もう、二度と行くまい。そう思ったのはほんの少しの間だけ。「場末の映画館で、見知らぬ男に触られて、脱がされて、フェラチオされた様子を何人もの男達に見られた」こう考えると、いたたまれないほどの異常なことのはずなのに、驚いたことに日が経つにつれすごく自然な行為だったような気がしてきた。
自分の精神構造にあきれたって仕方ない。初めての経験は、すっかり俺を魅了してしまった。その時の様子を思い出して。自分で同じようにやってみたって、その時に感じた興奮や快感ほどにはよくない。二週間もたつと、俺はもう一度映画館へ行くための言い訳をあれこれと考える始末だった。
物も言わずに触ってきた男が、思っていたよりもずっとさっぱりとした笑顔で、手を振って角を曲がって行った様子が目に浮かぶ。電話してみようか。何も考えず、もう一度映画館に行くと、今度はどんな奴が触ってくるんだろう。待っているものがなにか分かった後は、やっぱり相手がどんな男なのか気になってしまう。それぐらいだったら、もう一度彼に…。そう、すごくうまかったと思う。俺に何も考えさせず、あっという間に行くべきところへ連れ去った。
たまたま、休講が重なりぽっかりと開いた午後。日にちを考えると二週間前の同じ曜日。もしかしたら…と、思って携帯電話に電話した。世の中そんなに甘くは無く、お留守番センターにつながれちゃって、そういう展開を考えて無かった俺は何も言えず、ためらった後に電話を切った。決心がつかず、ウロウロと思い惑った挙句、夜になってしまった。思い切って映画館へ足を運ぶ。知らなかった時よりもためらいが大きいのはなぜなんだろう。切符売り場の前でもまだ迷っていた。
その時、携帯が鳴った。サブ画面の上に瞬く名前に目を見開く。セイイチさんからだった。
「もしもし…」
「もしもし。ええと…。もしかして映画館で会った君かい?」
何のメッセージも残さなかったのに、しかも、誰だかわからなかったのに、それでも、もしかしてと電話を掛けてきてくれたことが俺にとっては、すごく嬉しかった。いまどき誰も携帯へ掛けてくる見知らぬ番号へ掛けなおしたりしない。
「セイイチさん?俺…そうです。二週間前に」
「やっぱり。よかった。電話くれないかなって、待っていたんだよ。今、どこにいるの」
「あの、映画館の前に……」
何だか、すごく恥ずかしかった。一瞬の間が空いてセイイチさんの艶っぽい笑いが聞こえた。
「ふうん。もしかして、俺、よかった?」
俺は携帯電話に向かってうなずいた。相手からは見えてないのに、なにしているんだろ?すっかり、あがってしまっていた。
「また、映画館に入りたい?」
「ええ」
唾を飲み込んでうなずく、今度は声が出た。今までの人生でこんな言葉使ったことも無かった気がする。
「だれでもいいの?それとも俺のこと指名してくれるのかな?」
「セイイチさんが…いい」
「俺か来るまで待てる?それとも…よかったら、俺の部屋にこない?」
びっくりした。こんなにすぐに部屋へ誘われるなんて。この人、警戒感が皆無なんだろうか。
「ギャラリーがいる方がいい?」
「…部屋へ行きます」
また、低い笑い声がして、セイイチさんは、ひとつ手前の駅の東口で待っているように言った。
「君、名前はなんていうの?」
「お、折原です」
「それは、苗字。名前は?」
「樹です」
「そう、いつき君だね。じゃ、15分ほどで行けるから」
電話を切ると、俺は相手よりも自分に対して呆れていた。ほんの短い時間、路地で顔を突き合わせた相手の部屋に行こうとしているのだ。相手はもう、俺の携帯番号も名前も知っている。他人の警戒感なんて、笑えなかった。
それでも、まっすぐその駅まで行った。セイイチさんは、もうすでに来ていて、俺の顔を見ると屈託無く手を振って笑った。紺色のスーツ姿だった。会社帰りに違いない。
「飯、食った?」
俺が首を振ると、セイイチさんは、駅前の定食屋を顎で指した。
「晩飯食って行こう。おごるよ。いつきは、学生だろ?」
セイイチさんは、さりげなく俺の腕をうかんでうながした。俺は、ふらふらと彼の後を付いていった。
定食屋で、彼はしょうが焼き定食をごちそうしてくれた。飯を食っている間、俺たちは当たり障りの無い、会話を交わしたどんな歌手が好きかとか、どんな映画を見るかとか、要するにどうでもいいようなこと。そしてコンビニでビールとつまみを買って、駅から歩いて10分ほどの彼のアパートへ行った。彼の部屋は三階で、俺は表札を見て、初めて彼の名前を知った。
八代誠一。
「入れよ」
玄関の鍵を開けると、彼は俺を部屋へ誘った。
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この記事へのコメント
せつなは、樹君が誠一さんの顔を見るまで
「この撫で回してる人は、緒方君なのよ。きっとそう!」
と勝手に推理してました…。見事に外れてます…。
名前も考えてたんです(w
それも外れました…(当たり前かvvv
でも一文字ってところは当たった~
まだまだ読み込みが足りないってことですね~><
「この撫で回してる人は、緒方君なのよ。きっとそう!」
と勝手に推理してました…。見事に外れてます…。
名前も考えてたんです(w
それも外れました…(当たり前かvvv
でも一文字ってところは当たった~
まだまだ読み込みが足りないってことですね~><
2006/06/03(土) 03:38 | URL | せつな #-[ 編集]
考えていた名前教えなさい。
さやかが名前をつけるとき結構苦労してるの知らないな。
せつなが最初に名前を聞いてきた時、教えてくれたらそのままつけたのに・・・。
(実は、アレから考えた。)
もっとひどいのは「緒方」。
今、一瞬「緒方って誰だ?」って思っちゃった。
ヾ(▽⌒*)キャハハハo(__)ノ彡_☆バンバン!!
さやかが名前をつけるとき結構苦労してるの知らないな。
せつなが最初に名前を聞いてきた時、教えてくれたらそのままつけたのに・・・。
(実は、アレから考えた。)
もっとひどいのは「緒方」。
今、一瞬「緒方って誰だ?」って思っちゃった。
ヾ(▽⌒*)キャハハハo(__)ノ彡_☆バンバン!!