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15、恋慕

ここでは、「15、恋慕」 に関する記事を紹介しています。
 保健所に電話した。検査日は月2回木曜日の午後一時から二時半まで、電話予約が必要で結果は一週間ほどで出ると説明された。
 智哉のところに入り浸っていて、そういうものがあるってことは分かっていたのに、自分自身がHIVや、他のSTDにかかっている可能性なんて、一度も考えていなかったことに笑えた。だが、もし、罹っていたら?神崎は二度と俺を家に入れてくれないだろうし、自分自身何かしら生き方を変えないといけない。
 …ああ…そういうことよりも俺は、神崎が俺を受け入れてくれるかということばかりを考えていた。陽性と言われて、もう二度と会えないって言われたら、俺はそれに耐えられるんだろうか。
 考えなくてはいけないことはもうひとつあった。あの首枷に代表される彼の性癖のこと。サディスト。それがどういうものなのか俺はまったく知らなかった。そう言われれば、最近若い男女の間でそういうプレイをセックスの味付けに使うという話を聞いたことはある。ダンスをやる女性が女優として有名な映画をリメイクして、体当たり演技で大評判になったということも。
 情けないことにそれ以外の俺のSMに関しての知識は、縄で縛る。鞭で打つ。蝋燭をたらす。の三点セットだった。
 とにかく痛いはずだ。それから、辱める。それを想像すると、どうにも耐えられないような気がする。考えてもみて欲しい。好きな相手にそんなみっともないところを見せたい奴がいるだろうか?
 少しでも自分のことをよく見せたい相手に、一番見て欲しくない浅ましい姿を晒さないといけないなんて…。二年ほど前まで誰の前でも平気で服を脱いで、何人もの男と遊び歩いていたのに、今、神崎の前でそれをやるのかと思うだけで膝から力が抜けていくような想いだった。
 それでいて、あいつの手が俺の体にふれることを考えるだけで、痺れるような興奮も感じてしまう。いや、待て、あいつは俺を抱かないと言った。まだ、何もSMするって決まったものでもない。それでも俺は、やっと四歩。次を踏み出すことが出来れば五歩。もう、後戻りする気は微塵も無かった。
 ためらいと不安を押し込めて俺はマンションを訪ねた。どうしても行く前に電話できなくて、だから、追い返されても仕方ない…。そう思いながらインターホンを鳴らした。彼は、今度は、相手が誰かを確かめてから、玄関のオートロックを外してくれた
 ドアを開けると、緊張で固くなっている俺を呆れたようにじろじろと見た。俺が、保健所での検査結果を差し出すと、その紙をよく見もしないで、ただうなずいてドアを大きく開けて入れてくれた。これで、素性を確かめたゲイに昇格したのか?
 居間に入ると、相変わらず一番に目に入るのはあの手枷だった。俺はぎくりとして目をそらし、それを見て、分かっているというように薄く笑う彼の視線にどきまぎしてしまう
「めしは食ったのか?」
 おそるおそる座ったソファの上でとびあがってしまう。さすがに、電話も、しないでやってくるのに、食事をすませないではこられなかったうなずいた俺に、カウンターの上にあったワインを注いだグラスを持ってくる。
「俺はこれからめしなんだ。いいか?」
 コクコクとうなずくと、奴は困ったように笑いながら俺を覗き込んできた。
「そんなに怖がるな。いきなりとって食ったりしない」
 食われたい…いや、違う。今のは、晩飯の話だった。神崎は俺をソファにほったらかしたまま、居間とキッチンの間にあるカウンターの高いスツールに腰掛けて、食事を始めた。
 俺はその後姿を見ながらグラスのワインを舐めていた。ブルーの覆いのために青みがかった照明と部屋に流れてる静かなピアノの音楽が、部屋の中を、まるで水族館のように静かで深い空間に彩っていくのを感じながら。
 海の底。泳いでくる魚。あんなに広い海の中、なぜ、出会うことが出来るのだろう。尻尾をそよがせながら白い砂の上を這うように、静かに泳いでくる。手を伸ばせば触れられそうだ。触れても逃げないのだろうか?そう思って手を伸ばすと、くるっと身をひるがえし砂を巻き上げる。手に入りそうに無い。
 触れることのできない綺麗な生き物。俺は、彼の背中を見つめて溜息をつく。ようやっと五歩。この先どこまでいけるのだろうか。せめて、この瞬間を忘れないように、胸の奥にしまいこもう。あいつの背中。傾けられた頬。そして伸ばされる指先。
 その指先がすっと俺の頬を撫でて、始めて俺は食事をすませた神埼が俺の前まで来ていることに気がついた。
 ぼんやりと夢想に浸って、あいつの動きを追っていたせいで、トリップしてしまっていたらしい。神崎は何も言わずに俺の横に座ると、不思議そうな表情をして俺の唇の上を中指と人差し指でなぞった。そして頬を、額を、眉を…。ぼんやりとしていた俺は、目を閉じて彼の指の動きを追う。次に目を開けた時、神崎の顔が目の前にあった。…キスしたい。口にしたつもりは無かったのに、問いかけるような瞳をした神崎は、ゆっくりと体を寄せてきて唇に唇を押し付けてきた。


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