを無理矢理押し込めている様子だった。
もちろん、そうやって弄って遊ぶのが大好きなのだから、放って置いていいのだが、理由が分からないのでは面白さも半減だった。やっぱり、日がたつにつれて、あの夜の事に嫌悪を抱くようになってきたのかと思ったりしたが、それにしては、態度が不自然だった。
打ち合わせの最中の彼のふっと浮かび上がる思いつめた表情…。そして、気づかれないようにじっと見つめてくる熱い視線。すれ違う時に、思わず伸ばそうとして無理矢理引き戻される掌が、日を重ねるに従って、彼の思いがつのってきている事を示している。そして、それがぴりぴりと肌で感じられるほどに、はっきりと現れてきたのが水曜日の午後だった。水曜日…。そうか。
この三年間、私が館に出かけるのを習慣にしてきた日。
真樹と話した最後の日に、その後のすべての約束をキャンセルしてきてしまった事は、彼にまだ伝えていなかった。もともと、二股をかけるようなまねをするつもりは無い。東野は、ただのSMのプレイ相手とは違うのだから。でも、ただのセックスの相手でもない以上、それを説明したりしない。体を重ねて一週間経って、お互いに何もなかったような振りを装っているのだから、水曜日が来れば、私はいつもの通りに出かけていく…と、思うのは当然だった。
嫉妬している。以前よりも強く。東野の性格なら当然だ。もし普通の恋人同士だったら、自分の恋人を夢中にさせて、絶対によそみをさせないように策を張り巡らせるタイプに見える。一歩引いて、従わないといけないというのは苦痛でならないに違いない。
まだ、私が自分のものでない時から、苦しんでいた。一言、言ってやればいい。もう館に行くのはやめた、と。
……本当に?本当に私はもう館へ行かないのだろうか。真樹とは別れたわけじゃない。『会わなくなっても僕はあなたのもの。』SとMである以上、プレイしなくても隷属していられる。そう、真樹に宣言された。そして、私もそれを受け入れた。この感情を東野は理解するだろうか。ううん。無理。私ですら、おかしいと思う。真樹本人を知らなければ、信じられない。彼が、私が与える苦痛に求めていたものを知らなければ…。
なにも言わなくても東野もいつかは気が付く。私が館に行くのをやめた事は。どんな時でも、私のスケジュールも、どの場所にいるかも東野は把握しているのだから。
あれこれ、思い惑っていながらもいつもの習慣どおりに仕事をこなしているうちに終業時間がやってきて、東野がいつもどおりに明日の予定表を持って現れた。青い顔をしている。
「社長、明日の予定表です」
いつもどおりの動作で机の上に書類を置く。平坦な声。何も感情を表していない声で、東野は続けた。
「お車を正面玄関に廻させます」
「ありがとう」
ぎゅっと握りこまれた彼のこぶしが白い。だが、彼はそれ以上何も言わずにくるりと回れ右をして、部屋を出て行った。彼は、知っている。そう、知っていた。私がそれを楽しんだ事を。そういうのが好きだと言ったら、私の顔を覗き込んでひとつうなずいて「分かった」と、答えた。
そう、彼は本当に分かったのだった。私は、溜息をひとつ付いて立ち上がった。おいしすぎる。私は東野に本当の事を告げずに、そのまま会社を出て、正面玄関に付けられたハイヤーで家に帰った。
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東野とは、金曜日の朝に送ってもらったっきり。もちろん、会社では顔を合わせている。社長と秘書として。身体のつながりが出来たからといって、態度が変わるようだったら会社では、とてもやっていけないと思っていたから、変わらない態度に勤めようと感情をセーブしている東野の努力はありがたかった。だがそれも、月曜日、火曜日と、日を重ねていくにつれ怪しくなってきた。
東野は、明らかに視線を合わすのを避けていた。私は言葉に出すのが苦手だったし、彼は、秘書としての分をきっちり守るタイプだった。当然、気持ちを伝える会話は極端に少ない。お互いに目の色、顔の色を読みながら付き合ってきただけに、お互いの顔をさりげなく覗き込む事が習慣になっていたので、すぐにその不自然さに辟易した。
いったい、何が不満なのか。金曜日の朝の熱烈な別れを思い返しても、特に思い当たる事はないような気がした。だが、東野の表情は明らかに、辛い気持ちを無理矢理押し込めている様子だった。
もちろん、そうやって弄って遊ぶのが大好きなのだから、放って置いていいのだが、理由が分からないのでは面白さも半減だった。やっぱり、日がたつにつれて、あの夜の事に嫌悪を抱くようになってきたのかと思ったりしたが、それにしては、態度が不自然だった。
打ち合わせの最中の彼のふっと浮かび上がる思いつめた表情…。そして、気づかれないようにじっと見つめてくる熱い視線。すれ違う時に、思わず伸ばそうとして無理矢理引き戻される掌が、日を重ねるに従って、彼の思いがつのってきている事を示している。そして、それがぴりぴりと肌で感じられるほどに、はっきりと現れてきたのが水曜日の午後だった。水曜日…。そうか。
この三年間、私が館に出かけるのを習慣にしてきた日。
真樹と話した最後の日に、その後のすべての約束をキャンセルしてきてしまった事は、彼にまだ伝えていなかった。もともと、二股をかけるようなまねをするつもりは無い。東野は、ただのSMのプレイ相手とは違うのだから。でも、ただのセックスの相手でもない以上、それを説明したりしない。体を重ねて一週間経って、お互いに何もなかったような振りを装っているのだから、水曜日が来れば、私はいつもの通りに出かけていく…と、思うのは当然だった。
嫉妬している。以前よりも強く。東野の性格なら当然だ。もし普通の恋人同士だったら、自分の恋人を夢中にさせて、絶対によそみをさせないように策を張り巡らせるタイプに見える。一歩引いて、従わないといけないというのは苦痛でならないに違いない。
まだ、私が自分のものでない時から、苦しんでいた。一言、言ってやればいい。もう館に行くのはやめた、と。
……本当に?本当に私はもう館へ行かないのだろうか。真樹とは別れたわけじゃない。『会わなくなっても僕はあなたのもの。』SとMである以上、プレイしなくても隷属していられる。そう、真樹に宣言された。そして、私もそれを受け入れた。この感情を東野は理解するだろうか。ううん。無理。私ですら、おかしいと思う。真樹本人を知らなければ、信じられない。彼が、私が与える苦痛に求めていたものを知らなければ…。
なにも言わなくても東野もいつかは気が付く。私が館に行くのをやめた事は。どんな時でも、私のスケジュールも、どの場所にいるかも東野は把握しているのだから。
あれこれ、思い惑っていながらもいつもの習慣どおりに仕事をこなしているうちに終業時間がやってきて、東野がいつもどおりに明日の予定表を持って現れた。青い顔をしている。
「社長、明日の予定表です」
いつもどおりの動作で机の上に書類を置く。平坦な声。何も感情を表していない声で、東野は続けた。
「お車を正面玄関に廻させます」
「ありがとう」
ぎゅっと握りこまれた彼のこぶしが白い。だが、彼はそれ以上何も言わずにくるりと回れ右をして、部屋を出て行った。彼は、知っている。そう、知っていた。私がそれを楽しんだ事を。そういうのが好きだと言ったら、私の顔を覗き込んでひとつうなずいて「分かった」と、答えた。
そう、彼は本当に分かったのだった。私は、溜息をひとつ付いて立ち上がった。おいしすぎる。私は東野に本当の事を告げずに、そのまま会社を出て、正面玄関に付けられたハイヤーで家に帰った。
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この記事へのコメント
to せつな
せつなも勇気をだしてranさんに言ったんだね。
せつなとranさんのなれ初め聞きたいなぁ・・・・。
東野のためにはらはらしてやってください。
to トンちゃん
ヤッホーヾ(@^▽^@)ノ ワーイ
あっちの常連は、このあまあまの世界には
耐えられないんじゃないかと思ってました。
あまりにも、地に足が付いていない・・・。
でも、愛してるって大切な事なんだけどね。
いずれは、鬼畜も書きたいので
気長に感想考えてくださーい。
せつなも勇気をだしてranさんに言ったんだね。
せつなとranさんのなれ初め聞きたいなぁ・・・・。
東野のためにはらはらしてやってください。
to トンちゃん
ヤッホーヾ(@^▽^@)ノ ワーイ
あっちの常連は、このあまあまの世界には
耐えられないんじゃないかと思ってました。
あまりにも、地に足が付いていない・・・。
でも、愛してるって大切な事なんだけどね。
いずれは、鬼畜も書きたいので
気長に感想考えてくださーい。
や・・・・やっと読み終わった・・・ハァハァε-(。_。;)ノ┃木┃
感想もなにも・・・・・一気に読みすぎて頭が飽和状態・・・
でも・・・・やっぱり文章がうまいね。
次を読みたくなる。
感想もなにも・・・・・一気に読みすぎて頭が飽和状態・・・
でも・・・・やっぱり文章がうまいね。
次を読みたくなる。
ムーッ。
二人とも意地っ張りですッ。
ハラハラしてしまうよ…。
絶対誰にも渡したくない時、自分のものにしたい時、
そんな時はかっこ悪くても素直に自分の気持ちを伝えないと
ダメなんだってせつなは知ってるよ。
ヽ(´∀`)9 ビシ!!
ranさんGETだぜ!
二人とも意地っ張りですッ。
ハラハラしてしまうよ…。
絶対誰にも渡したくない時、自分のものにしたい時、
そんな時はかっこ悪くても素直に自分の気持ちを伝えないと
ダメなんだってせつなは知ってるよ。
ヽ(´∀`)9 ビシ!!
ranさんGETだぜ!
2006/05/16(火) 11:27 | URL | せつな #-[ 編集]