二人の間にぬっと現れた現実に彼女がたじろぐのが分かった。この関係が、彼女が望んで始まったものだという事実。男を裸にして、鎖に繋ぎ、鞭で打つのが、瑞季の好みなのだという事実が。
「私がそれを好き?」
「ええ、そうですよ」
「和希は好きじゃないの?」
「僕は、あなたが好きなんですよ」
瑞季がその言葉を噛み締めるように反芻したのが分かった。
「もう一度言って」
僕は、一瞬、彼女の気持ちを読みとろうとその瞳を覗き込み、自分のもどかしい感情を押し殺すと口を開いた。
「ずっとあなたが好きでした」
「今も?」
「もちろん」
「これからもずっと?」
「ええ、これからもずっと」
「記憶が無くても? 」
和希の事を覚えて無くても?
和希を愛していなくても?
ああ…。言わないでください、瑞季。分かっていても、辛い。あなたが僕を忘れてしまった事。僕への気持ちを失ってしまった事。僕達のつながりが失われてしまった事。
僕はいまでもあなたの側にいるのに、それに何の意味も無くなってしまったという事。その事を思い出させないで。今、この時。この部屋で。あなたの鞭を思い出しているこの時に。
僕は椅子の背もたれを掴む掌に力を込め、爪を喰い込ませた。洩れ出でようとする落胆の溜息を押し殺し、胸に付き刺さる鞭よりも強い苦痛を押さえつける。
「ええ、そうです。たとえ、あなたが忘れてしまっても、僕はあなたがずっと好きなんですよ」
瑞季、君を愛している。振り向いてくれなかった上司だった瑞季を。サディストだった瑞季を。ゆきだった瑞季を。僕を忘れてしまった瑞季を……。あなたが悪魔でも天使でも、僕はずっとあなたを、あなただけを好きなんだ。真樹が僕に突きつけた、一生切れないつながりが、僕と瑞季の間にも確かにあるはずだ。
どんな明日がやってこようと、僕は決してそれを失くしたりしない。あなたがくれたあの苦痛は、あの瞬間の僕だけのものだ。あなたがくれた幸せは、もう僕が受け取ったものである以上、たとえあなたにも取り上げたることは出来ない。僕はそれを忘れはしない。たとえあなたが忘れてしまっても、僕の事をもう愛していないとしても。僕達の関係が変わってしまったと言って、そのことをあなたが否定したとしても。
「じゃあ、脱いで見せて」
思いもかけない言葉に、再度、僕は息を呑んだ。すっかりと記憶が無い彼女がそんな事を言い出すなんて考えてもみなかった。口の中が急に干上がり、唾を飲み込むのも容易ではない。静まっていた羞恥が強く蘇って身体を熱くする。
全く知識が無く、それを求めてもいない女性の前で服を脱がないといけないという事実が僕をとまどわせているのだ。僕達の間では主導権はいつも瑞季の側にあった。僕は言われるがまま、彼女の望みどおりに振る舞い、自分の羞恥や苦痛を押し殺していさえすればよかったのだ。

彼女は瑞季なんだ。記憶が無いとしても瑞季である事に変わらないだろう?必死に気持ちを落ち着けると上着のボタンへ手を掛けた。片方ずつ腕を抜き、脱ぎ捨てる。一枚脱ぐごとに自分に言い聞かせながら。大丈夫。大丈夫。そうさ、耐えられるはずだ。耐えてみせる。それとも………僕は耐えられないのだろうか。
記憶の無い彼女の前で、痴態を示す事に。
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「ええ、そうですよ」
「和希は好きじゃないの?」
「僕は、あなたが好きなんですよ」
瑞季がその言葉を噛み締めるように反芻したのが分かった。
「もう一度言って」
僕は、一瞬、彼女の気持ちを読みとろうとその瞳を覗き込み、自分のもどかしい感情を押し殺すと口を開いた。
「ずっとあなたが好きでした」
「今も?」
「もちろん」
「これからもずっと?」
「ええ、これからもずっと」
「記憶が無くても? 」
和希の事を覚えて無くても?
和希を愛していなくても?
ああ…。言わないでください、瑞季。分かっていても、辛い。あなたが僕を忘れてしまった事。僕への気持ちを失ってしまった事。僕達のつながりが失われてしまった事。
僕はいまでもあなたの側にいるのに、それに何の意味も無くなってしまったという事。その事を思い出させないで。今、この時。この部屋で。あなたの鞭を思い出しているこの時に。
僕は椅子の背もたれを掴む掌に力を込め、爪を喰い込ませた。洩れ出でようとする落胆の溜息を押し殺し、胸に付き刺さる鞭よりも強い苦痛を押さえつける。
「ええ、そうです。たとえ、あなたが忘れてしまっても、僕はあなたがずっと好きなんですよ」
瑞季、君を愛している。振り向いてくれなかった上司だった瑞季を。サディストだった瑞季を。ゆきだった瑞季を。僕を忘れてしまった瑞季を……。あなたが悪魔でも天使でも、僕はずっとあなたを、あなただけを好きなんだ。真樹が僕に突きつけた、一生切れないつながりが、僕と瑞季の間にも確かにあるはずだ。
どんな明日がやってこようと、僕は決してそれを失くしたりしない。あなたがくれたあの苦痛は、あの瞬間の僕だけのものだ。あなたがくれた幸せは、もう僕が受け取ったものである以上、たとえあなたにも取り上げたることは出来ない。僕はそれを忘れはしない。たとえあなたが忘れてしまっても、僕の事をもう愛していないとしても。僕達の関係が変わってしまったと言って、そのことをあなたが否定したとしても。
「じゃあ、脱いで見せて」
思いもかけない言葉に、再度、僕は息を呑んだ。すっかりと記憶が無い彼女がそんな事を言い出すなんて考えてもみなかった。口の中が急に干上がり、唾を飲み込むのも容易ではない。静まっていた羞恥が強く蘇って身体を熱くする。
全く知識が無く、それを求めてもいない女性の前で服を脱がないといけないという事実が僕をとまどわせているのだ。僕達の間では主導権はいつも瑞季の側にあった。僕は言われるがまま、彼女の望みどおりに振る舞い、自分の羞恥や苦痛を押し殺していさえすればよかったのだ。

彼女は瑞季なんだ。記憶が無いとしても瑞季である事に変わらないだろう?必死に気持ちを落ち着けると上着のボタンへ手を掛けた。片方ずつ腕を抜き、脱ぎ捨てる。一枚脱ぐごとに自分に言い聞かせながら。大丈夫。大丈夫。そうさ、耐えられるはずだ。耐えてみせる。それとも………僕は耐えられないのだろうか。
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