むかしむかし、大陸が二つに分かれていて、間を大きな海で隔てられていた頃に、北の国を狼と呼ばれた年長の王が、南の国を虎と呼ばれた若い王が治めておりました。
北の国の王には賢くおだやかな黒髪の跡取りの王子と気高く美しい妹の姫君があらせられました。この姫君は、この国の行く末を占ったり、人の心を読んだりする不思議な力を持っておりました。この力を持つ娘を、この国では「星の娘」と呼び、神の力を世に顕す尊い娘として、神殿の礎として敬い奉りたてておりました。この国では神殿の力は非常に強く、国を支える両輪のひとつとして民に尊ばれていたのです。
代々の星の娘達の力の強い者が、一年に一度、門の役目となる男を通して、国の未来を占うのがしきたりでありました。門の役目の男は、星の娘達がまだ幼い頃から、その相手役として選ばれ、占いの日までに心と体を鍛え、神の道に精進するのが習わしでありました。と、いうのも、門のお役目は非常に苦痛を伴うもので、なまなかな覚悟で臨めば、その心の蔵が止まってしまうこともあったからなのです。
しかし、狼の王は、これを嬉しく想っておりませんでした。狼の王は、王こそが国の頂点に立つべき国の仕組みを作りたかったのです。そのためには、力の強い星の娘はじゃまな存在でありました。王は、このしきたりをただの習慣として、飾りモノとして、衰退させていきたかったのです。王のただ一人の愛娘であった姫君の力は今までにないほど強く、王はこのまま姫君を星の娘とするのを憂いておりました。そこで、王は娘の力を指輪で封じ、彼女を南の国との末永く続く和の礎のためにと称して、外つ国に嫁がせることにしたのです。
しかし、彼女はその結婚を喜びませんでした。彼女は、ただ一度と思い定めた、恋をしていたのです。その相手は幼い頃から彼女の門として定められていた男でした。その男は、物心がつく頃から王子の遊び相手として王宮に上がり、姫も交えて3人共に遊び戯れた、第一の大臣の息子でありました。
どういう運命のいたずらが働いたのか、ちょうどその頃、第一の大臣は大病を患い、亡くなってしまいました。大臣の息子は父の跡を継ぎ家を支えていかなくてはならなくなりました。若い彼には、老獪な王に逆らう術はありませんでした。国のために姫を説得するように命じられた彼は、王の言葉に従い、泣く泣く姫君に外つ国へ嫁いでいくように言うしかなかったのです。
「あなたのしあわせのために、この国の未来のために。」
姫君は男の裏切りをののしり、呪いました。愛する娘の冷たい言葉に打たれて、男は苦しみましたが、もう術はなく、彼女が力を指輪に封じられて嫁いでいくのを見送るしかありませんでした。
狼の王のただ一人の跡取りであり、姫君の兄でもあった王子は、父王に向かって願いました。
「妹の力こそは、国を救うかも知れぬ奇跡でありますのに、なぜに手放されようとなさるのか。」
王は、首を振るだけでありました。触れるだけで、人の心を読む事の出来る姫君の力は、王にとっては、決して都合が良いものだけではありませんでした。姫はまだ若く、嘘を許せないご様子でした。そして、たくまぬ娘の言葉にこの国の人々は、右往左往するのでありました。何しろ誰も姫には嘘をつくことが出来ません。
この上に娘が成人して、男を門として、未来を知るようになれば、王家の娘でもある姫の力は王国において絶大なものになってしまい、王の目指す政治は立ち行かなくなってしまうと考えておられました。
姫を失う事は、男にとっては、地獄の苦しみでありました。門として片時も離れず、姫に心を沿うようにして大人になった彼は、半身を引きちぎられるような苦痛を堪え忍ばなければなりませんでした。
また、使節として姫の婚礼の供をした立場から、愛する娘が他の男の腕に抱かれる様を目の当たりにせねばなりませんでした。
そのうえに、姫から決して許さぬとののしられた時、その言霊の力に男の心は切り裂かれ、血があふれました。その傷はいつまでも癒えず男を苦しみに苛み続けました。
嫁いでいった姫君は、たいそう美しくたおやかな娘でありました。 この姫を得た若い虎の王は、非常にまっすぐで猛々しい王でありましたが、姫君を誰よりも大切に慈しみ、大事に守られましたので、頑なにしておりました姫君もやがて、心を開いて夫に添うてゆくようになりました。
そうして、三年が経ち、王妃となられた姫君がますます美しく女らしくなられると、誰が見ても二人は似合いの夫婦になり、次は跡継ぎの誕生を待つばかりと囁かれておりました。しかし、運命はそのような良き明日を二人のために用意してはくれませんでした。
悲劇が起こり、若き虎は、姫君の目の前で、王宮に忍び込んだ謀反の心を持った怪しき者の凶刃に、尊き命を散らしてしまわれたのです。姫君は嘆き悲しみましたが、失われた命は戻って参りません。跡継ぎがなかったために、南の国は、王の弟が跡を継ぐことになり、まだ若かった姫君は国に帰されることになってしまったのでした。
さて、そのころ北の国では狼と呼ばれた偉大な王を去年亡くし、その息子の王子が鷹と呼ばれて新しき王になっておりました。そして男は、その王のかけがえのない片腕として国の政務を司る第一の大臣となって国政に力を振るっておりました。しかし、表に見られる賢き強さとは裏腹に、その心は傷つき血を流したままでありました。夜毎に虎に抱かれる姫君の姿を想い、切り裂かれるような妬みに耐えていたのでありました。
その耳に、若き虎の悲報はどれ程の甘露として聞こえた事か。姫君の帰還を知り、男はその愛しい姿をまた見れるその日を待ち焦がれておりました。鷹の王も、気持ちは同じでありました。三年前、父王の命とはいえ、大事な友がどれ程の煮え湯を飲まされ、その後も苦しみ続けておりましたかよく知っておられました王は、友である第一の大臣のためにも、妹の帰りを待ち望んでいたのです。
やがて、港に船が現れました。すべての人が姫君の美しきこと、そして星の娘としての力の強きことを覚えておりましたので、喜びに満ちてその帰りを仰ぎ見たのでありました。
人々の歓呼の中、姫君は王に挨拶をなされました。そして、立ち並ぶ迎えの人々にも。
けれど姫君は男の姿を見ようとはなされませんでした。まるで、その人の姿がそこに無いかのように、まったくその瞳に映ってはおらぬかのように振舞われたのです。
男は、その事実に打ちのめされました。
「どのような事があろうとも、決して決してお前を許しはしない。」
姫君があの時、彼に放たれた言葉のとおりに、お気持ちを変えてはおられないことが男にも分かったのでした。嫁ぐようにと勧めた言葉は、王の命によるものであり、彼にとっては血を吐くような思いで紡がれたものでありました。心を読む力を持つ姫君に、決して触れられないように用心してなされたたくらみではありましたが、姫君とて決して男の気持ちに気付かぬ訳ではなかったのです。
しかし、力を封じられた屈辱、国を負われた悲しみを他の誰にぶつければよかったのでしょう。また、力を封じられていたために救えなかったい愛しい夫への想いが、幾重にも姫君の心を傷つけて、かつては我が命とも思った男を、呪わずにはいられなかったのでありました。
その日から、男にとって、今まで以上の苦しみの日々が始まりました。決して自分を見ず、決して笑いかけてはくれぬ愛しい姫が他の男には微笑み、言葉をかけ、場合によってはその御手に口付けを許す様をつぶさに見なくてはならなくなったのです。
男は、ただただ黙って耐え忍ぶほかはありませんでした。姫を思いのままに抱く夫の腕の中にいると分かっていた三年間の苦しみを思えば、たとえ憎まれてはいても、その姿を見ることが適った今の苦しみの方がどれ程に良いか。男は自分にそう言い聞かせ、姫のつれない仕打ちにも、歯を食いしばって耐えておりました。
しかし、長年の癒えていなかった傷はますます深まり、彼の身の内を削るような努力にもかかわらず、彼の姿は痛々しく、やつれていくのでありました。
鷹の王は、この事に悩み惑われておりました。妹が嫁いでいった折、同じように手をこまねいて見送ったことは、この王にとっても立場は同じ。説得を引き受けざるを得なかった男の苦しみを、ずっと見ておりましたから、何とかして二人の和解をと望んでおりました。そのため、機会があるごとに妹姫に慈悲を請うては、はねつけられることもあらせられました。しかしお優しい王のこと、姫君の白玉のような涙を見ると、強くなじることのできぬ兄上でいらしたのでした。
男は政務のひとつとして姫君に、お会いになる折もあり、書面を作ったり、その書面に署名をいただいたりする役目を果たされる時もございました。最初の対面のときと違い、兄君の口添えもあって、姫君は、礼こそ失するようなお振る舞いに及ぶことはありませんでしたが、決してその瞳に男の姿が見えている事を認めるようなそぶりも見せられませんでした。手と手が重なり合うその瞬間さえも、その手は冷たく、冷え冷えと男を拒絶する意志に満ちていたのでありました。
男は、それでも、国の支えとして国政へ力を尽くしておりましたが、ある日、城の中庭で若い貴族の求婚を受けながら婀娜に美しく笑う姫君を遠目に見た瞬間、その心の芯はぷっつりと切れてしまわれたのでした。どんなに願っても、どんなに恋焦がれても、自分にその視線が注がれることは無く、微笑が向けられることは無いのだという事実は、門として生い育った彼にとって、どれほどの苦しみだったことでありましょうか。
館に戻り、衣を脱ぎ、一人暖炉の前で酒をかたむける男は、疲れ果て傷つき気力を失い尽くしておりました。その目に机の上に飾られた一振りの短剣が美しく飛び込んできたのです。
「痛みは一瞬でしかない。その一瞬でこの苦しみから逃れられることが出来る。」
長い長い苦しみの時が、男を支配して、正しく物を考えられるような状態では無くなっていたのです。男が自らの命を縮めようと短剣に手を伸ばしたその瞬間・・・・。
その手は、姫君のしっかりした手に押さえられておりました。男は虚けたように姫君を見つめられました。そして、帰国して初めて、姫君もまたしっかりと男の姿を見つめられたのです。
「どうしてここに?」
やっと我に帰った男は姫君に尋ねられました。しかし、尋ねるまでもなかったのでした。
王宮の自室にやすまれているはずの姫君が、今この時、この瞬間に、この場所に現れた問いの答えは、ただひとつだけだったからです。
姫君は指輪をしておられなかったのです。
男は驚きました。その指輪は、神官達が、固く姫君の力を封ずるために、大掛かりな儀式を行い、力を尽くしてその指に纏わせた物だったからです。その指輪が外されたということは、姫君は神殿の力をすべて合わせたよりも強い力を持ってらしたことになります。
「いったいいつ・・・封じを解かれたのです。」
「夫の王が亡くなられた時に。あの日、私は運命に従順であるのをやめたのです。」
それは、男にとっては、恐ろしい事実でありました。封じの解けた姫君は、触れることで人の心を読むことの出来る力を持っておりました。姫君が帰ってきてから、それは数えるほどの回数ではありましたが、男と姫君の手は重なり合うことがあったのです。
男は血相を変えて、姫君の手を振り払いました。なぜなら、男の心は姫君を慕うあまりに、妬みと苦しみに満ちていたからです。そのすべてを知られてしまうということは、男にとってはまた別の意味で耐えられぬことでありました。平気な振りをすることだけをよすがに、ここまで耐えてきたのです。
「私の恨みを置き捨てて、一人、自由になるつもりですか。」
男は姫君の言葉に愕然としました。生きて冷たい仕打ちに耐えてこそ、姫君にとって男の存在があるのだと言われれば,それに背を向けて、去っていくことは許されぬことでありました。男はただただ、その苦しみをその身に甘受して見せる他、道を断たれてしまったのでありました。姫君は、ただ冷たい視線だけを男に残し、バルコニーの影から消え失せました。
男は死を選ぶ事が出来なくなってしまいました。ますます、その身を削り、足を引きずるようにして伺候するしか他はありませんでした。男の視線は人目をかえりみず、姫君の姿を追い求めるようになりました。その瞳は誰が見ても飢えたような心の苦しみを映し、暗く、それでいて、かけがえの無いものに恋焦がれる、痛々しい切なさをたたえておりました。
そんなある日のことです。神殿から使いが送られて来ました。やがては一年に一度の王国の未来を占う日が近づいておりました。神殿のうちで現在の星の娘を勤めているのは神殿の巫女でありました。巫女は、神官の一人を門として、勤めを果たしてきていたのですが、ある恐ろしい夢を見たことで、今年の儀式は事の外力が必要だと、神官達に訴えたのでした。
「姫君こそは、この国一のお方。あの方の封じを解き、未来を占っていただくことこそがこの国を栄えさせることの出来る随一の方法でありましょう。」
神官たちは口々に王へ訴えます。姫君の封じを解き、神官の一人を門として今年の儀式を執り行うように説得していただけないかと・・・。
その言葉を聞いて、男は顔色を変えました。力を封じられる前に姫君の門と定められていたのは男自身だったからです。しかし、星の娘の門となる事は、この世のものとも思われぬほどの苦痛を耐え忍ばなくてはなりません。耐え切れず、命のつきる門の役目の者も一人、二人ではありませんでした。国の要となるべき一の大臣が勤められる役目ではありません。
しかし、男にとっては、その役目を人の手に渡すなど、とてもとても、うべなえるものではありませんでした。娘の門となる事は、ただ現世の契りを交わすよりも、ずっと深い結びつきが無ければ出来ないことだったからです。愛しい人が、他の男の胸の中をくぐることになる事こそは、男にとってはどうしても見過ごせる事ではなかったのです。
「たとえ国を傾けても。」
思わず飛び出した言葉は、国にとっては叛逆と捉えられても仕方の無いものでありました。血相を変えて詰め寄る神官たちを王は遮り、
「姫が引き受けない限りは、門を選ぶことも出来ぬ。」
と、いったんみなを下がらせました。
ともに苦楽を共にし、その苦しみを癒すことも出来ず、ただただ見守ってきた王は、男の心情は痛いほどに良く分かっておりましたから。王は、男を一言も責めたりはなされませんでした。しかし、儀式によって男を失うことは、王にとっても大きな痛手でありました。父王が無くなってから、国政を滞りなく行ってこれたのも、この男の力が大きかったのでした。
王は、帳をくぐって、一人、姫君を訪ねていきました。
姫君は、話を聞くと、静かな瞳で兄王を見つめ、時間をくれるように頼まれました。儀式の日まではもうあまり時がありませんでした。王は苦渋の決断をなされ、三日待つことを約束されました。
その夜、狂おしい想いに耐え切れなくなった男は、王宮の庭をそぞろ歩いておりました。いいえ、男は知っていたのです。高い塀や石垣や池に遮られ、誰も入り込めぬ奥宮の姫君の部屋の灯りを、見ることの出来る場所が、庭にはただ一箇所あったのです。ただただ、その灯を遠くに見るだけでも・・・・。切ない想いの吐露でありました。その場所に立ち、橙色の灯火を見つめて男は泣きました。
その時です。その灯りをさえぎるように、姫君の影が窓際に現れました。そして、その一瞬後には男のそばに佇んでおられたのです。身を切られるような想いを込めてひたすら見つめてくる男に姫君は静かにおっしゃられました。
「王宮の奥の御社に供をするように。」
男は黙って顔を伏せ、付き従いました。
社の内に入りたまわると、姫君は灯心に灯を移し、四隅に置き祝詞を唱えられました。外から何人も入れぬようになさったのでした。そして、尚も言葉を紡がれました。男はその後ろに跪き、ひたすら自らの心の内を澄まして、じっと待っておりました。姫君が何をなさろうとするか悟ったのでした。姫君は男の胸に門を開こうとなされていたのでした。
儀式の場合、星の娘も、門を勤める人間も、二週間の潔斎と多くの神官たちの祈りの力添えを持って門を開くのです。誰の力も借りず、お互いの身も清めずに「こと」に及ぶことはいっそうの危険を招く事でもありました。しかし、男は、一切迷いませんでした。永きに渡った苦しみを凌ぐ喜びの時が今こそ、訪れたのですから。
男は粛々とその身を姫の手の元に差し出し、わが身の衣を引き裂きました。姫君の祝詞が事の外高くなったその瞬間、姫君の手が男の胸の中に吸い込まれました。
苦痛が男を切り開きました。姫の手は、誰も想像しえぬほどに惨く、そして恐ろしいうねりを伴って男を打ち据えました。それは、姫君の力が今までの星の娘たちの誰よりも大きい証でもありました。男は目を血走らせ、歯を喰いしばってその苦痛を身の内に引き入れました。姫の姿があっという間に男の胸の中に飲み込まれました。
姫は門をくぐったのです。
男の体が苦痛にもだえました。冷や汗に濡れ、ゆがんだ面を涙が洗いました。あまりの苦痛に気が遠くなっていきます。
しかし、男は我と我が身に爪を立てて踏みとどまりました。男が意識を失えば、姫は帰る門を失い、時の渡りから戻れなくなるのです。
男にとっては、肉体の苦痛など問題になりませんでした。この長い年月に耐え忍んだ苦しみに比べれば、彼女を身の内に引き入れる喜びに比べれば。その瞬間、だれよりも姫君は男とひとつであり、誰にも分かちがたくひとつに溶け合っていたからです。
身をよじらせ、一刻、一刻を血を吐くようにして持ちこたえている男に、愛する娘が近づく気配が伝わってきます。彼女がもう一度現世に姿を現すまで、耐え切らねばなりません。男は、覚えずに祭壇にかかる短剣に手を伸ばしました。
その時、男の耳に亡くなった父の言葉が聞こえてきました。
「身の内を駆け抜ける苦痛は、何物にも代えがたい喜び。生涯にただひとつの愛の証。」
彼の父も、門として仕えた星の娘を妻に迎えた一人でした。そして、その母の腹から産まれ育った男でありました。男は、意識を保つために我が脚に短剣を突き立てました。
次の瞬間、ひときわ大きなうねりが襲い掛かり、男の絶叫が響く中に、時を渡って帰り来た姫が降り立ちました。その姿を認めた男は、もう耐え切れず崩れ落ちました。
姫君は男の傍に膝を付かれ、自ら手を伸ばされて男の脚に突き刺さった短剣を抜き取られました。血があふれ出ましたが、その傷に姫が唇を付けられると、血はたちどころに止まりました。それから姫君は男の顔を捉え仰向けになさいました。
男の目に、男の血を赤く唇に宿した、愛しい娘の顔が霞んで映りました。娘は静かに顔をうつむけて、男の唇に唇をを合わされたのでした。
「我が愛しい人よ。我が力を受け止める事のできる、ただ一人の門を開き得る人よ。私の呪いは解かれ、憎しみはついえた。そなたの死ぬほどの苦しみの内に。」
男は微笑みました。体が接している以上、何も言わなくても自分の想いが姫君に伝わっていることは、分かっておりましたから。あの懐かしい日々に彼女の手を離した日から・・・長き苦しみを経て、ようやく男は恥じる事無く娘にその身をゆだねる事が出来たのでした。
そうして、二人は結ばれました。昔々の事であります。
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北の国の王には賢くおだやかな黒髪の跡取りの王子と気高く美しい妹の姫君があらせられました。この姫君は、この国の行く末を占ったり、人の心を読んだりする不思議な力を持っておりました。この力を持つ娘を、この国では「星の娘」と呼び、神の力を世に顕す尊い娘として、神殿の礎として敬い奉りたてておりました。この国では神殿の力は非常に強く、国を支える両輪のひとつとして民に尊ばれていたのです。
代々の星の娘達の力の強い者が、一年に一度、門の役目となる男を通して、国の未来を占うのがしきたりでありました。門の役目の男は、星の娘達がまだ幼い頃から、その相手役として選ばれ、占いの日までに心と体を鍛え、神の道に精進するのが習わしでありました。と、いうのも、門のお役目は非常に苦痛を伴うもので、なまなかな覚悟で臨めば、その心の蔵が止まってしまうこともあったからなのです。
しかし、狼の王は、これを嬉しく想っておりませんでした。狼の王は、王こそが国の頂点に立つべき国の仕組みを作りたかったのです。そのためには、力の強い星の娘はじゃまな存在でありました。王は、このしきたりをただの習慣として、飾りモノとして、衰退させていきたかったのです。王のただ一人の愛娘であった姫君の力は今までにないほど強く、王はこのまま姫君を星の娘とするのを憂いておりました。そこで、王は娘の力を指輪で封じ、彼女を南の国との末永く続く和の礎のためにと称して、外つ国に嫁がせることにしたのです。
しかし、彼女はその結婚を喜びませんでした。彼女は、ただ一度と思い定めた、恋をしていたのです。その相手は幼い頃から彼女の門として定められていた男でした。その男は、物心がつく頃から王子の遊び相手として王宮に上がり、姫も交えて3人共に遊び戯れた、第一の大臣の息子でありました。
どういう運命のいたずらが働いたのか、ちょうどその頃、第一の大臣は大病を患い、亡くなってしまいました。大臣の息子は父の跡を継ぎ家を支えていかなくてはならなくなりました。若い彼には、老獪な王に逆らう術はありませんでした。国のために姫を説得するように命じられた彼は、王の言葉に従い、泣く泣く姫君に外つ国へ嫁いでいくように言うしかなかったのです。
「あなたのしあわせのために、この国の未来のために。」
姫君は男の裏切りをののしり、呪いました。愛する娘の冷たい言葉に打たれて、男は苦しみましたが、もう術はなく、彼女が力を指輪に封じられて嫁いでいくのを見送るしかありませんでした。
狼の王のただ一人の跡取りであり、姫君の兄でもあった王子は、父王に向かって願いました。
「妹の力こそは、国を救うかも知れぬ奇跡でありますのに、なぜに手放されようとなさるのか。」
王は、首を振るだけでありました。触れるだけで、人の心を読む事の出来る姫君の力は、王にとっては、決して都合が良いものだけではありませんでした。姫はまだ若く、嘘を許せないご様子でした。そして、たくまぬ娘の言葉にこの国の人々は、右往左往するのでありました。何しろ誰も姫には嘘をつくことが出来ません。
この上に娘が成人して、男を門として、未来を知るようになれば、王家の娘でもある姫の力は王国において絶大なものになってしまい、王の目指す政治は立ち行かなくなってしまうと考えておられました。
姫を失う事は、男にとっては、地獄の苦しみでありました。門として片時も離れず、姫に心を沿うようにして大人になった彼は、半身を引きちぎられるような苦痛を堪え忍ばなければなりませんでした。
また、使節として姫の婚礼の供をした立場から、愛する娘が他の男の腕に抱かれる様を目の当たりにせねばなりませんでした。
そのうえに、姫から決して許さぬとののしられた時、その言霊の力に男の心は切り裂かれ、血があふれました。その傷はいつまでも癒えず男を苦しみに苛み続けました。
嫁いでいった姫君は、たいそう美しくたおやかな娘でありました。 この姫を得た若い虎の王は、非常にまっすぐで猛々しい王でありましたが、姫君を誰よりも大切に慈しみ、大事に守られましたので、頑なにしておりました姫君もやがて、心を開いて夫に添うてゆくようになりました。
そうして、三年が経ち、王妃となられた姫君がますます美しく女らしくなられると、誰が見ても二人は似合いの夫婦になり、次は跡継ぎの誕生を待つばかりと囁かれておりました。しかし、運命はそのような良き明日を二人のために用意してはくれませんでした。
悲劇が起こり、若き虎は、姫君の目の前で、王宮に忍び込んだ謀反の心を持った怪しき者の凶刃に、尊き命を散らしてしまわれたのです。姫君は嘆き悲しみましたが、失われた命は戻って参りません。跡継ぎがなかったために、南の国は、王の弟が跡を継ぐことになり、まだ若かった姫君は国に帰されることになってしまったのでした。
さて、そのころ北の国では狼と呼ばれた偉大な王を去年亡くし、その息子の王子が鷹と呼ばれて新しき王になっておりました。そして男は、その王のかけがえのない片腕として国の政務を司る第一の大臣となって国政に力を振るっておりました。しかし、表に見られる賢き強さとは裏腹に、その心は傷つき血を流したままでありました。夜毎に虎に抱かれる姫君の姿を想い、切り裂かれるような妬みに耐えていたのでありました。
その耳に、若き虎の悲報はどれ程の甘露として聞こえた事か。姫君の帰還を知り、男はその愛しい姿をまた見れるその日を待ち焦がれておりました。鷹の王も、気持ちは同じでありました。三年前、父王の命とはいえ、大事な友がどれ程の煮え湯を飲まされ、その後も苦しみ続けておりましたかよく知っておられました王は、友である第一の大臣のためにも、妹の帰りを待ち望んでいたのです。
やがて、港に船が現れました。すべての人が姫君の美しきこと、そして星の娘としての力の強きことを覚えておりましたので、喜びに満ちてその帰りを仰ぎ見たのでありました。
人々の歓呼の中、姫君は王に挨拶をなされました。そして、立ち並ぶ迎えの人々にも。
けれど姫君は男の姿を見ようとはなされませんでした。まるで、その人の姿がそこに無いかのように、まったくその瞳に映ってはおらぬかのように振舞われたのです。
男は、その事実に打ちのめされました。
「どのような事があろうとも、決して決してお前を許しはしない。」
姫君があの時、彼に放たれた言葉のとおりに、お気持ちを変えてはおられないことが男にも分かったのでした。嫁ぐようにと勧めた言葉は、王の命によるものであり、彼にとっては血を吐くような思いで紡がれたものでありました。心を読む力を持つ姫君に、決して触れられないように用心してなされたたくらみではありましたが、姫君とて決して男の気持ちに気付かぬ訳ではなかったのです。
しかし、力を封じられた屈辱、国を負われた悲しみを他の誰にぶつければよかったのでしょう。また、力を封じられていたために救えなかったい愛しい夫への想いが、幾重にも姫君の心を傷つけて、かつては我が命とも思った男を、呪わずにはいられなかったのでありました。
その日から、男にとって、今まで以上の苦しみの日々が始まりました。決して自分を見ず、決して笑いかけてはくれぬ愛しい姫が他の男には微笑み、言葉をかけ、場合によってはその御手に口付けを許す様をつぶさに見なくてはならなくなったのです。
男は、ただただ黙って耐え忍ぶほかはありませんでした。姫を思いのままに抱く夫の腕の中にいると分かっていた三年間の苦しみを思えば、たとえ憎まれてはいても、その姿を見ることが適った今の苦しみの方がどれ程に良いか。男は自分にそう言い聞かせ、姫のつれない仕打ちにも、歯を食いしばって耐えておりました。
しかし、長年の癒えていなかった傷はますます深まり、彼の身の内を削るような努力にもかかわらず、彼の姿は痛々しく、やつれていくのでありました。
鷹の王は、この事に悩み惑われておりました。妹が嫁いでいった折、同じように手をこまねいて見送ったことは、この王にとっても立場は同じ。説得を引き受けざるを得なかった男の苦しみを、ずっと見ておりましたから、何とかして二人の和解をと望んでおりました。そのため、機会があるごとに妹姫に慈悲を請うては、はねつけられることもあらせられました。しかしお優しい王のこと、姫君の白玉のような涙を見ると、強くなじることのできぬ兄上でいらしたのでした。
男は政務のひとつとして姫君に、お会いになる折もあり、書面を作ったり、その書面に署名をいただいたりする役目を果たされる時もございました。最初の対面のときと違い、兄君の口添えもあって、姫君は、礼こそ失するようなお振る舞いに及ぶことはありませんでしたが、決してその瞳に男の姿が見えている事を認めるようなそぶりも見せられませんでした。手と手が重なり合うその瞬間さえも、その手は冷たく、冷え冷えと男を拒絶する意志に満ちていたのでありました。
男は、それでも、国の支えとして国政へ力を尽くしておりましたが、ある日、城の中庭で若い貴族の求婚を受けながら婀娜に美しく笑う姫君を遠目に見た瞬間、その心の芯はぷっつりと切れてしまわれたのでした。どんなに願っても、どんなに恋焦がれても、自分にその視線が注がれることは無く、微笑が向けられることは無いのだという事実は、門として生い育った彼にとって、どれほどの苦しみだったことでありましょうか。
館に戻り、衣を脱ぎ、一人暖炉の前で酒をかたむける男は、疲れ果て傷つき気力を失い尽くしておりました。その目に机の上に飾られた一振りの短剣が美しく飛び込んできたのです。
「痛みは一瞬でしかない。その一瞬でこの苦しみから逃れられることが出来る。」
長い長い苦しみの時が、男を支配して、正しく物を考えられるような状態では無くなっていたのです。男が自らの命を縮めようと短剣に手を伸ばしたその瞬間・・・・。
その手は、姫君のしっかりした手に押さえられておりました。男は虚けたように姫君を見つめられました。そして、帰国して初めて、姫君もまたしっかりと男の姿を見つめられたのです。
「どうしてここに?」
やっと我に帰った男は姫君に尋ねられました。しかし、尋ねるまでもなかったのでした。
王宮の自室にやすまれているはずの姫君が、今この時、この瞬間に、この場所に現れた問いの答えは、ただひとつだけだったからです。
姫君は指輪をしておられなかったのです。
男は驚きました。その指輪は、神官達が、固く姫君の力を封ずるために、大掛かりな儀式を行い、力を尽くしてその指に纏わせた物だったからです。その指輪が外されたということは、姫君は神殿の力をすべて合わせたよりも強い力を持ってらしたことになります。
「いったいいつ・・・封じを解かれたのです。」
「夫の王が亡くなられた時に。あの日、私は運命に従順であるのをやめたのです。」
それは、男にとっては、恐ろしい事実でありました。封じの解けた姫君は、触れることで人の心を読むことの出来る力を持っておりました。姫君が帰ってきてから、それは数えるほどの回数ではありましたが、男と姫君の手は重なり合うことがあったのです。
男は血相を変えて、姫君の手を振り払いました。なぜなら、男の心は姫君を慕うあまりに、妬みと苦しみに満ちていたからです。そのすべてを知られてしまうということは、男にとってはまた別の意味で耐えられぬことでありました。平気な振りをすることだけをよすがに、ここまで耐えてきたのです。
「私の恨みを置き捨てて、一人、自由になるつもりですか。」
男は姫君の言葉に愕然としました。生きて冷たい仕打ちに耐えてこそ、姫君にとって男の存在があるのだと言われれば,それに背を向けて、去っていくことは許されぬことでありました。男はただただ、その苦しみをその身に甘受して見せる他、道を断たれてしまったのでありました。姫君は、ただ冷たい視線だけを男に残し、バルコニーの影から消え失せました。
男は死を選ぶ事が出来なくなってしまいました。ますます、その身を削り、足を引きずるようにして伺候するしか他はありませんでした。男の視線は人目をかえりみず、姫君の姿を追い求めるようになりました。その瞳は誰が見ても飢えたような心の苦しみを映し、暗く、それでいて、かけがえの無いものに恋焦がれる、痛々しい切なさをたたえておりました。
そんなある日のことです。神殿から使いが送られて来ました。やがては一年に一度の王国の未来を占う日が近づいておりました。神殿のうちで現在の星の娘を勤めているのは神殿の巫女でありました。巫女は、神官の一人を門として、勤めを果たしてきていたのですが、ある恐ろしい夢を見たことで、今年の儀式は事の外力が必要だと、神官達に訴えたのでした。
「姫君こそは、この国一のお方。あの方の封じを解き、未来を占っていただくことこそがこの国を栄えさせることの出来る随一の方法でありましょう。」
神官たちは口々に王へ訴えます。姫君の封じを解き、神官の一人を門として今年の儀式を執り行うように説得していただけないかと・・・。
その言葉を聞いて、男は顔色を変えました。力を封じられる前に姫君の門と定められていたのは男自身だったからです。しかし、星の娘の門となる事は、この世のものとも思われぬほどの苦痛を耐え忍ばなくてはなりません。耐え切れず、命のつきる門の役目の者も一人、二人ではありませんでした。国の要となるべき一の大臣が勤められる役目ではありません。
しかし、男にとっては、その役目を人の手に渡すなど、とてもとても、うべなえるものではありませんでした。娘の門となる事は、ただ現世の契りを交わすよりも、ずっと深い結びつきが無ければ出来ないことだったからです。愛しい人が、他の男の胸の中をくぐることになる事こそは、男にとってはどうしても見過ごせる事ではなかったのです。
「たとえ国を傾けても。」
思わず飛び出した言葉は、国にとっては叛逆と捉えられても仕方の無いものでありました。血相を変えて詰め寄る神官たちを王は遮り、
「姫が引き受けない限りは、門を選ぶことも出来ぬ。」
と、いったんみなを下がらせました。
ともに苦楽を共にし、その苦しみを癒すことも出来ず、ただただ見守ってきた王は、男の心情は痛いほどに良く分かっておりましたから。王は、男を一言も責めたりはなされませんでした。しかし、儀式によって男を失うことは、王にとっても大きな痛手でありました。父王が無くなってから、国政を滞りなく行ってこれたのも、この男の力が大きかったのでした。
王は、帳をくぐって、一人、姫君を訪ねていきました。
姫君は、話を聞くと、静かな瞳で兄王を見つめ、時間をくれるように頼まれました。儀式の日まではもうあまり時がありませんでした。王は苦渋の決断をなされ、三日待つことを約束されました。
その夜、狂おしい想いに耐え切れなくなった男は、王宮の庭をそぞろ歩いておりました。いいえ、男は知っていたのです。高い塀や石垣や池に遮られ、誰も入り込めぬ奥宮の姫君の部屋の灯りを、見ることの出来る場所が、庭にはただ一箇所あったのです。ただただ、その灯を遠くに見るだけでも・・・・。切ない想いの吐露でありました。その場所に立ち、橙色の灯火を見つめて男は泣きました。
その時です。その灯りをさえぎるように、姫君の影が窓際に現れました。そして、その一瞬後には男のそばに佇んでおられたのです。身を切られるような想いを込めてひたすら見つめてくる男に姫君は静かにおっしゃられました。
「王宮の奥の御社に供をするように。」
男は黙って顔を伏せ、付き従いました。
社の内に入りたまわると、姫君は灯心に灯を移し、四隅に置き祝詞を唱えられました。外から何人も入れぬようになさったのでした。そして、尚も言葉を紡がれました。男はその後ろに跪き、ひたすら自らの心の内を澄まして、じっと待っておりました。姫君が何をなさろうとするか悟ったのでした。姫君は男の胸に門を開こうとなされていたのでした。
儀式の場合、星の娘も、門を勤める人間も、二週間の潔斎と多くの神官たちの祈りの力添えを持って門を開くのです。誰の力も借りず、お互いの身も清めずに「こと」に及ぶことはいっそうの危険を招く事でもありました。しかし、男は、一切迷いませんでした。永きに渡った苦しみを凌ぐ喜びの時が今こそ、訪れたのですから。
男は粛々とその身を姫の手の元に差し出し、わが身の衣を引き裂きました。姫君の祝詞が事の外高くなったその瞬間、姫君の手が男の胸の中に吸い込まれました。
苦痛が男を切り開きました。姫の手は、誰も想像しえぬほどに惨く、そして恐ろしいうねりを伴って男を打ち据えました。それは、姫君の力が今までの星の娘たちの誰よりも大きい証でもありました。男は目を血走らせ、歯を喰いしばってその苦痛を身の内に引き入れました。姫の姿があっという間に男の胸の中に飲み込まれました。
姫は門をくぐったのです。
男の体が苦痛にもだえました。冷や汗に濡れ、ゆがんだ面を涙が洗いました。あまりの苦痛に気が遠くなっていきます。
しかし、男は我と我が身に爪を立てて踏みとどまりました。男が意識を失えば、姫は帰る門を失い、時の渡りから戻れなくなるのです。
男にとっては、肉体の苦痛など問題になりませんでした。この長い年月に耐え忍んだ苦しみに比べれば、彼女を身の内に引き入れる喜びに比べれば。その瞬間、だれよりも姫君は男とひとつであり、誰にも分かちがたくひとつに溶け合っていたからです。
身をよじらせ、一刻、一刻を血を吐くようにして持ちこたえている男に、愛する娘が近づく気配が伝わってきます。彼女がもう一度現世に姿を現すまで、耐え切らねばなりません。男は、覚えずに祭壇にかかる短剣に手を伸ばしました。
その時、男の耳に亡くなった父の言葉が聞こえてきました。
「身の内を駆け抜ける苦痛は、何物にも代えがたい喜び。生涯にただひとつの愛の証。」
彼の父も、門として仕えた星の娘を妻に迎えた一人でした。そして、その母の腹から産まれ育った男でありました。男は、意識を保つために我が脚に短剣を突き立てました。
次の瞬間、ひときわ大きなうねりが襲い掛かり、男の絶叫が響く中に、時を渡って帰り来た姫が降り立ちました。その姿を認めた男は、もう耐え切れず崩れ落ちました。
姫君は男の傍に膝を付かれ、自ら手を伸ばされて男の脚に突き刺さった短剣を抜き取られました。血があふれ出ましたが、その傷に姫が唇を付けられると、血はたちどころに止まりました。それから姫君は男の顔を捉え仰向けになさいました。
男の目に、男の血を赤く唇に宿した、愛しい娘の顔が霞んで映りました。娘は静かに顔をうつむけて、男の唇に唇をを合わされたのでした。
「我が愛しい人よ。我が力を受け止める事のできる、ただ一人の門を開き得る人よ。私の呪いは解かれ、憎しみはついえた。そなたの死ぬほどの苦しみの内に。」
男は微笑みました。体が接している以上、何も言わなくても自分の想いが姫君に伝わっていることは、分かっておりましたから。あの懐かしい日々に彼女の手を離した日から・・・長き苦しみを経て、ようやく男は恥じる事無く娘にその身をゆだねる事が出来たのでした。
そうして、二人は結ばれました。昔々の事であります。

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2012/10/29(月) |