「結婚する?」
いつものセックスの後に彼がそういった時、俺は心底仰天した。だって、誠一って、ゲイなんじゃなかったの?
「いつまでも一人でいると、周囲もうるさいしさ。怪しまれちまうのも損だと思って」
そんな理由で結婚できる訳?女とやったことの無かった俺は、彼がどうやってそこまで行き着いたのかまったく分からなかった。
「…出来ないって訳じゃないんだ」
溜息をついて、困ったように言葉をつなぐ、彼の様子は、煮え切らない。
「相手のこと。少しは好きなんじゃないの」
「嫌いではないし、耐えられる」
そんなのって、アリかよ!でも、ありなのだった。今やセックレスが当たり前の時代だから、とにかく結婚してしまえば、何度かやっとけば、別れても、とりあえずは「×イチ」。始終、「ホモじゃないのか?」と、疑われることもなくなるって訳。
「一年ぐらいしたら、離婚しているだろうから、また、連絡するよ」
誠一のこと好きとか恋しているって訳じゃなかったから、一年たって呼び出されれば、俺はのこのこ行ってしまいそうだった。だけど、女を抱いたことのある誠一と、今までどおりに付き合えるかって言われると、なんだか、いやな気分だった。間接的に汚れてしまうような、そんな理不尽な嫌悪感。相手の女はなにも知らないんだろうか。
こんな自己中心的な考えする奴だったっけ。そう思うと、となりに寝ている男が急に見知らぬ奴のように思えてきた。誠一が自分の性癖を受け入れるのだって、結婚しようと決めたのだって、その場の成り行き任せで生きてきた俺と違って、いろいろ悩んで決めた結果なんだろうけど。
今までそんなそぶりを見せたこと無かったし、そう考えれば、俺たちの関係は、結局は体だけのつながりなのだった。でも……彼は、最初の相手で、初めての俺にずいぶん丁寧に、手ほどきしてくれた。何よりも、宙ぶらりんの俺にやさしくしてくれた。そう、思うと、ちょっと涙が出た。それは、そんな生き方を選べそうにも無い自分を憐れんだだけだったかもしれないけれど。
「またな」
翌朝、そう言って俺たちは別れた。これで最後って訳じゃない…。だけど、次に会うときは、もう俺は、昨日までの俺のようには振舞わないだろう。
ばいばい誠一。
感傷に浸ってばかりもいられない。何しろ、欲求はみんな誠一の体で解消していたんだから早急に、次の奴を捕まえないといけないような気がした。後で振り返ってみると、好きになることもしないでセフレからゲイの世界に入って、大して痛い目にも遭わなかった俺は、常識が分かってなかったのかもしれない。
どこで次の相手と知り合うか…誠一の部屋に通っていた6ヶ月の間に、寝物語にあれこれ教えて貰ったせいで、不確かな知識はやけに増えていた。ゲイの世界には「発展場」と呼ばれる場所がある。最初に俺が言ったピンク映画館のような場所。バー、サウナ、ビーチ、公園、トイレ…相手を捜している同じ趣向の人間達が、クルージングしている場所。その中で一番スタンダードなのは、有料発展場だった。
ミックスルームとビデオボックスと個室が設置されているような場所だ。施設が大きくなればきちんと鍵のかかる個室があるところもあり、ラブホテル代わりに使える。だが、たいがいはどこから手が出るか予測もつかなければ、アレになるとして、誰が見ているのか分からないような場所だった。
入り口を入ると受付があって、金を払う。1000から1500円と非常に低価格で利用できた。中には学割がきくところもあって、学生証を提示すると800円くらいになった。入ってすぐにロッカーがあるから、そこで服を脱いで、シャワーを浴びたい奴は浴びる。
館内は指定の服装をすることになっていて、Tシャツとボクサーパンツだったり、ビキニだったり、水着だったり、曜日によっては全裸だったり。要するにハッテンするのが目的で来ているから、ものすごく露骨にお手軽な格好になる場所なのだ。相手を誘うのも、特に手順なんか踏まない。触って嫌がらなければOK。その気がないなら、断る。ただ、それだけだった。
最初に映画館に行った時のうぶな俺は、たった6ヶ月ですっかり経験をつんだつもりになっていた。誠一に対するいくばくかの腹立たしさも手伝って、勢いに任せて俺は、インターネットで検索して適当に選んだ店に出かけて行くことにした。
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