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スパンキングクラブ・2

ここでは、「スパンキングクラブ・2」 に関する記事を紹介しています。
 焦っていた。佐久間みゆきは、めちゃくちゃ焦っていた。目が覚めたらとっくの昔に約束の時間を過ぎているというこの事態に気がついた時、みゆきは自分の体温が、一気に10度以上降下したような気がした。ただの錯覚だが、現実は厳しい。今日の約束の相手は、スパンキング倶楽部というサークルの先輩の手嶌御津彦である。
 スパンキング倶楽部というサークルは「悪いことをしたらお仕置きをしましょう」と、いう趣旨の元に結成されているSNSのサークルだ。手島は、カーで、お仕置きをする側の人間だった。そしてみゆきはキーなので、当然お仕置きをされる側なのである。約束の時間を遅刻するのは定番のお仕置きネタで、お仕置きされたさにわざと遅刻してくるキーもいるくらいである。しかし、手嶌のお仕置きの厳しさは半端ない。いや、半端ないという評判である。本気で、みゆきが一番お仕置きを受けたくない相手のナンバーワンと言ってもいい。
 みゆきは大急ぎで、まず、彼に遅刻のメールを送った。それから5分で着替えて3分で葉を磨き、2分で顔を洗うと、玄関を飛び出した。メイクなんてしている場合でもなく、髪も解か好き持ちの余裕もなかった

 手嶌は、ぼんやりとホームのベンチに座っていた。待ち合わせしていたみゆきが、件名「遅刻」本文「寝坊」と、いうそっけないメールを送ってきた。しかも折り返し電話してみたが、走っている最中なのだろう携帯に出なかったのだ。今、手嶌が心配しているのは、みゆきが焦るあまり、階段で足をもつれさせて、転げ落ちてくることだった。キーの遅刻ごときで気分を害したりしていては、カーは務まらないのだが、お仕置きをしないわけにも行かないだろうな・・・と、手嶌は、自販機で買ってきたコーヒーを飲み始めた。もちろん、みゆきの分の純粋ぶどうジュースも予め買ってある。ぶどうジュースを選んだのは、ただの適当な勘である。
 家を出てからの駅までの距離を考えて予想していたよりも、15分遅れてみゆきは階段を走り降りてきた。幸いにもつまずきそうになったのは残り2段の場所だったので、予め階段の下でスタンバイしていた手嶌は、みゆきを受け止めることが出来た。
「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。寝坊しちゃって。すいません。」
「分かってるから、そんな大きな声出さない。みんな見てるよ。」
手嶌は、みゆきをベンチに座らせると、ぶどうジュースを渡したみゆきは、ずっと走ってきたのだろう。すっかり息があがって、はかばかしくものも言えないようすだったが、ぶどうジュースの蓋を捻ると、ごくごくと喉を鳴らして、ジュースを飲んだ。おもいっきり息を吐き出す。
「いまさ。ここに座ってたら、向こう側のホームに座ってた人が、財布を忘れて電車に乗っちゃったんだよね。」
「え?」
 さっそくの説教を覚悟していたみゆきは、手嶌の振った話題につながりをみつけられずにぽかんとした。
「そしたらさ、次の客がやってきて、その財布を見つけた。どうしたと思う?」
「えーと、駅員に届けた?」
「ううん、気づかないふりをして、自分の持ってたタオルをその上に乗せた。」
「ふむふむ」
「そして、周囲を見回した。周りにいた何人かの人は、地下鉄と繋がった電車の方に乗って行った。それで安心したんだろうね。男は、タオルごと財布をバッグに入れて、その次の電車に乗った。」
「えー、それってネコババしたってことですよね。」
「うん、捕まったら遺失物横領罪だろうね。」
「えっと、犯罪になっちゃうんですか。」
「なるね。捕まった場合、僕が見ていた事を証言すると多分、起訴されちゃうだろうね。そうしたら、99%有罪になって前科がついちゃう。」
「ひえええ・・・。」
「こないだ、コンビニで携帯電話料金やたばこ代など約1万3千円の会計で、1万5千円を店員に渡したら、コンビニに店員が6万円を預かったと思い込んで、男性に4万6千円のお釣りを渡した。黙って受け取った男性は、詐欺罪で逮捕されちゃったよね。」
「あ、あれ、変だと思ったんですよね。お釣りに1万円札を出すってどういう間違いですか。」
「あれとかも、同じだと思うんだけど、彼らは最初から悪いことをしようと思ってたわけじゃないと思うんだよ。でも、向こうの方から金がやってきた。」
「そういえば、2700万円通帳に入ってて、ラッキーってつかっちゃったおんなのひとが逮捕されちゃった話もありました。」
「うん、あれ、さすがに金額が多くて、入金した相手と取引があったし、返して欲しいって請求を無視って逮捕されたんだよね。でも、間違えて違う口座入金しちゃっても、少額だと結構泣き寝入りになることあるんだよね。銀行が、組み換えって手続きをするんだけど相手から返事がこないと手のつけようが無いみたいな事言い出して。でも、ほんとは、不当利得返還請求権を行使して、ちゃんと返してもらえるんだけどね。でもさ、彼らは最初から犯罪を犯そうと思ってたわけじゃない。ちょっとした誘惑が目の前に差し出されて、出来心がわいちゃって、差し出されたものを掴んじゃったんだよね。もし、そこに財布が落ちていなかったら、彼も、財布を横領しようと企んだりしないと思うし、お釣りだって、100円200円の事だったら、ラッキーって思っちゃって、黙って受け取っちゃったりしちゃうって、あるんじゃないのかな。」
「うーん・・・確かに。」
「犯罪って自分とは全く関係が無いって思っていても、ほんとに、ちょっとしたタイミングで右を選ぶか左を選ぶかで、人の運命変わっちゃうんだなあ・・・。」
「ふむふむふむ」
「まあ、佐久間さんが遅れてきてるのを待ってる間、そんな事をつらつらと考えながら、ここに座ってたってわけ。」
「ふむふむふむふむ。」
「ちゃんと時間通りに行かないとって、目覚ましをセットするかしないかで運命も変わっちゃうんだよね。まあ、いいんだけど。遅刻はパドル30発+送れた時間10分毎に10発追加だから。」
「え?」
みゆきは急いで自分の腕時計を見ようとしたが、焦って家を出たので腕時計なんかしているはずもない。
「あ、あのう・・・今、何時でしょうか・・・。」
「45分の遅刻だから45発追加の75発。」
「あのですね。遅刻しようと思ってたわけじゃなくて、目覚ましもかけてたのにいつの間にか止めちゃってて、だから、右を選んだはずが左になっちゃっただけなんですけど。だから、えーと、あの、減らしてもらえません?」
「だめ。それに、君がここについてからすでにもう、2本電車が行っちゃってるんだけど、これで、僕らの運命も随分変わったはずだと思うけど?」
 乗るべき電車がゆっくりとホームに滑りこんできた。
みゆきは、手嶌に促されて、とぼとぼと電車に乗り込む。
「それにさ。多分、向こうで櫻守さんが僕達の来るのを待ってると思うんだよね。まあ、一応メールはしたら、待っててくれるって言ってたし、でも、彼女きっと一時間以上待ってることになると思うな。」
「ひええええ・・・、もしかして、それって別払いですか?」
「もちろん。」
「しくしく。」
「あ、一応、希望聞いとくけど、木のパドルと革のパドルどっちにする。」
「・・・木にします。」
「なんで、キーって、痛い方を選ぶのかな。」
「だってだって、革じゃ、まるでSMみたいじゃないですか。」
「そんなこだわりを持ってるのは日本人だけだと思うけどねぇ。」
 なぜなんだろう。キーの女の子は決していい加減な性格なわけでも、迷惑かけようと思ってるわけでもない。けど、なぜか、始終、遅刻してくるんだよな。・・・何度も何度も何度も、こんなシーンを繰り返してるような気がして、手嶌は、佐久間みゆきの今晩のお尻にちょっと同情した。
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