サディズムの感情がいったいどこから来るのか、どういう形で彼女の中に存在し、顕現するのか。僕にとっては、ただ想像するしかない。それは、僕には、よく解らない嗜好だった。だが、僕が彼女を愛し、その側にいる事を強く希うのと同じ様に、彼女がだれかに苦痛を与えずにはいられないというのなら、その相手はせめて僕であって欲しかった。
彼女に気持ちを告げたいとじりじりと願う、ある意味静かに醸造を待つかのような三年を経た後、隠しきれない自分の感情を彼女にぶつけてしまった。そして、その三年間は、淡い恋心のような形ばかりの甘い苦痛だったのだと思い知らされた。彼女に触れてしまった後は、もう後戻りする事は到底肯えず、彼女の側にいるためなら何を犠牲にしても構わないと思いつめるほどにひたすらに彼女が欲しかった。
愛しているという気持ちは、どうしてこうも簡単に、人を幸せにも不幸にもするのだろう。そして、幸せな喜びは常に苦痛と不幸に縁取られて、僕を苛まずにはいられないように思えた。
彼女の側にいるという幸福と、彼女を全き幸せに導く力が無いという不幸が、常にぎりぎりの縁に爪を立てるような感情を引き起こし、僕はそれにきりきり舞いさせられながらも、彼女の温もりを感じるだけで頭がくらくらとする。だから、うっとりと酔いしれるような苦痛の日々を重ねていくしかなかった。
瑞季の中のゆきに出会ったのは、僕が瑞季と付き合いだして、一ヶ月も経たない頃だった。ゆきは、瑞希が少女の頃にしたひどい体験を肩代わりしている少女だった。そうして、ゆきを瑞希の中に眠らせておくには、彼女の気持ちを穏やかに保ってあげなければならないことを知った。そのための一番の近道が彼女の中にあるサディストとしての欲求を認め、受け止めてやる事だということも。
ところが、就寝儀式とまで真樹に言わしめたほどに、真樹という男が守っていた間、瑞季は自分の体の中のリズムに従ってプレイをし、そしてゆきは眠ったままだったのに、真樹が去り、僕が彼女の身体を抱くようになってからは、ゆきは全く突然に現れるようになってしまった。
どんなに気をつけていても少女は不意を付いて現れ、僕に自分の不甲斐なさを突きつけた。瑞季が真樹という男を痛めつける事を覚えてから、そのつながりの日々にゆきをすっかり封じ込めていたと思われる安定した時期のルールは、どういう訳かすっかり崩れてしまったのだ。
その原因も理由も、彼女がいつ現れるのかも、僕には皆目見当が付かなかった。瑞季の記憶は途切れ、それが頻繁に起これば、本人の不審を招かずにはいられない。自分の中のゆきに気が付いていない瑞季に、入れ替わりが頻繁になっている事を知られまいとする僕の努力は、穴だらけのザルで水を汲むにも似た行為でしかなかった。

「かずき」
ベッドの中で身体を寄せ合い、ゆったりとした休日の眠りを分け合っていた恋人が、不意に顔をあげるとあどけない少女の声音で僕を呼ぶ。
ああ、また。心臓の上を鋭い針で突き通されるような失望の痛みを堪えながら、精一杯の優しい表情で彼女の顔を覗き込む。まだ10代の少女であるゆきは、彼女を腕に抱いている男を血のつながった近親者のように疑いも無く身体を押し付けてくる。
「いたい」
「ゆき、どうしたの」
「かたが……」
十何年も経っているというのに、彼女は身体中に付けられた噛み傷をひとつづつ抑えては痛みを訴えるのだ。暴力というトラウマが産み出した一人の少女。彼女は瑞季の少女の時の傷を引き受けて生きている。彼女の存在が、瑞季を恐ろしい思い出から守っているのだった。
だが、僕が瑞季を満足させられていれば、ゆきは彼女の中で眠っているはずだった。こうして起きて来て、僕に痛みを訴えるのは、僕が瑞季を満足させられていない証拠なのだ。
失望の痛みとはうらはらに、しがみついてくる少女は瑞季とはまた別の意味で愛おしく愛らしい。瑞季とは全く異なる顔と性格を持った少女ではあっても、僕はゆきの中に瑞季の少女時代を重ねずにはいられないのだ。僕の知り得ることの出来なかった幼い頃の瑞季。仕えるべき主人でも無く、従うべき上司でもない。守り慈しむ事だけが許されている少女。
彼女が差し出す肩の見えない傷にそっと唇を押し付けながら、僕は自問自答する。僕は瑞季に命令される事のない、恋人としての関係を求めているのだろうか……。もし、そうだとしたら僕の瑞季に対する愛情はまがい物なのではないか。彼女を自分のものにするためだけに、サディストとしての彼女を愛している振りをしているのではないだろうか。
そういう疑問が浮かぶたびに、真樹の事を思い出さずにはいられなかった。「君に言っておく」彼は全くゆるぎない自信を持って僕に宣言した。「僕はもう彼女のものだ」真樹はマゾヒストとして、瑞季に仕えていた。そして、彼女への完全な従属を僕に伝えたのだ。この先一度も会うことも無くとも……と。
それは、どういう愛の形なのだろう。痛みを求めることのない僕には、どうしても理解できない彼らのつながり。その完全なるプラスとマイナスの結合が瑞季に安定をもたらしていたとしたら、この先どう僕が努力しても、ゆきを眠らせることは出来ないのではないだろうか。
幻の傷跡に舌を這わせながら、にっこりとあどけなく笑うゆきの微笑を見つめながら、つかみどころの無いせつなさに彼女を抱き寄せる。彼女は僕にとって瑞季なのか、ゆきなのか。もしかして、もしかして、僕がゆきを求めているからこそ、彼女は現れるのではないだろうか。自分を従えるのではない、ただただ守られる女の子として…。その、想像は僕にとっては胃の辺りを冷たく堅くする恐ろしい事実だった。
けっして認めたくない。自分が、瑞季を、ありのままの瑞季を愛せていない事を。
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彼女に気持ちを告げたいとじりじりと願う、ある意味静かに醸造を待つかのような三年を経た後、隠しきれない自分の感情を彼女にぶつけてしまった。そして、その三年間は、淡い恋心のような形ばかりの甘い苦痛だったのだと思い知らされた。彼女に触れてしまった後は、もう後戻りする事は到底肯えず、彼女の側にいるためなら何を犠牲にしても構わないと思いつめるほどにひたすらに彼女が欲しかった。
愛しているという気持ちは、どうしてこうも簡単に、人を幸せにも不幸にもするのだろう。そして、幸せな喜びは常に苦痛と不幸に縁取られて、僕を苛まずにはいられないように思えた。
彼女の側にいるという幸福と、彼女を全き幸せに導く力が無いという不幸が、常にぎりぎりの縁に爪を立てるような感情を引き起こし、僕はそれにきりきり舞いさせられながらも、彼女の温もりを感じるだけで頭がくらくらとする。だから、うっとりと酔いしれるような苦痛の日々を重ねていくしかなかった。
瑞季の中のゆきに出会ったのは、僕が瑞季と付き合いだして、一ヶ月も経たない頃だった。ゆきは、瑞希が少女の頃にしたひどい体験を肩代わりしている少女だった。そうして、ゆきを瑞希の中に眠らせておくには、彼女の気持ちを穏やかに保ってあげなければならないことを知った。そのための一番の近道が彼女の中にあるサディストとしての欲求を認め、受け止めてやる事だということも。
ところが、就寝儀式とまで真樹に言わしめたほどに、真樹という男が守っていた間、瑞季は自分の体の中のリズムに従ってプレイをし、そしてゆきは眠ったままだったのに、真樹が去り、僕が彼女の身体を抱くようになってからは、ゆきは全く突然に現れるようになってしまった。
どんなに気をつけていても少女は不意を付いて現れ、僕に自分の不甲斐なさを突きつけた。瑞季が真樹という男を痛めつける事を覚えてから、そのつながりの日々にゆきをすっかり封じ込めていたと思われる安定した時期のルールは、どういう訳かすっかり崩れてしまったのだ。
その原因も理由も、彼女がいつ現れるのかも、僕には皆目見当が付かなかった。瑞季の記憶は途切れ、それが頻繁に起これば、本人の不審を招かずにはいられない。自分の中のゆきに気が付いていない瑞季に、入れ替わりが頻繁になっている事を知られまいとする僕の努力は、穴だらけのザルで水を汲むにも似た行為でしかなかった。

「かずき」
ベッドの中で身体を寄せ合い、ゆったりとした休日の眠りを分け合っていた恋人が、不意に顔をあげるとあどけない少女の声音で僕を呼ぶ。
ああ、また。心臓の上を鋭い針で突き通されるような失望の痛みを堪えながら、精一杯の優しい表情で彼女の顔を覗き込む。まだ10代の少女であるゆきは、彼女を腕に抱いている男を血のつながった近親者のように疑いも無く身体を押し付けてくる。
「いたい」
「ゆき、どうしたの」
「かたが……」
十何年も経っているというのに、彼女は身体中に付けられた噛み傷をひとつづつ抑えては痛みを訴えるのだ。暴力というトラウマが産み出した一人の少女。彼女は瑞季の少女の時の傷を引き受けて生きている。彼女の存在が、瑞季を恐ろしい思い出から守っているのだった。
だが、僕が瑞季を満足させられていれば、ゆきは彼女の中で眠っているはずだった。こうして起きて来て、僕に痛みを訴えるのは、僕が瑞季を満足させられていない証拠なのだ。
失望の痛みとはうらはらに、しがみついてくる少女は瑞季とはまた別の意味で愛おしく愛らしい。瑞季とは全く異なる顔と性格を持った少女ではあっても、僕はゆきの中に瑞季の少女時代を重ねずにはいられないのだ。僕の知り得ることの出来なかった幼い頃の瑞季。仕えるべき主人でも無く、従うべき上司でもない。守り慈しむ事だけが許されている少女。
彼女が差し出す肩の見えない傷にそっと唇を押し付けながら、僕は自問自答する。僕は瑞季に命令される事のない、恋人としての関係を求めているのだろうか……。もし、そうだとしたら僕の瑞季に対する愛情はまがい物なのではないか。彼女を自分のものにするためだけに、サディストとしての彼女を愛している振りをしているのではないだろうか。
そういう疑問が浮かぶたびに、真樹の事を思い出さずにはいられなかった。「君に言っておく」彼は全くゆるぎない自信を持って僕に宣言した。「僕はもう彼女のものだ」真樹はマゾヒストとして、瑞季に仕えていた。そして、彼女への完全な従属を僕に伝えたのだ。この先一度も会うことも無くとも……と。
それは、どういう愛の形なのだろう。痛みを求めることのない僕には、どうしても理解できない彼らのつながり。その完全なるプラスとマイナスの結合が瑞季に安定をもたらしていたとしたら、この先どう僕が努力しても、ゆきを眠らせることは出来ないのではないだろうか。
幻の傷跡に舌を這わせながら、にっこりとあどけなく笑うゆきの微笑を見つめながら、つかみどころの無いせつなさに彼女を抱き寄せる。彼女は僕にとって瑞季なのか、ゆきなのか。もしかして、もしかして、僕がゆきを求めているからこそ、彼女は現れるのではないだろうか。自分を従えるのではない、ただただ守られる女の子として…。その、想像は僕にとっては胃の辺りを冷たく堅くする恐ろしい事実だった。
けっして認めたくない。自分が、瑞季を、ありのままの瑞季を愛せていない事を。
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この記事へのコメント
東野は瑞季に惚れ抜いているので
ずっと「耐えて」ばっかりで
ぐるぐるしちゃってるんだなぁ、きっと。
まだ、発展途上だから、仕方ないです。
ま、彼が我慢するのをやめれば
おのずと答えは出るはずだろうけど・・・・。
・・・・ってか
ぐるぐるするまでもなく
東野は瑞季が好きって事だけは最初から決まってるんですけど(笑)。
自分で気付けよね。東野。
ずっと「耐えて」ばっかりで
ぐるぐるしちゃってるんだなぁ、きっと。
まだ、発展途上だから、仕方ないです。
ま、彼が我慢するのをやめれば
おのずと答えは出るはずだろうけど・・・・。
・・・・ってか
ぐるぐるするまでもなく
東野は瑞季が好きって事だけは最初から決まってるんですけど(笑)。
自分で気付けよね。東野。
さやか様と更新情報が並んでいるのを見つけてしまいました♪
そこで、さっそくお邪魔しました。
難しいですね。
なにが瑞希さんにとってのありのままなのか?
彼女のなかの少女を目覚めさせる事が幸せなのか?
もしかしたら<僕>の独りよがりかも・・・
わたくしもぐるぐるしながら読ませていただきました。
続き楽しみにしています♪
そこで、さっそくお邪魔しました。
難しいですね。
なにが瑞希さんにとってのありのままなのか?
彼女のなかの少女を目覚めさせる事が幸せなのか?
もしかしたら<僕>の独りよがりかも・・・
わたくしもぐるぐるしながら読ませていただきました。
続き楽しみにしています♪