二人の間で、帰りの車の中は、沈黙がやけに重かった。会話する事が必要じゃなかった往路のドライブとはまったく違う。話すべき事があり、話したい気持ちが充満し、それでいて、その気持ちの圧力があまりにも強すぎてお互いに口を開く事ができない。晃は頑なに顔を背けて、いらいらと爪を噛んでは、辛そうに目を瞑る。振り払えない記憶と、形にならない想いが交互にせめぎあい、その間で身動きが取れなくなっていた。
志方は、そんな、晃の様子を運転の合間にちらちらと伺っていたが、ため息をひとつ付くと、シフトチェンジをした左手を伸ばして、晃の膝頭ぎゅっと、握ってやった。はっとしたように顔を上げる晃へ、微笑んでみせる。
「家に着くまで、忘れろよ。」
晃の歪んだ頬へ、手の甲を滑らせる。
「寝室で、無理やり聞きだしてやるからさ。」
晃の一瞬見開いた瞳が濡れたように揺れる。
「おまえから、話そうとしなくていい。おまえが話したいわけじゃない。話さなきゃいけないわけでもない。俺が無理やり言わせるんだ。心配しなくていい。」
ゆっくりと降りてきた、シャドウのかかった目蓋が、彼の心を映し出した瞳を覆い隠していく。掌に押し当てられたそそけ立った冷たい頬。志方はその頬を撫で上げた手で、晃の髪の毛をくしゃっと掻き混ぜた。
後は、踏ん切りをつけたかのように。ぐんっとアクセルを踏んだ。身体をシートに押し付ける加速が、重たい空気を後ろへ吹き流していくように。今から交わさないとならない会話が決して愉快なものではないのは、二人とも充分承知していた。

ドライブインで食べたスパゲッティは、安物のケチャップの味がした。うどんのように柔らかい麺がどうしても喉を通らなくって、晃はフォークで麺をかき混ぜているうちにソースを撥ねてしまった。シャツに付いた赤い染みが、まるで、消せない過去の出来事のように鮮やかだ。忘れたい。そして、忘れられない出来事。その事が、繰り返し自分の中で浮かんでは消えていく。海に行きたくて、行きたくなくなった、そのきっかけ。すんでしまった事として押しやった過去。自分の感情を表現する事の苦手は晃は、毎日の出来事をそうやって押しやる事に慣れてしまっていたはずだった。だから、志方が車を出してくれると言ってくれた時、本当に嬉しかったし、なにも考えずにその話に飛びついたのに、まさかこんな形で過去がよみがえってくるなんて・・・。溜息はいつの間にか深く、自分はその事にすっかり捉われている。
わざとらしく、しらっとした顔で煙草をふかしている志方をちらりと見ると、晃は情けなさにもう一度溜息をついた。
そんな自分を振り払って消し去りたかったのか、晃は、志方の家のドアをくぐるなり、蹴りつけるように靴を脱ぐと、挑むようにきつく志方を睨んだ。すっかり、煮詰まってしまって、思うようにならない自分のもどかしさに捉われて、いつのまにかそれを志方にぶつけてしまっている事にも気が付かなかった。
「シャワー浴びてもいい?なんか、べとべとする。それに、シャツも洗いたいし・・・。」
「あ?うん、いいよ。お湯を張ってゆっくり浸かって来い。」
志方のいつもと変わらない静かな声音に、一瞬くしゃっと顔をゆがめた晃は、きびすを返して行く。大きな音をたてて、脱衣場のドアが閉まると、志方は、髪をかきあげてひとつ溜息をついた・・・。
「なんなんだ、いったい・・・・。」
荒れてる相方の本音を無理にでも聞いてやったほうが楽になるはずだ。その確信はあったものの、さっき車の中で約束したその「無理やり聞き出す」が、本当のところはどうやればいいのかは見当がつかない。冷蔵庫を開けて、一番最初に目に付いたミネラルウォーターの蓋を捻り、一気に喉の奥へと流し込む。ソファに座って、煙草に火をつけて・・・それでも、その一本目を吸い終わる頃には志方の気持ちも落ち着いてきていた。ああ、なるようにしかならないか、と、ひとりごちた。志方は、やはり、どこか腹の据わったところのある男なのだった。
白い壁紙にモノトーンの家具が並ぶ、ほどよく散らかった殺風景な部屋は、身辺にかまわない独身男性の部屋そのものだった。それでも、いつ晃が泊まっていってもいいように、わかりやすく、かつ、見苦しくない程度には整頓されている。いくつか並べられた観葉植物の葉が、つやつやと光って、何気ないでようでいて志方がちゃんとこの部屋を居心地よくするために気を配っている事を現していた。
何本目かの煙草を灰皿に捻りつけた後、ふと、志方は時計へ目をあげて、いぶかしく思った。あれから、湯を張って浸かっているにしろ、いやに長い。だけでなく、絶え間なくシャワーの出る音が聞えてきている。湯を張っていないのなら、いったい何をしてるんだろう。急に不安になった志方は立ち上がると急ぎ足で風呂場へと向かった。
「おい、入るぞ。」
ずっと、シャワーを出しっぱなしなのだ。辺りはもうもうと湯煙が立ち込めて・・と思った予想に反して、風呂場はひんやりと冷たい空気の中に水しぶきが飛んでいる。え?っと自分の感覚を疑って目を凝らせば、その水の流れの下にシャツを着たまま頭からシャワーを浴びつつけていた様子の晃を見つけて、志方はぎょっとした。
いくら夏だといってもとんでもない行為である。
「こら、やめろよ。風呂に入れって言っただろう?」
服が濡れるのに頓着せずに腕を伸ばしてコックを捻った。ずぶ濡れで、ペットリと張り付いたシャツをまといつけた晃の生気の無い瞳がゆらりと志方の方を見た。見たと思った。見えている?いや、見ていない?
「晃?」
「シミが落ちない・・・。」
「ああ?」
言われた事の意味を捉えかね、それでいて、こいつはいったい何をと思いながらも身体は勝手に動いていた。シャワーノズルを取り上げて水が晃にかからないように向きを変えてから、設定温度を上げてもう一度コックを捻る。温かい湯になるまで待つ間、晃は何か言うでもなく、壁に身体をもたせかけてぼんやりと志方の手元を眺めている。
充分温かくなったシャワーを晃の頭からかけた、まるで人形のようにぼんやりとしていた晃が驚いたように腕を上げて、水流から逃れようとするのに唖然とした。こいつ・・・とことんおかしくなってないか?もう一度シャワーフックにノズルを戻すと、腕を伸ばして晃を抱き寄せた。無理やりお湯の下に引きずり込み、抗う相手を抱きしめるようにして壁に押さえつける。
服を着たままシャワーを浴びるという異常事態と、暴れる相手の身体を無理やり押さえつける行為のせいなのか。志方は、自分がその気になっている事に気づいて、驚いた。暴力と性的興奮は裏表の密接さで存在するのだろうか。その事を考える余裕も無く、首を抱きかかえると頭を傾けて相手のその唇へ自分の唇を押し付けた。むさぼりつくような志方のキスに、晃は、必死になって逃れようと抵抗してきた。何で逆らう?何が気に入らない?
こんな事は初めてだった。急に膨れ上がった凶暴な衝動に任せて、志方は相手の舌を思いっきり吸い上げた。キスは噛み付くように相手の口をむさぼる行為になり、押さえつける腕にも力がこもる。吸い上げられ、息が出来ずに、腕の中でもがいていた晃の身体も志方の押し付けるそれに反応して勃ち上がってきた。
「い、いやだ。いや。こんなの嫌だってば。どうしてさ。なんで勃っちゃうんだよ!」
力任せに志方を振り払った瞬間に、晃は思いっきり叫んでいた。晃の瞳に盛り上がる涙を見つけて志方は唖然とした。いらいらして、相手に八つ当たりする。泣きながら怒鳴りつける。志方が普段見ている晃が、いつも茫洋とした膜の下に隠してけっして見せようとしなかった素顔。最初の夜にしがみついてきたときから、そこにあるのが分っていながら、もどかしく掴む事のできなかった素顔が浮かび上がってきていた。ああ、これだ。志方は、自分の中がなぜか切なく嬉しい気持ちで満たされていくのに気が付いた。おれは、こいつのこんな所に魅かれたんだった・・・。
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志方は、そんな、晃の様子を運転の合間にちらちらと伺っていたが、ため息をひとつ付くと、シフトチェンジをした左手を伸ばして、晃の膝頭ぎゅっと、握ってやった。はっとしたように顔を上げる晃へ、微笑んでみせる。
「家に着くまで、忘れろよ。」
晃の歪んだ頬へ、手の甲を滑らせる。
「寝室で、無理やり聞きだしてやるからさ。」
晃の一瞬見開いた瞳が濡れたように揺れる。
「おまえから、話そうとしなくていい。おまえが話したいわけじゃない。話さなきゃいけないわけでもない。俺が無理やり言わせるんだ。心配しなくていい。」
ゆっくりと降りてきた、シャドウのかかった目蓋が、彼の心を映し出した瞳を覆い隠していく。掌に押し当てられたそそけ立った冷たい頬。志方はその頬を撫で上げた手で、晃の髪の毛をくしゃっと掻き混ぜた。
後は、踏ん切りをつけたかのように。ぐんっとアクセルを踏んだ。身体をシートに押し付ける加速が、重たい空気を後ろへ吹き流していくように。今から交わさないとならない会話が決して愉快なものではないのは、二人とも充分承知していた。

ドライブインで食べたスパゲッティは、安物のケチャップの味がした。うどんのように柔らかい麺がどうしても喉を通らなくって、晃はフォークで麺をかき混ぜているうちにソースを撥ねてしまった。シャツに付いた赤い染みが、まるで、消せない過去の出来事のように鮮やかだ。忘れたい。そして、忘れられない出来事。その事が、繰り返し自分の中で浮かんでは消えていく。海に行きたくて、行きたくなくなった、そのきっかけ。すんでしまった事として押しやった過去。自分の感情を表現する事の苦手は晃は、毎日の出来事をそうやって押しやる事に慣れてしまっていたはずだった。だから、志方が車を出してくれると言ってくれた時、本当に嬉しかったし、なにも考えずにその話に飛びついたのに、まさかこんな形で過去がよみがえってくるなんて・・・。溜息はいつの間にか深く、自分はその事にすっかり捉われている。
わざとらしく、しらっとした顔で煙草をふかしている志方をちらりと見ると、晃は情けなさにもう一度溜息をついた。
そんな自分を振り払って消し去りたかったのか、晃は、志方の家のドアをくぐるなり、蹴りつけるように靴を脱ぐと、挑むようにきつく志方を睨んだ。すっかり、煮詰まってしまって、思うようにならない自分のもどかしさに捉われて、いつのまにかそれを志方にぶつけてしまっている事にも気が付かなかった。
「シャワー浴びてもいい?なんか、べとべとする。それに、シャツも洗いたいし・・・。」
「あ?うん、いいよ。お湯を張ってゆっくり浸かって来い。」
志方のいつもと変わらない静かな声音に、一瞬くしゃっと顔をゆがめた晃は、きびすを返して行く。大きな音をたてて、脱衣場のドアが閉まると、志方は、髪をかきあげてひとつ溜息をついた・・・。
「なんなんだ、いったい・・・・。」
荒れてる相方の本音を無理にでも聞いてやったほうが楽になるはずだ。その確信はあったものの、さっき車の中で約束したその「無理やり聞き出す」が、本当のところはどうやればいいのかは見当がつかない。冷蔵庫を開けて、一番最初に目に付いたミネラルウォーターの蓋を捻り、一気に喉の奥へと流し込む。ソファに座って、煙草に火をつけて・・・それでも、その一本目を吸い終わる頃には志方の気持ちも落ち着いてきていた。ああ、なるようにしかならないか、と、ひとりごちた。志方は、やはり、どこか腹の据わったところのある男なのだった。
白い壁紙にモノトーンの家具が並ぶ、ほどよく散らかった殺風景な部屋は、身辺にかまわない独身男性の部屋そのものだった。それでも、いつ晃が泊まっていってもいいように、わかりやすく、かつ、見苦しくない程度には整頓されている。いくつか並べられた観葉植物の葉が、つやつやと光って、何気ないでようでいて志方がちゃんとこの部屋を居心地よくするために気を配っている事を現していた。
何本目かの煙草を灰皿に捻りつけた後、ふと、志方は時計へ目をあげて、いぶかしく思った。あれから、湯を張って浸かっているにしろ、いやに長い。だけでなく、絶え間なくシャワーの出る音が聞えてきている。湯を張っていないのなら、いったい何をしてるんだろう。急に不安になった志方は立ち上がると急ぎ足で風呂場へと向かった。
「おい、入るぞ。」
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いくら夏だといってもとんでもない行為である。
「こら、やめろよ。風呂に入れって言っただろう?」
服が濡れるのに頓着せずに腕を伸ばしてコックを捻った。ずぶ濡れで、ペットリと張り付いたシャツをまといつけた晃の生気の無い瞳がゆらりと志方の方を見た。見たと思った。見えている?いや、見ていない?
「晃?」
「シミが落ちない・・・。」
「ああ?」
言われた事の意味を捉えかね、それでいて、こいつはいったい何をと思いながらも身体は勝手に動いていた。シャワーノズルを取り上げて水が晃にかからないように向きを変えてから、設定温度を上げてもう一度コックを捻る。温かい湯になるまで待つ間、晃は何か言うでもなく、壁に身体をもたせかけてぼんやりと志方の手元を眺めている。
充分温かくなったシャワーを晃の頭からかけた、まるで人形のようにぼんやりとしていた晃が驚いたように腕を上げて、水流から逃れようとするのに唖然とした。こいつ・・・とことんおかしくなってないか?もう一度シャワーフックにノズルを戻すと、腕を伸ばして晃を抱き寄せた。無理やりお湯の下に引きずり込み、抗う相手を抱きしめるようにして壁に押さえつける。
服を着たままシャワーを浴びるという異常事態と、暴れる相手の身体を無理やり押さえつける行為のせいなのか。志方は、自分がその気になっている事に気づいて、驚いた。暴力と性的興奮は裏表の密接さで存在するのだろうか。その事を考える余裕も無く、首を抱きかかえると頭を傾けて相手のその唇へ自分の唇を押し付けた。むさぼりつくような志方のキスに、晃は、必死になって逃れようと抵抗してきた。何で逆らう?何が気に入らない?
こんな事は初めてだった。急に膨れ上がった凶暴な衝動に任せて、志方は相手の舌を思いっきり吸い上げた。キスは噛み付くように相手の口をむさぼる行為になり、押さえつける腕にも力がこもる。吸い上げられ、息が出来ずに、腕の中でもがいていた晃の身体も志方の押し付けるそれに反応して勃ち上がってきた。
「い、いやだ。いや。こんなの嫌だってば。どうしてさ。なんで勃っちゃうんだよ!」
力任せに志方を振り払った瞬間に、晃は思いっきり叫んでいた。晃の瞳に盛り上がる涙を見つけて志方は唖然とした。いらいらして、相手に八つ当たりする。泣きながら怒鳴りつける。志方が普段見ている晃が、いつも茫洋とした膜の下に隠してけっして見せようとしなかった素顔。最初の夜にしがみついてきたときから、そこにあるのが分っていながら、もどかしく掴む事のできなかった素顔が浮かび上がってきていた。ああ、これだ。志方は、自分の中がなぜか切なく嬉しい気持ちで満たされていくのに気が付いた。おれは、こいつのこんな所に魅かれたんだった・・・。
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