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第四部・2

ここでは、「第四部・2」 に関する記事を紹介しています。
  マリエーヌは一瞬もためらったりしなかった。
「ニコラス、紐をほどいてよ」
 そう言って、ドレスの背中を指し示した。淑女の着ているドレスは、背中にびっしりと小さなボタンが付いていたり、リボンであちこちを結んであったりして、一人で脱ぎ着できるようなものではない。小間使いはそのために控えているのであり、身支度を整えるのに時間がかかるのは当たり前の事なのだった。
 すっかり、心の決まっているマリエーヌと違って、私にはまだおおいに逡巡があった事を認めねばならない。私自身、彼女のスカートを何度もめくり上げていても、服を脱がせてみた事は一度も無かったのだ。
 はじめて会った男の前で、彼女を裸にしないといけないという状況にためらいを感じずにはいられなかった。
 だが、もう四の五の言いつのってみる状況ではなかった。しかたなく、私は、銀の縁の付いたちいさなくるみボタンをひとつずつ外し始めた。マリエーヌはじっと待っている。
 半分外して彼女の背中が露になってきたとき、私はその細い肩に唇を押し当てた。むき出しになった彼女の背中は、ほっそりとしてしなやかな曲線を描き、なだらかに腰のくびれに続いている。彼女はくすぐったそうに首をすくめたが何も言わなかった。一番下までボタンを外し、いくつかのリボンをほどくと、彼女は身体を軽く振ってドレスを振り落とした。パニエを止めつけていた紐も自分でくるくるとほどいてしまった。
 うんと腰を絞り上げたコルセットを付けた下着姿の少女が現れた。私はかがんで彼女のパニエとドレスを拾い、椅子の上に拡げた。
「コルセットも外すの?」
「よろしければ、みんなお脱ぎいただいた方が…」
 アルバートはわざとらしく片眉をちょっとあげてみせた。恥知らずめ。この男も私も、伯爵の命令という逃げ口上をかさに、マリエーヌに手を掛けようと考える好色な男、という点では同じなのだ。内心の腹立たしさは押し殺し、彼女の背中をクロスして横切っているコルセットの結び目を解き、紐を緩めるのを手伝った。すとんと足元にコルセットが落ちると、後はレースのひだ飾りの付いた絹の下着を残すのみになった。
 マリエーヌはハルトヴィックに背中を向け胸元のリボンをほどき始めた。かすかな膨らみを見せている乳房を除けば、彼女の身体は丸みの無い男の子の身体の線を見せていた。私は、下着の合わせ目から現れた彼女のミルク色の身体をうっとりと眺めた。
「ニコラス。何を見ているの?」
「きみの身体だよ。とってもきれいだ」
 私は思わず手を伸ばして、うっすらと膨らんだ彼女の胸に掌を丸くして乗せた。彼女の肌はビロードのように柔らかで、その手に心地よくほんのりとぬくもりを感じさせてくれる。
「こんなペッタンコの胸で、満足するなんて、ニコラスは女の胸を見た事無いんじゃないの」
 不満げに口を尖らせる彼女の天真爛漫さに私は思わず噴出してしまった。さっきから辺りを覆っていた、息をするのもはばかれるような淫猥な雰囲気はあっという間に霧散して、彼女は無造作にペチコートと下穿きの紐をするするとほどいてしまい、あっという間にレースの中から、ぽんっと抜け出してきた。
 卵の殻を剥く様に、つるりと洋服を脱ぎ捨てて現れたのは、まるで絵画の中から抜け出てきた天使のようにまったく人間としての肉の存在を感じさせない未成熟な身体だった。
 つい、さっきまでよこしまな考えに囚われていた男二人は、ただただ、感嘆の心持で彼女の身体を見つめてしまった。いつまでもいつまでも、見つめ続けていても決してあきる事の無い、触れるのも恐ろしく、側によるのも畏れ多いと感じてしまう奇跡の身体を。光が差し、薔薇の花びらが舞い、天使の歌声が聞こえるようだ。
彼女はどこも隠さず、何も恥らわず、まっすぐに私達を見返してくる。
「不思議」
「え?なにが…?」
「どうしてニコラスは、私の身体をそんなふうに見るんだろう?」
 そんなふう?…って、どんな風に?自分では意識していなかった私は、我が身を振り返ってようやく現実に戻った。マリエーヌは、猫のようにしなやかに、音を立てずに私の側へ来るとするりとその腰に腕を廻して、素裸の身体を私の服に押し付けてきた。頬を胸に押し当てて目を閉じる。
「あなたは分かってないね。今までの男達とは全然違う。誰も私をそんなふうには見なかったのに」
 彼女の言う言葉の意味が私には分からなかった。ただ、その腕の中のぬくもりが愛おしく、今から始まろうとしていた恥知らずな儀式の事はすっかりとその頭から抜け落ちてしまっていた。
 私はたまらずかがんで彼女の首筋に口付けを押し付けた。彼女の膝の力が抜け、しがみついて来る身体が火照ってくるのがわかる。思わず洩らす甘い溜息は、私の胸に熱く湿っていた。腕の中の蕩け始めた身体のその肩の向こうに、私と同じ様にマリエーヌに捕らわれてしまったアルバート・ハルトヴィックの喰い入るような瞳が彼女の背中を見つめているのが見えた。
 

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