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第五部・8

ここでは、「第五部・8」 に関する記事を紹介しています。
 馬車が乗りつけた玄関には、馬丁が待ち構えていて轡を取った。私は、馬車から急ぎ降りると、開かれたままの玄関へ駆け込んだ。
 玄関を入ってすぐのロビーには、鳥肌を立ておびえた使用人たちが群れていた。よくしつけられ秩序の守られた伯爵家の使用人達ですら隠し切れないその様子が、起きている出来事は、常の出来事ではない事は、一目見れば明らかだった。使用人らは、私の顔を見たとたんに自分たちの立場を思い出したのか大慌てでさっと散ってしまい、後にはすっかりと蒼ざめ眼の落ち窪んだ執事が立っていた。
「きゃあああああああああああー!!!!!!」
「マリエーヌ!?」
 高い天井に響き渡った甲高い悲鳴に、私が、血相を変えて二階へ駆け上がろうとしたところを、必死になって腕にしがみついた執事に引き止められた。
「ボールドウィン様、お聞きくださいませ。マリエーヌ様の部屋には医者が一人、そしてその助手の方と使用人が一人、入っておりました。お医者様をお呼びしたのは、マリエーヌ様がどういうわけか興奮なされまして、手ひどく小間使いを折檻されたせいなのです。決して決して…二心から出たものでは…」
 うわずり、ひっくり返った執事の声は状況を理解できる説明には程遠く、私は彼の手を振り払うと階段を一段とばしにして駆け上がった。廊下の突き当たりにある彼女の部屋のドアは大きく開かれ、その奥の寝室に続くドアの前には四、五人の使用人が扉を叩いていた。
「クレセント博士?…先生、ここを開けてください」
 私は、駆け寄ると、扉に取り付いた従僕の腕を掴んだ。
「クレフィールド。鍵はどこだ」
「きゃあああああああああああー!!!!!!」
 追い討ちをかけるように彼女の叫び声がドアの向こうで響き、私はギクッと振り向いた。私に腕を掴まれた、見知った顔の従僕も、一緒にドアを叩いていたほかの使用人もみな凍り付く。何が起こっている?いったい。いったい…。
 喘ぎながら、よたよたと付いてきた執事が震える手で家中の鍵を連ねた鍵束を取り出して、彼女の部屋の鍵をさぐった。私は、ひったくるようにその鍵を受け取ると、焦る気持ちを押さえつけドアの鍵を差し込むと廻したのだった。
 その瞬間を私は今でも夢に見る。

私の愛しいマリエーヌ。
美しい妻。
明るく笑う可愛らしい少女の君。

バン!
 両開きのドアが開き、大きな音を立て、勢い余って壁に当たり跳ね返った。部屋の奥まった場所に置かれた天蓋つきのベッドに下がるレースの美しいカーテンはビリビリと引き裂かれ。周囲には点々と赤い血が飛び散っていた。そして、そのベッドの中央に全裸のマリエーヌが男の上に馬乗りになっていた。
 組み敷かれた男は、平静ならば半白髪の紳士ともいえるはずの恰幅のよい様子に、よく手入れをされた髭を生やしていたが、今やその服はすっかり乱れ、飛び散ったボタンのシャツは大きく引き裂かれて胸毛の見える胸がむき出しになっていた。それだけではない。服のあちらこちら、ズボンもずたずたに裾まで切り裂かれ血だらけなのだ。ベッドの上には、すでに血溜まりが出来ている。
 そして、そのベッドに半身を投げ出すようにして一人が倒れ、ベッドの下に腹を抑えてうずくまるように一人の男がのたうっていた。
「マリエーヌ!?」
 私が、あまりの様子に叫び声をあげると、馬乗りになった男の首を締め上げていたマリエーヌが、その顔を上げた。ぎらぎらと光り狂気じみた瞳が私をまともに射抜いた。上気した顔を汗に濡らして真っ赤な唇を吊り上げて笑う彼女がそこにいた。一瞬の静寂。音も無く、凍りついた人々の中で彼女の瞳がくるっと裏返ったと思うと、いつもの美しく微笑んでいる少女が私をみつけた。
「ニコラス。よかった」
 そして、男の首に廻していた血だらけの手を彼女は持ち上げると、私に差し伸べた。
「約束したでしょう?私を、しっかりと鎖に繋いでくれるって」
 そうして、突然、後に昏倒した。私は周囲の状況も忘れて、彼女の身体を受け止めようと前に飛び出し、呻きうずくまる男たちを突き飛ばして、ゆっくりと時間が引き延ばされていくかのように後に倒れてゆく彼女を抱きとめた。私だけの愛おしい妻になるはずの相手を。


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