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1、Sとの距離

ここでは、「1、Sとの距離」 に関する記事を紹介しています。
 くすくすくすくすくすくすくすくすくすくす……。この女性は瑞季とタイプが違うんだな。そう、思った。高月瑞季は、33歳。僕の勤めている会社の代表取締役だ。全員で五人しかいない小さな会社だけど、不肖28歳、東野和希である僕は、彼女の直属の秘書だった。
 今夜泊まる予定のホテルのロビーで、彼女の知り合いに偶然に会って、紹介されて、何気ない会話を交わしている間、声に出していないのにずっと笑われているような気がする。それも、たちの悪いくすくす笑い。居心地が悪くて、つい椅子の上で何度も座り直してしまう。この彼女がS女性な事は分かっていた。ホテルのロビーで偶然会って、瑞季はちょっと困ったような顔をしていたから。多分、館での知り合いなのだろう。
 館の外では決して中での出来事をほのめかしても、知っている様子を見せてもいけないことになっているものの、瑞季ぐらいの年代の女性のメンバーは少ないし、おそらくは、外での公式な付き合いでも顔を合わせる機会があるのかもしれなかった。そうやって、何度も出会っているうちにプライベートで言葉を交わすようになれば、完全にお互いの事を知らない振りをするのは難しい。
 黒いレースのタイトなワンピースに光沢のある絹のストッキング。尖ったピンヒールのハイヒール。細い首を飾る、ダイヤを繋いだネックレスは、彼女が裕福な立場にあることを伺わせた。
「考えてもみなかったわ。瑞季が外で恋人を作るなんて」
「どうして?」
「だって…」
 意味ありげに言葉を切ると、彼女はちらりと僕の方へ視線を流して来た。
「館でしつけを受けた男たちと違って、外で知り合った男たちって、どこかしら自己中心的で保身に神経質で覚悟が足りないと思うのよ。SMを恋愛だと勘違いしているし、相手に仕えることよりも自分の快楽を追うことだけに夢中になってしまわなくって?」
 この指摘は痛かった。僕自身は、決してSMをしたくてこの関係を選んだ訳ではない。むしろ、瑞季に恋をして、その恋ゆえに彼女の性癖を受け入れている立場なのだ。瑞季に恋をしなければ、SMをしてみたいと思うことはなかったかもしれない。
 いや、瑞季のことを好きになった後も、ずっとその事で悩んでいた。自分がそれを受け入れるほど彼女を好きなのか、いつも、いつも、自問する日々。瑞季が自分の事をただの秘書としか見ていないのが分かっていて、それでいて、彼女の相手を務める男たちになりかわる覚悟があるのか…と。そんなことを自分に問いかけるのは、非効率で無駄な事だと理解していながら、その事を考えるのをやめられなかった。
「そういう男って、ご主人様の命令なのに条件付けをして従えなかったり、相手を喜ばせる事だけが大切なんだって忘れて、自分の感情だけに拘ったりして、興ざめな所があると思うのだけど」
「そう?」
 瑞季の答えがあまりにも簡潔で、ほとんど表情が無くなっていることに気がついた。明らかに気分を害しているに違いない。それは、無遠慮な話題を口に乗せる相手の女性になのか、あまりにも的を付いた指摘になのか、覚悟の足りない僕になのか…。彼女の硬質な声を聞きながら、不安が胸に兆してきた。
 ああ、彼女と一緒にいると、いつも自分の至らなさに気付かされてばかりだ。黙って控えていなければならない場面で、つい動いてしまう身体とその欲望を必死で押さえつけていても、隠しきれずに見透かされているのは分かっている。
 そう、「奴隷」の立場から言えば、まだ、全くしつけなどなされていない。僕が館の人間で会った事があるのは真樹という、瑞季の専属だった男性だけだった。この女性が言う「しつけ」と、言うものがどういうものなのかも、全く想像できない状況でしかないのだ。
 要求されれば、どんなことでも従う覚悟はある。一歩を踏み出してみれば、その事は経験する前よりもたやすかった。彼女を愛している。彼女を自分だけのものにするためなら、どんな苦痛でも恥辱でも問題にはならない。だが、どういうふうにそれを表現すればいいのかというと、それはまた別問題だった。




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