「かずき…」
ゆきに変わった瑞季の覚束なげな手が僕の身体を探る。
「痛むの?ゆき。……可哀想に。辛かったろうに。君はずっとその痛みから瑞季を守っているんだね」
抱き寄せて背を撫でる。小さな子供にするように。しがみついてくる頼りない身体。
「かずき…ゆきは…かずきが…すき……」
「僕もゆきが好きだよ」
ゆきは、僕の胸に擦り付けていた顔をゆっくりとあげる。
「わたしがすき?」
「ああ、もちろん」
「みずきは?」
「瑞季ももちろん好きだ。愛しているよ。瑞季を」
「じゃあ、ゆきとみずきとどっちがたくさんすき?」
僕はゆきを抱きしめたまま凍りついていた。なんと答えればいいのか分からず、どう答えてもそれが嘘のような気がした。彼女達はふたつでひとつのようでいて、別々の人間なのだ。僕がゆきを好きな気持ちは瑞季に対しての裏切りで、瑞季を好きなのはゆきに対する裏切りなのではないかという迷いが、僕の中にずっとあった。
僕は、どっちの瑞季が好きなんだろう。
「ゆきが好きだ」
口に出した途端に自分の本当の気持ちが溢れた。違う。どうごまかしようも無い、嘘偽りのない強い瑞季を求める気持ちが喉元から突き上げ、それを押し留めようとして僕は歯を喰いしばった。感情が凍りついていく、身体が二つに引き裂かれそうだ。今すぐ彼女を揺さぶって、今のは嘘だと言ってしまいたい。
どれほど、ゆきを愛しく思っていても、瑞季と比べる事などできようもなかった。ああ…たとえ裏切りであったとしてもこの言葉は君のためなんだ。瑞季。君なら分かってくれるだろう?
ぎゅっとしがみついてきたゆきが小刻みに揺れる。彼女はくっくっと笑いを堪えていた。
「うそつき」
「え?」
「かずきのうそつき。ほんとうはみずきのほうがすきでしょう?」
ゆき。僕だけの少女。
「でも…ありがとう」
ゆき。無垢でまっしろで今降り積もったばかりのような…。
「うれしい」
ゆき。僕だけに微笑み語りかけてくる。
「ゆきがみずきのなかにとけていっても、ゆきはみずきのなかにいるの」
ゆき。君を愛している
「きっと…いるからね」
ゆき。愛しく思う恋人の大事な分身……。
僕に出来るのは君の名前を心の中に刻む事だけだった。ゆき、君は消えてしまうのかい?そして、その時、瑞季に何が起るんだろう。僕はどうすれば瑞季を守れるんだ。
「その時は、彼女を瑞季とひとつにしてやってくれ」
真樹の告げた言葉が、僕の胸の中で重苦しくのしかかってきているのが分かった。
ゆきがゆっくりと溶けていく。頭を撫でて、抱きしめて、静かに優しく話しかける。かたくなに強張っていた身体から緊張が抜けていく。しがみついてくる冷たい手がほんのりと温まり、ぎこちなかった動きが確かに抱きついてくる力になる。舌足らずのおしゃべりが、途切れ途切れに続き、たゆたい、淀みをつくり、また、流れ出す。ゆき。呼び声に応えるその微笑が、うっすらと濡れて開いた花びらのようなぴんくの唇が、言葉を紡ごうとするかのように動いて、そして閉じた。
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