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切り取られた公園の風景

ここでは、「切り取られた公園の風景」 に関する記事を紹介しています。
 それは不思議な公園だった。
 いつ前を通っても、子供の姿が見えないのだ。
 公園といえば、子どもと母親、お年寄りと、犬の散歩をする人と、その人達のする雑多な会話がつきものなのじゃないだろうか。すくなくとも、私が子育て中に、子供を連れて公園に通っていた時はそうだった。私には、子供がいない空間を見つけた事が、ほんとうに、ありがたかったのだけれど、それが公園であるというのはある意味、皮肉だった。

 私は、いつも、変態仲間の友達の家に行く途中にその公園の前を通る。そして、公園に人の姿が無い時にだけ、足を踏み入れる事にしていた。そんな時は、わざと思いっきり気取った足取りで、一歩一歩、足元を、確かめるようにステップを踏みながら、無人の空間に分け入って行く。
 息をひそめて。できるだけゆっくり、スカートが揺れる感触を確かめながら歩く。まっすぐに空に向かって枝を伸ばしているお気に入りの樹の正面に来ると、首を上げて、手の届かない枝先に向かって挨拶をする。それから、そっと幹に腕を廻して樹に抱きつくのだ。ざらざらとした幹の表面に頬を押し付けて、腕に力を込めて身体を樹に押し付けながら、目を閉じて、耳を済まして、ため息をつく。
 街中の公園の樹が、伝えてくる音は、車の走る音と、誰かの靴の踵が立てる音。それに、遠くのほうでたまにあがる人の叫び声くらいだろう。顔をあげて空を見ると、澄み切った青い空。今にも雨粒が落ちてくるような垂れこめた灰色の空。白い雲がのどかに風に吹かれて散歩している空。そんないろんな空たちが、頭の上に広がっていて、枝の先っちょは、その空にむかって、せいいっぱい背伸びしている。

 やがて、私はだんだん時間を遡っていく。若返っていく。そのためにも、公園には、子供がいてはならない。子供は、魔法のように、私を母親である事実に引き戻す。できれば、自分以外の人は、誰もいない方がいい。

 自分以外の人が、常に、自分よりも若いような気がする年齢なって、いったい何年経ったのだろう。子供が家にいる頃は、その子に発達の問題があったせいもあって、私の意識は、常に、お母さんだった。外へ出かけて行っても、周りの人が私を認識する時は、櫻守くんのお母さんである。
 子供が巣立っていって、悪い夜遊びをするようになり、若い友達がたくさん出来て、日常から非日常へ飛び出して行くようになっても、なぜか、私の立ち位置は、いつもお母さん。中には、臆面もなく「お母さんって呼んでいいですか?」と、聞いてくる大学生もいる。20代の女の子たちと、おしゃべりしている様は、どう見てもお母さんが娘とじゃれあってるようにしか見えないらしく、周りの人からも「櫻守さんはみんなのお母さんのようね。」と、言わてしまうのだ。それを言う人にとっては、何気ない言葉なのだろうけれど、私にとっては、我が身を縛る呪縛でしかなかった。
 だって、どこまで行っても、私は、本当は、母性のかけらもない女で、どこまで行っても、本質は、求められ、無理やり引き倒されて、ひっぱたかれたい変態なのだから。周囲の男たちに、にこにこと、若い娘のお母さんのよう・・・・・・・と、言われて、何の嬉しい事があるだろうか。

 強く力を込めて抱きしめても、抱きしめてくれることも、決して、私を傷つけてもくれない樹は、街の中の四角い箱のような公園に、人の手で植えられた樹だ。それでも、私は、その樹にしがみつく。傍から見れば何の意味もなく、何も起こっていない時間の中で、私はどんどん子供に近づいて行く。私の心の中でいつもは眠っている小さい子供に。

 ただいま・・・・・・そしておかえり。忘れたふりをした、蓋をした幼い頃の血の記憶。自由にさせたら、我が身をまっしぐらに、破滅へ向かわせてしまうだろうほんとうの欲望。

 ほんのちょっとだけ、私は、自分にその時間を許す。それから、断ち切るために、強く、樹にくちづける。ガサガサとした樹皮に、唇をこすりつけ、ひりひりとした痛みを自らの身に刻みつける。そして、手を緩め、後ろ向きに下がる。一歩。二歩。三歩。確かめながら後ろへ下がっていく。少しずつ少しずつ、現実の世界へ、戻っていく儀式。四歩、五歩、六歩。女である自分の存在に、間違いなく着地することを目指して。七歩。八歩。九歩。公園の敷地の終わりまで、後ろ向きのまま下がって行く。

 十歩。くるりと、反転して、公園の外に出ると、そこにあるのは、非日常の皮をかぶった日常へ続くマンションへの道。私は、いつもの私。バッグの中にお尻を叩く道具を入れているお母さん。決して、作り上げて来た夫婦生活を壊すような冒険はしない。
一瞬だけ緩んだ蓋が、きっちりと締まっていることを確かめてから、私は、さっきまでの気取りを振り捨てて大股に歩き出すのだ。
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