最後の一枚は彼女に背を斜めに向けて脱いだ。向き直る瞬間に、思わず目を瞑ってしまっていた。覚悟を決めたつもりで目を開いても、彼女の顔を見ることが出来ない。下着を服の上に投げ落とした後、両手の持って行き場に困惑して身動きが取れなくなってしまい、自分がどうしょうも無くあがっている事に気がついた。
お互いの間にある沈黙が、息をするのも不自由なほどに、僕の胸に迫ってくる。短く浅い息をつきながら自分の鼓動を数える。
上司の前で服を脱ぐ秘書。それが、彼女にとっての現在の僕の状況だった。そう思われているという事実が、いたたまれない気分にさせるのだ。ただ黙っている彼女の視線が、僕の身体の上を移動していく。ぴくん、と身体が反応して、恥ずかしさだけでなく興奮が高まってきている事を自分に教える。
「いい身体しているのね」
なんども身体を見せた相手なのに、改めてそう言われると、初めて彼女の前で服を脱いだように感じる。いや、まだ、初めてのときのほうがましだった。とにかく必死だったし、相手もなにもかも分かっていて僕に脱ぐように要求していたのだから
「いつも、スーツ姿だと分からなかった」
身動きが取れない。どうしていいか分から無くなって、初めて彼女の顔を見る。じっと見つめ返してくる彼女が見ているのは、僕の身体では無く表情だった。見透かされている。恥ずかしさに逃げ出したい僕の本心を。
「廻って背中を見せて」
もう一度ぎゅっと目を閉じてから、腕を頭の後ろに廻して組んだ。ゆっくりと身体を廻して背中をさらす。瑞季は僕の背中が好きだった。ベッドの中にいると、よく後から寄りかかってきては乗り上がって喜んだ。
掌で撫で回してうっとりと身体を摺り寄せてくる。彼女の肌が僕の身体にぴったりと押し付けられるその感触が蘇ってきて、僕はその思い出をむさぼった。目の前の鏡の中には素裸で首の後ろに手を組んだ僕を、寝椅子の背に片手を掛けて座って見つめている瑞季が映っていた。
「え……ぇと。和希。じゃ、やって見せてよ」
なにを?自慰を…。さっき、そう自分で説明したじゃないか。求められている事は分かっている。そんな時に自分がどうしたかも。ただ、黙って従う。息を吸い込み、ぎこちなく手を降ろす。
もう、一度彼女の方へ向き直ると、すべての情報を意識的に締め出して、自分の手をそこに添えた。考えるな。いや、考えるんだ。瑞季の望んでいる事だけを。彼女に求められた事だけを。右手をゆっくりと滑らせる。反対の左手をしたから添わせるようにして…。熱く燃える頬も、耳に響く自分の呼吸音も、震える身体も黙殺してただただ行為に没頭する。その行為を彼女に見せる事だけに。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……。
どれほど堅く目を瞑っていても、そのいやらしい音を消してしまう事は出来ない。ずっと長い時間ストレスと失望の中で迷走していた男としての本能が、いきなり現れた刻み込まれた被虐の習慣の中で暴走しはじめていた。彼女の前で自分を慰めて見せるという行為は、何度繰り返しても、自分の中を独り覗き込んでいるような気恥ずかしさを伴っている。相手ではなく、自分の中へ切り込んでいくような行為。
自分を煽る確かなテクニックのひとつひとつが、自分が男として生きてきた長い年月を彼女の前に露呈しているようでいたたまれない。力加減、指の使い方、身体の蠢きのひとつひとつが、自分がどれほど浅ましく、スケベな一匹の男でしかない事を示しているような気がする。普段はスーツに包み、彼女の前で澄ましかえっている自分の底の浅さを指摘されているような、そんな恥ずかしさを。
来る。長く続いた刺激の結果は、当たり前の高まりを持って、終盤を迎えようとしていた。立ったまま行われていたそれが、はじけてしまわないように僕は下腹に力を込めて前屈みになる。
「あ………う…ん……」
「ストップ」
ギクッと総身の血の気が引くのが分かった。聞き慣れた彼女の声に、失われてしまった愛が急激にその感情の縁を乗り越えて蘇り、限界に近づきつつあった僕のそれはあっという間にショックに萎えていく。僕は、その場に膝を付いて、自分の体液で濡れた手を拭うのも忘れて顔を押さえた。瑞季。瑞季。瑞季。いくら言い聞かせても、いくら言いつくろってもだめだ。僕の瑞季。僕の瑞季。どうして。どうして。どうして。僕を忘れてしまったんですか。
涙の滴が床に落ちた。
「和希?どうしたの?」
(東野…。東野どうしたの?)
あなたはもう、二人だけの時に、僕を東野と呼ばない。
「すみません……。今日は、もう……」
途端に自分がしゃくりあげてしまったことに気が付いた。なんてことだ。彼女の前で、手放しで泣くなんて。瑞季を不安にさせてしまう。慌てて甲を返してぐいっと涙を拭った。
じっとその様を見つめていた瑞季が立ち上がって側にやってくる。そして暖かな手がそっと肩に廻された。僕は溜息をつくと自分を偽るのをやめて目を瞑ってその腕の温もりに身体を預けた。
「ねえ、和希。私もあなたを愛していた?」
「ええ」
ええ……きっと。瑞季。あなたも僕を愛していてくれていたでしょう?
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お互いの間にある沈黙が、息をするのも不自由なほどに、僕の胸に迫ってくる。短く浅い息をつきながら自分の鼓動を数える。
上司の前で服を脱ぐ秘書。それが、彼女にとっての現在の僕の状況だった。そう思われているという事実が、いたたまれない気分にさせるのだ。ただ黙っている彼女の視線が、僕の身体の上を移動していく。ぴくん、と身体が反応して、恥ずかしさだけでなく興奮が高まってきている事を自分に教える。
「いい身体しているのね」
なんども身体を見せた相手なのに、改めてそう言われると、初めて彼女の前で服を脱いだように感じる。いや、まだ、初めてのときのほうがましだった。とにかく必死だったし、相手もなにもかも分かっていて僕に脱ぐように要求していたのだから
「いつも、スーツ姿だと分からなかった」
身動きが取れない。どうしていいか分から無くなって、初めて彼女の顔を見る。じっと見つめ返してくる彼女が見ているのは、僕の身体では無く表情だった。見透かされている。恥ずかしさに逃げ出したい僕の本心を。
「廻って背中を見せて」
もう一度ぎゅっと目を閉じてから、腕を頭の後ろに廻して組んだ。ゆっくりと身体を廻して背中をさらす。瑞季は僕の背中が好きだった。ベッドの中にいると、よく後から寄りかかってきては乗り上がって喜んだ。
掌で撫で回してうっとりと身体を摺り寄せてくる。彼女の肌が僕の身体にぴったりと押し付けられるその感触が蘇ってきて、僕はその思い出をむさぼった。目の前の鏡の中には素裸で首の後ろに手を組んだ僕を、寝椅子の背に片手を掛けて座って見つめている瑞季が映っていた。
「え……ぇと。和希。じゃ、やって見せてよ」
なにを?自慰を…。さっき、そう自分で説明したじゃないか。求められている事は分かっている。そんな時に自分がどうしたかも。ただ、黙って従う。息を吸い込み、ぎこちなく手を降ろす。
もう、一度彼女の方へ向き直ると、すべての情報を意識的に締め出して、自分の手をそこに添えた。考えるな。いや、考えるんだ。瑞季の望んでいる事だけを。彼女に求められた事だけを。右手をゆっくりと滑らせる。反対の左手をしたから添わせるようにして…。熱く燃える頬も、耳に響く自分の呼吸音も、震える身体も黙殺してただただ行為に没頭する。その行為を彼女に見せる事だけに。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……。
どれほど堅く目を瞑っていても、そのいやらしい音を消してしまう事は出来ない。ずっと長い時間ストレスと失望の中で迷走していた男としての本能が、いきなり現れた刻み込まれた被虐の習慣の中で暴走しはじめていた。彼女の前で自分を慰めて見せるという行為は、何度繰り返しても、自分の中を独り覗き込んでいるような気恥ずかしさを伴っている。相手ではなく、自分の中へ切り込んでいくような行為。
自分を煽る確かなテクニックのひとつひとつが、自分が男として生きてきた長い年月を彼女の前に露呈しているようでいたたまれない。力加減、指の使い方、身体の蠢きのひとつひとつが、自分がどれほど浅ましく、スケベな一匹の男でしかない事を示しているような気がする。普段はスーツに包み、彼女の前で澄ましかえっている自分の底の浅さを指摘されているような、そんな恥ずかしさを。
来る。長く続いた刺激の結果は、当たり前の高まりを持って、終盤を迎えようとしていた。立ったまま行われていたそれが、はじけてしまわないように僕は下腹に力を込めて前屈みになる。
「あ………う…ん……」
「ストップ」
ギクッと総身の血の気が引くのが分かった。聞き慣れた彼女の声に、失われてしまった愛が急激にその感情の縁を乗り越えて蘇り、限界に近づきつつあった僕のそれはあっという間にショックに萎えていく。僕は、その場に膝を付いて、自分の体液で濡れた手を拭うのも忘れて顔を押さえた。瑞季。瑞季。瑞季。いくら言い聞かせても、いくら言いつくろってもだめだ。僕の瑞季。僕の瑞季。どうして。どうして。どうして。僕を忘れてしまったんですか。
涙の滴が床に落ちた。
「和希?どうしたの?」
(東野…。東野どうしたの?)
あなたはもう、二人だけの時に、僕を東野と呼ばない。
「すみません……。今日は、もう……」
途端に自分がしゃくりあげてしまったことに気が付いた。なんてことだ。彼女の前で、手放しで泣くなんて。瑞季を不安にさせてしまう。慌てて甲を返してぐいっと涙を拭った。
じっとその様を見つめていた瑞季が立ち上がって側にやってくる。そして暖かな手がそっと肩に廻された。僕は溜息をつくと自分を偽るのをやめて目を瞑ってその腕の温もりに身体を預けた。
「ねえ、和希。私もあなたを愛していた?」
「ええ」
ええ……きっと。瑞季。あなたも僕を愛していてくれていたでしょう?
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