一ヶ月が過ぎた。約束の日に博人さんは会社の前に車で迎えに来ていた。私は、彼に導かれるまま助手席に滑り込んだ。
「別れた」
運転席に乗った博人さんは、エンジンを掛けながらそう言った。
「三人とも、後の引き取り手も探してもらった。今後は一切会わないし、連絡もしない」
差し出された名刺を私が受け取ると、シートベルトをかけた彼はハンドルを切り、車は動き出した。
「マンションの新しい電話番号とパソコンのメールアドレスだよ。携帯電話の方は、もう知らせてあったね。以前のは、契約を解除したからもうつながらない」
私は、びっくりして彼の顔を見た。
「…引き取り手?」
「彼らとはSMのパートナーの関係だったからね。彼らはもう、新しい主人を持った」
私はなんといっていいのか分からなくて改めて名刺を見つめた。黙ったまま背もたれに体を預ける。安心と不安。後悔と喜び。どう考えていいのか解らない。この一ヶ月思い惑いながらも、毎日カレンダーとにらめっこをして、日にちを数えて過ごした。もう、彼は私のもの…そして、私は「彼の物」。
目を閉じて、息を吸い込む。彼の香り。一ヶ月ぶりの私の愛する人の香りを。
マンションが近づいてきて、なにげなく私は目を上げて建物の中にあるはずの彼の部屋を探す。ふと、何だか違和感に目を凝らしているうちに車は地下の駐車場へ吸い込まれていった。
「まず、夕食にしよう。テイクアウトのイタリア料理が来ている。準備するよ」
彼が上着を脱ぎながら台所の方へ行ったのを確認して急いで部屋を見廻した。リビングとキッチンと寝室しか知らない。大体の見当をつけてドアを開けて廊下を横切りもう一度ドアを開けた。
「あ」
何も無いがらんどうの空間。カーテンさえも外されて、黒光りするフローリングがむき出しになっていた。広い部屋。二十畳はある。壁一面に広がる透明な大きな窓。反対の壁は鏡張りになっていた。部屋を横切って窓から下を覗いた。
そうか、こんなに大きな窓があるのに、カーテンが下がってないから中が素透しに見えて違和感がしたんだわ。でも、どうして…?なぜ、こんなに何一つ無いのかしら。
気配を感じて振り返ると閉めたつもりのドアに彼が寄りかかって立っていた。
「…まったく、君は。油断も隙もないな」
思わず赤くなっていた。
「ごめんなさい。外から見て何だか変だったから……」
「無理を言って全部、引き取ってもらったんだ。ここは叔父のマンションだったから…」
「叔父様…?」
ゆっくりと部屋の中に入ってくる。
「うん。専用のベッドや調教用の椅子や道具がね。内装もプレイルームらしくなっていたし」
私はびっくりして、彼に向き直っていた。
「嫌だろうと思って。全部新しく設え直すつもりなんだ」
…叔父様のマンションに調教用のプレイルーム?
「そう。叔父も同じ性癖なんだ。だから、すぐにばれた」
頬に手を掛けてあお向けられた。
「誰にも見つからないよう、一生懸命隠していたのにね。同類にはすぐに分かるらしい」
腰に手を廻して引き寄せられる。
「それから、いろいろ手ほどきを受けて、この部屋をあてがわれた。パートナーも叔父の関係で知り合った。今回も叔父に頼んで、新しい主人を見つけてもらった。引渡しにも立ち会ってもらった」
…引渡し?彼の腕の中にすっぽり納まってしまった私の胸は、急激に高鳴ってきていた。
「いずれ君にも紹介するよ」
彼の顔が降りてくる、くちびるとくちびるが今にも重なるくらいのところで囁かれる。
「愛しているよ」
私は、耐えられなくて目を瞑った。
「もう、君一人だけだ」
くちびるがそっと押し付けられる。もう、何も考えられない。体がかあっと熱くなって、押し付けられた彼の膝が足の間に割り込んできても、何の抵抗も出来ずに彼のなすがままになった。
その日、私は何も無いがらんどうな部屋の、固い木の床の上で彼に抱かれた。
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