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18、秘密

ここでは、「18、秘密」 に関する記事を紹介しています。
 そろそろ出勤する潮時なんじゃないだろうか?痛みは大分和らいで、座るのには少し不自由だが、仕事が出来ないほどではないだろう。ドーナツ枕でも持って歩くか。窓の外にはかわいらしい黄色い花をつけた金木犀が、その香りを振りまいていた。
 一人苦笑しながらその花が風にほろほろとこぼれるように落ちる様をぼんやりと見ていると、ノックの音がし、ロボットのようにほとんど会話らしい会話をしない執事が現れた。
「各務様、旦那様からお電話です。」
 高原が、外から電話を掛けてくるのは珍しい。不思議に思いながら執事が運んできた電話機の受話器を持ち上げる。手を振ると、執事は頭を下げてそのまま後退りしつつ下がっていった。
「ああ、各務。頼みがあるんだが」
「どうしました?」
 いつもどおりの彼の声を聞きながらも、その言葉に不安が沸き立ってくるのが分かった。
「あれこれ、やってみたが今、どうしても東京を離れられないんだ。私の代わりに淳一を連れて青森へ行ってもらえないか」
「青森へ?」
「淳一の母親が見つかった」
 一瞬、何の事か把握できなかった。だが、だんだんと事態が飲み込めてくると、質問をしない事を常としてきたために、今まで見過ごしてきた不審な事のあれこれが繋がって思い出されてくる。
 見つかった?と、いう事は、探させていたという事か?何のために?確か、彼女は淳一を売って、金を握ってドロンしたはずだった。その通りだとしたら、彼女を探す理由なんて無い。淳一は、おとなしく屋敷に納まっているし、特にトラブルもなく、問題も無かった。ああ、そうだ。 彼女は病気だと淳一が言っていたっけ。だが……?
「高原。あなたは、知っていたんですね」
「何を」
「この事ですよ。彼女の居場所とか、ずっと探させていたんでしょう?」
「居場所の報せは、二ヶ月前に受け取った」
「なぜ、すぐに教えてやらなかったんです?どうして、今になって急に淳一を連れて行くんです?」
 一瞬、高原が電話の向こうで迷うのが分かった。どう説明するか考えているのだった。彼に迷わせるほど事態は悪いのか?
「彼女は昨危篤状態になった。もう、長くない」
 僕は、ぎゅっと目を瞑った。淳一になんて言って説明する?
「世の中には知らないほうが幸せな事がある」
「弓人。本当の事を言ってください。どうして、彼に教えてやらなかったんです?」
 高原の声が擦れた。
「彼女は、私が渡した援助を受け取ると、息子を私に押し付けた後、駆け落ちした。相手の男は、十八だ」
 男の年齢に思わず息を飲んだ。
「各務、お前ならどっちがいい?母親に必要から売られるのと、若い男のせいで捨てられるのと。どっちにしたって笑って許せるか?たとえ、母親がいずれは死ぬと分かっていても?」
 小さな子供には、親が必要なんだ。無条件で受け入れてもらえる胸が。やさしく抱き寄せてくれる腕が。いつもそばにいてくれるぬくもりが……。
 ぶらさがってこない「自分の足」で立っている親が。
 淳一は、そういう意味では、一度も親を持った事が無い。高原の選択は哀しかった。
「悩む時間は短いほどいい」
「淳一を学校から連れ戻します。連れて行く場所の住所と電話番号を」
「ファックスを送らせる。定時連絡は忘れるなよ」
 なぜなんだろう。腹立たしさが突き上げてきた僕は、電話を叩き切った。自分でも理由の分からない苛立ち。それをぶつけるのはザイルのような神経の高原はうってつけの相手だ。三つ数えて、受話器を持ち上げると、淳一の高校へ電話を掛け始めた。




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