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3、プライドと愛情

ここでは、「3、プライドと愛情」 に関する記事を紹介しています。
 ホテルの最上階のスイートルームへ入ると、もう、我慢が出来なかった。先を行く彼女に追いすがると腕を掴んだ。
「どうして、止めたんです」
 瑞季はきつい眼つきで僕を睨みつけた。僕は彼女に証明したかった。僕が、ただ彼女を愛しているだけでなく、彼女のためなら何でもする覚悟なのだという事を。さっきの拒絶は、その僕の覚悟を信じていないかのように思え、僕はつい言い募らずにはいられなかった。
「僕が、出来ないと思っているんですか。あなたのために…。僕の覚悟がその程度のものだと?」
「そんな事を言ってるんじゃないわ」
「じゃあ、じゃあ…どうしてなんです。あなたのためなら、僕は…」
 ぴしゃり!と音を立てて彼女の掌が僕の頬で鳴った。振り上げられ、振り下ろされる瑞季の手の動きを見つめながら、僕はかわしもせず、彼女が叩くに任せた。
「あたし、あたしが東野に、あんな場所で、あんな事を、あんな女にさせたがると思っているの?あたしが東野を痛めつけるのが、あなたを奴隷のように扱うためだと考えているんだったら大間違いなんだから…あたしは、あたしは」
 覗きこんだ彼女の見開かれた瞳に涙が盛り上がる。僕は仰天して息を呑み、手を振り払って逃げようとする彼女の肩を慌てて捕まえた。
 ああ……しまった。また失敗した。
 自分のプライドに拘るあまりに、彼女の気持ちを置き捨てにしていた事に改めて気が付いた。自分が彼女にとっての飾りとしての役目を果たしていないと罵られることに拘泥して、彼女が望んでいる事は何かと推し量る事ばかりに気を取られて、彼女が、自分がそう望んでいる事をどこかで嫌悪している事を忘れてしまっていたのだ。
 その気持ちは普段はほとんど出てこない。彼女は自由にサディストとしての自分を楽しんでいるかのように見えた。だが、あの日、真樹が指摘したように、扱いようによってはサディストであるという事は彼女を不幸にすることもできるのだった。
 他人を貶めたり辱めたりする事は、彼女の本当に求めるカテゴリには入っておらず、プレイの展開上どうしてもそこに触れずにはいられない時、彼女は自分自身を唾棄すべきもののように感じてしまうところがあるのだ。
 あの女性の足元に跪く事も、靴を舐める事も、実際にやってみれば決して僕自身にとって、屈辱でも苦痛でも無いはずだ。だがそれが、ただただ、見返してやろうとする衝動から出たものだとしても、瑞季を喜ばせたいという願いから出たものだとしても、瑞季にとっては肯定すべき行為ではなかったのだろう。
「あんな女の足元に東野に膝を付かせて、あたしが嬉しいとでも思った?あなたはあたしのものなのに、あんな女の口先だけの言葉にあなたをいいようにされても私が平気だと思ったの?」
 泣きじゃくる彼女はまるで子供のようで、僕は自分のした失敗が、彼女を傷つけた事に心底後悔しながら彼女の背を引き寄せた。
「ああ…ごめん。瑞季。ごめんよ。そんなつもりじゃなかったんです。ただ、つい、むきになってしまって。君の気持ちを考えてなかった」
 彼女の背中を撫でながら、僕は突き上げてくるそのあまりの愛おしさに胸苦しさを感じながらも、彼女を抱きしめてその頬に唇を押し当てた。次々と溢れ出てくる涙をそっとその唇で吸い取りながら。しがみついてくる彼女の体を抱きしめた。瑞季。瑞季。僕の愛するただひとりの女。
 腕の中の彼女の細い身体の温もりをしっかりと抱きしめながら、僕の心は、ついこの間までの、満たされず明日の見えない、ただ耐えるだけだった日々を思い返していた。あの時、あれほど決心して、彼女だけをみつめていこうと決めたのに、どうして僕はそれを忘れてしまうのだろう。舌打ちしたいほどの悔しさに、自分の未熟さを噛み締める。いつになったら、満足の行く男になれるのか。





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