その後、俺は智也の分までも生きるために素行を改めた。……と、なるべき展開なんだろうけど、俺はそんなに感動的にはできていなかった。途切れていた発展場通いも復活し、バーで男を拾うこともあった。何しろ、行く場所がまだしても無くなったし、性欲が消えるはずも無かったから。
でも、真面目に通い始めた大学の勉強が面白くなってきていたから、荒れて遊びまくっていた一年の時よりもましになったと言えるかもしれない
ちゃんと通うようになれば、また、大学の友達との付き合いも復活する。最初の頃、ちょっと好きだったイケメンっぽい緒方やその他同じゼミをとることになった爽やか青少年の河野とか、その彼女のメガネをかけた委員長タイプの後藤とか、勉強しか能の無いと思わせといてしっかりおたくの関本とか。
幸い俺がゲイってことはまだ定着してないみたいで、うすうす気付いた奴とか怪しんでいた奴もいたはずだけど、まったく気がつかない奴もいたわけで、驚いたことに同じクラスの女の子に誘われてコンパに行ったり、グループで映画を観に行ったり、まずまずの普通の学生生活を送ることができたりもした。
だけど、世の中そんなに甘くない。そうやって、知り合った女の子に交際を申し込まれれば、やっぱり断わるしかないのだった。
ゼミの教室で後藤と向き合ってレポートを書いている時、昨日の飲み会で隣に座った女の子に呼び出された。CanCanの表紙に出られるようなかわいい女の子。当然、相手にしてみれば、俺程度の男が断わるなんて許せなかったらしい。それまで、かわいらしくしなを作っていたのに、俺が付き合うことを断わると、いきなり顔色を変えてののしってきた。
「あんたほんとはホモなんでしょ!噂は聞いているんだから。もう、サイテー。不能!」
正直言うと、結構図太くなっていたつもりだったけど、大学の廊下という場所での出来ことに俺はめりこんだ。
戻ってきた俺は、黙って後藤の前に座った。後藤は、顔も上げずにレポートの続きを打ち込んでいる。アレだけ大声で叫ばれたんだから筒抜けのはずなのに、まったく表情も変えてなかった。何だか続きをやる気がうせて、背もたれに肘を乗せると、俺は、溜息を付いて周囲の風景を眺めた。窓から差し込んでくる夕日にきらきらと埃が舞っているのが見えるカチャカチャと後藤の打つキーボードの音だけが響いている。
「気にすることないわよ。馬鹿女の言うことなんて」
自分が話しかけられたということが分かるまでしばらくかかった。
「気にしてないつもりだけど…」
ガシガシと頭を掻いた後、椅子の上で座りなおした。
「なんか、傷ついたかも」
「わかるけど。私だってめがねかけているからって、メガネってののしられるのやだし」
「……」
やっぱ、聞こえていたわけね。俺は、顔を上げた後藤のふちの無いめがねを見つめた。めがねと一緒にしないで欲しい。
「後藤は、キモいとか思わないわけ」
一瞬の沈黙の後、後藤は眉を寄せてこっちをちらりと見たが、またパソコンの画面へと戻っていった。
「なんで?折原が、一生待っていても私に恋してくれなくても別に平気だよ」
ああ、やっぱり気がついていたんだな。さっきの慰め方から、もしかしたらと思っていたけど最初にカミングアウトする相手が、女の子で友達の彼女ってことになるのはちょっと気持ちの準備が足りなくて、思わず溜息をついてしまう。
「…そうじゃなくってさ。ほら、ビジュアル的に男同士ってエグイだろ」
後藤は、初めて俺の顔をまじまじと見た。
「……。ふうん」
「なんだよ」
「それって、男と女だったらビジュアル的に綺麗だと思ってんの?」
「そうじゃないの?だって、何だか…何だか男同士ってケダモノって感じしない…?」
憮然とした後藤がゆっくりと手を伸ばしてきて机の上をトントンと叩いた。
「ねぇ、折原さ。それは明らかに間違い」
キッパリと断言されて、しかもそれが真剣な声だったので、俺も真剣に後藤の言葉の続きを待った。
「映画の中の美男美女ならともかく、実際のセックスなんて、男と女だろうが男と男だろうが女と女だろうが、同じくらいに綺麗に見えない。男以上に女の性器なんかグロ以外の何物でもない」
何だか、納得できない意見だ。ものすごい偏見があるような気がした。
「だけど…AVビデオとかでさ。わざわざそこを見たがるだろう」
「ま、男は見たがるわね」
「女は見たくないの?」
「私は、見ない。性器なんて見ても興奮しない。なんで自分のそこ見て喜ぶの?男のだって観たくないのに」
今、俺の常識を覆すような意見を聞いたような気がする。こいつは異性愛者のはずだった。
「…後藤。お前、それって問題じゃない?河野と付き合っているんだろう」
「ああ。それは全く話が別。好きな人の性器は汚くないよ。かわいいと思うし、さわれるし、咥えられるし。その後でご飯もちゃんと食べられる」
俺はちょっとひるんだ。ここまで女性にあけすけに言われた経験がなかったからだ。だが、もう一度その言葉を咀嚼して気がついた。それって、ペニスを見たらご飯が食べれないってことか?
「うん。だって、えぐいんだもん。男同士だからってことじゃなくって、そういう場所ってもともとえぐいもんじゃない?女性の性器を花びらにたとえたり、クリトリスを真珠にたとえたりするけど、結局は赤貝じゃん」
あまりのシュールなご指摘に頭が痛くなってくる。普段、あまりにも清々しい、白いブラウスが似合う大和撫子振りに俺が抱いていた幻想はガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「みんな同じようなもんだから、別にホモだけが特別にどうとか思わないよ。彼女は、折原に振られて頭にきたから、あんたが一番傷つきそうな言葉を言っただけでしょ」
率直で飾らない。慰めるというより、事実を指摘しただけ、というような口調だった。だけど、今まで生きてきた間、常に女性に言って欲しかった本音に遭遇できたような気がした。傷つけたかったから、痛いところをつく。その通りだ。そして俺はその通りに傷ついた。ホモとののしられて、傷つくのは、あたりまえだし、しかたない。俺は、後藤の慰めをありがたく受け取った。
「ねぇ、折原って男のあそこみてえぐいとか思わないの?」
「いや、平気だよ。誰のでも咥えられる」
俺は、彼女の恬淡とした口調に引きずられて、つい、言わなくてもいいことまで吐露してしまっていた。
「やっぱり、そうか。男って、ほんと節操ないよね。好きな子と歩いていても、女子高校生のスカートとかひるがえると無意識に見ているもんね。据え膳食わぬは男の恥とか言って、迫られたらホイホイ言ってついてっちゃうの。どだい女と脳の構造が違うんだもんね。あんたも好みの男とすれ違ったら、きっと、じっとあそこを見てるんでしょ」
そんな風にして、俺は少しづつ友達と呼べる知り合いを増やし、カミングアウトした友人を増やし、再び、発展場から遠ざかった。恋人がいなければセックスしないこともある。そんな日常があり得ることをやっと学んだのだ。たまに思い出したように、ゲイ・バーへ行ってママとおしゃべりをして、仲間のいない日常の寂しさを振り払う。そうして俺はようやく大学生活になじんでいった。
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でも、真面目に通い始めた大学の勉強が面白くなってきていたから、荒れて遊びまくっていた一年の時よりもましになったと言えるかもしれない
ちゃんと通うようになれば、また、大学の友達との付き合いも復活する。最初の頃、ちょっと好きだったイケメンっぽい緒方やその他同じゼミをとることになった爽やか青少年の河野とか、その彼女のメガネをかけた委員長タイプの後藤とか、勉強しか能の無いと思わせといてしっかりおたくの関本とか。
幸い俺がゲイってことはまだ定着してないみたいで、うすうす気付いた奴とか怪しんでいた奴もいたはずだけど、まったく気がつかない奴もいたわけで、驚いたことに同じクラスの女の子に誘われてコンパに行ったり、グループで映画を観に行ったり、まずまずの普通の学生生活を送ることができたりもした。
だけど、世の中そんなに甘くない。そうやって、知り合った女の子に交際を申し込まれれば、やっぱり断わるしかないのだった。
ゼミの教室で後藤と向き合ってレポートを書いている時、昨日の飲み会で隣に座った女の子に呼び出された。CanCanの表紙に出られるようなかわいい女の子。当然、相手にしてみれば、俺程度の男が断わるなんて許せなかったらしい。それまで、かわいらしくしなを作っていたのに、俺が付き合うことを断わると、いきなり顔色を変えてののしってきた。
「あんたほんとはホモなんでしょ!噂は聞いているんだから。もう、サイテー。不能!」
正直言うと、結構図太くなっていたつもりだったけど、大学の廊下という場所での出来ことに俺はめりこんだ。
戻ってきた俺は、黙って後藤の前に座った。後藤は、顔も上げずにレポートの続きを打ち込んでいる。アレだけ大声で叫ばれたんだから筒抜けのはずなのに、まったく表情も変えてなかった。何だか続きをやる気がうせて、背もたれに肘を乗せると、俺は、溜息を付いて周囲の風景を眺めた。窓から差し込んでくる夕日にきらきらと埃が舞っているのが見えるカチャカチャと後藤の打つキーボードの音だけが響いている。
「気にすることないわよ。馬鹿女の言うことなんて」
自分が話しかけられたということが分かるまでしばらくかかった。
「気にしてないつもりだけど…」
ガシガシと頭を掻いた後、椅子の上で座りなおした。
「なんか、傷ついたかも」
「わかるけど。私だってめがねかけているからって、メガネってののしられるのやだし」
「……」
やっぱ、聞こえていたわけね。俺は、顔を上げた後藤のふちの無いめがねを見つめた。めがねと一緒にしないで欲しい。
「後藤は、キモいとか思わないわけ」
一瞬の沈黙の後、後藤は眉を寄せてこっちをちらりと見たが、またパソコンの画面へと戻っていった。
「なんで?折原が、一生待っていても私に恋してくれなくても別に平気だよ」
ああ、やっぱり気がついていたんだな。さっきの慰め方から、もしかしたらと思っていたけど最初にカミングアウトする相手が、女の子で友達の彼女ってことになるのはちょっと気持ちの準備が足りなくて、思わず溜息をついてしまう。
「…そうじゃなくってさ。ほら、ビジュアル的に男同士ってエグイだろ」
後藤は、初めて俺の顔をまじまじと見た。
「……。ふうん」
「なんだよ」
「それって、男と女だったらビジュアル的に綺麗だと思ってんの?」
「そうじゃないの?だって、何だか…何だか男同士ってケダモノって感じしない…?」
憮然とした後藤がゆっくりと手を伸ばしてきて机の上をトントンと叩いた。
「ねぇ、折原さ。それは明らかに間違い」
キッパリと断言されて、しかもそれが真剣な声だったので、俺も真剣に後藤の言葉の続きを待った。
「映画の中の美男美女ならともかく、実際のセックスなんて、男と女だろうが男と男だろうが女と女だろうが、同じくらいに綺麗に見えない。男以上に女の性器なんかグロ以外の何物でもない」
何だか、納得できない意見だ。ものすごい偏見があるような気がした。
「だけど…AVビデオとかでさ。わざわざそこを見たがるだろう」
「ま、男は見たがるわね」
「女は見たくないの?」
「私は、見ない。性器なんて見ても興奮しない。なんで自分のそこ見て喜ぶの?男のだって観たくないのに」
今、俺の常識を覆すような意見を聞いたような気がする。こいつは異性愛者のはずだった。
「…後藤。お前、それって問題じゃない?河野と付き合っているんだろう」
「ああ。それは全く話が別。好きな人の性器は汚くないよ。かわいいと思うし、さわれるし、咥えられるし。その後でご飯もちゃんと食べられる」
俺はちょっとひるんだ。ここまで女性にあけすけに言われた経験がなかったからだ。だが、もう一度その言葉を咀嚼して気がついた。それって、ペニスを見たらご飯が食べれないってことか?
「うん。だって、えぐいんだもん。男同士だからってことじゃなくって、そういう場所ってもともとえぐいもんじゃない?女性の性器を花びらにたとえたり、クリトリスを真珠にたとえたりするけど、結局は赤貝じゃん」
あまりのシュールなご指摘に頭が痛くなってくる。普段、あまりにも清々しい、白いブラウスが似合う大和撫子振りに俺が抱いていた幻想はガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「みんな同じようなもんだから、別にホモだけが特別にどうとか思わないよ。彼女は、折原に振られて頭にきたから、あんたが一番傷つきそうな言葉を言っただけでしょ」
率直で飾らない。慰めるというより、事実を指摘しただけ、というような口調だった。だけど、今まで生きてきた間、常に女性に言って欲しかった本音に遭遇できたような気がした。傷つけたかったから、痛いところをつく。その通りだ。そして俺はその通りに傷ついた。ホモとののしられて、傷つくのは、あたりまえだし、しかたない。俺は、後藤の慰めをありがたく受け取った。
「ねぇ、折原って男のあそこみてえぐいとか思わないの?」
「いや、平気だよ。誰のでも咥えられる」
俺は、彼女の恬淡とした口調に引きずられて、つい、言わなくてもいいことまで吐露してしまっていた。
「やっぱり、そうか。男って、ほんと節操ないよね。好きな子と歩いていても、女子高校生のスカートとかひるがえると無意識に見ているもんね。据え膳食わぬは男の恥とか言って、迫られたらホイホイ言ってついてっちゃうの。どだい女と脳の構造が違うんだもんね。あんたも好みの男とすれ違ったら、きっと、じっとあそこを見てるんでしょ」
そんな風にして、俺は少しづつ友達と呼べる知り合いを増やし、カミングアウトした友人を増やし、再び、発展場から遠ざかった。恋人がいなければセックスしないこともある。そんな日常があり得ることをやっと学んだのだ。たまに思い出したように、ゲイ・バーへ行ってママとおしゃべりをして、仲間のいない日常の寂しさを振り払う。そうして俺はようやく大学生活になじんでいった。
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