ウリ専っていうのは、いわゆるゲイのホストで、たいていの場合は性交渉が伴う。こんなにもお手軽にセックスできるゲイの世界にもそういう商売は存在する。それは、やっぱり、かわいい子、若い子を抱きたいと考える男がいるのは確かなことだったから。
彼は、若い頃は結構売れたウリ専だったらしいけど、ウリ専の旬ってあっという間に終ってしまうらしい。そして、HIVに感染しているという事実だけが残った。今では駐車場のバイトなんかをしながら、何とか食いつないでいる状態だった。
まあ、そのことは俺と智哉の付き合いにはあまり関係がない。HIVであることも本当のところどうでもよかった。なぜなら、別にセックスする相手じゃなかったから。なぜ、彼の部屋に通い始めたのか本当のところはよく分からなかった。
智哉は、あんまりおしゃべりなたちではなかったし、なんだかいつもぼんやりとして、世界と膜を隔てて付き合っているようなところのある男だった。俺が訪ねていくと、特に迷惑がるふうでもなくて家に上げてくれるし、じゃあ何をするのかというと向かい合って俺の持ってきたビールを黙って飲んでいたり、二人で並んで寝転がってタバコを吸っていたりするだけなのだった。
彼の部屋は六畳一間に風呂トイレ付の古いアパートで、近所の住人はどういうわけか、夜はほとんど出払っていて、電気がついていない。それで、彼の部屋にあるただひとつの過去の遺物であるステレオで物悲しいジャズなんか流してみたりしながら、ぼーっとしているのだった。
雨が降っていたりすると、彼の安普請のアパートはじめじめと湿っぽく、屋根にはじける雨の音が響く。そんな時なぜか俺はたまらなく悲しくなって、横にいる彼のことなんかまったくいないもののように泣いてしまったりした。彼は、慰めたりせず、言葉もかけることも無くて、ただ黙っていた。
それから、彼が若い頃は美大に通っていたことを知ったりした。彼は、窓の側に座って、手が届くほど近い、隣の同じようなアパートの壁を見つめている俺のスケッチとかを大学ノートに描いてくれた。
ようやく、俺は彼に誠一の話しをした。惚れていた訳でも無かったのに、裏切られたような気がした理不尽さを、始めて人に打ち明けた。
いつのまにか、俺は発展場へ行かなくなり、大学の授業にちゃんと出るようになった。彼の部屋へ教科書を持って行き、眠っている横で勉強したりした。
彼はすでに発症していたから、障害者手帳を持っていたし、病院で薬ももらっていた。今は、いい薬が出来て、簡単に死ぬような病気じゃなくなったとは言っても、いつもなんだか不安な様子で神経質なほど俺に触るのを避けようとしていた。
多分、彼から感染した。好きだった人。最初に抱かれた人。どこまでも一緒に行けたらと思った人。智哉の口からそいつのことを聞いたのは、あのバーでの出会いから6ヶ月も経っていただろうか。
それっきり置き捨てにされて、捨てられたんだと思っていた。特に理由も無く、いつのまにかウリ専するようになって、5年くらいはいい思いをさせてもらったけど、だんだんとひどく痩せて、客がつかなくなってきた。そんなある日、最初の相手が死んでしまったことを人づてに聞いた。検査を受けて感染していることを確認した。それ以来だれともしていない。でも、もう遅いよね。さんざんいろんな男に抱かれた後だったから。そう言うと彼は困ったように笑った。
人生って、そんなもの。そんな言葉でひとくくりに出来るようなことじゃなかったけど、その話をした次の週にアパートに遊びに行ったら、もう部屋は引き払われていた。隣の部屋の住人が珍しく家にいて、彼が荷物を処分して、後始末もしてから出て行ったことを話した。そして、白い封筒を渡された。
「ありがとう。彼のところに行くことにしたから」
たった一行だけの手紙。俺は繰り返し三回読んだ後、その手紙をクシャッと丸めてポケットにつっこんだ。

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彼は、若い頃は結構売れたウリ専だったらしいけど、ウリ専の旬ってあっという間に終ってしまうらしい。そして、HIVに感染しているという事実だけが残った。今では駐車場のバイトなんかをしながら、何とか食いつないでいる状態だった。
まあ、そのことは俺と智哉の付き合いにはあまり関係がない。HIVであることも本当のところどうでもよかった。なぜなら、別にセックスする相手じゃなかったから。なぜ、彼の部屋に通い始めたのか本当のところはよく分からなかった。
智哉は、あんまりおしゃべりなたちではなかったし、なんだかいつもぼんやりとして、世界と膜を隔てて付き合っているようなところのある男だった。俺が訪ねていくと、特に迷惑がるふうでもなくて家に上げてくれるし、じゃあ何をするのかというと向かい合って俺の持ってきたビールを黙って飲んでいたり、二人で並んで寝転がってタバコを吸っていたりするだけなのだった。
彼の部屋は六畳一間に風呂トイレ付の古いアパートで、近所の住人はどういうわけか、夜はほとんど出払っていて、電気がついていない。それで、彼の部屋にあるただひとつの過去の遺物であるステレオで物悲しいジャズなんか流してみたりしながら、ぼーっとしているのだった。
雨が降っていたりすると、彼の安普請のアパートはじめじめと湿っぽく、屋根にはじける雨の音が響く。そんな時なぜか俺はたまらなく悲しくなって、横にいる彼のことなんかまったくいないもののように泣いてしまったりした。彼は、慰めたりせず、言葉もかけることも無くて、ただ黙っていた。
それから、彼が若い頃は美大に通っていたことを知ったりした。彼は、窓の側に座って、手が届くほど近い、隣の同じようなアパートの壁を見つめている俺のスケッチとかを大学ノートに描いてくれた。
ようやく、俺は彼に誠一の話しをした。惚れていた訳でも無かったのに、裏切られたような気がした理不尽さを、始めて人に打ち明けた。
いつのまにか、俺は発展場へ行かなくなり、大学の授業にちゃんと出るようになった。彼の部屋へ教科書を持って行き、眠っている横で勉強したりした。
彼はすでに発症していたから、障害者手帳を持っていたし、病院で薬ももらっていた。今は、いい薬が出来て、簡単に死ぬような病気じゃなくなったとは言っても、いつもなんだか不安な様子で神経質なほど俺に触るのを避けようとしていた。
多分、彼から感染した。好きだった人。最初に抱かれた人。どこまでも一緒に行けたらと思った人。智哉の口からそいつのことを聞いたのは、あのバーでの出会いから6ヶ月も経っていただろうか。
それっきり置き捨てにされて、捨てられたんだと思っていた。特に理由も無く、いつのまにかウリ専するようになって、5年くらいはいい思いをさせてもらったけど、だんだんとひどく痩せて、客がつかなくなってきた。そんなある日、最初の相手が死んでしまったことを人づてに聞いた。検査を受けて感染していることを確認した。それ以来だれともしていない。でも、もう遅いよね。さんざんいろんな男に抱かれた後だったから。そう言うと彼は困ったように笑った。
人生って、そんなもの。そんな言葉でひとくくりに出来るようなことじゃなかったけど、その話をした次の週にアパートに遊びに行ったら、もう部屋は引き払われていた。隣の部屋の住人が珍しく家にいて、彼が荷物を処分して、後始末もしてから出て行ったことを話した。そして、白い封筒を渡された。
「ありがとう。彼のところに行くことにしたから」
たった一行だけの手紙。俺は繰り返し三回読んだ後、その手紙をクシャッと丸めてポケットにつっこんだ。

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この記事へのコメント
智哉にエイズをうつして、自分はさっさと死んじゃった彼。
彼こそ智哉のために、身を引いたんだろうけど
何の救いにもなってないよね。
だから、智哉はとってもかわいそうな男なんです。
さやかが智哉だったら、彼に抱き殺されてこそ本望だったと思うから。
抜け殻になってふらふらと漂っていた彼。
せつなの言う様に樹の事好きになり始めてたのかも。
彼こそ智哉のために、身を引いたんだろうけど
何の救いにもなってないよね。
だから、智哉はとってもかわいそうな男なんです。
さやかが智哉だったら、彼に抱き殺されてこそ本望だったと思うから。
抜け殻になってふらふらと漂っていた彼。
せつなの言う様に樹の事好きになり始めてたのかも。
智哉くんは「彼」のところにいったのかなぁ…。
行ったんだったらいいな。
せつなはなんとなく、智哉くんが樹くんとの関係が深くなるのを
恐れて身を引いたように思えたんです。
智哉くんの手紙を読んで、とても切なく感じました。
行ったんだったらいいな。
せつなはなんとなく、智哉くんが樹くんとの関係が深くなるのを
恐れて身を引いたように思えたんです。
智哉くんの手紙を読んで、とても切なく感じました。
2006/06/13(火) 14:25 | URL | せつな #-[ 編集]