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3、浮上

ここでは、「3、浮上」 に関する記事を紹介しています。
 浜に上がってきた、晃は、ちょっと疲れたような顔色で、志方は、不思議な気持ちでその表情を追った。2時間以上も潜ったり、滑ったり、生き生きと波の中を駆け抜けていたというのに。満足して、すっきりとした顔で戻ってくると思っていただけに、おやっと思ったのだ。不思議だった。車の所へ戻るとすぐに、慣れた手つきで手早くウェットスーツを脱いだり、タンクを傾けて頭を洗ったりしている彼を追いかけるように、足早に近づいて行った。
 海の中にいる間、その姿をずっとみつめていたために、片付けるべき仕事の準備はまったく捗らず、ただ、求める相手に近づきたい欲求が高まっただけだった。ウエットスーツを脱ぎ捨て、現れた白いぷりんとしたその尻となだらかに続くくぼみがはっきりとした背中。それが、動くたびに、筋肉の筋がしなやかに浮き上がるのを見つめていると、場所柄も考えずに引き寄せたくなってくる。志方の無造作に伸ばした手が、相手の濡れた腕に触れようとした時、タオルを探して車のドアの奥にかがみこんでいた晃が、ぱっと振り向くなり、その手を激しく払いのけた。






 驚いた。その、振り向いた瞬間の血相が変わった表情と、姿を認めた途端に振り払った相手が志方だった事に、完全に動揺してうろたえた晃が、今、払ったその腕に跳び付くようにしがみついてきた事に。予想もしなかった彼の反応に、
「えっ?ちょ・・・・。晃。どうしたんだよ。」
 普段、彼はあまり激しい感情を表さない。ポーカーフエイスと云うわけでもなく、むしろその表情は、細やかで微妙に移り変わるその気持ちをきちんと表現していたけれど、それでも、やっぱり、どちらかといえば、思ってる事をはっきりと言いたがらない。言わない気持ち。隠そうとする感情。そんなものが痛々しくて、ついつい構ってやりたくなって、そうして始まった二人だったけれど。それだからこそ、いつも晃が、つかず離れずという距離に拘っているのも分っていた。そして、そのせいでつかみどころが無く、感情が揺れ動く理由もいったいどこから来るのかさっぱり分らない。それが、志方に、懐かない猫を飼ってるような気分をもたらしていた。

 顔を覗き込もうとして、しがみついてくる身体を引き剥がそうとしてみたが、男がその気になって腕に取りすがってるものを、簡単に動かせるはずも無かった。
「晃?」
 抱きしめた腕に頬をくっつけたまま、震えている晃の背をそっと抱き寄せた。濡れた身体は、急速に冷えていこうとしている。志方は、自由にならない方の反対の腕で、晃が落としたバスタオルを拾い上げると、降り拡げて晃の肩にかけた。片手でやったので、ちゃんと広がらなかったとはいえ、裸の男を抱き寄せてるよりもましだろう。
 周囲へ目を走らせたが、男同士でもつれ合ってる二人を見ている者は誰もいなかった。一安心した志方は、しがみついたままの晃の身体ごと、車の中に押しやって、続いて自分も彼を奥へ押しやるようにしながら乗り込んだ。
「間違えたんだ。」
 掠れた声で晃が呟いた。
「誰と?」
 先を促しながら、彼の身体に申し訳にまつわりついているバスタオルで、濡れた髪から雫が流れ落ちるうなじを擦ってやった。ショックのせいか、身体はすっかり冷たくなってしまっていた。


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 引き結んだ唇を噛み締めながら、駄々っ子のように首を振る彼を見て、志方は、しょうがないなぁと、呟きながら、もう一枚のバスタオルをボストンバックから取り出して、晃の身体を拭いてやり始めた。言えない様子の彼に無理強いしても、かえって依怙地になるだけなのだ。四方八方から覗く事が出来る車の中で出来る事と言えば、少しでも彼の身体を乾かしてやる事。何気なく世話をやいてやる事で、彼のこわばった気持ちを暖めてやる事。話を聞く時間はたっぷりある。そして、お互いの距離を縮める時間も。
 あせるな。あせるな。晃に。そして、自分自身に、心の中で言い聞かせながら。志方は、彼の頭の上からバスタオルをすっぽりとかけてやるとゴシゴシと乱暴に擦りたててた。


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