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9、智哉

ここでは、「9、智哉」 に関する記事を紹介しています。
 いつの間にか価値観すらもすり替わり、そんなことおかしいだろう…と、いう意識もどんどん磨耗していく。普通に知り合って、話をして、好きになって、それから悩んだり、傷ついたり、求め合ったり、離れたり。そんなふうにしてお互いの間に築いていけるもの。そんなものをどこかに置き捨ててしまった俺は、どんどんと快楽と体だけの世界に踏み込んでいった。
 男同士ってなんて簡単なんだろう。出会って、気に入ったら、すっとそばに寄っていく。視線が合い、手を伸ばしてくる。触れ合う。熱い体が重なり合う。話をするのはその後。お互いを確かめ合ったその後。
 気に入らなければそれで終り。もちろん自分勝手な奴や好みに合わないのにしつこくする奴、そんな相手がいないわけじゃなかったけど、店を変えればそれっきり。顔なじみも出来て、体が先だったはずなのに、会話をするようになってようやくいい奴だなと思った時も。
 誰かに話を聞いてもらいたくって、淋しいときは、ゲイ・バーに出かけていく。そこにいるのは、同じ性癖の奴ばかり。ものすごく安心できる世界。何も隠さなくてもいい、何も装わなくてもいい。
 一年くらい俺はとにかく遊んだ。何人の男と寝たのか覚えきれないくらいに。遊ぶ金のためにせっせとバイトをして、大学の授業なんかすっかりお留守になった。ラッシュを覚えたのもその頃。合法ドラックの一種で揮発性の液体だ。血管の拡張と筋肉の弛緩が起きるためアナルセックスが楽になる。
 ひとつ薬に手を出すと、やがてはどれも同じようなもののように感じて警戒感が薄れていく。中には、すごくヤバイ薬もあるはずだった。一度、乱交パーティーに近いようなイベントで会った男に出所の不明の錠剤を使われて、輪姦されちまったこともあった。快感が倍増して狂うかと思うほどよくって、もう、されるままになるしかなかった。
 もし、智哉に会わなかったら、俺は廃人になっていたかもしれない。
 智哉に会ったのは、二丁目のビルの1階にある行きつけのバーだった。初めて会った時の印象は、ずいぶん痩せて顔色の悪い男だな…くらいのものだった。特に話をしたわけでもなく、飲んでいるうちに俺はその男がいることを忘れちまったそして、ママとあれこれ世間話をしているうちに、何でかわからな行けどそいつがふらりと立ち上がって、あっという間にぶっ倒れた。もう、店の中は大騒ぎ。彼は囁くような声で「平気」とか「すぐ治る」とか呟いているけど、紙のように白い顔して目をつぶってしまって、はかばかしく返事をすることも出来ない。営業にならなくて困っているママを見かねた俺は、そいつを店の裏口から路地へと引きずり出した。手近なところに積んであるダンボールの箱をつぶして、路地へ並べて、その上に寝かせた。着ていた上着をかけてやる。ママが渡してくれた濡れたお絞りで額を拭いてやりながら、俺はそいつの足元の地面にずるずると座り込んだ。思いついて脈をとってみると、結構速いけど特に乱れているわけじゃなくて、救急車を呼ぶほどでもないかと、そのままそこでタバコを吸っていた。

 彼の意識が戻ったのは、そこに座り込んで30分も経っていただろうか。なにか呟いたような気がして覗き込むと目を開けてぼんやりしている。
「おい、大丈夫か」
 肩に手をかけて揺すると、そいつは朦朧としたまま俺のズボンに手をかけて脱がせようとしてきた。
「なにしてるんだよ」
 俺が彼の手を払いのけると、始めて彼は、俺の存在を認めたように俺の顔を見た。
「…しなくていいの?」
 こいつ、ラリってる?
 そうじゃなかった。貧血を起こして朦朧としているだけだった。それが俺の元ウリ専ボーイ智哉との、ぱっとしない出会いだった。
 ふらふらしている彼を部屋まで送っていって、遅い時間だったからそのまま泊まって。とにかく俺の人生で、ゲイでそいつの部屋に泊まったのに、一切何も無いままずっと付き合いがあったのは彼一人だけだった。最初の出会いの行為とは裏腹に、彼は俺に体を一切触らせなかった。
 HIVだったから。




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