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10、一番そばにいてくれる人

ここでは、「10、一番そばにいてくれる人」 に関する記事を紹介しています。
 たくさんの人間の侮蔑と嫌悪と注視の中で、音が飛び、色が失われていく……。
 存在するのは腕の中の細い体だけ。彼のつくためいき、かすかな身じろぎ、汗の臭い、心臓の音。分厚いジーンズの布地越しのもどかしいようなかすかな刺激。押し付けられた昂りの尻の間を擦るような動き。お互いの体臭とこもった熱と発散できない欲望が区切りとられた空間の中で、スローモーションのように引き延ばされていく時間。
 やめて。お願い……。お願いだから。か・が…み……。
 パアアアアア…ン。遠くで 警笛の音を聞いた。駅に入る。扉が開き。人がどっと吐き出される。僕は淳一の腕を掴むとその流れに乗った。降りる駅である事にも気がつかず欲望に曇る瞳を見開いている少年を、電車の外へ引きずり出す。「ぽん」と人の流れからはじき出されると、急激に音が戻り、空気が流れ込んできた。淳一は大きく息をつきながら呆然と立っていた。
 ちょっと離れた位置に立って電車が動き出し、降りた人間が散っていってしまうのを待っていると、急に事態が飲み込めてきたのだろう。淳一が生き返った。ぱっと振り返ると手を振り上げて人目もはばからず僕の頬を叩く。たいして強い力ではなかったけれどぱんっと、乾いた音が響いた。僕がわざと避けなかった事に気がついた淳一は、はっとして掌を握りこむと涙の滲んだ眼で、ぎっと、睨みつけてきた。真っ赤な顔も、吹き出す汗も、震える足も、彼が抜け出してきたショックの大きさを示していた。
 これ以上見世物になるのも気が進まなかったので、僕は彼の腕を取って歩き出した。彼は逆らわずについてきた。階段を上がり改札を出て、駅の裏の人通りの無い路地に彼を連れ込んで、植え込みのレンガに座らせてやった。
 彼は膝の上に肘を付くと掌に顔をうずめて、動かなくなった。
「なんで?あんな事……あんな事するなんて……。俺が欲しがっているって知ってて!あんな事!あんな事して欲しいわけじゃない!」
 もちろん知ってる。彼が僕にさわって貰いたがっている事も、それはこんな変態行為とは似ても似つかない事も百も承知だった。
「じゃあ、どうして欲しいんだ」
「抱いてよ」
 淳一は子供のようにしゃくりあげた。
「抱いてよ。ただ、抱いて。他の何もしないで、抱いてくれるだけ」
 各務、彼を受け入れてやる気はないのか。
 僕はためいきを付いた。あああ。まったく。あの人は。この上なく効果的な方法で、僕に親鳥の役目を押し付けた。
 人間が誰でも必要とする事。愛する事。愛される事。求められる事。求める事……。僕は彼の横に座ると彼の頭を抱き寄せた。肩のくぼみに額を押し付けて涙を流している彼を。
「分かっているのか。僕が淳一を抱いても、それは恋じゃないって事」
「ひっく……そんな物……どうでもいい……。ただ、今だけ。今だけ抱いてくれれば……」
 僕はもう一度ためいきを付いて。彼の両手を取って立ち上がった。淳一はしゃくりあげながらも、なすがままに立ち上がる。
「帰ろう」
 家へ。ぼくらの……。



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コメント
この記事へのコメント
抱いても恋じゃない。
きついですね・・・。
もしせつなが淳一君でも抱きしめて欲しいって思う。
刹那的でも満たされたいって思う。
そして虚しくなってまた抱きしめられたくなって。
離れられなくなってしまう。
2006/09/18(月) 04:04 | URL | せつな #3/VKSDZ2[ 編集]
ま、しょせんは男同士だから
そうそう、甘い言葉なんか囁いたりしませんって。
だけど、淳一ってゲイなんだっけ?
各務なんて忘れてかわいい女の子と恋したらいいのに・・・。
(?_?)あれ?ほんとのところはどうなんだろう?
だいたい、淳一はMっぽくなさそうだし
なんで、高原は淳一を選んだんだろう?
誰か、教えて!
2006/09/18(月) 04:48 | URL | さやか #DS51.JUo[ 編集]
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