それからの展開は驚くほど早かった。私がびっくりして何も反応できないでいるうちに、あっという間に彼の車に押し込められた。頭の中で「SM」の文字がぐるぐる廻っているうちに、大きなマンションの地下駐車場に付いてしまい、彼にキッパリと車から降ろされて、エレベータへ…そしていつの間にかマンションの廊下を、腕をつかまれて早足で歩く彼を必死で追いかけていた。
指紋認証のコード板に、彼が叩きつけるように手のひらを当てて、ドアのロックが開くと、そのまま強引に引きずり込まれた。東京の街が目の前に広がるとんでもない広いマンション。
「こ、これ?博人さんのマンション?」
「違う。事業を起こすときに出資してもらった母方の叔父のマンションさ。会社の住所が必要だろうってタダで貸してもらった。
「あ、ちょっと待って…私…」
キスができるくらいすぐ間近に、博人さんの綺麗な顔があって、私の心臓はすでに倍以上に跳ね上がっていた。すでに手を握られ、座ったソファに膝で乗り上げられてるからまったく逃げようにも逃げられない。私の目を覗き込んでいた博人さんは、ふっと目を和ませるとゆっくりと起ちあがって後ろに下がった。
「コーヒーでも入れるよ」
そう言ってダイニングらしき方へ消えていく。
そうして、目の前にミルクの入ったコーヒーを置かれるまで、私はぼんやりと部屋を見ていた。さっきまで、大学の埃っぽい廊下で、切ない恋の終わりを嘆いていたはずなのに、今は彼のとんでもなく広くて豪華なマンションのソファに座っている。何が起きたのかさっぱり分からない。いや、分かってはいるんだけど頭が考えるのを拒否しているみたいだった。
「どうぞ」
機械的にマグカップを取り上げて、両手で包むようにしてくちびるをつけるとほんのり甘かった。ミルクたっぷり、お砂糖二杯。自分のコーヒーの好みを博人さんが知っていることに驚いて、ちょっと嬉しくて、顔がにやけた。斜め向かいのソファに座った彼は、肘掛にひじを付いて、首をかしげるようにして私を見ていた。
「怖がらないんだね」
「え?」
なにを言われたんだろう?そう思って、まじまじと彼の顔を見つめているうちにようやくさっきの言葉がよみがえってきた。SM。SMって言ったわよね。SMって、あれ?縛って、鞭でビシバシ打つやつ?私が目をぱちぱちさせているのを見て、博人さんは微笑んだ。あ、だめ、女殺しの微笑み…。
「SMって…まさか…Mの方じゃないですよね」
「夕姫は、僕が虐められて喜ぶように見えるの?」
想像してみる。博人さんが縛られて鞭で打たれているところ…。あまりにも絵になるような気がして怖かったけど、それで彼が喜ぶとは思えなかった。
「違うみたい」
「じゃ、反対は想像できる?」
「反対?」
「夕姫が虐められる側」
そうか。Mじゃないって事は、Sな訳で、当然お相手を縛って鞭打つ側なのよね。ウウウ。似合う。似合いすぎる。頭の中の想像は爆走していた。ついさっきまで私の中でセピア色のあこがれの王子様だった彼が、悪魔に変身しても、驚くほど似合っているのにびっくりした。でも、その博人さんに虐められている私。だめ……まっしろ。
私は首を横に振った。
「だめ。想像できない」
彼は、困ったように溜息を付いた。
「そうだと、思っていたんだ。だから、気が付いていたけど、気付かない振りしていた」
「え?」
「君の気持ち」
知っていた?私が恋していることを?博人さんが好きな事を?
あたりまえか。すごく聡い人だもの。ミーハーなファンが憧れるように見つめまくっていて気持ちが筒抜けにならないはずはないんだ。そうだよね。そりゃ、その場の勢いだったのは認めるけど、なんか清水の舞台から飛び降りるほどの決心だったのに、知っていたなんて…あまりにもショックだった。私は、自分の気持ちの中にぐるぐると迷い込み始めていた。
「夕姫?」
どこか遠くで名前を呼ばれている。
「夕姫」
「え?」
何か。言った?ダメ。私の頭。全然動いていないみたい。
「自分の事ばかり考えてないで、少しは同情して欲しいんだけど」
「え?なにを」
「君を好きな僕の気持ちを」
ダブルノックアウト!私は目を見開いたまま固まって、真っ白な頭はどうやったら元に戻るのか分からなかった。
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指紋認証のコード板に、彼が叩きつけるように手のひらを当てて、ドアのロックが開くと、そのまま強引に引きずり込まれた。東京の街が目の前に広がるとんでもない広いマンション。
「こ、これ?博人さんのマンション?」
「違う。事業を起こすときに出資してもらった母方の叔父のマンションさ。会社の住所が必要だろうってタダで貸してもらった。
「あ、ちょっと待って…私…」
キスができるくらいすぐ間近に、博人さんの綺麗な顔があって、私の心臓はすでに倍以上に跳ね上がっていた。すでに手を握られ、座ったソファに膝で乗り上げられてるからまったく逃げようにも逃げられない。私の目を覗き込んでいた博人さんは、ふっと目を和ませるとゆっくりと起ちあがって後ろに下がった。
「コーヒーでも入れるよ」
そう言ってダイニングらしき方へ消えていく。
そうして、目の前にミルクの入ったコーヒーを置かれるまで、私はぼんやりと部屋を見ていた。さっきまで、大学の埃っぽい廊下で、切ない恋の終わりを嘆いていたはずなのに、今は彼のとんでもなく広くて豪華なマンションのソファに座っている。何が起きたのかさっぱり分からない。いや、分かってはいるんだけど頭が考えるのを拒否しているみたいだった。
「どうぞ」
機械的にマグカップを取り上げて、両手で包むようにしてくちびるをつけるとほんのり甘かった。ミルクたっぷり、お砂糖二杯。自分のコーヒーの好みを博人さんが知っていることに驚いて、ちょっと嬉しくて、顔がにやけた。斜め向かいのソファに座った彼は、肘掛にひじを付いて、首をかしげるようにして私を見ていた。
「怖がらないんだね」
「え?」
なにを言われたんだろう?そう思って、まじまじと彼の顔を見つめているうちにようやくさっきの言葉がよみがえってきた。SM。SMって言ったわよね。SMって、あれ?縛って、鞭でビシバシ打つやつ?私が目をぱちぱちさせているのを見て、博人さんは微笑んだ。あ、だめ、女殺しの微笑み…。
「SMって…まさか…Mの方じゃないですよね」
「夕姫は、僕が虐められて喜ぶように見えるの?」
想像してみる。博人さんが縛られて鞭で打たれているところ…。あまりにも絵になるような気がして怖かったけど、それで彼が喜ぶとは思えなかった。
「違うみたい」
「じゃ、反対は想像できる?」
「反対?」
「夕姫が虐められる側」
そうか。Mじゃないって事は、Sな訳で、当然お相手を縛って鞭打つ側なのよね。ウウウ。似合う。似合いすぎる。頭の中の想像は爆走していた。ついさっきまで私の中でセピア色のあこがれの王子様だった彼が、悪魔に変身しても、驚くほど似合っているのにびっくりした。でも、その博人さんに虐められている私。だめ……まっしろ。
私は首を横に振った。
「だめ。想像できない」
彼は、困ったように溜息を付いた。
「そうだと、思っていたんだ。だから、気が付いていたけど、気付かない振りしていた」
「え?」
「君の気持ち」
知っていた?私が恋していることを?博人さんが好きな事を?
あたりまえか。すごく聡い人だもの。ミーハーなファンが憧れるように見つめまくっていて気持ちが筒抜けにならないはずはないんだ。そうだよね。そりゃ、その場の勢いだったのは認めるけど、なんか清水の舞台から飛び降りるほどの決心だったのに、知っていたなんて…あまりにもショックだった。私は、自分の気持ちの中にぐるぐると迷い込み始めていた。
「夕姫?」
どこか遠くで名前を呼ばれている。
「夕姫」
「え?」
何か。言った?ダメ。私の頭。全然動いていないみたい。
「自分の事ばかり考えてないで、少しは同情して欲しいんだけど」
「え?なにを」
「君を好きな僕の気持ちを」
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