その週末に業者を呼びつけて改装工事を頼んだ。4LDKの玄関を入って右側、今まで客間としてしつらえてあった寝室の隣の部屋。十二畳では、いささか手狭だったが、他の部屋は、寝室と書斎と和室…なのだからしかたなかった。今まで廊下に抜けたドアはふさいで、寝室から直接出入りできるようにして、寝室との仕切りの壁を電動で格納できるようにした。そうすれば、20畳の寝室の空間とひとつになって手狭な感覚は薄れるし、ベッドを置かなくてもすむ。それに、寝室のバスルームやトイレもそのまま使える。
ついでに和室の天井を今までより高くしてもらって梁を入れた。あちこち補強して金具を埋めてもらい、どこでも遊べるアミューズメントパークに変身させた。
実は、この改装工事については館を紹介してもらった高原氏に相談した。そういうあれこれについて精通している業者の方が、出来上がりについても安心できると思ったからだった。それに、ノウハウが蓄積されているので、向こうの方からいろいろと提案してもらえた。
会社を通さなかったので、さすがの東野も改築工事をしている事に気が付かなかったのだろう。土曜の夜に高原氏に融通してもらった、泊まっているホテルから電話を入れると、驚いてすぐにやってきた
「社長、週末はこちらのホテルで過ごされるんですか?」
「ちょっと事情があって、10日ほどここに泊まる事にしたの。明日のパーティーの会場でもあるから、連絡が来てもすぐ動けるし」
初めての事だったので、東野はあきらかに戸惑いと不安を感じているようだった。十日間、普通のホテルに泊まるという事は、ずっとSMはおあずけと取ったらしい。もちろんせっかくスィートに泊まっているんだから、毎日東野も泊まってもかまわないのだが、事情が分かっていないため、そこまでは言い出せない様子で不安げに窓際に立って東京の宝石箱のような夜景を見つめている。
私の方はかえって気が楽だった。非日常の習慣は、たやすくひっくり返せるから、何をやっても後の事を考えなくてすむ。それに、この部屋は、普段はいったい普通の客を泊められているんだろうかと、不思議になるほどに、SM用の設備が備えてある部屋だった。
天井や柱には補強が入り、鏡や長椅子やオッドマンがさりげなく配置されている。防音設備も完璧にしてあるらしい。ただ使う道具やチェーンブロックなどの機械は取り外し式になっていて、普段は続きの隠し部屋にしまわれて鍵を掛けてあるらしい。客が指定した時だけ取り出して設置する仕組みになっていた。部屋係も特別な関係者だし情報洩れについても全く心配しなくていいと、説明されてその情熱に少々呆れてしまった。
「東野はこの週末は予定があるの?」
意固地に窓の外を見ていた東野は、振り向くとぱちぱちと瞬きをした後、首を左右に振った。
「いいえ、ありません」
「じゃあ、今夜は泊まっていける?」
そう尋ねながら、手を伸ばして、チェーンブロックの鎖を引き降ろした。東野の目が驚きに見開かれる。それは、そうだろう。こんな、都心の一流ホテルにこんな設備の付いた部屋があるなんて、誰も考えない。ごくり。東野の咽喉仏がかすかに上下した。こっくりとうなずいた時、彼の頬と耳たぶがうっすらと赤らんだ。
順番にお風呂を使って、ホテルのタオルのバスローブに着替えた。さすがは趣味がいいやわらかくて着心地のよいバスローブだった。私は、脱衣場にあったからからとキャスターの付いた脱衣籠を部屋のベッド傍まで持ってきた。一番上が取り外しのできるトレイになっている。その上に今日使う予定の道具を広げた。アルコールランプとやけどしないようにコルクのもち手の付いた銀色の針。アルコール綿の入った銀色のケースと細い注射針のパック。一目見れば今から何をしようとしているのか明らかだった。
近づいてきた東野の顔はかすかに青ざめている。それでも、何も言わずに、私の隣に座った。
「これで、どうするか知っている?」
「知りません。でも、見れば分かります…」
私はうなずくと注射針のパックをひとつ取り上げてアルミホイルをぱりぱりと破った。キャップを抜くと、その針を光にかざしてみせる。針責めは、鞭で打たれる事を思えば、ものすごく痛むわけでもない。きちんと消毒すれば痕も残らない。ただ、痛みは本数や刺し方、刺す場所にいちじるしく左右される。それが、かえって恐怖心をあおるらしい。どれほどの事をされるか分からないという事が強い恐怖につながるのだ。
それから私はアルコールをたっぷり含んだカット綿をとりあげ自分の太腿の上をまんべんなく拭った。そしてちょっと膝を上げて角度をつけて、針を太腿に突き刺して見せようとした。
「なにをするんです!やめてください!瑞季!」
めったに大声なんか出した事の無い東野が、心底動揺した叫び声を立てて私の手から注射針をひったくった。私は、びっくりして、ぽかんと彼を見つめた。
「やってみせようとしただけよ」
「あなたの足でした」
「だって、その方がよく見えるし。初めてなんだし、自分の足なんかに刺されたら、見る余裕なんてないでしょう」
「やめてください」
東野はすっかり血の気が引いて真っ白になっていた。こめかみには汗が滲み声も震えている
「もしかして、東野、先端恐怖症なの?」
「違いますよ。僕の身体ならなにをやってもいいですから、自分の身体で試すのはやめてください」
「……ね。東野。注射針はもともと身体に刺すものだし」
「知っています」
「この注射針は結構細いタイプだし……」
東野は、呼吸が荒くなり苦痛をうかべた瞳をさっと逸らした。
「見たから分かります」
「東野…ちゃんと消毒したんだから」
「そんな事を心配してるわけじゃない。ただ、耐えられないんだ。あなたの身体を痛めつけるなんて」
彼の辛そうな顔がゆがんだ。そして顔をうつむけると唇を噛み締める。私は急いで彼の顎に手をあてて、顔を仰向かせると唇へ手を掛けた。
「だめ。血が出ちゃう」
それから、そろそろと手を伸ばして、彼が握りこんでいるこぶしを取り、そっと掌を開かせる。幸い、握りしめていたわりにはどこにも突き刺さっていなかった。彼は、注射針を返そうとせず手を急いで引いた。
「瑞季……。お願いだから。自分に刺さないで。僕には、とても…耐えられそうにない」
絞り出されるように押し出された言葉は、かすれていた。
「ねぇ、私、今からあなたの身体にこれを刺そうとしているのよ。それも、一本や二本じゃないし、痛みがあるように結構深く刺すし」
「それは、僕の身体に、でしょう?あなたの身体でやって見せる必要なんてないじゃありませんか」
落ち着こうとして何度も唇を舐め、唾を飲み込んでいるが、彼の声はすっかりうわずって震えていた。
本気で嫌がっている。私はびっくりして、唇まで白くなってしまった彼の顔を見つめた。彼が嫌がっているのは自分が痛めつけられる事ではない。私の身体に苦痛が与えられる事を嫌がっているのだ。気持ちを押さえられなくなった彼の手が乱暴に伸ばされて私の身体をかき抱いた。
「あなたの身体に刺す必要なんてないでしょう?頼みます。お願いですから、やめてください」
震える彼の声を聞いていると、今から彼にしようとしている事が、あまりにも鬼畜な事のような気がしてきた。針を一本や二本突き刺したくらいで、そんな目に合うあなたを見るのが耐えられないとまで言われて、ああ、そうですかと相手の身体に平気で針を突き立てる事はできそうに無くなってきた。そんなにも私の事を案じてくれる相手に反して、私は彼の苦しみを見たいのだ。思わず溜息がもれてしまった。
「私って人でなしかも」
抱きしめていた身体が、固まった。自分が踏んだ地雷が何か、気が付いたらしい。
「ああ。…失敗した」
吐き捨てるように言うと、舌打ちをして、頭を振った。身体に廻していた腕の力がゆるみ、身体が離れていく。
「すみません。だいなしにしてしまった」
雨に打たれた花のようだ。と、私は心の中で思った。すっかりしょげてしまった、東野をベッドに押し倒してキスした。
「ばかね」
結局その日はプレイをする事もなく、ベッドの中になだれこんだ。もう何度目かになるのに、私の中に入って来る時東野はひどくゆっくりだ。そして、顔をしかめながら文句を言う。
「瑞季は狭すぎる。痛くありませんか?」
そういう東野は優しすぎる。きしみながら入ってくる身体の大きさを味わいながら、そんな事を気にする東野がおかしかった。痛みとないまぜになってやってくる快感に私は身を任せた。
こころゆくまでお互いの身体を確かめあって、私は東野の腕の中で丸くなって眠った。ぐっすりと……。
***語り手は東野へ***
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この記事へのコメント
(=⌒▽⌒=) ニャハハハ♪
針責めは、ranさん向きできも無いでしょう。
それに、ほんとに痛みが好きじゃないと
「そこまで苦労してすることか?」
ってほど「される方」には楽しみが無いような気がします。
でも、さやかは、子供の頃に読んだ本に
この針責めのシーンがあって
もうクラ:*:・゚☆ (((@。@))):*:・゚☆ クラ
一発KOされちゃいました。
想像してる分にはなかなか楽しいです。
針責めは、ranさん向きできも無いでしょう。
それに、ほんとに痛みが好きじゃないと
「そこまで苦労してすることか?」
ってほど「される方」には楽しみが無いような気がします。
でも、さやかは、子供の頃に読んだ本に
この針責めのシーンがあって
もうクラ:*:・゚☆ (((@。@))):*:・゚☆ クラ
一発KOされちゃいました。
想像してる分にはなかなか楽しいです。
すごいーv
天井も高くできるんだー。
まさに劇的before afterですねvv
せつはな針責めは絶対だめかも…。
毎年の健康診断の採血でガクガクしてしまうくらいですから(w
この看護士さんはranさんなんだー><と暗示をかけて
去年は臨んだんですが、せつなはお医者さんごっこ萌えなので、
かえってドキドキしてしまって失敗でした(U´Д`)アハ。
天井も高くできるんだー。
まさに劇的before afterですねvv
せつはな針責めは絶対だめかも…。
毎年の健康診断の採血でガクガクしてしまうくらいですから(w
この看護士さんはranさんなんだー><と暗示をかけて
去年は臨んだんですが、せつなはお医者さんごっこ萌えなので、
かえってドキドキしてしまって失敗でした(U´Д`)アハ。
2006/05/20(土) 08:27 | URL | せつな #-[ 編集]