茉由はその暗い公園で遊ぶのが好きだった。公園は、街の真ん中にあるはずなのに、なんだかそこだけ四角く切り取られたように空気が違うと茉由は思う。森の奥のようにひっそりと人気がなくて温度が低い。それから、茉由にとって一番重要な事は、大人の押し付ける「友達」という騒々しい生き物の姿がないという事だった。
茉由は6歳だった。亡くなった母親に似て陶磁のような白い肌と愛らしい桃のような頬を持っている。瞳は日に透けるビー玉のように色が薄く、金茶の髪はくるくると巻き毛を作っている。服装は、フリルとレースで縁取られたワンピースで、居間の暖炉の上か、子供部屋のベッドの上に飾っておく人形のようだった。白い靴下に、赤いエナメルの靴を履いて、スキップをするように歩いてくる。
公園の入り口で茉由は必ず花壇の側にしゃがむ。そして、公園の中を覗く。人がいない事を確かめることが重要なのだ。それから、花壇の周囲の波打っている柵の隙間をすり抜けて、花壇の中へ入る。
一本、二本、三本。花壇の中から葉を生い茂らせて公園を覆っている木の幹をなぞりながら、茉由は公園の周りをゆっくりと周る事にしていた。公園の風景はいつもと同じ。茉由は、いちごやバナナのスプリング遊具を選んだ大人は馬鹿じゃないのと考える。けれど、そう考える茉由自身は、普通の子供が好きなものに、ほとんど興味がわかなかった。
四本、五本、六本。茉由は樹を数えながら足を運ぶ。ブランコが小山に隠れて見えなくなる。次に現れるのは塗料が所々剥げてサビが出ている船の形をした滑り台だ。茉由はこれを滑ったことが無い。スカートが汚れるからだ。服が汚れると家を抜けだしたのが大人にばれてしまう。だから、茉由はいつも用心している。家政婦さんが晩御飯の支度をして帰ってしまい、その後、父親が帰宅する時間までの間、茉由は家でピアノを弾いている事になっている。
花壇の中をぐるりと周って入り口に戻った茉由は、顔をあげて公園の中に足を踏み入れる。花壇の中をこっそりと歩んでいた時と違い、また、弾むような足取りを取り戻して、まっすぐに公園の中央にあるブランコに駆け寄るのだ。
茉由は、男たちが、どこから来るのか知らなかった。けれど、茉由が、儀式のように公園の周りを取り囲む花壇の中を歩いているのを、見つけてやってくるのに違いないと思っていた。もちろん、誰もやってこないまま夕焼けに促されて帰る日の方が多い。けれど、かなりの確率で男たちは彼女を見つけた。それは茉由が男を見つけることでもある。
彼らはみんな、背を丸め、こっそりと人目を忍んで公園に潜り込み、ブランコの上で揺れている茉由を見つめる。すぐには近づかず、随分とためらってから、彼女の側にやってくる。
「お嬢ちゃん」
ひそめた声。顔に貼り付けた笑顔。自信がなさそうなおどおどとした態度。茉由からすれば、彼らはみんなよく似ていた。ブランコに乗る茉由の側にしゃがみ込み、彼女と視線を合わせようとする。猫なで声で話しかけ、彼女の手を握り、公園の隅へ連れて行こうとする。
そんな時、茉由は、決して逆らわない。あどけない瞳を好奇心に見開いて、男のもっさりした手を握る。その手をひいて、男たちは、公園の中の思い思いの場所に茉由を連れて行き、それから、改めてまた、彼女の足元にしゃがむ。そして、意味のない言葉を話しかけながら、恐る恐る彼女の身体に触れ、足を撫で擦り、うんと時間をかけてから、ようやく、スカートをめくりあげ、パンツを下ろそうとする。幼い女の子の不可思議で独特な匂いが辺りに漂い、反応した彼らは、うっとおしく湿った汗をかきはじめる。
その瞬間を茉由は待っている。それが一番の楽しみなのだ。舌舐めずりして、広げた網に男がかかるのを待っている。おそるおそる、両手をひらひらしたフリルの下に潜り込ませて、彼女の下着にかけて、少しずつずり下ろしている最中に、茉由は心の中でにんまりと笑いながら、できるだけ冷たい声で言う。
「変態」
その瞬間、男の顔はみるみるうちに歪み、自分の行動におそれを抱いた男は、周囲を見回すと、巻き戻すようにしゅるしゅると小さくなって公園の外へと吐出される。男がいなくなった公園には、腿の途中に小さな布地を絡ませて、上気した頬に喜びを噛みしめる茉由が取り残される。
そんな風に茉由は怖いもの知らずの少女だった。男をいたぶり、跪かせ、それを足蹴にしては、うっとりと夢をみる。触ると発条仕掛けのネズミ捕りのようにパチンと弾けて、笑い転げる少女。茉由は触ってはいけない刺の生えた薔薇だったのだ。
その日も、茉由は、何もなかったようにパンツをひきあげると、スカートのしわを手で伸ばし、くるりと周って自分の姿を確かめるように見下ろすと、また、微笑みを浮かべてスキップで公園を去って行った。
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茉由は6歳だった。亡くなった母親に似て陶磁のような白い肌と愛らしい桃のような頬を持っている。瞳は日に透けるビー玉のように色が薄く、金茶の髪はくるくると巻き毛を作っている。服装は、フリルとレースで縁取られたワンピースで、居間の暖炉の上か、子供部屋のベッドの上に飾っておく人形のようだった。白い靴下に、赤いエナメルの靴を履いて、スキップをするように歩いてくる。
公園の入り口で茉由は必ず花壇の側にしゃがむ。そして、公園の中を覗く。人がいない事を確かめることが重要なのだ。それから、花壇の周囲の波打っている柵の隙間をすり抜けて、花壇の中へ入る。
一本、二本、三本。花壇の中から葉を生い茂らせて公園を覆っている木の幹をなぞりながら、茉由は公園の周りをゆっくりと周る事にしていた。公園の風景はいつもと同じ。茉由は、いちごやバナナのスプリング遊具を選んだ大人は馬鹿じゃないのと考える。けれど、そう考える茉由自身は、普通の子供が好きなものに、ほとんど興味がわかなかった。
四本、五本、六本。茉由は樹を数えながら足を運ぶ。ブランコが小山に隠れて見えなくなる。次に現れるのは塗料が所々剥げてサビが出ている船の形をした滑り台だ。茉由はこれを滑ったことが無い。スカートが汚れるからだ。服が汚れると家を抜けだしたのが大人にばれてしまう。だから、茉由はいつも用心している。家政婦さんが晩御飯の支度をして帰ってしまい、その後、父親が帰宅する時間までの間、茉由は家でピアノを弾いている事になっている。
花壇の中をぐるりと周って入り口に戻った茉由は、顔をあげて公園の中に足を踏み入れる。花壇の中をこっそりと歩んでいた時と違い、また、弾むような足取りを取り戻して、まっすぐに公園の中央にあるブランコに駆け寄るのだ。
茉由は、男たちが、どこから来るのか知らなかった。けれど、茉由が、儀式のように公園の周りを取り囲む花壇の中を歩いているのを、見つけてやってくるのに違いないと思っていた。もちろん、誰もやってこないまま夕焼けに促されて帰る日の方が多い。けれど、かなりの確率で男たちは彼女を見つけた。それは茉由が男を見つけることでもある。
彼らはみんな、背を丸め、こっそりと人目を忍んで公園に潜り込み、ブランコの上で揺れている茉由を見つめる。すぐには近づかず、随分とためらってから、彼女の側にやってくる。
「お嬢ちゃん」
ひそめた声。顔に貼り付けた笑顔。自信がなさそうなおどおどとした態度。茉由からすれば、彼らはみんなよく似ていた。ブランコに乗る茉由の側にしゃがみ込み、彼女と視線を合わせようとする。猫なで声で話しかけ、彼女の手を握り、公園の隅へ連れて行こうとする。
そんな時、茉由は、決して逆らわない。あどけない瞳を好奇心に見開いて、男のもっさりした手を握る。その手をひいて、男たちは、公園の中の思い思いの場所に茉由を連れて行き、それから、改めてまた、彼女の足元にしゃがむ。そして、意味のない言葉を話しかけながら、恐る恐る彼女の身体に触れ、足を撫で擦り、うんと時間をかけてから、ようやく、スカートをめくりあげ、パンツを下ろそうとする。幼い女の子の不可思議で独特な匂いが辺りに漂い、反応した彼らは、うっとおしく湿った汗をかきはじめる。
その瞬間を茉由は待っている。それが一番の楽しみなのだ。舌舐めずりして、広げた網に男がかかるのを待っている。おそるおそる、両手をひらひらしたフリルの下に潜り込ませて、彼女の下着にかけて、少しずつずり下ろしている最中に、茉由は心の中でにんまりと笑いながら、できるだけ冷たい声で言う。
「変態」
その瞬間、男の顔はみるみるうちに歪み、自分の行動におそれを抱いた男は、周囲を見回すと、巻き戻すようにしゅるしゅると小さくなって公園の外へと吐出される。男がいなくなった公園には、腿の途中に小さな布地を絡ませて、上気した頬に喜びを噛みしめる茉由が取り残される。
そんな風に茉由は怖いもの知らずの少女だった。男をいたぶり、跪かせ、それを足蹴にしては、うっとりと夢をみる。触ると発条仕掛けのネズミ捕りのようにパチンと弾けて、笑い転げる少女。茉由は触ってはいけない刺の生えた薔薇だったのだ。
その日も、茉由は、何もなかったようにパンツをひきあげると、スカートのしわを手で伸ばし、くるりと周って自分の姿を確かめるように見下ろすと、また、微笑みを浮かべてスキップで公園を去って行った。

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