同じ道程を今度は降って帰る。降りは無防備にスピードを上げる訳には行かないから、さっきよりもずっと慎重に、丁寧にカーブを曲がった。
白いガードレールをライトが舐めるように照らしていく。真っ暗なカーブの先が次第に明かりの中に現れてくる。瑞季の口数が急に減ったと思うと、何もしゃべらなくなった。
まさか酔った訳じゃないだろうと、カーブを抜けた瞬間にちらと視線を走らせると、唇を引き結んでこわばった彼女の横顔が見えた。右手が震えながら上がり、額を押さえる。僕は、びっくりしてスローダウンすると左側に寄せて退避帯へ静かに滑り込んだ。
「どうしたんです?気分でも悪いんですか」
「ううん…。違うの。なんだか…」
彼女は困惑したように、頭を振った。
「さっき、女の子が立っていたでしょ」
なにを言われたのか分からなかった。道を降って来た間、誰にも会わず、車ともすれ違わなかった。
「13歳くらいの白いワンピースの女の子」
「……いいえ」
「ああ、違うの。ほんとに立っている訳じゃない。だって、カーブを抜ける時に、アクセルを踏み込む度に何度も現れるんだもの……」
いいえ。いいえ、誰もいなかった。誰も見えるはずがない。心の中で、そう答えながらも、自分の血の気が引いていくのが分かった。身体が冷たくなって、シートの中へ沈み込んでいくような感覚。音が遠ざかり、彼女の瞳だけが近づいてくる。心の中に描いていた風景がぐんにゃりと曲がって、何もかもが交じり合い、受け入れたくない事実と願望がそのわずかな隙間をすれ違っていく。
「もう、一回あの上まで行って、それから、もう一度降りてきて」
やりたくない。もう、帰りましょう。舌の先で飛び出しそうになるその言葉を丸めて呑み込んだ。今からやることが、プラスとなるかマイナスとなるか、僕には全く読めていないのだ。
サイドブレーキを下ろすとハンドルをいっぱいに切ってUターンした。同じ行程を繰り返して展望台まで上がり、もう一度その場所でUターンして同じように降って行く。

カーブを切るたびに、めまいのような幻惑が襲ってくるような気がして、歯を喰いしばる。ブレーキ。スローイン…。ハンドルを切る。ファストアウト。そしてまた、スローイン。反対へハンドルと切る。アクセルを吹かす。ファストアウト。アウトインアウト。ラインを舐めるように辿る。繰り返す。暗い道の向こうを照らしていくヘッドライト。
「東野、私、以前にもここに来たことがあるような気がする。こうやってこの道を降って行った事が…」
あれほど願っていた彼女の、自分を呼ぶ言葉を聞いた時、僕は一瞬、目を瞑ってしまった。カーブを抜ける時で対向車もいなかったとはいえ運転中にはやってはならない行為。すぐに気を取り直したものの、ハンドルを握る手は不自然にこわばったままだった。
「その時も東野の運転じゃなかった?」
彼女は気がついていない。自分が呼んだ名前に気がついていなかった。ただ、一心にフロントガラスの向こうの風景に目を凝らしているようだった。
神様。もう、充分です。僕には、今の言葉だけで充分です。だがら、もう、彼女をこれ以上苦しめないでください。彼女の平和を奪わないでください。苦しい記憶を消したままで、彼女を幸せにしてください。
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