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第三部・2

ここでは、「第三部・2」 に関する記事を紹介しています。
 伯爵が自ら、領地を訪ねて来たのはマリエーヌにお仕置きをして二週間を数えた頃だった。
 屋敷に到着した時は堅く唇を引き結んでおられた伯爵だったが、私を部屋に呼びつける前に執事からだいたいの様子を訊き知ったのだろう。私が部屋へ入っていった時は、もう、すっかりといつものように平静な様子に戻られていた。恭しく私が頭を下げると鷹揚にうなずき、椅子を勧めてくれた。私にとっては、初めての事だった。
「ニコラス。マリエーヌと会ってくれたね」
「はい。伯爵様」
「あれを、どう思う」
 私はちょっと、戸惑った。伯爵がなんと答えて欲しがっているのか、まだ、よく分かっていなかったからだ。
「美しいお嬢様です」
 ちょっと、目を細めて私の顔色をうかがっていた伯爵は、やがて、溜息をつき、改めて私に向き直られる。
「ニコラス。私は、君にマリエーヌの婿になって貰いたいと思っている」
 マリエーヌは「伯爵が自分をどこに片づけたらいいのか困っている」と言っていたが、だからと言ってけしてほんとうにそんな事を考えておられるとは想像していなかった。私は心底驚いて、礼儀も忘れて、真っ向から伯爵の顔を見つめてしまっていた。
「言葉を飾っても仕方ない。あの娘を口が堅く、私の味方になってくれる者に嫁がせたいのだ。君が引き受けてくれるのなら、十分な持参金もつけるし、君が卒業する時には幾ばくかの領地も譲ろう。将来的にも私が後ろ盾を引き受けて、王宮で地位を得られるように取りはからうつもりだ」
 マリエーヌが読んでいたとおり、そのためにだけ私の後援を引き受けていたのだとしたら、彼女の慧眼とともに、伯爵の深慮遠謀も驚きだった。
 もちろん、その条件は、私にとっては否やを言えるような物ではない。実家の家族も手放しで喜ぶだろう伯爵家の援助を恒久的に取り付ける事が出来るのだ。半陰陽の少女を妻に娶るだけで…。
 私は、高揚した気持ちを見透かされまいと瞳を伏せた。伯爵に、私が、結婚に気が進まないと思われている方が有利なのだ。だが、心の中では私は喜びに舞い上がっていた。たとえ、世間の者にとって両性具有がどう映ろうと、私にとってはマリエーヌを自分の妻に迎えられるという事は、願ってもいない僥倖である事はみなさんも理解してくれるだろうと思う。
 二週間の間、膝の上に乗せてお仕置きを繰り返しながら、私は彼女を自分の物にしたいという欲求と、背徳の喜びを味わう事への罪悪感で居ながらに引き裂かれながら、後一歩が踏み出せずに逡巡していたのだ。
 なんと言っても彼女はあまりにも幼く、そして高貴な少女だった。伯爵から預けられたあの本と与えられた使命を鵜呑みにして即座に行動に移すのはあまりにも危険な気がしていたのだ。だが、こうして世間的にも認められる公の関係を結ぶ事がかなえば、晴れて大手を振ってマリエーヌを本当に自分の者とする事ができる。
 私は立ち上がり、伯爵に後ろ足を引いて、伯爵に向かい深々と正式な礼を行った。
「喜んでお引き受けいたします」
 その声に滲む喜びを悟られず、出来るだけ、苦々しく聞こえるように必死の努力を払わなければならなかった。伯爵は二度三度うなずくと、ふと思いついたというように、顎髭を引っ張りつつおもむろに尋ねてきた。
「あれは、素直にお仕置きを受けているか?」
 私は、わざと逡巡して見せ、ゆっくりとうなずいた。
「はい。けれど、伯爵様、私の卒業は来年の夏です。この夏の休暇が終われば、また、学問所に戻らねばなりません。その間は彼女をどうすればよろしいのでしょう」
「うむ。うむ。そなたの方からそう言いだしてくれて嬉しい。そなたが学問所に戻ると同時に、あれを王都の屋敷に呼び、週末等の機会には訪ねて欲しいのだ。その間は間違いが無いように、あれには貞操帯をつけさせようと思っている」
「貞操帯…ですか?」
 私は、まだ、彼女の身体を抱いていなかった。だから、それほど厳重に彼女を押さえつけなければなにか間違いが起きてしまう…と、伯爵が考えている事には正直驚かされた。
 私の素直な驚きをどう受け止めたのか、伯爵は気まずそうに、目をそらしたが、気を変えるつもりはなさそうだった。私は、貞操帯に縛られた彼女を思い浮かべ、それを受けざるを得ない彼女の立場と苦しみを考えると、身体が欲望に熱くなるのを感じざるを得なかった。
「伯爵様。マリエーヌ嬢は、まだ幼いご様子。来年の挙式は早過ぎませんでしょうか」
 この事を持ち出すのは、結婚を延ばしたいからではなかった。伯爵に私がどれほど彼女を欲しがっているか知らしめないためだった。
「あれは、来週14になる。来年は15。決して結婚しておかしい年頃でもないだろう。それまでにはそなたの王宮での地位も、整えて、この結婚が不自然に映らぬように手を廻そう。ご両親にも私からきちんと納得して貰う。君は、心配せずに、残りの一年を勉学に励んで欲しい」
 両親にはきちんと金を掴ませて黙らせるという事なのだろう。いや、マリエーヌが普通の娘ではないという事は誰も知らない事なのだ。私の両親は、その縁談を喜びこそすれ、逡巡する事などあり得なかった。私一人が、口をつぐみ、マリエーヌを最愛の妻として遇すれば、全ては丸く収まるという筋書きだった。
「もちろん、君がどうしても子供の跡取りが必要なら、外に女を囲って貰っても構わない」
 この、思いも掛けない言葉に、私は危うくそれまで取り繕っていた仮面を取り落とす所だった。嫁ぐ前から、しかもこれほどに身分の低い者に嫁がされるという理不尽な目にあわせられながら、その夫となるべき男が結婚の約束をする前に、もう外へ女を作る話を父親に保障されていると知ったら、彼女がどれほど傷付くか…。私は、黙って頭を下げた。
 だが、もちろん子供の必要などまったく考えるつもりは無かった。自分で興した家が一代限りになったからといって、実家はすでに長男が継ぐ事になっている以上、痛くも痒くも無かった。私が願っているのは、彼女を手にする事だけだったから。伯爵の声が微かに陰る。
「あれは…それほど悪くない外見を持っているだろう?」
「マリエーヌ嬢は、私にはもったいないお方です。私は、生涯誠心誠意、あの方を幸せにするように務めます」
 本心からの誓いの言葉であったが、伯爵にとっては、ただの追従としか映らなかったのだろう。だが、それでもわずかにその額に明るさがさした所を見れば、領地に置き捨てにしていた片輪の娘を伯爵がわずかながらも気に掛けているのが分かった。
 そうと知れて、私自身少しほっとした心持ちだった。そう、伯爵には、私がこの結婚を、伯爵家の圧力によって仕方なく受けたと思っていて貰っていて構わなかった。だが、私の誓いは決して違えられる事は無いだろう。あの、奇跡の身体を持った少女は、光輝くバロックの真珠のように、私の心を魅了してしまっていたのだから。




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