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21、顛末の説明と区切り

ここでは、「21、顛末の説明と区切り」 に関する記事を紹介しています。

 不安な時、悲しいことがあった時、抱き寄せてくれる手の暖かさ。重なってくるからだの重み。囁かれるつぶやきの一つ一つが胸に染み入ってくる。キスを重ねる。ひとつ。ふたつ。みっつ。何度求めても足りなくて、手足を絡めあう。体中に痛いくらいのキスをいくつもいくつも残しながら私の体をさまよう彼のくちびる。
 ぴったりと重なった体を溶け合わせようとしながら、熱くなった体に熱くなった相手を呼び込もうと腰を押し付ける。分け入ってくる大きさをいっぱいに感じながらなおも奥へ吸い込もうと貪欲に足を絡める。もっと。もっと。もっと。私をいっぱいにして…。私はあなたのものだとあなたは私のものだと囁いて、証明して、刻み付けて…。
 あの事件があった翌日、仕事が終るとまっすぐに博人さんのマンションに行った。誘われて居間へ行くと、聡という青年に手錠を掛けて連れ去った各務と呼ばれていた人がそこに座っていた。前髪をふんわりと額にながして銀縁メガネを掛けた背の高い人。明るいところで改めて見ると博人さんとはまた違った意味ですごくハンサムだった。
「こんにちは」
 彼は、私を見るとすぐに立ち上がり自分から名乗った。
「各務祐輔です。今日は、高原の命を受けて伺いました」
 私は、真っ赤になってしまう。また、一人。私たちの事を知っている人が増える。こうして、いつのまにかなにもかもあからさまにされていくんだろうか。
「博人さんは、大丈夫だと言ったんですが、高原は納得しないんです。私はこの病院で外科医をやっています。一応、体を診せていただけませんか?」
 差し出された名刺を受け取ると、都内でも有名な病院の名前が書かれた名刺だった。体…体って?え?まさか、裸を見せろって事?内診するとか?うろたえる私を見て。彼は苦笑しながら手を振った。
「違いますよ。そっちは未遂だったと聞いています。お腹のところ…ほら、スタンガンを押し当てられたでしょう?」
 笑われて、私は自分の早とちりがすごく恥ずかしくなった。博人さんを見ると、困ったような笑顔でうなずいたので、私は各務さんの横に腰掛けてブラウスとキャミソールをめくった。相手がお医者様だってことは、分かるけど…博人さんとの関係を知っている人に体を見せるのは、すごく恥ずかしかった。スタンガンのあとはうっすらと赤くなっているだけだ。そろえた指先でそおっと押された。
「痛みませんね?」
「ええ、ほとんど」
 細い指がスライドして、その側の赤い花びらのような痕を確認して離れた。私は、すっかり忘れていた自分を呪い、心の中で博人さんに思いっきり罵声を浴びせかけた。
 博人さんは肩をすくめてちょっと拝むようなしぐさをする。もう。もう。ばれちゃったじゃない。ばれちゃったじゃない。昨日、愛し合ったときに博人さんが体中につけた痕のひとつ。数え切れないほど体中に残された印が燃え上がるような気がした。
「手首は?」
 各務先生は、気付いた事実にまったく動じた様子もなく無造作に私の手を取もちあげる。赤い縄に擦れた痕。昨日、博人さんが念入りに薬を塗ってくれた。
「ゲンタシンを塗ったんですね」
「ああ。擦過傷がついていたからね。足首もほとんど同じだ」
 うなずいた彼は私の足をひょいと持ち上げた。あまりにもあっさりとした態度に抵抗する間もなかった。足首の赤い擦り傷を確認すると、今度は恭しく捧げるようにして床へ戻した。
「それで、昨日博人さんとセックスしたんですね」
 真剣な表情で瞳を覗き込むようにして尋ねられて、考えるより先にうなずいてしまっていた。
「しました」
 答えてしまってから真っ赤になった。しらじらとした顔で何って事言わせるんだろう。博人さんの知り合いってみんなこうなの?
「普通のセックス?なんともなかったですか?」
 彼が何を心配しているのか理解できたので、そこは素直にうなずいた。
「ええ。……平気でした」
 各務先生は、あくまでお医者さんの顔で、博人さんのほうへ顔を向ける。
「縛ったりしなかったんですね」
「ああ。昨日はそういったことは何も」
「では、次に縛るときは用心してください。夕姫さん、あなたも、もしファラッシュバックのようなものが起きたら無理をしないで、ちゃんと博人さんに言ってください。しばらくは、夢を見たりすると思いますが、そのときもできるだけ彼に話すように。話す事で気持ちを排出してください」
 心配させているのがよく分かったので神妙にうなずいた。

「今日、結城氏から、詫びの電話が入った」
「向こうの決着が着いたら、高原の方からも詫びを言ってくると思いますよ」
「あれは、僕のミスだ。聡の気持ちを読み間違えた」
眉を寄せて不機嫌に言う博人さんに、各務先生はひとつうなずいて、答えた。
「もし、そうだとしても、高原が立ち会って結城さんに正式に譲り渡した以上、責任は高原と結城さんにあるんです」
 どういう理屈なんだろう?二人の会話は私にはよく分からなかった。
「夕姫さんは、不審に思うかも知れませんが、高原の人脈のつながりの間では、一般的な世間では通用しないルールがあるんですよ」
「もし、聡さんが譲られたくないって言ったら、どうなっていたんですか?」
「普通の恋愛関係と同じですよ。別れるしかない。話はこじれたかもしれませんがね」
「譲り渡される相手を選んだりできるの?」
「まあ。でも、そういう嗜好を持った人間の数はそう多くないんですよ。狭い社会なので、なかなか難しくて。結局は決められなければ、博人さんのように決まった相手を持っていない人に仮預けのようになったりします」
「夕姫、君はもうそういったことは知らなくていい。そうだろう。各務」
「そうですね」
「どうしてなの?博人さんのことなのに、どうして私は知っちゃいけないの?」
「博人さんは、三人を整理されたのを機に抜けられたんですよ」
「え?」
「博人さんは、あなたをその輪の中に入れるのを嫌がった。だから、預かっていた相手も全員返して抜けたんです」
 私は、びっくりして博人さんを見た。預かり……。
「聡さんも…そうだったの?」
「いや、彼の場合はまた全然違う。彼は、もともとは、主人を持たないMだった」
 主人を持ってない……。そんなことできるものなの?
「できる。完全にプレイのみの相手を何人もキープしておいて、自分の好きな相手と遊ぶんだ。だから、彼ともう付き合わないと決めた時も特に心配してなかった。彼にとっては、僕は、大勢の中の一人だと思っていたからね」
 博人さんは、ゆっくりと窓の外へ視線をそらした。
「だから、誰か主人に譲り渡して欲しい。と、言われた時はちょっと意外だった。でも、そういう時期に入ったのかと……。深く考えていなかったんだ。すまない。夕姫」
「しかし、彼の試みは間違っていない。もし博人さんが抜けていなければ、鎖の輪のひとつとして、彼にとっては、あなたは最初の主人になり、一生消えない権利が発生したはずなんだ」
 各務先生の説明に、本当に悲しそうな顔をして首を振る博人さんに私は何も言えなかった。それに、あの青年の気持ちも…。彼からすれば私なんておままごとの相手のように見えて、なおさら許せなかったんだろう。
「何にしても、心配することはもうありませんよ。結城さんは、ベテランですから、彼が本気で調教を始めたら、もう、よそ見したりする事は許さないでしょう。聡君は、本質的にマゾヒストみたいですから、今回のことも含めて結城さんに厳重に締め上げられれば、あっという間に落ち着きますよ」
 各務先生は、私の肩を安心させるようにぽんぽんと叩いた。



 

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