ショーが、終って、楽屋に引き上げると椅子に座った晃は、ぐったりと壁にもたれかかった。ここのところ集中力を欠くために、ショーの間、一瞬も気が抜けなくて、妙に疲れる。観客との間も上手く同調できなくて、クライマックスを作り上げるために、力に任せて場を引っ張るせいもあった。先に引き上げてきていたM役を務めた洋子が、絹のガウン姿でくすくす笑いながらお絞りと冷たい麦茶をお盆に載せて持って来た。
「いつもと立場が反対」
「ああ……。ごめん。洋子さん。僕、酷い事しませんでした?」
「うふ。大丈夫よ。ちゃんとやれていたわ。いつもよりずっと神経質に念入りにしていたじゃない。どうしちゃったのかと思ったくらい」
「すみません。自分でもどうしょうもなくて」
「なにかあったの?」
晃とは長い付き合いの洋子は、彼がもっとずっと若い頃からフェティッシュバー等での公開緊縛ショーで、しばしば相手役を務めてきたのだった。だから、お互いに気心も知れている。晃の縛りは基本をきっちり押さえて丁寧で速い事で定評だったが、実際に一番価値があるのは、彼の持つ舞台感覚だった。
何も言わなくても縛られる女性のリズムをちゃんと掴み、一番上手く縄にのれるように縛り上げてくれる。勘、呼吸、リズム。どれがかけてもショーはちぐはぐと上手くいかなくなってしまう。
晃は、洋子に打ち明けようかどうかすごく迷っている様子だったが、胸の中にしまって置くのも限界だったのだろう。穿き捨てるように告白し始めた。
「今、縛っている相手が……」
「うんうん、縛ってる相手が?」
「縛られるのが嫌なんですよ」
「はい?」
洋子はびっくりして、晃の顔をまじまじとみつめた。嫌がる相手を縛るなんて、今の日本ではありえない事態だった。第一、相手が協力してくれないと、複雑に縄をかける緊縛なんて成り立たない。
「服を脱ぐもの嫌。縛られるのも嫌。責められるのも嫌。本質的に彼女はまったくMじゃないんだ」
腹立たしげに言い放つ晃の焦燥の滲む表情を見ていると、晃がぎりぎりのところでかろうじて平静を保っている様子がありありと分かる。
「それって、もしかして、Bondage2の撮影なの?」
晃は憮然としてうなずいた。発売になったBondageは、日米ともに驚くほど評判が良くて、この手のマニアックな写真集としては破竹の勢いで売れているらしい。第二刷の発行の話がすでにあがっている。
「そのモデルの子は、カメラマンが選んだの?」
「ああ……。そうです」
「じゃあ、今さら変えられないのね」
「ええ。実のところカメラマンはBondage2の撮影をしたいんじゃなくって、彼女を撮りたいんです。だから、変更なんてありえない……」
「なにが一番いけないの?」
「なにがって……今までそんなこと一度もしたことないんです。嫌がっている相手を縛るなんて」
洋子は、晃の言いたい事がよくわかった。晃は技術者としてはものすごく優れているし、舞台での演者としても素晴らしい才能があるとは思うが、あまりサディズムを強く表す方ではない。
「そっか」
洋子は、ウーンと身体をのばした。
「晃って、好きな娘とか縛った事ないの?」
「……無いです」
「その娘の事……好き?」
晃は、ちょっと驚いたように、洋子を見た。考えてもいなかったのか前髪を掻き揚げて、思案をめぐらしている。溜息をつくとやれやれというように、洋子の事を見た。
「ええ。好きなんだと思うな」
晃は、座りなおすと、お絞りで手と顔を拭って、麦茶のグラスを取り上げた。
「でも、彼女はそのカメラマンと付き合っている。だから、最初から彼女の事をそういう目で見ることは除外しているつもりだったんです。ところが、いざ始まってみると、冷静じゃいられないんだ」
グラスをお盆に戻すと、また、溜息をつく。
「彼女の嫌がる様を見ていると興奮してくる。もっと酷い事をしてやりたくなる……。自分が何をしているのか、何をしたいのか、分からなくなって、どんどん歯止めが利かなくなってしまう」
「彼女は、ほんとはどうしたいのかな……。その事は考えてみた?」
晃は、唇を噛んで考え込んでいたが、再び溜息をついて、あきらめたように手足を投げ出した。それから、洋子の方をじっと見つめた。
「洋子さんは、なんで、SMに興味を持ったんですか?」
「え?私?……だって、好きだったから」
洋子はうろたえて、自分が真っ赤になっていることに気がついた。膝を抱えてちょっと照れてみせる。
「いいな。洋子さんは」
「どうして」
「だって……かわいい」
洋子は、ますます赤くなって思わず晃の肩をぶってしまった。
↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ
スポンサーサイト

「いつもと立場が反対」
「ああ……。ごめん。洋子さん。僕、酷い事しませんでした?」
「うふ。大丈夫よ。ちゃんとやれていたわ。いつもよりずっと神経質に念入りにしていたじゃない。どうしちゃったのかと思ったくらい」
「すみません。自分でもどうしょうもなくて」
「なにかあったの?」
晃とは長い付き合いの洋子は、彼がもっとずっと若い頃からフェティッシュバー等での公開緊縛ショーで、しばしば相手役を務めてきたのだった。だから、お互いに気心も知れている。晃の縛りは基本をきっちり押さえて丁寧で速い事で定評だったが、実際に一番価値があるのは、彼の持つ舞台感覚だった。
何も言わなくても縛られる女性のリズムをちゃんと掴み、一番上手く縄にのれるように縛り上げてくれる。勘、呼吸、リズム。どれがかけてもショーはちぐはぐと上手くいかなくなってしまう。
晃は、洋子に打ち明けようかどうかすごく迷っている様子だったが、胸の中にしまって置くのも限界だったのだろう。穿き捨てるように告白し始めた。
「今、縛っている相手が……」
「うんうん、縛ってる相手が?」
「縛られるのが嫌なんですよ」
「はい?」
洋子はびっくりして、晃の顔をまじまじとみつめた。嫌がる相手を縛るなんて、今の日本ではありえない事態だった。第一、相手が協力してくれないと、複雑に縄をかける緊縛なんて成り立たない。
「服を脱ぐもの嫌。縛られるのも嫌。責められるのも嫌。本質的に彼女はまったくMじゃないんだ」
腹立たしげに言い放つ晃の焦燥の滲む表情を見ていると、晃がぎりぎりのところでかろうじて平静を保っている様子がありありと分かる。
「それって、もしかして、Bondage2の撮影なの?」
晃は憮然としてうなずいた。発売になったBondageは、日米ともに驚くほど評判が良くて、この手のマニアックな写真集としては破竹の勢いで売れているらしい。第二刷の発行の話がすでにあがっている。
「そのモデルの子は、カメラマンが選んだの?」
「ああ……。そうです」
「じゃあ、今さら変えられないのね」
「ええ。実のところカメラマンはBondage2の撮影をしたいんじゃなくって、彼女を撮りたいんです。だから、変更なんてありえない……」
「なにが一番いけないの?」
「なにがって……今までそんなこと一度もしたことないんです。嫌がっている相手を縛るなんて」
洋子は、晃の言いたい事がよくわかった。晃は技術者としてはものすごく優れているし、舞台での演者としても素晴らしい才能があるとは思うが、あまりサディズムを強く表す方ではない。
「そっか」
洋子は、ウーンと身体をのばした。
「晃って、好きな娘とか縛った事ないの?」
「……無いです」
「その娘の事……好き?」
晃は、ちょっと驚いたように、洋子を見た。考えてもいなかったのか前髪を掻き揚げて、思案をめぐらしている。溜息をつくとやれやれというように、洋子の事を見た。
「ええ。好きなんだと思うな」
晃は、座りなおすと、お絞りで手と顔を拭って、麦茶のグラスを取り上げた。
「でも、彼女はそのカメラマンと付き合っている。だから、最初から彼女の事をそういう目で見ることは除外しているつもりだったんです。ところが、いざ始まってみると、冷静じゃいられないんだ」
グラスをお盆に戻すと、また、溜息をつく。
「彼女の嫌がる様を見ていると興奮してくる。もっと酷い事をしてやりたくなる……。自分が何をしているのか、何をしたいのか、分からなくなって、どんどん歯止めが利かなくなってしまう」
「彼女は、ほんとはどうしたいのかな……。その事は考えてみた?」
晃は、唇を噛んで考え込んでいたが、再び溜息をついて、あきらめたように手足を投げ出した。それから、洋子の方をじっと見つめた。
「洋子さんは、なんで、SMに興味を持ったんですか?」
「え?私?……だって、好きだったから」
洋子はうろたえて、自分が真っ赤になっていることに気がついた。膝を抱えてちょっと照れてみせる。
「いいな。洋子さんは」
「どうして」
「だって……かわいい」
洋子は、ますます赤くなって思わず晃の肩をぶってしまった。
↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ


[PR]
