fc2ブログ

1、むかしむかし王子様は

ここでは、「1、むかしむかし王子様は」 に関する記事を紹介しています。
 高柳博人(たかやなぎひろと)に告白したのは、22の時だった。大学の階段の踊り場にたたずんで外を見ている横顔を見つけて、しばらく見つめていた。上質の仕立てのチャコールグレイの上着も、ボタンダウンのシャツも、ふちの無い眼鏡も、ちょっと癖のある茶色の柔らかな髪も、もう見納め。もうすぐ卒業してしまう。そう思うとその一瞬がとんでもなく大切なもののような気がして、息を殺して見つめてしまっていた。私は姫野夕姫。彼とは同じゼミの同級生だった。
その視線に、気がついて振り返った彼が優しく微笑んだ。
「やあ。教授のとこへ来たの?」
「うん。今日ようやく卒論受け取ってもらった」
「よく、頑張ったね。教授も褒めていたよ」
「博人さんほど優秀じゃないからなあ」
「要領だけはね」
 にっこりといつもの女殺しの微笑みを浮かべられると、胸がキュンと痛んだ。…もう、会えなくなる。卒業したら、もう会うこともなくなる。そう思うとたまらなく辛かった。心の中にずっと秘めてきた憧れのような恋。ただ、振り向いてもらっただけで、笑いかけてもらっただけで、その日一日が幸せに過ごせる。そんな夢のような淡い恋。
 だけど、4年越しで大事にしていた私の気持ち。絶対に告げることなんか無いはずと思っていたのに。もう、静かな茶色の瞳の中に自分の姿が映ることはないんだと思うと、どうしても黙っていられなかった。
「…博人さん、私…私ね…」
 彼の目がちょっと細くなり、何かを察したのだろう。留めようとするように、押さえようとするように手をあげたのに、私はその手を振り切るように一気に告げてしまっていた。
「あなたを、好き」
 彼の目がちょっと見張られて困ったようにすぐ伏せられた。
「夕姫。あのね…」
 断りの言葉を聞きたくなかった。だって、そんな事わかりきっていたから。大学二年で事業を起こして、着実に成功の道を歩んでいる彼学内でもいつも人の目を惹きつけていた彼。ちょっと近寄りがたく、ちょっと冷たく、意外に優しく、ものすごく頭がよすぎると評判だったけど、誰からも好かれていた。いつも女性から追っかけられていた。そのうえ男からも追っかけられていた。
 同じ教授のゼミで、しばしば顔を合わせて、時々声を掛けてもらって、たまに教授と一緒に食事をご一緒させてもらって…そして、車で送ってもらった。私には、過ぎた思い出。
 困ったような微笑。困ったような溜息。ちょっと視線を巡らせて…迷うように、それからそっとかがんで耳元に顔を寄せて来た。

「僕が、SMが好きでもいいの?」
 世界がひっくり返った瞬間だった。



↓ランキングに参加しています。応援してね。☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ
 


スポンサーサイト
[PR]

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する