「ねえ、聞いた。神崎先輩が帰ってきたってこと」
「ああ?ほんとに?」
大学の帰りにゼミの仲間と寄ったコーヒーショップで、始めてその名前を聞いた。嬉しそうな様子の後藤を見やって河野が眉をしかめて、嫌な顔をした。
「だれ?それ…」
関本が黒いセルロイドのめがねを押し上げながら、びっくりしたように俺を見た。
「ああ、そうか。お前、真面目に大学に来るようになった時は、もう先輩いなかったっけ?」
「去年の今頃だっけ?もう、後は論文出すだけだったのに、やりたいことができたとか言ってスタンフォードへいっちゃった院生だよ。歩くフェロモンって言われるくらい、女にモテまくっていた人」
河野の口調を聞くと、彼がそのことを歓迎してないことは分かった。だが、その名前は、まったく記憶に無かった。どうやら知らないのは俺だけだったみたいだ。
「後藤はその先輩が好きなの?」
「え?折原でも、そういうの分かるの? ふふふ。だって、かっこいいんだもん」
「おい、彼氏の俺の前でぬけぬけ言うなよな」
河野は本気で嫌がっている。それもだけど、普段、俳優とか歌手とかそういうものにひどく冷静な反応しか返さない後藤の、妙にテンションの高いハートマアクの付いているような口調にびっくりしてしまった。
「折原なんか、見たらきっと惚れるって。論文出して卒業資格もらったら、また、すぐアメリカに行っちゃうかもよ。早く見ておかないと」
女にモテまくっていたってことは、異性愛者だろ。何で俺にふってくるんだ。だったら、自分で押さえとけよ。
「うーん。だめ。なんかね、人種が違うって感じ。まとっているオーラが違うの。すごくやばい感じ」
何がやばいんだ?だけど、所詮は、別世界の人間ってことだな。その時はよくわからなかったから、機嫌の悪くなる河野を刺激したくなくって、急いで違う話題を持ち出した。もっとよく、後藤の意見を聞いてればよかった。後でそう思っても、ほんとにあとの祭り。後悔先に立たず。
だから、教授の部屋で初めて偶然神崎と顔を合わせた時、俺はまったく無防備な状態だったのだ。ノックに返事をもらって、ドアを開けると教授の机の横に彼は立っていた。百八十五センチはあろうかという背の高さ。それにしっかりと筋肉がついた、それなのにスリムな体。黒いシャツの胸元は第二ボタンまで開いていて、ちらちらと銀色の鎖がのぞく。教授の前に立っているって言うのに、俺の目はそのやけにエロティックな鎖骨のくぼみに吸い付いてしまって、離れようとしない。
名前を呼ばれて我にかえって、初めてその男の顔を見た。すっきりとした額と強い視線の瞳の印象的な整った顔。俺は、ぽかんとして、それから慌てて目を逸らした。話しかけてくる教授へ必死になって意識を集中した。
どくん…心臓の音が聞こえる。どくん…スローモーションのように世界が間延びした。どくん…これはなんだ?鼓動がだんだんと速くなってくる、耳元で鳴り響くように。部屋の隅がどんどんと遠ざかる感覚に俺はめまいを感じた。足が震える。冷や汗が滲む。どくん。どくん。どくん。まずい。ぶっ倒れるかも。と、思った瞬間、誰かに腕を強くつかまれた。
はっとして、相手を見上げる。神崎だった。紹介されてもいないのに間違えようがない歩くフェロモン。ちょっと眉を寄せて不機嫌そうに俺をじっと見つめている。急激に世界が縮み、教授の声がはっきりと聞こえた。
「折原くん。大丈夫かな」
「ハイ!大丈夫です」
反射的に返事をして、差し出された注意事項の紙を受け取った。明後日から始まる実験のために、掲示板へ貼っておくこと。俺は、教授の言葉をもう一度復唱して、了承をもらうと、回れ右をして、部屋を退出した。
「じゃあ、失礼します」
「ああ、来週には結果が出るはずだから…」
手短な返事に軽く会釈すると、神崎は俺と並ぶようにして、一緒に部屋を出た。後ろでドアが閉まったとたん、俺は、隣に立つ男の気配に総毛だった。なんとか空気を吸わないと…と思って、じたばたしながらもなにひとつ生産的な事ができない
「倒れるなよ」
バレてる。再び腕をとられて、強い力で引かれた。大またに歩き出す相手に引きずられるようにして、その並びの空き部屋に引きずり込まれてしまった。一番近い椅子を引くと、彼はそこへ俺を押し込んだ。膝の上に肘を突くと頭を抱え込む。ガンガンと耳鳴りがして、世界が暗転した。どうすりゃいいんだ…。
ようやくめまいが納まった頃を見計らったように突っ込まれた。
「…お前、ゲイか?」
速攻、言い当てられて、否定することもできなかった。すっかり体は反応してしまっていたし、そんな事態に動転していたから、ごまかしようも無くて俺は黙ってうなずいた。顔を上げると、さっきと変わらない不機嫌そうに眉をよせた神埼の表情にぶつかった。
「俺は、男は抱かないぞ」
神崎は、俺の肩の上に手を乗せて、ぎゅっと押し付けると部屋を出て行った。俺の初めての恋はこうして5分で破れた。
↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ
スポンサーサイト

「ああ?ほんとに?」
大学の帰りにゼミの仲間と寄ったコーヒーショップで、始めてその名前を聞いた。嬉しそうな様子の後藤を見やって河野が眉をしかめて、嫌な顔をした。
「だれ?それ…」
関本が黒いセルロイドのめがねを押し上げながら、びっくりしたように俺を見た。
「ああ、そうか。お前、真面目に大学に来るようになった時は、もう先輩いなかったっけ?」
「去年の今頃だっけ?もう、後は論文出すだけだったのに、やりたいことができたとか言ってスタンフォードへいっちゃった院生だよ。歩くフェロモンって言われるくらい、女にモテまくっていた人」
河野の口調を聞くと、彼がそのことを歓迎してないことは分かった。だが、その名前は、まったく記憶に無かった。どうやら知らないのは俺だけだったみたいだ。
「後藤はその先輩が好きなの?」
「え?折原でも、そういうの分かるの? ふふふ。だって、かっこいいんだもん」
「おい、彼氏の俺の前でぬけぬけ言うなよな」
河野は本気で嫌がっている。それもだけど、普段、俳優とか歌手とかそういうものにひどく冷静な反応しか返さない後藤の、妙にテンションの高いハートマアクの付いているような口調にびっくりしてしまった。
「折原なんか、見たらきっと惚れるって。論文出して卒業資格もらったら、また、すぐアメリカに行っちゃうかもよ。早く見ておかないと」
女にモテまくっていたってことは、異性愛者だろ。何で俺にふってくるんだ。だったら、自分で押さえとけよ。
「うーん。だめ。なんかね、人種が違うって感じ。まとっているオーラが違うの。すごくやばい感じ」
何がやばいんだ?だけど、所詮は、別世界の人間ってことだな。その時はよくわからなかったから、機嫌の悪くなる河野を刺激したくなくって、急いで違う話題を持ち出した。もっとよく、後藤の意見を聞いてればよかった。後でそう思っても、ほんとにあとの祭り。後悔先に立たず。
だから、教授の部屋で初めて偶然神崎と顔を合わせた時、俺はまったく無防備な状態だったのだ。ノックに返事をもらって、ドアを開けると教授の机の横に彼は立っていた。百八十五センチはあろうかという背の高さ。それにしっかりと筋肉がついた、それなのにスリムな体。黒いシャツの胸元は第二ボタンまで開いていて、ちらちらと銀色の鎖がのぞく。教授の前に立っているって言うのに、俺の目はそのやけにエロティックな鎖骨のくぼみに吸い付いてしまって、離れようとしない。
名前を呼ばれて我にかえって、初めてその男の顔を見た。すっきりとした額と強い視線の瞳の印象的な整った顔。俺は、ぽかんとして、それから慌てて目を逸らした。話しかけてくる教授へ必死になって意識を集中した。
どくん…心臓の音が聞こえる。どくん…スローモーションのように世界が間延びした。どくん…これはなんだ?鼓動がだんだんと速くなってくる、耳元で鳴り響くように。部屋の隅がどんどんと遠ざかる感覚に俺はめまいを感じた。足が震える。冷や汗が滲む。どくん。どくん。どくん。まずい。ぶっ倒れるかも。と、思った瞬間、誰かに腕を強くつかまれた。
はっとして、相手を見上げる。神崎だった。紹介されてもいないのに間違えようがない歩くフェロモン。ちょっと眉を寄せて不機嫌そうに俺をじっと見つめている。急激に世界が縮み、教授の声がはっきりと聞こえた。
「折原くん。大丈夫かな」
「ハイ!大丈夫です」
反射的に返事をして、差し出された注意事項の紙を受け取った。明後日から始まる実験のために、掲示板へ貼っておくこと。俺は、教授の言葉をもう一度復唱して、了承をもらうと、回れ右をして、部屋を退出した。
「じゃあ、失礼します」
「ああ、来週には結果が出るはずだから…」
手短な返事に軽く会釈すると、神崎は俺と並ぶようにして、一緒に部屋を出た。後ろでドアが閉まったとたん、俺は、隣に立つ男の気配に総毛だった。なんとか空気を吸わないと…と思って、じたばたしながらもなにひとつ生産的な事ができない
「倒れるなよ」
バレてる。再び腕をとられて、強い力で引かれた。大またに歩き出す相手に引きずられるようにして、その並びの空き部屋に引きずり込まれてしまった。一番近い椅子を引くと、彼はそこへ俺を押し込んだ。膝の上に肘を突くと頭を抱え込む。ガンガンと耳鳴りがして、世界が暗転した。どうすりゃいいんだ…。
ようやくめまいが納まった頃を見計らったように突っ込まれた。
「…お前、ゲイか?」
速攻、言い当てられて、否定することもできなかった。すっかり体は反応してしまっていたし、そんな事態に動転していたから、ごまかしようも無くて俺は黙ってうなずいた。顔を上げると、さっきと変わらない不機嫌そうに眉をよせた神埼の表情にぶつかった。
「俺は、男は抱かないぞ」
神崎は、俺の肩の上に手を乗せて、ぎゅっと押し付けると部屋を出て行った。俺の初めての恋はこうして5分で破れた。
↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ


[PR]

この記事へのコメント
大概、夢で会ってるからそのまま書く。
でも、今までの自分の中のデーターでパターンが出来てるのか
ひどい時は、姿は朧なままだったりする。
神崎はわりにしっかり夢に見た。
ちゃんと着ていた服も見た。
・・・・樹は、ごめんm( __ __ )m。
あんたは、髪の毛が茶色でふわふわさらさらで
肩に届くぐらいだったな気が・・・。
それしか覚えていない。
しかも、どうも年代が・・・なんか
1757年のロンドン。
「緑のドレス」の時代の設定だったみたい。
だから、男と寝る事は、家族も名誉も人生も全部を賭ける大博打。
神崎が、樹を抱くって事もある意味、命がけ。
だったはずなのに、他のあれこれの裏付けや、時代考証を考えて
現代劇になってしまったんです。
でも、今までの自分の中のデーターでパターンが出来てるのか
ひどい時は、姿は朧なままだったりする。
神崎はわりにしっかり夢に見た。
ちゃんと着ていた服も見た。
・・・・樹は、ごめんm( __ __ )m。
あんたは、髪の毛が茶色でふわふわさらさらで
肩に届くぐらいだったな気が・・・。
それしか覚えていない。
しかも、どうも年代が・・・なんか
1757年のロンドン。
「緑のドレス」の時代の設定だったみたい。
だから、男と寝る事は、家族も名誉も人生も全部を賭ける大博打。
神崎が、樹を抱くって事もある意味、命がけ。
だったはずなのに、他のあれこれの裏付けや、時代考証を考えて
現代劇になってしまったんです。
せつなの中で神崎先輩のビジュアルはまさに!
とある俳優さんvv
身長といい体格といい、フェロモン具合といい、まさに
ぴったりのキャスティング!
さやかさまは登場人物を考える時は実際に存在する人を
モデルにするのですか?
それとも全て頭の中で考えるのでしょうか。
とある俳優さんvv
身長といい体格といい、フェロモン具合といい、まさに
ぴったりのキャスティング!
さやかさまは登場人物を考える時は実際に存在する人を
モデルにするのですか?
それとも全て頭の中で考えるのでしょうか。
2006/06/13(火) 14:52 | URL | せつな #-[ 編集]