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19、心細い

ここでは、「19、心細い」 に関する記事を紹介しています。
 運転手が校門に車を横付けすると、青ざめた淳一はすでにそこに立っていた。付き添いの教師に挨拶をして、淳一の腕を取り、車へ押し込む。
「このまま、行くの?」
「一度、家に帰ろう。着替えて荷物を作らないと」
 後部座席のシートのクッションに、淳一は思いっきり体を預けた。
「死ぬって、言ってた?」
「いや、危篤としか聞いてない。そもそも何の病気なのかも…」
「掴んだ金で、どこかで楽しく暮らしてるのかと思ってた」
 淳一の声はかすかに震えていた。母親の事では、平気そうな顔をしていたが、あれこれ考える事だってあったはずだ。黙ってしまった淳一が急に顔を上げると、僕の腕を強い力で掴んだ。
「会いに行かないといけない?」
「淳一?」
「どんな顔して会うのさ。おふくろに。俺、あんたが売りつけた相手に、尻を掘られて感じるようになったんだぜって言うの?」
「淳一」
 淳一は、僕の腕に手をかけて爪を喰い込ませるほどに握りしめた。
「だめだ。俺、自信ない」
 青ざめた顔を僕の方に向けると、淳一は頼りなげに瞬きした。
「どんな顔すればいいのさ。最後だったら、なおさら。やさしくしてやらなきゃいけないんだろう?だって、もう死ぬんだぜ」
 喰い込んでくる淳一の指をそっとほどくと、手を開かせてから抱き寄せた。
「いいさ。何も言わなくても」
 やさしくしなくても、声を掛けなくても。どっちみち、もう意識は無いのだ。許すのはおまえの役目じゃない。それは神さまがやってくれる。それに……それに、淳一は、そこで母親の愛人に会う事になる。自分と二つしか齢の違わない、駆け落ちの相手に。


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 羽田まで車で乗りつけた。新しくなったターミナルビルの広い空間を、二人で速足で横切った。青森までの切符はすでに手配してあるはずだ。小さな手荷物は預けなくても機内に持ち込める。僕は携帯を取り出すと、高原に電話した。
「羽田空港まで来ている」
「向こうに出迎えの手配を頼んだ。ホテルも押さえてある。ゲートを出てすぐ右側に待っているはずだ」
「淳一と話す?」
「いや、キスを。彼に伝えてくれ」
「おい。ちょっと待って!キス?た……」
 電話は、あっけなく切れた。顔を上げて淳一を見ると、放り出された子供そのものの不安そうな表情でじっとこっちを見ている。
「高原、なんだって?」
 え?なんだって?なんだって?そう……キスを……キスを。
「キスを伝えろってよ」
「え?何……?」
 やけくそだった。羽田空港の受付ロビー。人がたくさん行きかうその明るいロビーの真ん中で、僕は淳一の胸倉をつかんでぐいっと引き寄せた。間近に引き寄せて覗き込んでから、息を思いっきり吸い込んでくちづけた。高原がそこにいたら、きっとしたであろうキス。深く、強く、熱く、何もかもを焼きつく激しいキス。
 いったん、ゆるめて息を吸いなおして、もう一度角度を変えて。一瞬固まった淳一が、二度目に唇を重ねると、その腕を背中に廻して抱きついて来た。自分から口をあけて思いっきりくちづけを返してくる。そんな事で、一瞬でもこの辛い思いを忘れられるなら、淳一はどんなものにでもしがみついてきただろう。
 こんな場所で。こんな時に。何をするんだよ!
 淳一のいつもの口癖は彼の唇から飛び出す事は無かった。必死になってしがみついてくる彼は、すでに溺れる寸前だったから。



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