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23、開いた扉

ここでは、「23、開いた扉」 に関する記事を紹介しています。
 ふと、時計を見るともうお昼時だった。朝ごはんを食べそこねてしまった。フロントに電話をしてルームサービスを頼む。クラブハウスサンドイッチにオレンジジュースにコーヒーを二人前ずつ。東野がいつ帰ってきてもいいように。帰ってくる?自分の考え方がおかしくてちょっと笑ってしまった。
 けれど、やがて東野は戻ってきて、さも、当然のように部屋に落ち着き、私が食べているクラブサンドイッチを黙って横から遠慮無しにつまんだ。まあ、最初から二人分だったんだけど。こういう行動をとるって事は、今は、彼は、私の恋人になっている。この切り替えがなかなか難しいような気がするのに、彼は不思議と難なくこなしているように見えた。
「どこへ行ってきたの?」
「野暮用です」
 食べ終わった彼の目が光る。そっと掌の上に掌を重ねてくる。
「昨日の続きを……」
 針の事?大丈夫かしら。真樹でも音をあげていた。まだほとんどプレイの経験の無い彼には耐えられないかもしれない。
「いいわ。服を脱いで」
 立ち上がって服を脱ぎ始める。ちょっと視線を斜めに逸らしてうつむいて…服を脱ぐ時はみんなそう。こっちを見ない振りをして、視界の隅で見ている。ネクタイ、靴、靴下……本当に心得ている。服の脱ぎ方まで私の好みだった。
 上着、シャツ、ベルト……ためらいを振り払うような一瞬の間。ズボン。今日は下着を着けている。グレーのボクサーパンツ。耳まで赤くしていながら、ためらわずに脱ぎ捨てる。もう、すっかり勃ちあがっていた。鍛えられたしなやかな身体。
 ベッドカバーをはいで促すと、ベッドに横から座ってから足をベッドに上げる。そして同時に体をひねってベッドの中央に納まった。私はマットレスの下から鎖に繋がれた手枷を引っ張り出した。一瞬驚いたように目を見張ってまつげをぱちぱちさせて視線を逸らす。
 考えを読まれたくない時の彼の癖。自分から手枷に手を差し入れてくる。金具を止めてベッドの反対側へ移り同じようにもうひとつの手枷も引っ張り出す。そうやって足も交互に止めつけると、もう、どうやっても逃げる事ができない大の字の形にベッドの上に磔になる。東野は、赤い顔を、精一杯捻ってこっちを見ないようにしていた。
 私は部屋の隅に置きっぱなしになっていたキャスターをからころと引いてベッドの傍に寄った。すでに東野は肩で息をしていた。恐怖が胸を締め付けるから息が吸えなくなってくる。
 一番柔らかいところから始めた。腕の付け根の胸の辺り。丁寧にアルコールで拭く。部屋の中は十分に暖かいのに鳥肌が立ってくる。針の先を身体に擦り付けるようにすると、耐え切れずに喘ぐのが分かった。刺される前が一番怖い。プツと、針先を皮膚にもぐりこませる。かすかな痛みに彼が息を飲む。それから徐々に深く探るように斜めに刺していく。痛みに身体がこわばる。それから針を返して、出口を探る。ブツっと音を立てて針先が顔を出す。
 ゆっくりと針を推し進める。かすかな呻き声。痛いはずだ。ただ、刺すのと違うから。表情を見つめながら、針をはじく。目がぱっと見開かれ、涙がぷくりと目にあふれる。生理的な涙は、どんな男にも止められない。二本目の針を取り上げる。この作業を延々と繰り返す。最初は、耐えられると思った痛みが、一本針が増えるごとに、すでに刺さっている針の傷みと相乗効果を引き起こし、だんだんと酷くなってくる。血管を刺すと血が噴出してしまうから、それだけは気をつけないといけない。
 何よりも辛いのは、延々とこれを続けられるという事実だった。終わりがない。刺す場所は無くならない。気が向けば前の針を抜いて、新たに刺し直してもいいのだから。神経が痛めつけられて、耐える気力が足の先から溶け出して行く。吐息を押し殺して、東野は二十本までは歯を喰いしばって耐えた。だが、二十一本目に初めて音をあげた。ちょうどの所で懇願してくるのは本数を数えていた証拠だった。
「瑞季。待ってください。少し時間を」
 どうしてみんな間をあけたがるんだろう。それは、決して助けにならないのに。針を刺す手を止めて、順番に弾いていった。次々と弾かれて東野の身体が声にならない悲鳴を上げながら跳ねた。
「あ…」
 口を開けていたのが災いして声を殺せなかった。身体が捻れる。そして無意識のうちに逃げを打ち始める。枷を引く。鎖が鳴る。こうなると我慢が効かなくなってくる。
「瑞季。瑞季。瑞季………」
 溜息のように名前を呼ぶ。まるで子守唄のように聞こえる。それだけに頼って痛みを堪えている。でも、もう無理だろう。次の針の時は、もう耐えられない。
「ああう」
 顎を突き上げて、呻く。痛い。痛い。痛い。その事に全神経が捕らわれて行く。
 さんざん時間を掛けて楽しんだ。彼がもうぐったりとして声を上げられなくなるまで……。念入りに一本ずつ引き抜いて、針跡を消毒する。時々、ひくっと身体が引きつるだけで、反応を示す体力も残っていないかのようだった。枷を外す。ああ、そうだった。この間も、彼はぐったりとしていたのに、枷が無くなったとたんに生き返った。手枷を外し、足の枷を外す。
 その瞬間、頭の中でフラッシュが瞬いた。重い、誰か見知らぬ男の身体がのしかかってくる。怖い。いや。誰か……。助けて。
 肩に歯が食い込む。痛い。もうやめて。
「瑞季…?」
「いや…」
 言葉が舌足らずにもつれる。跳ね起きた東野が身体を抱きしめてくるのが分かったけれど、フラッシュのように瞬く映像に囚われていた。いやな臭い。血とそしてのしかかっている男の……。
「だめだ。瑞季。それに捕まっちゃ。もう、終ったんだ。昔の事だよ。今は僕がいる。いつも君の傍にいるから。だから戻って、……戻っておいで」
 掻き抱くようにして語りかけてくる東野の顔にピントが合った。とたんに、世界が縮み、元通りの場所に納まる。今のはなに?なんだったの?ああ…そうだ。昔にもあった。怖い夢をよく見て、そして跳ね起きた。いつも不安で、落ち着かなくて、怖くて。後ろばかりを気にして…。身体に廻されている暖かい腕をはっきりと意識したとたんに、暗い夢はぱちんとはじけたように霧散した。
「わたし…?あれ?眠っていた?」
 東野は何も言わずにギュッと強く抱きしめてきた。頭の上に乗せられた顎が唾を飲み込んでごくんと動く。私…どうしたの?ちょっと前の記憶がとんでしまったように、時間が途切れたような気がする。
「東野…」
 一瞬の不安は、廻された彼の力強い腕に掻き消された。暖かい胸。強い鼓動の音。つい、この間まで、まったく他人だった。
「本当にいいの?こんな酷い事されても平気なの」
「平気ですよ。だって、聖水を飲まなくてもいいんでしょ?」
 ああ、そう言えば、そんな啖呵を切ったのは、つい10日ほど前だったのに。今では、彼とベッドを分け合うほどに近づいていた。
「ほんとは、そっち系は苦手なの」
 彼が咽喉の奥でくっくっと笑うのが分かった。
「いいんです」
 彼は思いっきり深く息を吸い込んだ。

「ずっとあなたが好きでした」

 そして、いつものように顔を覗き込んでくる。確かめて、そして言葉をつなぐ。
「だから、僕はあなたのものですよ」
 私は、その言葉を噛み締めて、東野の胸に身体を擦り付けた。



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コメント
この記事へのコメント
針責めシーンは読んでいてぞわぞわしてしまいました。
20本も我慢できないよぅ~~
東野さんは元来Mさんではないんですよね?
なのにすごいッ。
ずっとあなたが…というだけはある。
ずっと、ずっと強く想っていたんだね。
だから我慢できるんだね。
2006/05/28(日) 06:28 | URL | せつな #-[ 編集]
 男と女は違うからよくわからん。
ただ、東野は彼女のS性を受け入れるための
理由をみつけちゃったからね。
瑞希が好きな間はずっとあのままかもしれない。
他のキャラと違って、絶対逆転しそうにない。
2006/05/28(日) 13:37 | URL | さやか #DS51.JUo[ 編集]
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